喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次章予告

ときめきファンタジー
章 光と闇の織りなす季節

その MY SOUL FOR YOU

「ふぅ」
 一息ついたミラは、辺りを見回した。その目に、アルキーシに突き飛ばされたままの姿勢で呆然としている村長が写った。
「……儂は……」
「騙されたのよ」
 ミラはあっさりと言った。村長が顔を上げる。
 彼女は言葉を続けた。
「あいつらの目的は、ツカンの村の秘宝、つまり、“鍵”を奪うことだったってわけ。あんた達は利用されただけよ」
「そんな……儂は村のために……」
 村長は呆然として呟いた。
 ミラは、静かに言った。
「約束するときには、相手を選ぶものよ」
「おばさーん!!」
 ユウコの声がした。ミラはわずらわしげに髪をかき上げた。
「また、あのガキ……。それじゃ、失礼」
 彼女はコウが倒れているところに駆け寄っていった。
 それを見送る村長に、剣を納めたムラサメが話しかけた。
「お互い、見事に騙されたでござるな。あのアルキーシに」
「……」
 無言のまま、地面を見つめる村長の肩を、ムラサメはポンと叩いた。
「村長が騙されたのは、村を思うが故でござろう? 気に病むことはござらんよ」
「儂は……どうすればいい?」
 彼は、しわがれた声で呟いた。ムラサメは微笑して答えた。
「それは、拙者の考えることではござらんが……、とりあえず皆を家に帰した方がいいでござるよ」
「そ、そうだな」
 村長は立ち上がった。

