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ときめきファンタジー
章 光と闇の織りなす季節

その 第5の鍵

「コウ、どうして……」
 アヤコは、コウを抱きしめた。
 コウは呟いた。
「約束、したんだ」
「プロミス、約束?」
「……守れるくらい、強くなるって」
 コウは笑った。そして、そのままくずおれるように倒れる。
「コウ!」
 アヤコは慌ててかがみ込む。
 コウは、片手を伸ばした。アヤコはその手をぎゅっと握った。
 奇しくも、その光景は丸一日前のコウとスイレンのそれと同じだった。
「……コウ」
 アヤコの紫紺の瞳から、真珠のような涙が一粒、コウの頬に落ちて弾けた。
「……アヤコ」
 コウは、アヤコの手を握り返した。そして身を起こそうとして咳き込んだ。
「コウ、無茶しちゃダメっ!」
「……お願い、だよ」
 彼は、荒い息をつきながら、アヤコの瞳を見つめて、言った。
「ホワット、何?」
「……聞かせて、欲しいんだ。……アヤコ、君の……歌を」
「ダメよ。あたしのリュートは……もう……」
 アヤコは激しく頭を振った。
 今まで彼女が片時も離さなかった愛用のリュートは、ケイイチの矢に貫かれ、もう音は出せなかった。
「あのリュートが無いのよ。楽器なんて、なにも……」
「……違うだろ」
 コウは微笑んだ。
「アヤコ……楽器なんか、じゃない。……歌は……心……だろう?」
「!!」
 アヤコは目を見開いた。
「コウ……、あなた……」
 彼は、言った。
「アヤコ、歌ってくれ」
「……」
 アヤコは無言で頷いた。

 アルキーシはうなり声を上げた。
「裏切ったな、ムラサメ」
「裏切ったのは、アルキーシ殿の方でござる」
 ムラサメは平然と答えると、玉をユウコに放った。慌てて受けとめるユウコ。
「ムラサメ……さん?」
「それは、君たちのものでござるよ」
 ムラサメはそう言って微笑み、そしてアルキーシに斬りかかった。
 アルキーシはさがりつつ剣を抜き、叫んだ。
「ケイイチ!」
 ケイイチは頷き、アルキーシに駆け寄った。
 彼はムラサメを指した。
「裏切り者に聞かせてやるがいい」
 ケイイチは竪琴を構えようとした。
「させぬ!」
 ムラサメは地を蹴った。そのまま刀が唸る。
 キィン
 その一撃を、ケイイチは細い剣で受けていた。
 ユウコは思わず目を見張っていた。
「今のを受けた? あいつ、ただの吟遊詩人じゃない!?」
「ちっ。ならばっ!!」
 さらにムラサメは、目にも止まらぬ勢いで剣を振るう。横から縦、静から動への見事なまでの連携。
 ユカリが呟いた。
「ヒエン流奥義、流星驟雨斬ですねぇ。まさか、お目にかかれるとは思いませんでしたわ」
 ガキィン
「しまった!」
 縦横無尽の剣技を受けきれず、ケイイチの手から剣が吹き飛ばされた。数メートル離れた地面に突き刺さる。
 ムラサメは、ケイイチに剣を突きつけた。
「これまでで、ござるな」
「そうかな?」
 ケイイチはにっと笑った。
「何を……」
「戦女神よ、我が敵をその槍で打て!」
 シュバッ
 唐突に、光の槍がムラサメに襲い掛かった。とっさにムラサメはケイイチから剣を引き、その槍を切り捨てる。
「……!」
 ユカリが眉をひそめ、何事か呟いた。
 ユウコが思わず叫ぶ。
「うっそぉ! 今の、魔法じゃん!!」
 次いで、さらに呪文を唱えかけたケイイチは、はっと気づいたように辺りを見回した。
「精霊が、消えただと!?」
「はい、消させていただきました」
 ユカリは微笑んだ。彼女の呟きは、精霊を封じる呪文だったのだ。
「おのれ! 剣よ!!」
 彼は叫んだ。はっとしたユウコが叫んだ。
「危ない!!」
「!?」
 ビュッ
 剣が、まるで意志を持つように独りでに飛び、危うく身をかがめたムラサメをかすめた。そのまま、ケイイチの手に収まる。
「バカな……」
 ムラサメは愕然と呟いた。その隙を見逃さず、ケイイチは竪琴を構え、かき鳴らした。
「し、しまっ……」
 ムラサメの身体が動かなくなる。彼は、ケイイチを睨んだまま、ユウコに言った。
「ユウコ殿、早く、その“鍵”を、相応しい者に渡すでござる!」
(あたしも、ミラも、ユカリも“鍵”は持ってる。……もしかしたら!)
 ユウコはアヤコに玉を放り投げた。
「アヤコ、これ使って!!」
「アイシングアソング。歌うわっ!」
 アヤコは叫びながら立ち上がった。
 その瞬間、声が響いた。
『娘よ。汝が心のうちに秘めし勇者への想い、とくと確かめた。汝にメモリアルスポットが一、“楽”の象徴を託す』
 玉が空中で光輝いた。みるみるうちに形が変わり、そしてアヤコがそれを受けとめたとき、それはリュートになっていた。
「こ、これは……」
 アヤコは、一瞬躊躇った。吟遊詩人は、なかなか使い慣れた楽器以外は使うものではない。
 その時、コウの声が脳裏をよぎった。
『歌は……心だろう?』
「イエス、そうよ。どんな楽器でも、ううん、たとえ楽器がなくったって!」
 彼女はリュートを構え、軽く鳴らしてみて、驚きの表情を浮かべた。
 そのリュートは、まるで彼女のために作られたかのように、すっと馴染んだのだ。
「いける!」
 ギュィーン
 彼女は左手を滑らせた。リュートはおよそリュートらしからぬ、それでいていかにもアヤコらしい絶叫を上げた。
 アヤコは叫んだ。
「ヘイ! みんな、あたしの歌を、聞きなさーいっ!!」
 ケイイチは、アヤコを見て、バカにしたように笑った。
「くだらん! また、我が究極の美の下僕になるがいい!!」
 彼は、さらに曲の勢いを増した。その途端、今まで動けなかったムラサメのみならず、ユウコもユカリも、そしてミラも身体が動かなくなる。
 アヤコは、ちらっとコウを見た。コウは頷いた。
 そして、彼女は向き直ると、歌いはじめた。

