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ときめきファンタジー
第
章 スラップスティック
その
うまくいかない

濃霧の中、お互いの姿すらよく見えないままの戦いは続いていた。
「やるねっ!」
ユウコはとびすさって間合いを取ろうとしたが、相手は彼女に追いすがってくる。
「ちぇ。こっちの間合いじゃ、やらせてくんないのね!」
「させるか!」
ガキィッ
再び剣が打ち込まれ、火花が散る。
彼女は内心舌を巻いていた。
既に剣を交えること二十合を越えている。彼女と剣でこれだけ打ち合った相手は初めてなのだ。
もっとも、ユウコの場合、最初からかないそうにない相手の場合は、逃げに徹するためにそもそも打ち合わないのだが。
しかし、今はそうもいかない。
「んもう。しつこいのは嫌われるぞっ!!」
「うるさいなっ!」
ヴン
剣が斜めに振り下ろされた。ユウコの赤い髪の毛が数本、宙に舞った。
光の玉が次々と炸裂する。
ユカリは、彼女にしては手早く印を組んだ。
「オン・マリシエイ・ソワカ」
一瞬、微かに光の線が走ったが、それだけだった。ユカリは首を傾げた。
「あらぁ? どうしたのでしょうか?」
と、その彼女の肩に光の玉がまともに命中して爆発した。
「きゃ」
彼女は悲鳴を上げたが、派手に煙が上がった割には服が少し焦げただけで、何もないのに気がついて、眉をしかめた。
「どうやら、お互いに術の効果が下がっているようですねぇ。これでは、意味がありませんねぇ」
また光の玉が飛んできた。ユカリは、懐から剣を出した。
コウの持つ“白南風”とよく似た拵えの、ただ鞘も柄も漆黒の短剣。その銘を“黒南風”という。
「えいっ!」
ユカリは“黒南風”を抜くと、振り上げた。
光の玉が両断され、爆発もせずにそのまま消滅する。
「破魔の剣、ね。おもしろいわ」
冷たい声だけが聞こえてきた。
「どちら様でしょうか?」
「答える必要が、あるのかしら?」
その声と共に、何かがまばゆく光った。まともにそれを見てしまったユカリは目がくらんでしまい、その場に座り込んでしまった。
「あらぁ、何も見えませんねぇ……」
スタスタスタ
足音が近づいてくる。そして、ユカリの前でぴたりと止まった。
「あなた。面白い術を使うわね。私の実験台にならない?」
「……はぁ」
ガシッ
打ち込まれた正拳を左手で受けとめ、ミラは右手に鉄扇を取った。そのまま横殴りに振るう。
相手はひょいっと身をかがめてそれをかわした。
(思ったよりも背が低い? いや、そう思わせるほど敏捷なのね)
彼女は冷静に分析していた。
「てやぁっ!」
ブン
足が繰り出された。ミラは左腕でそれをブロックした。
と、もう片足が繰り出される。
(早い!)
ミラはとっさにとんぼ返りをうって、そこから離れた。それから、腰を低くして身構える。
「てやぁぁっ!」
「くっ」
相手のスピードがさらに増してきた。ミラはスウェイしてそれをかわしたが、蹴りが彼女の髪をかすめていった。
(このままでは……)
彼女の額に汗が滲んだ。
と、不意に相手が飛び退いた。一瞬間合いを取り、高々とジャンプする。
自分を飛び越えるのか、とミラが思った瞬間、彼女の頭が相手の足に挟み込まれていた。
「え」
そのまま相手に従ってミラの身体は後ろに大きくのけぞり、そのまま投げ飛ばされた。
ガッ
頭をしたたか地面に打ちつけ、一瞬気が遠くなる。
「やったぁ!」
喜色満面してやったりという感じの相手の声が聞こえ、ミラは頭を振りながら立ち上がって身構えた。
「あれぇ? この技かけたら、お兄ちゃんはもう立ってこなかったよぉ」
とぼけた声がした瞬間、ミラは地を蹴った。身を低くして、駆け寄りざまに鉄扇をたたきつける。
シュッ
それが空を切った瞬間、またも背中に蹴りを食らって地面に倒れ込むミラ。
素早く身をよじって立ち上がり、相手と向かい合う。
(……強いわね、なかなか)
彼女の口元に、笑みが浮かんだ。
「な、何が起こってるんだ?」
コウは霧を手で払うようにしながら辺りを見回した。
剣戟の音や、肉体と肉体のぶつかりあうような鈍い音が聞こえてくるところから、どうやら皆戦っているらしいのだが。
「く、くそぉ、誰かいないのかよ!」
彼は闇雲に手を伸ばした。
ぷにっ
「ワァオ! フーイズザット!?」
「え? アヤコさん!?」
コウは顔を上げ、そして自分の手を見た。
しっかりとアヤコの割と豊かな胸をしっかり掴んでいる自分の両手を。
「コウも、なかなか大胆ナノねぇ」
「ちっ、ちがーうっ!」
コウは真っ赤になって慌てて飛び退いた。
「そ、そんなことをやってる場合じゃない!! それに、みんなの状況が判らない。どうしたら……」
「この霧、普通の霧じゃないわ」
アヤコは霧をすかして見るようにしながら言った。
「普通の霧じゃない?」
「ええ。魔力を感じるわ。それも……」
彼女は、リュートを構えた。
「暗黒の力……」
「暗黒の? もしかして、魔王の……?」
「メイビー、イエス。多分そうね」
「じゃあ、みんなを襲っているのも、魔王の手の者なのか?」
「おそらくは……」
そう答えると、アヤコは心配そうなコウにウィンクした。
「だーいじょうぶ。まっかせて。あたしの歌で霧を払ってみせるわ」
そう言うと、アヤコは叫んだ。
「あたしの歌を、聞きなさーいっ!!」
「え? 今の声、もしかして、アヤちゃん、なの?」
素っ頓狂な声が意外とすぐ近くで上がった。思わずアヤコとコウは顔を見合わせた。
アヤコが恐る恐る訊ねる。
「今の声、サキ!?」
「アヤちゃん!!」
声を頼りに、アヤコの前に、青いショートカットの娘が現れた。アヤコの姿を認めて涙ぐむ。
「アヤちゃん……、帰ってきて、くれたのね……」
「イエス、オフコース! ちゃんと帰って来るっていったでしょ? あ、コウ! サキよ、サキ」
「えっ? コ、コウさん……?」
サキは、ゆっくりと視線を巡らせた。
コウがぎこちなく笑ってみせる。
「や、やぁ、サキ」
「……コウ……さん?」
呟くサキの頬を涙が流れ落ちた。
「サ、サキ?」
「コウさんっ!!」
サキは、声を上げた。
「え?」
サキの声に、剣士は思わず剣を止めた。
すかさずユウコが小剣を振るう。
「もらったよっ!!」
「やかましい、大海嘯っっ!!」
ドウゥッ
すさまじい勢いの津波が巻き起こり、至近距離のユウコはそのまま吹っ飛ばされた。
「ひゃぁーっ!!」
しかし、そこはユウコ。空中で二転三転して勢いを殺し、そのまま着地する。
「びっくり……」
した、と言いかけた彼女の耳に、もっと驚く声が聞こえてきた。
「コウがいるのか!?」
剣士はそう叫ぶと、ユウコを無視してそっちの方に走り出したのだ。
「ちょ、ちょっと!」
(コウを知ってるの?)
