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ときめきファンタジー
第
章 光と闇の織りなす季節
その
SEVENTH MOON

四人が見えなくなってから、ユウコは言った。
「初めて逢うね。伝説の最強の侍マスター、ムラサメ」
「……拙者にとっては過去の話でござるよ」
ムラサメは、懐手をしたまま静かに言った。
ユウコは名乗った。
「あたしは、ユウコ・アサヒナ」
「ミツル殿のご息女でござるか」
「いつも聞かされてた。あいつがただ一人、勝てなかった相手のことをね」
チャキッ
ユウコは、右手の“桜花”をムラサメに向けると、叫んだ。
「親父に倒せなかったあんたをあたしが倒せば、あたしは親父を越えたことになるっ!」
「……どうしても、拙者と剣を交えると申すか? 手加減は出来ぬぞ」
「覚悟の上よ」
彼女は頷いた。
彼は両手を懐から出すと出すと、剣に手をかけ、静かに言った。
「では、参られよ」
緊張が、二人の間に張りつめた。
まさにその瞬間。ユウコが動いた。
ムラサメとは逆方向、屋敷の外に向かって走り出したのだ。
「……おろ?」
「じゃー、まったねぇー。バイビー」
微かに声が聞こえたかと思うと、ユウコの姿は開けっ放しの門の向こうに消えていた。
唖然としていたムラサメだったが、不意に笑い出した。
「くふふふ。拙者、してやられたでござるな」
「ムラサメ殿!」
押っ取り刀で村長達が駆けつけてきた。
「奴等は?」
「まんまと逃げられてしまったでござるよ」
「なっ!!」
村長が絶句する間も、ムラサメは愉快そうに笑い続けていた。
翌日の朝日が昇る頃。
「コウ兄ちゃん!!」
コウは、スイレンに叩き起こされた。
「ん……? どうしたんだ?」
「カレンが、カレンが……」
「!?」
コウは飛び起きた。そしてカレンの寝ていた辺りを見る。
そこには、きれいに畳まれた布団があるだけだ。
「カレンちゃんは!?」
「これが……」
スイレンは、紙を差し出した。
「これが、布団の上に……」
「……」
コウは、一応トキメキ国の文字もユカリに習っていたので、何とか読めた。
|
お兄ちゃん、そしてコウさんへ
私は、これ以上二人に迷惑をかけられません。
お兄ちゃん、いままでありがとう。
コウさん、はやく記憶が戻るといいですね。
わたし、幸せでした。
カレン
|
|
「……カレンちゃん……まさか、一人で村長の所へ……生け贄になるって言って……」
「畜生!」
スイレンは駆け出した。慌ててコウが呼び止めようとする。
「おい、スイレン!!」
「俺が、エントリを倒す! なら、カレンが生け贄にされることだって無いだろう!」
そう叫ぶと、彼は愛用の弓矢を手に、外に飛び出していった。
「待て! 待つんだ!!」
コウも、慌てて土間の所に置いてあった2本の剣を掴んで、その後を追いかけた。
しかし、狩人のスイレンの足は速く、あっという間に引き離されていく。
「待てぇ!!」
叫んで追いかけていたが、とうとうコウはスイレンを見失ってしまった。
いつしか、周りは冬枯れの森の中。
「……スイレン……」
コウは、雪の上に残っている彼の足跡を頼りに、再び走り始めた。
一方、その頃、ユウコは小屋に戻って三人と合流した。
ここで改めてユカリはミハルを二人に紹介し、ミハルはやはりコウが何処にいるか判らないことを知ってがっかりした。
それから、四人は相談を始めた。
「アルキーシってやつが、ここにいる魔王の手先の親玉なのは間違いないようね」
ミラが腕を組むと、豊かな胸が納まりきれずにぷにっと横にはみ出すが、それに目を奪われるような趣味は、他の三人にはなかった。
ユウコは訊ねた。
「でも、今はいないんでしょ?」
「そう、言っておりましたねぇ」
ユカリが頷く。
「村長は、アルキーシと約束してる。あたし達とコウを捕まえれば、この村は魔王の支配から外すって」
ユウコは確認するようにゆっくりと独り言のように呟いた。
「つまり、ここにあたし達が来るって事は判ってたはずじゃん。だったら、アルキーシは何処に行ってんのよ?」
「魔王にとって、わたくし達を捕らえるのと同じくらい、いえ、それ以上に重要な用事があるという事ですねぇ」
ユカリが言った。ユウコとミラがはっとし、顔を見合わせて同時に叫んだ。
「“鍵”!!」
