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ときめきファンタジー
章 光と闇の織りなす季節

その ら・ら・ば・い

「大丈夫、みたいね」
 いい加減離れたところで、ユウコは耳をふさいでいた手をどけた。
 ミラは訊ねた。
「どうなってるのかしらね」
「あたしが知るわけないっしょ! わかってんのは、アヤコが敵になったってことだけ」
「洗脳されたのか、それとも何か事情があるのか……」
 ユウコもミラも、それぞれの事情で一度はコウを襲ったことがある身である。だから、その辺りの切り替えは早い。事実は事実として認め、その上で最善の策を考えられるのだ。
「ともかく、まずはあたし達の“鍵”を先に取り戻さなきゃならないよね。それから、とりあえず一旦ここから出よう。アヤコは敵になっちゃったんならとりあえず心配ないっしょ?」
 何とも逆説的ではあるが、敵の仲間になった以上、すぐさま敵がアヤコに危害を加えることがない、というのも確かなことである。
 ミラは頷いた。
「それがいいわね。じゃ、急ぐわよ」
 二人は立ち上がった。

 バァン
 大きな音を立てて、扉が蹴り開けられた。
 扉の内側にいた男がドアと壁に挟まれてそのまま気絶する。
「この!」
 一瞬唖然とした男達が、我に返って怒声を上げた瞬間、既に勝負はついていた。
 いくつかの殴打音の後、ユウコはぴっと片手を上げて小首を傾げ、宣言した。
「負けないモン!」
「何やってるのよ」
「んもう、ノリが悪いなぁ、おばさんは。ほらほらぁ」
 ユウコはミラの耳に囁いた。
「何でそんなことをしなきゃいけないのよ」
「いいからいいからぁ」
 言われて、ミラはあきらめたように溜息をつくと、男達に向かって言った。
「いつでもお相手するわよ」
「よしよし」
 ユウコはうんうんと頷くと、部屋の奥の方に放り出してある自分たちの荷物を見つけて駆け寄った。
「あ、みっつけ」
「あったの?」
 ミラも駆け寄った。
 ユウコは、腰に一対の小剣をさげ、荷物を背負うと言った。
「そっちはいい?」
「よろしくてよ」
 胸元に鉄扇を差し込み、右腕にリングをはめたミラは、こっちも荷物を背負って頷いた。
「じゃ、行こっか」
 そう言うと、ユウコは駆け出した。
「こちら、ですか? 大きなお屋敷ですねぇ」
 ユカリはその家を見上げて目を丸くしていた。
 家というよりは、小規模な城塞と言った方が良さそうである。
「ささ、こちらでござるよ」
 ムラサメは、脇の小さな潜り戸に近寄ると、ノックした。
 中から門番が顔を出す。
「何者だ?」
「拙者、ムラサメでござるよ」
「あ、先生でしたか」
 慌てたように門番は戸を開け、そして二人に気づいた。
「貴様ら、見慣れぬ顔だな。何者?」
「こらこら。あのおなご達は拙者の連れでござる」
 ムラサメがぐいっと門番の袖を引いて言った。
「先生の?」
「それより、なにやら邸内が騒がしいでござるな。何事でござる?」
「あ、なんでも賊が潜入してきたとか……」
「まぁ、恐ろしいですわねぇ」
 まるで恐ろしがっているようには聞こえない口調で、のんびりとユカリが言った。
 と、そんな彼等の所に声が流れてきた。
「北門に向かったぞ!!」
「早く追え! 逃がすな!!」
「やれやれ、北門なら、こちらとは逆でござるな」
 ムラサメはぽりぽりと頭を掻いた。そして振り向いた。
「まあ、とりあえずこっちに来るでござるよ」
「はい、わかりました」
 ユカリが頷くと、彼の後に従う。置いて行かれそうになったミハルが、慌ててその後を追った。
「まってぇ、ユカリちゃん!!」
 真夜中。
 コウは、真っ暗な中、目を覚ましていた。
 寝られないのは、今までずっと寝ていたせいだけではない。
 ある単語が彼の頭の中でリフレインを続けているのだ。
『生け贄』
 彼は起きあがると、辺りを見回した。
 スイレンは豪快に大の字になって、カレンはつつましく布団にくるまってそれぞれ眠っている。
 コウは、彼らを起こさないように、そっとドアを開けて外に出た。
 外は満天の星空だった。
 コウは、家の前に転がしてある丸太に腰掛けると、そっと空を見上げた。
 その口から、呟きが漏れる。それはメロディーを為していた。

  おやすみ、おやすみ
  君のうえにも
  僕のうえにも
  みんな一緒に夜は来る
  おやすみ、おやすみ
  夜は優しいお母さん
  どんな人の上にも
  必ずやってくる
  おやすみ、おやすみ
  また明日

