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ときめきファンタジー
章 光と闇の織りなす季節

その HOLLY LONELY LIGHT

 翌日、祭祀は始まった。
 村長を先頭に、そして、その後ろに輿を担いだ8人の男がゆっくりと歩く。
 飾り付けられた輿の上には、白い着物を着たカレンが座っていた。
 さらにその後に、皆一様に黒っぽい長衣をまとった村人達がぞろぞろと続く。
 彼等の後から、アルキーシ、ムラサメ、そしてケイイチとアヤコも歩いていた。数人の村人がちらちらと4人を伺っていたが、無論彼等は無視している。
 ムラサメは、腕を組んで考え込むような表情で歩いていた。そして、アルキーシに訊ねる。
「アルキーシ殿」
「何だ?」
「……いえ。失礼」
 ムラサメは俯いた。アルキーシは一瞬、その顔に視線を走らせた。

 程なく一行はエントリの社である洞窟に着いた。そのまま奥に入っていくと、巨大なエントリ像のある所にたどりつく。
 エントリ像の前で、一旦輿は降ろされた。
 村長が何やら呟き始める。
「かしこみ、かしこみ……」
 意味のあるような、無いような詠唱が高く低く続いた。そして、終わる。
 村長は一息つくと、後ろの男達に指示し、彼等はエントリ像の下にある石畳をめくった。
 めくった下に、階段が現れる。
 村長は一息つくと、次の指示を出そうとした。しかし、それはアルキーシの声で遮られる。
「よーし、御苦労」
「え?」
 アルキーシは大股に歩み寄ると、階段を降りようとした。慌てて村長が止めようとする。
「お待ち下され、アルキーシ様。これより先は聖域でございます。いかにアルキーシ様といえど、お通しするわけには……」
「どけ、おいぼれ! もうてめえらに用はねぇ」
 ガシィッ
 アルキーシは無造作に村長を殴りつけた。軽々と飛ばされる村長。
 それを見て、村人達がざわめき立つ。
 ケイイチが、アヤコにむかって顎をしゃくった。アヤコは頷き、リュートを弾き始める。
 とたんに、殺到しようとしていた村人達の動きがぴたっと止まった。
「意外にあっさりだったな。策を弄しすぎたかもしれん」
 アルキーシはそう呟いて、階段を下りようとした。
「待て!」
 突然、声が響いた。
「ん?」
 アルキーシが振り返ると、数人の村人達が駆け寄ってきた。
「なんだ、お前達は」
「アルキーシ、お前らに“鍵”を渡すわけには、いかないっ!」
 コウは、黒い長衣をかなぐり捨てた。ユウコ、ユカリ、ミラの3人もそれにならう。
 ユウコの発案で、彼等はロモイやワカナイに協力してもらって、村人達のふりをして潜んでいたのだ。ちなみに、彼等にはここに来る代わりに、スイレンの世話を頼んでいる。
 アルキーシは面倒くさそうに、ケイイチに言った。
「任せた。どうやら耳を塞いでいるようだしな」
「はっ」
 アルキーシの言ったとおり、耳栓をしてアヤコの呪曲をカットしていた皆には、二人が何を言ったのかは全く判らなかった。
 ケイイチは、背中の竪琴を降ろした。それを見て、ユウコがはっとした。
「あいつ、もしかして!」
 彼女は思いだしたのだ。最初の雪崩の時、彼女達を動けなくした曲のことを。
 ケイイチに向かって駆け出すユウコ。しかし、遅かった。
 彼はにっと笑い、竪琴を奏でたのだ。
「!!」
 ユウコは驚愕の表情を浮かべた。いや、ユウコだけではない。コウもミラも。
 聞こえるのだ。耳を塞いでいるはずなのに、ケイイチの奏でる曲が。
 たちまち、四肢が強ばり、動けなくなる。あの雪崩の時のように。
「く、くそっ」
 呻いて、コウはふと輿を見た。
 こっちを心配そうに見つめるカレンと、視線があった。
 その瞬間!
 カレンの顔に、懐かしい顔がだぶって見え、コウの耳に、はっきりと声が聞こえた。
『コウくん!』
「シオリ!!」
 コウは叫んだ。

 そうだ。どうして忘れていたんだろう?
 俺は、シオリを助けるために、それだけのために旅に出たんだ。
 あいつを魔王から助け出すまでは、死ぬわけには、いかない!!
 俺はシオリを助ける。何があったって!