「そう、ですねぇ。先日の時も、ヒデさんは、わたくし達がジュカンの町に行くことが判っておりましたのに、そのジュカンの町を留守にしておりましたよねぇ」
「うん。この“鍵”を取りに行くために、ね」
ユウコは、腰の小剣をポンと叩いた。そして、不意に叫んだ。
「ああーっ!!」
「な、なによ。びっくりするじゃないの」
ミラが文句を言ったが、ユウコはそれを無視してミハルの手を掴んだ。
「ひゃっ!」
「ミハル! この指輪、何処で手に入れたのよ!!」
ミハルの左手には、緑色の宝石のはまった指輪がはめられていた。
「ご、御免なさい、ゆるしてぇ」
ミハルは慌てて指輪を外してユウコに渡した。それから泣き出した。
「だって、私、他の女の子に較べて地味だし、可愛くないし……、それで、せめて……綺麗な指輪をはめていれば、少しはコウさんにも……」
「ユウコさん、その指輪に何か?」
ユカリが、泣きじゃくるミハルに寄り添うと、ユウコに訊ねた。
ユウコは、指輪をじっと見つめた。
「間違いないわ。これ、あたしの故郷のトコウスの村にあったはずの指輪よ。……“鍵”のひとつの。そう、ヒデ・ローハンがあの村を焼き尽くして、奪っていった……」
「ミハル、これを何処で手に入れたの?」
ミラが訊ねた。ミハルは、泣きながら話した。
コウを追って、ジュカンの町に入ったこと。壊れてる建物に迷い込んだこと。偶然、隠し金庫を開けてしまったこと。その中に、この指輪が隠されていたこと。
「……そうだったんだぁ」
ユウコは、脱力したように、床に座り込んだ。そして、ちょいちょいとミハルを指で差し招いた。
「……?」
まだヒックヒックとすすり上げながら、ミハルがユウコの前に正座する。
ユウコが右手を挙げた。
叩かれる!
ミハルはそう思って身を縮めた。
しかし、何時までたっても衝撃は襲ってこなかった。彼女は恐る恐る目を開けた。
ユウコがミハルに向かって手のひらを差し出していた。その上には指輪が乗っている。
「これ、あげる」
「え?」
ミハルはユウコと指輪を交互に見比べた。
ユウコはくすっと笑った。
「だってさ、あたし達はもうみんな“鍵”持ってるしぃ、ミハルもコウが好きなんなら、“鍵”の使い手かもしれないじゃん」
「……」
ミハルは、あとの二人の顔も見た。ミラとユカリも頷いた。
「……うん」
彼女は、こくんとうなずくと、指輪を受け取った。
そのとき、袋に入ったまま眠っているはずの変な生き物が、たしかに「にやり」と笑ったのだが、誰もそれには気づかなかった。
「ひょんなことで、見付かっちゃったね、“鍵”がさぁ」
「でもぉ、ここにあるという“鍵”では、ないですよねぇ」
ユカリがのんびりと指摘し、床に寝そべっていたユウコは跳ね起きた。
「そうじゃん! 話がすっかり飛んじゃった」
「今、アルキーシがここにいないっていうことは、ここか、あるいはまた別の所にある“鍵”を探している。いいえ、取りに行っているという可能性が高いわけね」
ミラが話を戻した。
「じゃ、そいつが帰ってきたときに襲っちゃえば、“鍵”も手に入るわけじゃん。超ラッキー」
ユウコが笑ったが、ユカリがやんわりと反論する。
「いつも、うまくいくとは限らないと思うんですのよ」
「そうね。手ぶらで帰ってくる可能性もあるし、もしかしたら、一度ここに戻る前に、直接魔王の所に持っていくことだって……」
「そっかぁ。……ねぇ、ミハルはどう思う?」
「えっ?」
嬉しそうに指輪をためつすがめつしていたミハルは、いきなり指名されて慌てた。
「そ、そのぉ、とりあえずコウさんを探した方がいいと思うの……」
「!」
三人は顔を見合わせた。
「そうだよねぇ」
「はい。わたくしもそう思いますわ」
「それがよろしくてよ」
ユウコは立ち上がった。
「とりあえず、雪崩の所に行ってみようよ。まだ埋まってるとも思えないんだけど、なにか手がかりはあるかもしんないよ」
三人は頷いた。
コウは立ち止まった。
彼の前には、洞窟がぽっかりと口を開けており、スイレンの足跡はその中に向かって消えていた。
そして、人間のそれよりもはるかに大きな足跡も。
コウは思わず、ごくりと生唾を飲み込んだ。そして、腰の長剣を抜くと、洞窟の中に足を踏み入れていった。
その時。
「ウワァァァァッ」
奥の方で、悲鳴が聞こえた。
「スイレン!!」
コウは駆け出した。
《続く》

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