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ときめきファンタジー
章 光と闇の織りなす季節

その 祈り

 コウ達がスイレンの家まで戻ると、ロモイが入り口に立っていた。
「おい、スイレン達がいな……、スイレン!!」
 彼はコウがスイレンを抱いているのに気がついて駆け寄ってきた。
 コウは言った。
「大怪我してるんだ。早く寝かせてやらないと」
「あ、ああ」
 ロモイは慌てて扉を開け、コウは中に入った。
「お、俺、家内を呼んでくるぜ」
 そう言い残し、ロモイは自分の家に駆け込んでいった。

 コウは眠り続ける彼を布団に寝かせ、ミラに訊ねた。
「大丈夫なの?」
「正直、判らないわ。傷は塞いだけれど、出血がひどいし、その上寒さのせいで、体力も落ちてるから……。生き延びる確率は、5割か、それ以下……。私の腕輪では、傷は癒せるけれど、体力までは回復できないし……」
 ミラが答える。
 コウは青い顔をして黙りこくった。
 彼女はそのコウの顔を見て、ふっと微笑んだ。
「コウ、外で気分転換でもしてきなさい。この子は、私が見ているから」
 コウは黙って頷くと、立ち上がった。
 ちょうど入り口で、慌てて駆け込んできたロモイとワカナイとすれ違う。
「あ、コウさん、スイレンは?」
「奥です」
 そう言うと、彼はそのまま出ていった。二人は顔を見合わせたが、ともかく奥に入っていった。
 外は、相変わらずの雪景色に白く染まっている。
 彼は、丸太に腰掛けると、両手に顔を埋めた。
 その唇から呟きが漏れる。
「……結局、俺は何の力にもなれないんだ……」
「そのようなことは、無いですよ」
 コウが顔を上げると、ユカリが微笑んでいた。
「お隣、よろしいでしょうか?」
「え? ああ」
 ユカリは、積もっていた雪を払うと、丸太に腰掛けた。
 コウは雪に覆われた風景を見ながら呟いた。
「今日も、俺は何にも出来なかったよ。みんなが来てくれなかったら、俺もスイレンも、あのアルキーシに殺されてたはずだ。スイレンは今も助かるかどうか判らないんだぜ」
「コウさん……」
「結局、いつだって俺はみんなのお荷物なんだよ……。勇者だ何だって言ったって……」
「……失礼いたします」
「え?」
 パシン
 乾いた音がした。ユカリがコウの頬を平手打ちしたのだ。
 ユカリは、いつもは細めている目を大きく見開いていた。
「わたくし、ユウコさん、ミラさん、そしてミハルさんも、アヤコさんも、どうしてあなたと旅を続けているか、おわかりですか?」
「……」
「みな、あなたがいないと何もできないからです」
 彼女は静かに言った。
 コウは虚を突かれたように聞き返した。
「俺が……いないと?」
「ええ」
 ユカリは首を縦に振った。
「わたくし、雪崩に襲われて、丸一日雪の下に閉じこめられておりました。とても怖かった。でも、あなたの事を思えば、耐えられました。もう一度あなたに逢いたい、そう思えばこそ、生き延びることが出来たのです。ユウコさんたちも、思いは同じはずです」
 ユカリは一度言葉を切り、コウの手を取った。
「コウさんが無力などということはありませんよ。わたくしが、いまここにいるのはコウさんのおかげなのですから」
「ユカリ……さん」
 コウは微笑んだ。
「ありがとう」
 扉の影で、そっとそれを見ていたユウコは、ふっとため息をつくと、扉にもたれ掛かった。
「ま、いっかぁ。今回は、ユカリに花を持たしたげるね」
 コウとユカリが家の中に戻ってくるのを待って、スイレンの世話をロモイ達に任せ、4人は情報交換を行った。そしてその時になって初めて、ユウコはミハルがいないのに気がついた。
「大変! 何処ではぐれちゃったの?」
「全然、気がつきませんでしたねぇ。でも、またお逢いできると、思いますよ」
「……ユカリってときどき薄情ね」
 コウが口を挟んだ。
「話が見えないけど。ミハルって……もしかして、あの変な髪型の、変な動物連れてる娘のこと?」
「そ」
 ユウコは頷き、ユカリと偶然出逢ったこと、“鍵”の一つを持っていることを「簡潔に」話した。もっとも、彼女もコウのことを好きだとは、話さなかったが。
(むやみにライバル増やしてもしょうがないっしょ?)
 そう思う彼女は、遥か西方にも彼を慕う女の子が何人もいることを知る由もなかった。
「それより、コウさん。この子は誰なのかしら?」