「コウさん!」
 カレンが輿から飛び降りて、コウの所に駆け寄った。傍らに膝をつく。
「コウさん……」
「カレン……ちゃん。無事かい?」
「……はい」
「よかった」
 コウは微笑んだ。
 ミラが駆け寄ってくると、コウを貫いたままの矢を見て眉をしかめる。
「一度引き抜かないといけないわね。コウ、我慢して」
「……ああ」
 ミラは、突き出している矢を掴んで、思いきり引いた。
 コウは歯を食いしばって激痛に耐える。
 すぐにミラは腕輪をかざしてコウの傷を癒していった。
 そこにユウコが駆け寄ってくると、話しかけた。
「お疲れ!」
「ああ。ユウコさんも」
「やだなぁー、もう。そんな他人行儀な呼び方してさぁ。ユ・ウ・コって呼んでよぉ」
「コウさんは疲れているのよ。無駄口を言ってるんじゃないの」
「なによぉ、オバン」
「なんですって?」
 たちまち起こる二人の口げんかを聞きながら、コウはほっとした。何となく日常が戻ってきたような気がしたからだ。
「ん……」
「気がついたみたいね、ケイイチ」
 ケイイチが目を開けると、アヤコの顔が飛び込んできた。
 彼は呟いた。
「アヤコ・カタギリ……」
「イエス、そうよ」
「……すまん。俺は……」
 ケイイチは身を起こした。そして、傍らに落ちていた竪琴を拾い上げる。
 アヤコは訊ねた。
「ねぇ、何があったの?」
「……俺は、あんたを追って、東へと旅を続けていた。その途中だった」
 彼は語った。
 アヤコの演奏に、自分の腕が及ばない、そのもどかしさ。
 その心の隙をつかれ、魔物に心を売り渡してしまったことを。
「……でも、魔曲でも、アヤコには負けた。……俺は、結局……」
「ケイイチ……」
「畜生!」
 ケイイチは、竪琴を地面に叩きつけようとした。
 その瞬間だった。
 アヤコは、ケイイチの唇に、自分の唇を重ねていた。
「!?」
 硬直するケイイチ。
 アヤコは唇を離すと、にこっと笑った。
「サプライズ、驚いた?」
「ア、アヤコ?」
「もっと自信持ちなさいよ。ユーがキラメキ王国ナンバー2の吟遊詩人な事に変わりはないんだから」
 アヤコはウィンクした。
「そ、そうか?」
「そうよ。それに、剣も弓も使えるんでしょ? あたしにとってはそっちの方が羨ましいわよ」
 彼女はそう言って、コウの方を見た。
「あたしも、剣や弓が使えればなぁ……」
「……アヤコ?」
「え? あ、何でもないのよ」
 アヤコは立ち上がって、微笑んだ。
 ムラサメとケイイチ、そしてアヤコの3人を加え、カレンを伴い、総勢8人になった一同がスイレンの家に戻ってきたのは夕暮れになってからだった。
 出迎えにでたロモイに、コウは訊ねた。
「スイレンは?」
 ロモイは黙って首を振った。
「あのままだ」
「お兄ちゃんが、どうかしたんですか?」
 カレンが心配そうに聞き、そしてロモイの脇から家の中を覗き込んだ。
 その瞳に、昏々と眠り続けるスイレンが写る。
「……お兄ちゃん……どうしたんです?」
「カレンちゃん、すまない。俺の力が足りないばっかりに……」
「そ、そんな……」
 カレンは家に飛び込むと、スイレンの枕元に駆け寄り、しゃがみ込んだ。
「お兄ちゃん……」
「コウ、ワッツハペン、なにがあったの?」
 アヤコが訊ね、コウは手早く説明した。
「ってわけで、まだ目が覚めないんだ」
「……オッケイ」
 彼女は微笑むと、カレンの横に座った。
 カレンは、目に涙をいっぱいに溜めて、アヤコを見る。
 アヤコはリュートを構え、静かに弾き始めた。洞窟でケイイチと対決した時のような激しい曲ではなく、優しい静かな曲。
 ケイイチははっとした。
「呪曲『癒しの女神』」
「え?」
「体力を回復させる呪曲だ。しかし、あの手で……」
 アヤコの手は、洞窟での演奏で傷ついていた。その手で、アヤコはリュートをつま弾いている。
 ぽたりと、血が床に落ちた。指の傷が開いたのだ。
 それを見て、カレンは言った。
「止めて下さい、アヤコさん、怪我してるじゃないですか」
「ノンノン」
 アヤコは手を休めずに答えた。
「あたしは、あたしにしかできないことをしているだけよ」
 そう言うと、彼女はカレンに向かって微笑んだ。
「アヤコさん……」
 スイレンは、歌を聴いた。
 天使の歌声を。
 その声は、彼に語りかけてきた。
 あなたには、まだやるべきことが、あるのよ。
 そうだ。俺は、カレンを守らなきゃ。
 彼は呟いた。そして、その歌声の方を目指した。
 歌声は、彼を導き、そして……。
「ん……」
 スイレンは、ゆっくりと目を開けた。そして、脇を見た。
 そこに天使がいた。リュートをつま弾きながら、目を閉じて歌っていた。
「……」
 その瞬間、出し抜けに意識が覚醒し、スイレンは自分の家にいることに気がついた。
「お、俺、どうなって……」
 その声に気がついたのか、天使は目を開けた。そして彼を見て微笑んだ。
「グッモーニン、おはよう」
