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ときめきファンタジー
章 スラップスティック

その 第6の鍵

 アルキーシは剣を引っ提げたまま、コウの前に歩み寄った。
 獲物を横取りされたトカゲ男達が、不満そうにゲゲッと鳴く。
「やかましいぞ」
 ドシュッ
 一匹のトカゲ男が、炎に貫かれて燃え上がる。残りのトカゲ男達は、それを見て慌てて逃げ出した。
 コウは思わず叫んだ。
「何をするんだ!? お前の仲間じゃないのか!?」
「仲間? 冗談だろ」
 アルキーシは肩をすくめた。そして剣の切っ先をコウに向けた。
「幸い、“鍵”の担い手のお嬢さん達はいないようだ。ここで、死んでもらうぜ、勇者コウ!」
「くっ!」
 コウは剣を構えた。
「いっくぜぇぇ!」
 アルキーシは大きく剣を振った。
「うわっ!」
 ガキィン
 一撃で、コウの剣は弾き飛ばされていた。アルキーシは呆れたように笑った。
「相変わらず、弱い奴だな」
「く、くそっ」
 コウは、痺れた手を押さえながら、アルキーシを睨んだ。
「ここで、死んでもらうぜ!」
 アルキーシは剣を振り上げた。
「だめぇ!!」
 ドンッ
「わっ!!」
 いきなり横から体当たりされて、コウは大きくよろめいた。
「ご、ごめんなさいっ。つつっ」
 ミハルは肩を押さえた。鮮血が指の間から流れる。
 アルキーシの剣は、彼女を傷つけていたのだ。
「だ、大丈夫?」
「これくらい、なんでもないです。コウさん……」
 ミハルは、コウの前に立つと両手を大きく広げた。
「き、君……」
「に、逃げて下さいっ!」
 彼女は震える声で、言った。
「てめぇは、見逃してやろうと思ってたのによぉ!」
 アルキーシはミハルに剣を振り下ろそうとした。
 ミハルはぎゅっと目を閉じた。
(コウさんのためなら……、私……、死んじゃってもいいっ!)
 その瞬間、声が響いた。
『娘よ。汝の勇者への想い、とくと確かめさせてもらった。汝にメモリアルスポットが一、“召”の象徴を託す』
 それと共に、ミハルの指にはまっていた指輪が、まばゆい光を放った。
「え? え?」
「なっ!? 貴様も“鍵”の担い手だったのか!?」
 思わず飛びすさりながら、アルキーシは叫んだ。
 ミハルは、半ば無意識に、輝き続ける指輪を頭上に翳すと、叫んだ。
「出でよ! ……えっと、えっと」
 いきなり言葉に詰まるミハル。
「おいおい、見かけ倒しかよ!」
 アルキーシが剣を持ち直し、ミハルに向ける。彼女は完全にパニックに陥っていた。
「えっと、あー、もう何でもいいわぁっ!!」
 すっ、と巨石の柱のうちの1本が消えた。次の瞬間、それはアルキーシの真上に出現する。
「おうわぁっ!」
 いきなり周囲を覆った影に、アルキーシは顔を上げ、そして思わず絶叫した。
 巨石は、重力に従ってそのまま落下した。
 ズゥゥン
 辺りを地響きが襲い、そして静かになった。
 柱は、地面に数メートルめり込んで、そのまま立っていた。
「あっぶねぇなぁ、おい」
 間一髪飛び退いたアルキーシは、そう言うやダッシュした。一直線にミハルに迫る。
 “鍵”の担い手の力は、前に彼等と戦ったときによく判っている。だからこそ、さっきはあっさりと降伏してみせたのだし、今も彼女達をコウから引き離して、その隙にコウを倒してしまおうという作戦だったのだ。
 しかし、ミハルという新しい“鍵”の担い手の出現は流石に計算外だった。だが、相手が彼女一人だけなら、まだ勝機はある。彼はそう判断した。
「炎!!」
 ゴウッ!
 炎が一直線に、ミハルに向かって伸びた。彼女の顔が恐怖にひきつる。
「嫌ぁぁっ!!」
 ゴウッ
 突然、何もない彼女の眼前の空間から水が迸った。アルキーシの放った炎を一瞬にして消し、さらにアルキーシ自身をも巻き込む。
「どわぁーっ! 俺は金槌なんだぞぉーっ!!」
 叫びながら、アルキーシは水にのまれて流されていってしまった。
 ミハルは、その場にぺたんと座り込んだ。そして、なおも柔らかく光っている指輪をじっと見つめた。
「わ、私が……本当にこの指輪の……」
 ポン
 不意に、後頭部を叩かれ、彼女は振り向いた。
 背中の袋から、目つきの悪い変な動物が顔を出していた。
「こあらちゃん……」
 ミハルはそう呟くと、背中から袋を降ろして、中からその変な動物を引っぱり出すと抱きしめた。
 コウは、水が流れ去った後に何かが跳ねているのに気づいた。
「あれ……魚?」
 たしかに、地面の上でピチピチと跳ねているのは、数十匹の魚だった。
「どうして? もしかして、さっきの水の中に?」
 彼は首を傾げつつも、ミハルに駆け寄った。そして訊ねる。
「君、いまのがその“鍵”の力なのかい?」
「わ、わからないですぅ」
 彼女はふるふると首を振った。と、その腕からするりと変な動物が抜け出すと、跳ね回っている魚を追いかけ始めた。
「あ、こあらちゃん!」
 ミハルは立ち上がると、その変な動物を捕まえた。そのままぎゅっと袋に押し込む。
「だめよぉ。大人しくしてないとぉ。コウさんの前なんだからぁ」
 最後の言葉を、ちらっとコウを見て小声で言う。その頬が赤く染まっていた。
 その想いを示すように、指輪が一瞬、光を増した。
 彼女の指にはまっている指輪。十二の“鍵”のうちの一つであることには間違いなかったが、その秘めた力の正体を彼女達が知ることになるのは、しばらく後のことだった。

