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ときめきファンタジー
章 光と闇の織りなす季節

その ある悲劇

 その頃、ユウコ達は雪崩の後に来ていた。
 昨日ユカリが脱出した跡がまだ残っている。
 4人は手分けして辺りを探していた。
 不意に脇の森の方に行っていたユウコが声を上げた。
「これ!」
「何事なの?」
 皆が集まってくる。
 ユウコは雪面を指した。
 そこには足跡と、そして何か棒のようなものを引きずったような線がついている。
「これが、どうかしたのかしら?」
 ミラが訊ねた。ユウコは肩をすくめた。
「おばさんにも判るように、説明してあげるね。この足跡の大きさと深さから見て、この足跡を残した人はコウくらいの背格好よ」
「でも、狩人かも知れないし……」
 ミハルが呟いたが、ユウコは首を振った。
「そこで、この線が重要になって来るんだなぁ、これが。いーい? 狩人はこんな線を残さないよ。足跡の左側についてるって事からも、これが左の腰にさげた剣を引きずった跡だって事がわかるの」
「左の腰に剣を下げた、コウさんと同じくらいの背格好の人が、ここを通ったという事ですのねぇ。一体どなたなのでしょうか?」
「どわぁー」
 ユカリのぼけに、ユウコは雪の中に突っ込んだ。そして顔だけを向ける。
「あのね、そこまで条件が揃って、どうしてコウがここを歩いていったって考えられないわけぇ?」
「行くわよ!」
 ミラが走り出そうとした。ユウコが雪の中に突っ伏したまま言う。
「ミラ……」
「何かしら? 手短に言って下さる?」
 言われて、ユウコは手短に答えた。
「そっち、逆方向だよ」