 ミラが眠るスイレンを心配げに見守りながら訊ね、コウはそれに答えてスイレンとカレンの兄妹のこと、エントリとその祭祀の事、そしてアルキーシとの対決の事を話した。
 聞き終わったユウコは頬杖をついた。
「なーんか見えそうで見えないねー。全体がさぁ」
「整理してみる価値はありそうね」
 ミラは頷いた。
「まず、この村の荒神エントリが眠りから目覚めて暴れはじめた」
 ミラが指を折る。ユウコが頷いた。
「麓の村の宿の主人も言ってたね。この辺りで身の丈10メートルはありそうな化け物を見たって。きっとそれのことよ」
「そうね。そして、それと前後して、アルキーシがここにやってきた。アルキーシは私達が“鍵”を求めてここに来ることを見越して、村長に魔王の支配の免除を条件にあたし達を捕まえることを指示した」
「どうして、魔物を使うとか、魔王の軍を使うとかしないで、そのような面倒なことをしたのでしょうか?」
 ユカリが小首を傾げた。
「それは問題として置いておくわ。今は事実だけを並べましょう」
「判りました」
 ミラの言葉に彼女は頷いた。ミラは続けた。
「そしてアルキーシは、ムラサメを名代として村長を監視させ、自分は何処かへ行っていた」
「その場所は、今日判ったよね。エントリの社」
 ユウコが言った。
「そうね。そして、アルキーシは言ったわ。『“鍵”がここにあることは判った』って。判っているのなら何故取ってしまわないのかしら?」
「結界のせいですわ」
 不意にユカリが言った。皆が彼女を見る。
「結界?」
「はい」
 ユカリはにっこりと笑った。
「洞窟に入る前に、術を使って中の様子を探りましたよねぇ。その時、あの像の下に空間があることも判っていました。でも、結界が張ってあって、詳しい様子は判りませんでしたのよ」
「そういう事は早く言いなさいよ、まったく」
「はぁ、どうもすみませんでした」
 むっとしたミラに悪びれない様子で謝るユカリだった。
 ユウコが言った。
「そうすると、その結界の張ってある部屋に、“鍵”がある。そしてその結界は、アルキーシにもすぐには破れないものだったってこと?」
「みたいね。あっ!!」
 突然、ミラは膝を打った。コウに訊ねる。
「明日、エントリの祭祀が行われるって言ったわね?」
「ああ。……そうか、祭祀になれば、普段開かない封印の間を開けるって事も……」
「なーる」
 ユウコもポンと膝を叩き頷いた。
 ユカリはにこっと笑った。
「それで、納得がいきましたねぇ。何故わたくしたちを捕らえるのに村人を使ったのかが。祭祀を行わせるという役目があったから、村の人達に無用の動揺を起こさせるような行動はとれなかったのですねぇ」
「エントリの復活そのものも、アルキーシ達の狂言かもしれないな。祭祀を行わせるための、さ」
 コウは呟いた。
「そして、エントリの社に奴がいたのは、もちろん“鍵”の場所の確認もあっただろうけど、もう一つ、あそこに村人が行けば、エントリの仕業じゃないってばれるから、あそこで待ちかまえて、やってきた村人を片っ端から殺してたんじゃないかな」
「どうして、そう思うの?」
 ミラが訊ねた。コウは眠るスイレンを見やった。
「俺が駆けつけたとき、スイレンは言ったよ。エントリ様じゃないって。俺には判らないけど、村人達が見れば何か判ったのかも知れない」
 黙って聞いていたロモイが口を挟んだ。
「エントリ様がお怒りになっていらっしゃるとき、その目は赤く染まる、そう言われてるんだ」
「赤くは、ありませんでしたわねぇ」
 ユカリは小首を傾げ、頬に人差し指をあてながら呟いた。
「やっと、見えてきたね」
 ユウコがにこっと笑った。
 ミラが腕を組んだ。
「残る問題は、アヤコのことね」
「敵に洗脳されたって?」
 コウが訊ねると、3人は頷いた。
 ユウコが言う。
「まぁ、耳栓してれば問題ないと思うんだけどね。アヤコの曲は」
「戦うのなら、ね」
 と、ミラ。
 コウは訊ねた。
「前にユウコさんがやられたみたいに、身体だけ乗っ取られてるとか、そういうことなのかな?」
 ユウコは頭を振った。
「わかんない。いろんな方法があるからねぇ」
「うーん」
 コウは腕を組んで唸った。その肩をユウコがポンと叩く。
「ま、なるようになるっしょ。あたしの言うとーりにすれば」
「え?」
 彼が顔を上げると、ユウコはにこーっと笑った。
「ひとつ、思いついたんだぁ」

《続く》

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