「大丈夫だった?」
 左右から、やっとトカゲ男達を倒したユウコとミラが駆け寄ってきた。そして、同時にミハルを見る。
 ミハルの指にはまった指輪は、柔らかな光を明滅させている。
 ユウコは、ミハルの肩をポンと叩いた。
「やっぱ、ミハルも“鍵”の担い手だったんだぁ」
「わ、私が?」
「そのようね」
 ミラも頷いた。そして、腕輪に触れる。
 腕輪から放たれた柔らかな光が、ミハルの肩の傷をみるみる癒していった。
 と、
「ヘイ、カモン! みんな来て!」
 アヤコの声が聞こえた。
 彼女は丸い石の上でリュートを奏で続けている。灰色以外のトカゲ男達は、そのせいで未だに動けないようだった。
「行ってみよう」
 コウはそう言って駆け出した。3人も頷くと、そのあとに続く。
「来たわね。ルックアップ、これを見て」
 アヤコは言うと足下を指した。
 丸い石の一部、アヤコが乗っている辺りが青く明滅しているのだ。
「これは……」
「ヘイ、ユカリ。さっきみたいに」
 アヤコは、丸い石の脇にいたユカリに言った。彼女は頷くと、丸い石の上に上がり、黄金の埴輪を出した。
 埴輪が光った。かと思うと、足下の丸い石のに、こんどは黄色の光がともる。
「これは……」
「そっか」
 ユウコは身軽に丸い石に飛び上がり、“桜花・菊花”を抜いてみた。すると、こんどは石に赤い光が灯る。
「これは、“鍵”に反応して、ということ……?」
 コウが呟いた。それを聞いて、ミラが微笑む。
「そういうことなのね」
 彼女はすっと丸い石に上がると、腕輪を撫でた。と、今度は紫の光が灯った。
 コウはミハルに視線を向けた。
「ほら、君も……」
「え? わ、私、そんなすごい人じゃ……」
「ミハルも、おいでよ」
 ユウコが手を伸ばして、ミハルを引っ張り上げた。ミハルはおずおずと、指輪を掲げた。
 キラッ
 指輪が光り、そして緑色の光が灯った。
「す、すごぉい、光ったぁ」
「ほらぁ、言ったっしょ」
 丸い石は、5色の柔らかな光を明滅させている。
「……で?」
 コウは下から5人を見上げた。
「これで、どうなるんだろう?」
「さぁ」
 アヤコは肩をすくめた。
 ユウコが言った。
「コウも、上がって来なよぉ。何かあるかもよ」
「え? ああ、わかった」
 コウも、丸い石の上によじ登った。
 その瞬間、5色の光を明滅させていた丸い石が、真っ白に輝いた。
「わっ!」
「きゃぁっ!!」
 とっさに目を覆う皆の耳に、声が響いた。
『勇者と、そを慕いし“鍵”の担い手達よ。汝らを、新たなる仲間の元へ導かん』
「え?」
 バシュゥゥン
 丸い石から白い光の柱が、天に向かって屹立するのを、やっとアヤコの呪歌の呪縛から逃れたトカゲ男達は、呆然と見上げるだけだった。
 そして、現れたときと同様に、その光の柱が消え去ったとき、6人の姿はそこにはなかった。
 ゲホゲホッ
 アルキーシはひとしきりせき込むと、喉から小魚を吐き出した。
「あー、死ぬかと思ったぜ」
 彼がいるのは丘の下である。水に押し流されてここまで来てしまったようだ。
 彼が丘の上を見上げたときには、もう光の柱は消えており、辺りは暗闇に戻っていた。