 その瞬間、コウの身体から強ばりが消えた。コウは剣を振り上げながらケイイチに飛びかかる。
「うぉぉぉぉ!」
「なっ」
 とっさにケイイチは左手で、腰から細い長剣を抜いてその一撃を受け流した。
「わが魔曲を打ち破っただと?」
 曲が途絶えた瞬間、他の3人も自由を取り戻した。
 ユウコがそのままアルキーシに向かってダッシュする。
 と、その前に、ふらりと人影が立ちふさがった。
 ユウコも急ブレーキをかけ、その男と向かい合う。
「今度は、逃げないのでござるな」
 ムラサメは、ゆっくりと剣を抜いた。
 ミラは無言でそのユウコの脇を駆け抜けていく。そのままアルキーシを止めようというのだ。
「でやぁ!」
「甘いわぁっ!」
 キィン 
 コウの剣が、ケイイチの剣に巻き上げられ、そして弾き飛ばされた。
「くっ!」
「聞け! 我が究極の美を!!」
 ケイイチは再び竪琴を奏でた。途端に再び、皆の身体が動かなくなる。
 アルキーシはそこまで見届け、階段を下りていった。
 ムラサメは、剣を引いた。斬られると思って、半ば観念していたユウコが拍子抜けしたように彼を見る。
「?」
「……拙者、卑怯な勝負はせぬ」
 彼はそれだけ言うと、階段を見つめた。
「く、くそぉ」
「はっはっはっはっ」
 ケイイチは笑うと、さらに曲のテンポを上げた。
 途端に激しい頭痛が4人を襲う。
「くっ」
「きゃぁぁっ」
 コウは、アヤコを視界の端に見た。
 無表情に、リュートを弾き続ける彼女。
「違う……」
 彼は呟いて、よろよろと歩み寄った。
「無駄だ。その女は我が美の下僕よ!」
 ケイイチが叫ぶが、コウは無視して、アヤコの肩を掴んだ。
 アヤコは無表情のままだ。
 コウはその肩を揺さぶった。
「アヤコの歌は、そんなものじゃなかったんじゃないのか!?」
 叫んでも、アヤコは何の反応も示さない。
 その瞬間、コウの脳裏に天啓のように何かが閃いた。
 彼は、歌い始めた。
 幼い頃、隣に住んでいた少女と、毎日別れるときに歌っていたあの歌を。
 その少女への想いを込めて。

  おやすみ、おやすみ
  明日も一緒に
  遊ぼうね
  いつでも一緒に
  遊ぼうね

 アヤコの手が、ぴたりと止まった。虚ろだったその瞳に、次第に輝きが戻る。
「莫迦な!」
 ケイイチが、驚いて叫んだ。
 コウは、耳栓を外し、言った。
「アヤコ、君の歌を……」
「……コウ……」
 アヤコはこくりと頷いた。
「させるか!!」
 その瞬間、一本の矢が飛んだ。ケイイチが目にも留まらぬスピードで、弓に矢をつがえて放ったのだ。
 ビィン
 異様な音を立てて、リュートを矢が貫通する。
「なっ」
 アヤコは絶句した。
 ボディに傷が一つついただけで、そのリュートの奏でる音質は変わってしまう。楽器とはそれほどデリケートなものなのだ。ましてや、そのリュートはアヤコとともに長い旅をしてきた、彼女にとってはもう一人の自分のようなものだった。
 アヤコは一瞬茫然自失した。
 その瞬間、もう一本の矢が、真っ直ぐにアヤコの心臓めがけて飛んだ。
「危ない、アヤコ!」
 ドシュッ
「があっ」
 とっさにコウはアヤコの前に飛びだし、その矢は、コウの身体を貫いていた。
「コウっ!!」
 我に返ったアヤコが、悲鳴を上げた。その頬を、コウの身体から吹き出した血が赤く彩った。
 そのまま、ゆっくり倒れかけるコウを、アヤコは半ば無意識に抱き留めていた。