ユウコは戸惑いながらその後を追った。
「コウさんっ!?」
ミラと相対していた小柄な影が跳ね起きると、そのままコウの方に、正確には声の方に向かって駆け出した。
「ちょ、ちょっと、待ちなさいっ!」
「うるさいにゃ!!」
声と共に、思いもしない方向から一撃がきて、ミラの頬をかすった。
動物の尻尾のようなもの。
「な、なに、今のは?」
一瞬ミラがとまどっている間に、その小柄な影の気配は消えていた。
「サ、サキ……」
「コウくん……」
コウとサキが見つめあって立っていると、不意に横あいから緑の短い髪の剣士が顔を出した。
コウはそっちに視線を向けた。
「ノゾミさん!?」
ガシャッ
彼女は剣を取り落としながらも、それを拾おうとせずに立ち尽くしていた。
「コウ……、生きて……、よく……」
その頬を大粒の涙が転がり落ちる。
「ノゾミさん、そんなに泣かなくても……」
「な、泣いてなんかないよっ! 埃が目に入っただけだよ」
ノゾミはぐいっと目をこすった。
「ノゾミさん……」
「コウさんっ!!」
反対側から、何かが飛びついてきた。そのままコウにしがみつく。
「ユ、ユミちゃん?」
「うん、ユミだよぉ! コウさん、生きててくれたんだよね! よかったぁ」
すりすりと頬をすり寄せるユミの頭を半ば無意識に撫でようとしたコウの手に、柔らかいふさふさしたものが触れた。
「え? これ、耳?」
「そ! ユミ、可愛いでしょ?」
よく見ると、短めのスカートの裾から、オレンジがかった茶色の尻尾がフリフリと揺れている。
「ユ、ユミちゃん?」
戸惑った声を上げるコウを、ユミはちょっと悲しげに見る。
「コウさん、こういうの嫌いなんですかぁ?」
「え、えっとぉ」
顔を上げると、ユミの後ろでサキがコウに両手を合わせてるのが見えた。青い瞳が「話を合わせて」と言っている。
「あ、う、うん、好きだよ」
「うわぁーい、ユミ誉められちゃったぁ!!」
コウから離れて、ユミはぴょんぴょんと跳ね回って喜んでいた。コウは頭を振った。
「しかし……、そうなると、同士討ちってこと!」
彼は、はっと気が付いた。慌てて叫ぶ。
「アヤコさん!!」
「オッケイ!」
アヤコはウィンクすると、リュートを弾き始めた。
渦巻く黒い雲 僕らの前に立ち塞がろうとも
あきらめたりはしない 絶対に
あの日あの時 あの場所から
僕は決めた
君の頬を伝う涙なんか 絶対に見たくないから
アヤコの歌に従って、霧が晴れ始めた。
「こ、これは……」
「ふっ、呪歌ね。私の呪文では、魔力そのものを放出するから、行使した瞬間に魔力を吸われてしまって霧を払えなかったけど、音に呪力を乗せる呪歌ならそういうこともないしね」
「ユイナさん!?」
コウは思わず叫んだ。
濃紺の長衣を纏った魔術師が腕を組んでいた。その前にはユカリがぺたんと座っている。
「まぁ、御味方さんで、いらっしゃいましたのですねぇ」
彼女は、両手を合わせて微笑んだ。
くるっと辺りを見て、コウは数えた。
「サキ、ノゾミさん、ユミちゃん、ユイナさん……だけ。ミオさんとメグミちゃんと、それから、えっと……」
「お兄ちゃんだよぉ」
ユミが合いの手を入れて、コウは頷いた。
「そうそう、ヨシオは?」
「それが……、はぐれちゃったみたいで……」
と、サキ。
ノゾミがユウコ達を見ながらコウに訊ねる。
「それより、そっちの人は?」
「そうそう、コウくん。あの娘達、コウくんのお友達、だよねっ!?」
「違うもん! ユミ、コウさんの……」
「あ、えっと、何から話せばいいんだろ?」
総勢8人の女の子を前に、頭を抱えてしまうコウであった。
《続く》

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