「あいつら、うまいこと西方に戻りやがったか。……これで、“鍵の担い手”が6人か。案外、本物なのかもしれねぇな」
 彼は呟いた。その表情は、暗やみに紛れてよく判らなかった。
 一瞬の浮遊感の後、不意に重力がコウ達を捉え、彼等はいきなりどこかに投げ出された。
 ドサドサッ
 幸い、下は柔らかい草地のようで、彼達は特に怪我をすることもなかった。
「こ、ここは? キラメキ王国のどこかなのか?」
 コウは辺りを見回した。
 ねっとりとした霧が辺りを覆っていて、すぐ近くもよくは見えない。
「さぁ。わかりませんねぇ」
 ユカリが相変わらずのーんびりと答えた。コウは辺りを見回した。
「みんな、いるのか?」
「あたしは、いるよっ!」
「私もおりますわ」
「アイムヒヤー。あたしもいるわよ」
「わたくしも、おりますわ」
「……あれ?」
 コウは指を折って返事を数えていたが、顔を上げた。
「一人、足り無くないか?」
「大変! またミハルがいないじゃん!」
 ユウコが辺りを見回したが、ミハルの姿はない。というよりも、この濃い霧のせいで何も見えないのだ。
「参ったなぁ。なーんも見えないしぃ。ユカリ、ちょっとこの霧吹き飛ばすよーな術はないの?」
「そうですねぇ」
 ユカリがそう言ったとき、不意にユウコは“桜花”を抜いて目の前に翳した。
「見つけたぞ!」
 声がしたかと思うと、剣が叩き込まれ、“桜花”とぶつかり合い、火花が散った。
「ちっ! 敵ねっ!!」
「敵ですって!?」
 ミラが声を上げた。と、彼女は不意に殺気を感じた。
 彼女が素早く振り返るのと、小柄な影が飛びかかってきたのは同時だった。
 とっさに彼女がスウェイしてそれをかわす。
 かわされた相手は、そのままミラの足下に着地した。悔しそうな声がする。
「かわしたなぁ!?」
「それが、どうかして?」
 その声が予想外に幼い声だったので、ミラはつい一瞬余裕を見せてしまった。
「こうだぁっ!!」
 小柄な影が、そのまま足払いをかけた。思わぬ攻撃に、ミラは足をすくわれる。
「きゃっ!」
「やったぁ! よぉし、とどめだぁ!」
 影はジャンプした。その手刀がミラに叩き込まれようとした刹那。
「ナウマクサンマンダ・カニシオロ・ソワカ」
 キィン
 ユカリから一条の光線が走り、その小柄な影はとっさに身をよじってそれをかわす。
「び、びっくりしたぁ。おめめくりくりだったぁ」
「下がりなさい。これは、私に対する挑戦ね」
 冷たい声がしたかと思うと、何処からともなく、小さな光の玉が幾つも飛んでくる。そして、そのままユカリの周りに着弾して爆発した。
「きゃぁっ!!」
「ユカリ!」
 ユウコが駆け寄ろうとしたが、その前に黒い影が立ちはだかる。
「行かせないよ! あんたの相手は、このあたしだ!」
「言ってくれんじゃん。じゃ、サクッと片づけちゃうからね!」
 ユウコは“菊花”も引き抜いた。二本の小剣をクロスさせて構える。
「いっくぞぉーっ!!」
「来いっ!」
 ガキィッ
 剣が激突して火花が散る。
 突然の遭遇戦は、始まったばかりだった。

《続く》

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