 洞窟の奥は広い空間になっていた。そして、その奥に巨大な、そう、高さ10メートルはありそうな石像があった。
 コウは思わず息を呑んだ。
「これが……エントリってやつなのか?」
「コウ……兄ちゃん」
 微かな声が聞こえ、コウはそっちを見た。
 壁に寄り掛かるように、スイレンが座っていた。
「スイレン!」
 コウは駆け寄りかけて、はっと気がついた。
 スイレンの座っている辺りが、赤黒く染まっている。
 少年の顔は、青白く見えた。その傍らに、愛用していた弓が二つに折れて、転がっている。
「スイレンっ!!」
 コウはスイレンを抱き起こした。
「コウ……兄ちゃん……。違う、エントリ……様じゃ……」
「え?」
 言われて、はっと気づくコウ。
 スイレンの背中には、一文字に走る傷があった。刀傷。
「コウ……兄ちゃん」
 少年が弱々しく、手を伸ばす。コウはその手を握り締めた。
「スイレン、帰ろう! カレンちゃんが待ってるんだろう!?」
 コウは叫んだ。スイレンは弱々しく微笑んだ。
「もう……一度……、あの歌が、聞きたかった……な」
「そんなもの、いくらでも歌ってやるよ! だから、死ぬなよ、な!」
「コウ……兄ちゃん。約束……だよ。強く……なって……、大事な人を……守れるくらい……強く……」
 スイレンの全身から力が抜けた。
 その唇から、呟きが一つ、漏れた。
「……カレン……ごめん」
 そして、静寂が辺りを満たした。
「なかなか、感動的だな」
 後ろで声がした。コウは、スイレンを抱いた姿勢のまま、呟いた。
「お前か?」
「ん?」
「お前が、スイレンを……」
 彼は振り向いた。
 そこに立っていたのは、赤い鎧の男だった。
 彼は笑った。
「コウ・ヌシヒトだな。こんな所で逢えるとは、俺も運がいいぜ」
「……なぜだ?」
「あん?」
「なぜ、斬ったんだ!?」
 コウはスイレンをそっと横たえながら呟いた。
 男は肩をすくめた。
「俺がここにいることがばれると厄介だったからな。おおっと、紹介が遅れたな。俺は魔王四天王の一人、炎のアルキーシ・ビッセンだ」
 コウは向き直り、剣を抜いた。
「俺は……今までも、魔王の手のものと戦ってきた。だけど、それは俺の本意じゃなかった。向こうから襲ってきたから、戦ってたんだ。……でも、今回だけは、俺は自分の意志で戦う!」
「ほう? ならば受けて立ち、お前の首を魔王様に献上するか」
 アルキーシは剣を抜いた。そして一言呟いた。
「炎」
 ゴウッ
 刀身が炎をまとう。
「さっきのガキのときには使わなかった秘技だ。伝説の勇者様には、これくらいしないと無礼だからなぁ」
 彼はそう言って笑うや、剣を打ち込んできた
 カァン
「うわぁっ」
 ただの一合で、コウの剣は弾き飛ばされた。そして、コウの喉元に燃える剣がぴたりと突きつけられる。
「……この程度か。勝負にならん」
「くっ」
「死ねよ! 魔王様のために!!」
 アルキーシは、剣を振り上げた。その刹那、コウは死を覚悟した。
(ごめん、スイレン!)
「させないモン!!」
 元気のいい声とともに、何かが飛んできた。咄嗟にアルキーシはコウから剣を引き、それをたたき落とす。
 キィン
 足下に、くないがばらばらと落ちた。
「オン・ヤナウ・サンダサンダ・ソワカ」
 ゴォォォッ
 細かい氷の欠片が、無数の刃と化してアルキーシを襲った。
「おおうっ」
 両腕で顔をかばいながら、アルキーシが後退する。
 コウは振り向いた。
「ユウコさん、ユカリさん、ミラさん!!」
「コウ、大丈夫?」
 ミラが駆け寄ってくると、訊ねた。
 ユウコはそれを見て一瞬むっとした表情になった。そして、腰の“桜花・菊花”を抜き放ち、アルキーシに切りかかった。
「いっくぞぉぉぉ!!」
「炎烈閃!!」
 ゴウッ
 アルキーシが剣を振り下ろしたかと思うと、その軌跡に沿うように炎が走った。
「ひゃぁ!」
 ユウコは咄嗟に、2本の小剣を自分の前で交差させて身をかばおうとした。
 その刹那、小剣が光芒を放ち、そして炎が彼女の前で二つに割れた。
「え?」
 思わぬ光景に、ユウコの方が呆気にとられた。アルキーシは呟いた。
「そうか、勇者を守りし“鍵”の使い手か」
「ふ、ふーんだ。あんたの技なんか通じないよぉーだ!」
 内心ちょっと動揺しつつ、ユウコは駆け寄ろうとした。
 アルキーシは笑った。
「まぁ、よい。“鍵”がここにあることは判ったのだから。じゃあな、勇者とその仲間達よ。命を頂くのは、また今度にしてやろう」
 ゴウッ
 ひときわ高く炎が上がったかと思うと、アルキーシの姿はかき消すように消えた。
「コウくんっ! 無事で……」
 振り返っていつものように陽気な声をかけようとしたユウコは、思わず言葉を飲み込んだ。
 コウは、皆に背を向けて、拳を震わせていた。
「俺に……俺にもっと力があれば……」
「コウさん」
 ユカリが声をかけたが、コウは振り返ろうとせず、足下に横たわる少年をじっと見つめていた。
「その子は?」
 ミラが歩み寄った。彼女には、同じくらいの歳の弟たちがいるので、その年頃の少年を見ると、どうも気になるのだ。
 彼女はかがみ込んで少年の胸に耳を押しつけ、呟いた。
「まだ、間に合うかも」
「え?」
 コウは聞き返した。
「ちょっと待って……」
 ミラは右腕のリングをそっと撫でた。と、同時に腕輪が七色の光を放つ。
 “鍵”の一つであるこの腕輪は、治癒の力を持っているのだ。
 七色の光は少年の身体に降り注いだ。
 ややあって、ミラは顔を上げた。
「ミラさん?」
「出来るだけのことはやったわ。後は、この子の体力次第……」
 彼女はそう答え、コウを見上げた。
「とにかく、早く暖かいところでちゃんと休ませないと」
「ああ」
 コウは頷いて、少年を抱き上げた。重さに一瞬よろめくが、体勢を立て直して小走りに洞窟から出ていく。
 3人は顔を見合わせ、その後を追った。
 その頃。
「あーん、ユカリちゃーん、ユウコちゃーん、ミラさーん、何処行っちゃったのぉ!?」
 森の中で3人とはぐれてしまったミハルは、変な生き物がまだ眠る袋を担いで、途方に暮れていた。
「こあらちゃん、私どうすればいいのぉ?」
 ……つくづく運がないのかもしれない。

《続く》

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