「……あ」
「お兄ちゃん!!」
 脇から、カレンが抱きついてきた。そのまま泣きじゃくる。
「よかった。本当によかったぁ」
「カ、カレン? そ、それじゃ……」
「もう、心配は要らないよ」
 コウが声をかけた。
「コウ兄ちゃん……?」
「全部うまくいったよ。もうカレンちゃんが生け贄にされるなんて事はないさ」
「本当!?」
 スイレンは思わず起き上がりかけたが、カレンが押さえつけた。
「ダメよ、お兄ちゃん。ちゃんと寝て、早く身体を治さないと」
「ちぇ。わかったよ」
 スイレンは頷くと、微笑んだ。
「コウ兄ちゃん、ありがとう」
 翌日の朝。コウは寝床に横になっているスイレンに話しかけていた。
「スイレン、世話になったな」
「……コウ兄ちゃん」
 スイレンは頭を動かし、旅姿のコウを見て微笑んだ。
「行っちゃうんだ」
「……ごめん。でも、俺……」
「いや」
 彼は首を振った。そして言った。
「コウ兄ちゃん、頑張れよ」
「ああ。スイレンも、カレンちゃんと仲良くな」
「当たり前だろ」
 少年は微笑んだ。脇で見ていたムラサメが肩をすくめる。
「これは、カレン殿の恋人は、大変でござるなぁ」
「じゃあ」
 コウは、軽く手を挙げた。スイレンは、右手を布団から出すと、親指を立てて見せた。
 コウがスイレンの家から出てくると、ユウコ達はもうそこで彼が出てくるのを待っていた。
 彼は、彼の後から出てきたロモイとワカナイに頭を下げた。
「じゃあ、スイレン達のことを、よろしく」
「コウさんに言われるまでもねぇよ」
「ああ。カレンちゃんは、幸運を呼び込む娘だって、皆も判ったろうしなぁ」
 ロモイとワカナイは笑ってコウの肩を叩いた。
 コウは、かがみ込んで、カレンの頭を撫でた。
「カレンちゃん、元気でね」
「コウさんも……。あの、これ……」
 カレンは、首からペンダントを外すと、コウに手渡した。
「これ、コウさんに上げます」
「……え? でも……」
「もらっておくでござるよ」
 ムラサメが後ろから笑って言った。コウは頷いて受け取った。
「ありがとう、カレンちゃん」
「頑張って下さい、コウさん」
 カレンはにこっと笑った。
「じゃ、拙者が村の入り口まで送っていくでござるよ」
 ムラサメが言うと、ケイイチが出てきた。
「あ、俺も送るよ」
「ありがとう。じゃ、ロモイさん、ワカナイさん、カレンちゃん、元気で!」
 コウは笑って言うと、歩き出した。
 村の出口まで来て、コウは改めて二人に訊ねた。
「ムラサメさん、ケイイチさん、本当にここに残るんですか?」
 ムラサメは頷いた。
「拙者、しばらくスイレン殿をお手伝いするでござるよ。スイレン殿は当分動けぬ身。であれば拙者にも多少は力になれるだろう」
「俺も」
 ケイイチも頷いた。
「もうしばらく、自分なりに修行するよ」
「そうですか。それじゃ、ここで……」
 ムラサメは、コウに近寄ると言った。
「勇者殿」
「え?」
「ひとつだけ、言っておくでござるよ」
 彼は静かに言葉を続けた。
「お主の命は、お主だけのものではござらぬ。お主が死ぬということは、多くの人の命もそこで絶えるということだ。お主には、負けることは許されていないのでござる」
「……うん」
 コウは頷いた。ムラサメは微笑んだ。
「それが判っていれば、大丈夫でござるよ」
 一方、ケイイチはアヤコに話していた。
「あの、アヤコ……さん」
「ホワット、何かしら?」
 ケイイチは少し躊躇い、思い切ったように言った。
「その、俺の演奏がもっとうまくなって、アヤコさんと並ぶくらいになったら、その時は、一緒に合奏してもらえないかな」
「オッケイ、いいわよ。その時になったらね」
 アヤコはにこっと微笑むと、ウィンクした。
 ケイイチは嬉しそうに頷いた。
「そのときは、頼んだぜ」
「じゃあね、バイバーイ」
 アヤコはケイイチに手を振ると、コウの所に駆け寄った。
「コウ!」
「え? あ……」
 アヤコは、ほんの一瞬、コウと唇を重ねた。
「……アヤコ……さん?」
「感謝の気持ち、よ」
 アヤコはにこっと微笑んだ。
「レッツゴー! さぁ、行きましょう!」
「あ、ああ」
 コウは頷くと、声をかけた。
「行こうぜ、みんな!」
 コウ達は、峠にさしかかったところでもう一度振り返った。
 ツカンの村が小さく見える。
「ねぇ、コウ。これからどうすんの?」
 ユウコが訊ねた。
 コウは、答えた。
「戻るよ。キラメキ王国に」
「キラメキ王国に?」
「ああ」
 コウは答えると、西の方を見つめた。
「そして、シオリを助けるんだ」
 その一行を、ミハルが木の陰からじっと見つめていた。
 やっと彼らを見つけたものの、やはり彼女は、コウの前に出ていくのは恥ずかしいらしかった。

《第7章 終わり》

 メニューに戻る  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次章予告