「へぇー、上手いねぇ」
「え?」
 コウが振り向くと、スイレンがドアにもたれて彼の方を見ていた。
 彼は身を起こすと、コウに近づいてきた。
「そういえば、あんたのことは全然聞いてなかったね」
「そうだね」
 コウは頷いた。
「俺には、記憶がないんだ」
「記憶?」
 コウは語った。自分が記憶を失ってトキメキ国の海岸に打ち上げられたこと、そしてそれからの冒険の数々。
「ふぅん」
 いつしか、スイレンはコウの隣に腰掛けて、熱心に話を聞いていた。
 その表情は、歳相応の好奇心に満ちた子供のものだった。
「兄ちゃん、ひょろひょろに見えるけど、結構修羅場を潜ってるんだねぇ」
「まぁね」
 コウは肩をすくめた。
「でも、まだまださ。今だってこの有り様だし……」
 コウは呟いた。
「もっと、強くなりたいよなぁ。せめて、俺のまわりにいる女の子を守れるくらいに……」
「俺もさ……。俺がもっと強ければ、カレンに幸せな生活を送らせてやれるのにさ」
 スイレンは悔しそうに拳を握りしめた。
 コウはそっと、その肩を叩いた。
「コウ兄ちゃん?」
「大丈夫さ。カレンは俺達で守ってやろうぜ」
「ああ」
 少年はにっと笑うと、立ち上がった。そして右手を出す。
「約束だぜ、コウ兄ちゃん。カレンは絶対に守るって」
「ああ」
 コウはその右手をがしっと握りしめ、頷いた。
 二人とも、気がついていなかった。家の入り口から、カレンが二人の会話を聞いていたことに。
 カレンは、そっと扉に寄り掛かった。
(コウさん、お兄ちゃん……。私のために……死んじゃうかも知れない。それくらいなら……、いっそ……)
 祭祀の日は明後日に迫っていた。

 夜が白々と明けようとしている頃、ミハルはふと目を覚ました。元々、野山を寝床とする自由な生活を送っている彼女は、日の出と共に目覚め、日の入りと共に休むという生活サイクルが出来ているのだ。
 隣では、ユカリが静かに寝息を立てている。
 ミハルは起きあがりかけて、ふと気がついた。
 部屋の外で、話し声が聞こえたのだ。
「そんなバカな」
「儂の言うことに間違いがあるとでも?」
「……いえ、それは……。しかし……」
(片方は……ムラサメさん、よねぇ。でも、もう片方の声は……お爺さんみたいだけど……)
 ミハルは耳を傾けた。
 外の二人は小声で言い争っているようだ。
「こやつらは、コウの名を出したのだろう? だとすれば、勇者の仲間なのだ。逃げ出した二人と同様にな。捕らえておかねば……」
「しかし、おなごではありませんか」
「甘く見るな。昨日の二人に、私の村民たちが何人倒されたと思っているのだ?」
 一瞬高くなりかけた声をまた低め、老人は話を続けた。
「勇者とやらを倒せれば、村を支配することはしないとアルキーシ様は約束して下さったのだ」
「……拙者、判らなくなってきたでござる」
 ムラサメは呟いた。
「拙者、アルキーシ様に恩義がある故、そして何よりもその考え方、戦乱の続く世を正すためには、ただ一人の支配者で世界を統べるという考えに共鳴したからこそ……。しかし、今やっていることは何なのでござろうか……」
「ええい、お主はアルキーシ様の名代として来ているのだろう? そのお主がそんなことを言ってどうするのだ。……もういい。儂のほうで勝手にするわい」
 いらだったように老人は言った。
 ミハルははっとした。
(のんびりと聞いてる場合じゃないよぉ。逃げなくっちゃ! あ、ユカリちゃんも起こして……)
 彼女が隣を見ると、ユカリは目を閉じたまま、何やら意味不明の寝言を呟いていた。
(もう、ユカリちゃん暢気に寝てるぅ)
 ミハルは絶望的な気分になった。
 しかし、彼女は知らなかったのだ。ユカリの呟きには意味があったことを。
「オン・アビラウンケン・ハニシリョヤテイ・ウン・バッタ・オン・アギマリ・ギャナウテイ・ソワカ」
 ピシィッ
「な、何の音ぉ!?」
 突然、木の裂けるような音が走った。思わずミハルは跳ね起きた。
「大丈夫、ですのよ」
「え? ユカリちゃん?」
 ユカリは起きあがると、床に三つ指をついて丁寧に挨拶した。
「おはようございます、ミハルさん。よくお休みになられましたか?」
「ユカリちゃん、起きてたの?」
「はい。起きてぼぉーっとしておりましたら、なにやらのっぴきならない様子になっておりましたので、部屋に結界を張りましたのよ」
「けっか……何ですかぁ?」
 と、その瞬間いきなり扉が開いたかと思うと、数人の男達が部屋に飛び込んできた。
 正確には、飛び込んで来ようとした。
 バシィッ
「うわぁっ!」
 何かが弾けるような音がして、男達が部屋の外まで吹っ飛んでいく。
 ミハルは目を丸くした。
「ユカリちゃん、これって……」
「はい」
 ユカリはにこっと微笑んだ。
 外から怒声と弁解する声が聞こえてくる。
「何をしておるか!!」
「は、入れません、村長様。何か透明な壁みたいなものが……」
 ミハルはユカリの方を見た。
「でも、これからどうするのぉ?」
「さて、どうしましょう?」
 ユカリは首を傾げた。

《続く》

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