喫茶店『Mute』へ
目次に戻る
前回に戻る
末尾へ
次回へ続く
ときめきファンタジー
第
章 光と闇の織りなす季節
その
誓いの明日

グツグツグツ
コウは美味しそうな匂いで目を覚ました。
起きあがると、カレンが声をかけてくる。
「あ、コウさん。おはようございます」
「おはよ、カレンちゃん。いい匂いだね」
「はい、お兄ちゃんの取ってきてくれた鹿を鍋にしましたから。コウさん、顔洗ってきて下さいね」
「ああ」
コウは布団から出ると、玄関を開けた。そして、脇に積もっていた雪をすくうと、顔に押しつけた。
「うひゃー、冷てぇ。眠気も吹っ飛ぶなぁ」
「うふふっ」
カレンは無邪気に笑った。コウは辺りを見回した。
「スイレンは?」
「お兄ちゃんなら、……あ、帰ってきました」
カレンは奥の方に振り向いた。
スイレンが薪を抱えて囲炉裏端まで歩いてきたところだった。
「あ、コウ兄ちゃん。やっと目を覚ましたね。俺はもう先に食べちゃったよ」
コウは顔を洗うと、囲炉裏端に座り込んだ。カレンがかいがいしく鹿鍋をよそってくれる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
コウは茶碗を受け取ると、一口食べてみた。
「お、こりゃ旨いや」
「そうですか? 嬉しいです」
カレンはにこっと笑った。その笑顔に、コウは一瞬妙な既視感を覚えていた。
(前にもあったのかなぁ、こんな事が……)
「コウ兄ちゃん?」
不意に黙り込んだコウを不審に思ったのか、スイレンが声をかけた。それでコウは我に返った。
「いや、なんでもないよ。それより、スイレン。今日はどうするんだ? 狩りに行くのか?」
「いや。村の連中がカレンを連れていくかも知れないから、今日明日は家にいるよ。祭祀が終わるまでの辛抱だしね」
「……」
コウは首を傾げた。祭祀が終われば、カレンが生け贄になることはもうないのか?
さりとて、祭祀が一つの山であることには変わり無い。その後のことは、この山を越えてから考えればいいさ。
彼はそう考えると、カレンに言いかけた。
「カレンちゃん、おかわり……」
カレンは思い詰めたような表情をしていたが、コウの言葉に気づいて笑みを漏らした。
「はい」
「……」
コウは茶碗に汁を満たすカレンの横顔を見ながら、何となく厭な予感がするのを感じていた。
茶碗を受け取ると、スイレンの方に向き直る。
「スイレン、すっかり忘れてたけど、俺の荷物は?」
「ああ、そこの土間の所に」
スイレンは指さした。
コウの背負い袋、そしてトキメキ国に来たとき一緒に持ってきた長剣と、ユカリの父から譲り受けた小剣“白南風”がそこに揃っていた。
「よかった」
コウはほっと息をついた。
そのコウに、スイレンが訊ねた。
「コウ兄ちゃん。一つ聞きたいんだけどさぁ」
「何?」
「夕べ歌ってた歌、何て歌なの? 俺、気に入っちゃったな」
「ああ、あれか。名前なんか知らないんだけどさ。小さいとき、いつも一緒に遊んでた隣の子がいてさ。夕方になってお別れするときに、また明日一緒に遊ぼうねって約束するときに、一緒に歌ってたんだ……」
コウははっと気づいた。
一瞬、脳裏を何かがかすめた。懐かしい声。
「コウくん。また遊ぼうね。約束だよっ」
「コウ兄ちゃん?」
はっと我に返るとスイレンが彼の顔を覗き込んでいた。
「何か変だよ」
「……ああ」
コウは茶碗を置くと、立ち上がり、土間に降りた。そして、長剣を抜いてみる。
磨かれた刀身に、自分の顔が写る。
(俺は……誰なんだ?)