 アルキーシは、部屋の奥の祭壇に歩み寄った。
 その上には、白い丸い玉のようなものが置いてある。
「これが……“鍵”か?」
 アルキーシは、それを掴んだ。
「お待ちなさいな」
 不意に声がかかり、アルキーシは振り向いた。
 そこには、一人の女が立っていた。
「それを、取らせはしませんわ。コウさんのためにも」
「“鍵”の使い手か?」
「おーっほっほっほ」
 ミラは高笑いを上げ、そして鉄扇でピシッとアルキーシを指した。
「勝負!!」
「勝負になるか!」
 ゴウッ!!
 アルキーシから炎がのびた。とっさにミラはとんぼ返りを打って後退した。
「なに、今のは?」
「我は炎のアルキーシ。炎は我が眷族だ」
 そう言うと、アルキーシはさらに炎を放った。
「くっ。狭いところでは不利ね」
 ミラは階段を駆け上がった。アルキーシはそれを追って、悠々と階段を上がる。
 コウを抱き留めた形のまま動けないアヤコに向け、ケイイチは再び弓を構えた。
「これで、終わりだ!!」
 ビィン
 矢は、真っ直ぐアヤコめがけて飛んだ。彼女はそれに気づいていない。
 ケイイチは勝利を確信した。
「取った!」
「オン・マリシエイ・ソワカ・ダンバヤハッタ・ウン」
 キィン
 ユカリが横合いから一条の光線を放った。その光線が空中で矢を貫き、へし折った。
 驚いて視線をそちらに向けるケイイチ。
「何!?」
「それ以上は、させませんわ」
 ユカリは微笑んだ。
「くっ、魔法使いか! ならば!」
 ケイイチは剣を抜いた。ユカリが術を放つ。
「マリシエイ・ソワカ!」
 光線が、ケイイチに向かって伸びる。
「なんの!」
 ケイイチは剣でそれを跳ね返す。ユカリは目を丸くした。
「まぁ、凄い剣ですねぇ」
「死ね!」
 彼はその剣を振り上げ、ユカリに振り下ろした。
 ガキィン
 金属同士が触れあう音がし、火花が散った。
「ちょっとぉ、あたしに苦労させないでよねぇ」
 ユウコが“桜花”と“菊花”を交差させ、ケイイチの剣を受け止めていた。
「何!? この剣の一撃を受けるとは、まさかそっちも魔法剣だというのか!?」
「そーよっ!」
 二人は飛びすさり、互いに距離を置いた。
 ちょうどそこに、階段からミラが駆け上がってきた。そしてユカリに向かって言う。
「ちょっと、手伝って下さらないかしら?」
「はい、よろしいですよ」
 ユカリは切り結ぶケイイチとユウコをちらっと見てから答えた。
 階段を上がりきると、ミラが無防備に立っていた。アルキーシはにやりと笑った。
「覚悟を決めたか、女」
「どうかしら?」
 ミラは妖艶に笑った。アルキーシははっとして脇を見た。
 真横に、ユカリがいた。その手から、氷の刃を乗せた風が吹き出す。
「うわぁぁっ」
 不意をつかれ、よろめいたアルキーシの手から、玉が飛び出して転がり、男の足に当たって止まる。
 その男、ムラサメは黙って玉を拾い上げた。アルキーシがホッとして声をかける。
「よし、ムラサメ。その玉を渡せ」
「だめぇっ!」
 ケイイチの相手をミラとバトンタッチし、ユウコがムラサメに駆け寄る。
「それを渡しちゃ、駄目なんだからぁ!!」
「……ひとつ、答えていただきたい」
 ムラサメはユウコを無視して、アルキーシに訊ねた。。
「魔王が支配する世界。それは人が皆幸せに暮らせる世界なのか?」
「何を……」
 アルキーシは戸惑いの表情を浮かべた。
 ユウコは、足を止め、二人の様子を窺った。
「拙者、アルキーシ殿の所行を見て、迷いが生じたのでござる。魔王がただ一人、世界を支配する。それによって、国と国との無益な争いによって不幸になる者はいなくなるであろう。だが、それが必ずしも個人の幸せを約束するものではない」
 ムラサメは呟いた。
 アルキーシは笑った。
「何を訳の分からぬ事を。魔王様の世界は魔王様の御意志のままだ。さぁ、それを渡せ」
「……渡さぬ」
 ムラサメは、左手に玉を抱いたまま、右手で剣をぴたりとアルキーシに突きつけた。
「拙者が間違っていたでござるよ」
「何だと?」
「拙者、確かに今の世を憂い、心を痛めている。だが、心優しき者、力弱き者が幸せに暮らせない、そんな未来は願い下げだ」
 ユウコは、不意にぞくっと身を震わせた。
(目が……違う。これが、あの最強の侍マスター、ムラサメの本当の姿なんだぁ……)

《続く》

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