  目覚めるんだ 瓦礫の中から
  立ち上がるんだ 廃虚の中から
  絶望なんかいらない
  憎しみも 哀しみも 怒りに変えて
  総てをいま ぶつけるんだ

   勝つために 勝ち取るために
   僕らは今 武器を取る
   勝つために 勝ち取るために
   僕らは今 立ち上がる!

「ば、莫迦な!」
 ケイイチの竪琴の音が、かき消されていくのを感じ、彼は愕然とした。
 耳から、アヤコの歌が流れ込んでくる。
「魔曲が、呪曲に破れるはずが……」
「そんなこと、関係ないわ!」
 アヤコは叫んだ。
「熱いハートの問題よっ! アイヒート! あたしは、今燃えてるの!」
 ケイイチはついにがくりと倒れた。その手から、竪琴が転がる。
 そのとたん、今まで動けなかった四人は動けるようになった。
 しかし、アヤコは歌い止めない。
 やがて、ケイイチの身体から、黒い煙のようなものが浮かび上がる。
「な、何よぉ、あれ」
 ユウコが目を丸くして見る。
「魔界の者よ。あれがケイイチにとりついて、彼に魔曲を使わせていたんだわ!」
 アヤコは、そう叫ぶと、さらにリュートを奏でる手を動かした。
 ピッ 
 鮮血が迸った。細い弦がアヤコの指に傷を付けたのだ。
 しかしアヤコは一瞬顔をしかめただけで、その手は休めようとはしない。
「魔物、ね。よおーし、いっくぞぉー!」
 ユウコは“桜花・菊花”を構え、突っ込んだ。
 二本の小剣がきらめく弧を描いた。
 ギャァァァァッ
 この世の者とも思えない悲鳴を上げ、黒い煙はそのまま消滅した。
 それを見届けて、アヤコはほっと息をついて、手を止めた。そして、手から血が滴り落ちるのも無視して、コウに駆け寄る。
「コウ!」
「アヤコ、さん。ありがと」
「え?」
 怪訝そうな顔をするアヤコに、コウは微笑んだ。
「俺、思い出したんだ。シオリのことも、西方のみんなのことも、全部」
「リアリー、ほんとに?」
「ああ」
「グラッド、嬉しいわ」
 アヤコはコウを抱きしめ、呟いた。
「……コウ……アイラブユー」
「え? いま、なんて言ったの?」
「ううん」
 アヤコは首を振った。
「なんでも……ないわよ。なんでも……」

「アルキーシ、覚悟するでござる!」
「ちっ」
 ケイイチが倒れるのを見たアルキーシは舌打ちした。そして、打ちかかってくるムラサメの剣を、自分の炎をまとった剣で払いのける。
「この場は、これで引いてやろう。だが、忘れるな! 俺に屈辱を味あわせたことをな! 勇者よ、貴様は俺が倒す!」
「カニシャエイ・ソワカ!」
 ゴウッ 
 吹雪が吹き出す。危うくそれをかわしたアルキーシに、ユカリがにこっと微笑んだ。
「その時は、わたくしたちが全力でお相手いたしますわ」
「くっ!」
 アルキーシは剣を掲げた。一瞬炎が上がり、その姿が消え失せていった。

《続く》

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