と、自分の顔の隣に、瞳の色の異なる少女が写った。
カレンが心配そうに後ろからコウを見ているのだ。
(……そうだな。今は自分のことよりも、カレンちゃんを守ることを考えればいいんだ)
パチン
コウは剣を納めた。
「寒いよぉ、ひもじいよぉ」
「うるさくってよ」
雪に覆われた、物置にされているらしい小屋の中に潜む二人であった。
「とにかく、アヤコのいるところは判ってるんだから、あとはコウさんとユカリのいるところを探さないと」
ミラは立ち上がった。
「雪崩の現場まで戻ってみましょうか?」
「ええーっ! 寒いのやだぁ」
だだをこねたユウコが、不意に立ち上がった。今までの表情とは打って変わった真剣な顔。
「聞こえた?」
「ええ」
ミラも頷いた。
「爆発の音ね」
「夕べの村長の家のほうだね。もしかしたら……」
二人は顔を見合わせ、異口同音に叫んだ。
「ユカリ!?」
パラパラッ
壁に開いた大きな穴から、ユカリは外を覗いた。
「仕方がありませんわねぇ。こちらから、失礼させていただきましょう」
「う、うん……」
半ば腰を抜かしていたミハルは慌てて頷くと、変な動物の入った袋を担ぎ上げた。
ユカリはまだ眠っているその動物を覗き込んだ。
「よく、お眠りになっていらっしゃいますねぇ」
「うん。こあらちゃん、寒いところは苦手みたいなの」
ミハルはそう言うと、穴から外に飛び出した。
続いて、ユカリも外に出る。
庭には、一面に雪が積もっていた。
その中を、数人の男達が押っ取り刀で駆けてくる。
廊下にいた村長や村人達も慌てて庭に出てきた。二人を遠巻きにして、周囲に輪を作る。壁に大穴を開けたユカリを恐れているのだ。
と、ふとミハルは視線を感じて上の方を見た。
大きな3階建ての屋敷。その3階のテラスから、一人の少女がこちらを見下ろしている。ミハルはその顔も知っていた。慌ててユカリの袖を引っ張る。
「ユカリちゃん、ユカリちゃん」
「なんでしょうか?」
「ほら、あそこにいる人……」
ユカリはミハルの言うとおりに見上げて、微笑んだ。
「まぁ、アヤコさん、ではありませんか。ご無事だったのですねぇ」
アヤコは、無表情にこちらを見下ろしていたが、やがておもむろにリュートを構えた。何かを呟いたようだったが、何を言ったかまでは聞こえてこなかった。
「ユカリちゃん、何か変だよぉ」
敏感に雰囲気を感じとったミハルが、ユカリの袖をまた引いた。
「そうですかぁ?」
「だって、お友達でしょう? どうして一言も喋ってくれないの?」
ユカリはそれに答えようとした。しかし、彼女の返答がなんだったのかは判らなかった。
その瞬間、アヤコがリュートを弾き始めたからだ。
村長の屋敷を取り囲む、無意味に高い壁をよじ登りきったちょうどその時、ユウコはアヤコがリュートを弾き始めるのを見た。
「やばっ!!」
とっさに、ユウコは耳をふさぎ、様子を見た。
庭にいた全員が身動き取れなくなっているようだ。
ユウコは、アヤコが出てきたときのために用意してきた耳栓代わりの木の実を耳の穴に突っ込むと、懐からくないを出した。くないとは、忍者の使う手裏剣の一種で、短剣のような形をしている。ちなみに、一般的に手裏剣と言われる物は、正確には十字手裏剣という名である。
「ちょっち遠いなぁ。ま、いっかぁ」
ユウコはぼそっと呟くと、くないを投げつけた。
ビィン
その一撃は、アヤコのリュートに突き刺さり、物の見事に弦を切断した。
その瞬間、ユウコは懐から煙球を出すとばらまき、庭に飛び降りた。
ボムッ
一斉に玉が破裂し、辺りはもうもうたる白煙に覆われる。
「あらぁ? 何が起こったのでしょうか?」
「きゃあきゃあ!!」
相変わらずのユカリと、パニックを起こしているミハルのそばに、ユウコが駆け寄ってきた。
「ユカリ! 元気してた?」
「あら、ユウコさん。お久しぶりでございます。お元気そうで……」
「あん、もう。時間がないから挨拶は後々。こっち!」
ユウコはユカリの手を引くと走り出した。慌ててミハルがその後を追いかける。
「ユカリちゃん、待ってぇ! 置いてかないでよぉ」
やがて白煙が晴れたとき、三人の姿はなかった。泡をくった村長が叫ぶ。
「早く探せ!」
一部始終を、壁により掛かって腕を組んで眺めていたムラサメは、そこまで見届けてから歩き出した。
「今のは煙玉。間違いなく忍びでござるな。とすれば……」
「早くいらっしゃい!」
屋敷をぐるっとまわってわざわざ遠い方の北の門まで来ると、待っていたミラが手を振った。彼女の足下には門番の男が鉄扇の一撃を食らってのびている。
「お、ちゃんと仕事してたね。感心感心」
笑いながらユウコが駆け寄ると、扉を開けた。そして振り返る。
「ユカリ、早く……あれ?」
「そっちの女の子は……」
ミラもミハルに気がついて訊ねた。
ユカリがにこっと笑って言う。
「はい、こちらの方は……」
「あん、もう。後々、落ちついてからにしよ」
長くなりそうな気配を敏感に察してユウコが急かす。ミラも頷いた。
「そうね。じゃあ、行くわよ」
「待たれよ」
不意に声がした。四人は振り返った。
そこに立っていたのはムラサメだった。
「ムラサメさん、ではありませんか」
ユカリの言葉に、ユウコが顔色を変えた。
「ムラサメ!?」
「はい、そうですよ」
頷くユカリ。
ユウコは前に進み出ると言った。
「みんな、先に行ってて」
「ユウコ?」
「あたしは、ちょろっとこいつに用があっからさぁ」
そう言いながら、“桜花・菊花”を両手で抜き放つ。
「……判ったわ。後で追いついてきなさいよ」
ミラはそう言うと、ユカリの方を見た。
「行くわよ」
「え? でも、ユウコさんが……」
「ユウコは大丈夫。それより私たちがここにいた方が邪魔になりそうよ」
ユカリにそう言ってから、ミラはユウコの背中に向かって静かに言葉を投げた。
「あなたには借りがあるわ。それを返すまでは、ちゃんと生きていて下さるわよね?」
「ろんもちよ」
ユウコは答えると、ムラサメを睨み付けた。
ミラは駆け出した。ユカリとミハルが振り返りつつも、その後に続く。
《続く》

メニューに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く