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ときめきファンタジー
章 スラップスティック

その 笑顔のゲンキ

 3人が丘を駆け上がってくるのを、大勢のトカゲ男達が追いかけてくる。
 それを見下ろしながら、二人の少女が会話をしていた。
「もうそろそろで、しょうかねぇ?」
「ンー。パーハップス、多分いいんじゃないの?」
「わかりました。それでは、まいりましょうか」
 ユカリは目の前に黄金の埴輪を置くと、両手を組んだ。
「ナウマクサンマンダ・ボダナン・アビラウンケン・ソワカ」
 キラッ
 黄金の埴輪は一瞬光り、みるみる巨大化していく。そして身長5メートルほどの巨人の姿に変わった。目も鼻も口もないのが、かえって不気味である。
 ユウコは坂を駆け上がりながらそれを見た。
「あれ、ユカリの……。まさか!!」
 ユカリは巨人が姿を現したのを見てから、両手を組み替え、呪文を唱える。
「ナウマクサンマンダ・ボダナン・アミハッタヤナウン・ソワカ」
 黄金の巨人は両手を交差させた。
 とっさにユウコは立ち止まり、真後ろにいたミハルを突き飛ばしてからミラに叫んだ。
「伏せて! ユカリの術が来るよっ!!」
 その瞬間すさまじい光が放たれる。
 とっさに伏せたユウコ達をかすめ、その光は彼女達を追いかけていたトカゲ男達を一瞬にして蒸発させていた。
「あっぶないじゃん、ユカリ!」
 顔を上げて、ユウコが抗議の声を上げた。その隣では、彼女に突き飛ばされたミハルが鼻を押さえている。
「いったぁい。鼻打ったぁ〜」
「まぁまぁ。助かったのですから、よろしいではありませんか」
 ユカリがにこにこと目を細めながら、斜面を降りてくると、ミハルに一礼した。
「ミハルさん、お久しぶりですねぇ」
「あ、ユカちゃん」
「ほらほらぁ、ハリアップ! さっさと上がってらっしゃいよ!」
 上の方からアヤコが声を上げた。
「そうですねぇ。いつまでもこのようなところにいては、危ないかも知れませんねぇ」
「とっくに危ないんだってばぁ!!」
 カキィン
 言いながら、ユウコは“桜花”で飛んできた矢を叩き落とした。
 先ほどから矢も飛んでは来ているのだが、狙いを定めて放っているわけでもない様子で、ほとんど見当違いの方向に飛んでいるのだ。
「とにかく、さっさと行きましょっ」
「あ、あの、もしかして、上に、コウさん……いるの?」
 ミハルはユカリに訊ねた。彼女は首肯した。
「はい、いらっしゃいますよ」
「ど、どうしよう! きゃっ。も、もっとお化粧してくれば……」
 あたふたするミハルめがけて矢が飛んでくる。
「あぶ……」
 叫びかけたユウコは、口をぽかんと開けた。
 ミハルの背負っていた袋から、茶色い動物の手がにゅっと伸びたかと思うと、飛んできた矢を一撃でへし折っていたのだ。
 次の瞬間、手はすすっと袋の中に消えていた。普通の人間なら何が起こったのかは判らなかっただろう。忍者として、人並みはずれた動態視力の持ち主であるユウコだから見えたようなものだ。
「……見なかったことにしよっと」
 彼女は呟いた。

 コウは、皆が駆け戻ってくるのを見て、大きく手を振った。
「早く早く!!」
 彼はずっと上でやきもきしながら見ていた。本当は彼も駆け下りて行きかけたのだが、ユカリとアヤコに説得されて、渋々上で待っていたのだ。
「いっちばぁーん!」
 先頭を切って駆け戻ったユウコが、そのままジャンプしてコウに抱きついた。そのまま押し倒されるコウ。
「うわぁっ!」
「ねぇ、一番だったんだから、賞品ちょうだいねっ」
「なんだよ、それは……わぁっ!」
 コウはミラがすごい形相でずかずかと近づいてくるのを見て、慌ててユウコを振り解いて立ち上がった。
「んもう、コウったら、照れ屋さんなんだからぁ」
「ちっがーうっ!!」
 絶叫するコウ。ユウコの表情がみるみる曇った。
「そ、そんなぁ……。あたしのこと、遊びだったの?」
「え? い、いや、そんなわけじゃ」
「よよよぉー。コウがあの夜、あたしに囁いてくれたこと、あれは嘘だったのねぇ〜」
 その場に泣き崩れるユウコ。コウはおろおろして言った。
「ちょ、ちょっと待ってくれよぉ」
「ユウコさん、そのお話し、わたくしにも聞かせていただけませんでしょうか?」
 ユカリがにっこりと微笑みながらユウコの脇にかがみ込んだ。ユウコはぎょっとした。
(げっ。目がマジじゃん)
「あははー。冗談よ、冗談。さってと、これからどうすっかなぁー」
 ユウコは柱の影から下の方を眺めた。
 既に日は落ち、辺りは薄暗くなっている。
「夜陰に乗じて総攻撃ってとこかなぁ。アヤコ、さっきのユカリのでどれくらいやっつけたと思う?」
「メイビー、多分30匹ってとこかしらね」
 アヤコは肩をすくめた。
「ふむー。まだまだ主力は健在ってとこかぁ」
 ユウコは柱にもたれ掛かって、腕を組んだ。ミラの方をちらっと見る。
「そのおばさんを囮に使って逃げよっか」
「何ですって? 囮なら、あなたがなればよろしいのではなくって?」
 二人はまた睨み合った。
 アヤコが溜息をついて、リュートをつま弾いた。
「仲がいいのか、悪いのか……」
「あー、まいったぜ。まったく」
 ユウコから解放されて、コウは一息ついて座りなおした。
 ユカリがその前にかがみ込むと、手ぬぐいを渡す。
「まぁ、これで汗でも拭いてくださいな」
「あ、ありがとう」
 コウは礼を言うと、手ぬぐいを受け取った。
 と、
「あ、あの、コ、コウ、さん」
「え?」
 声をかけられて、コウはそっちを見た。
 ミハルが、頬を染めてもじもじしている。
「あ、君は……」
「あの、私……」
 ミハルが言いかけたとき、不意に辺りが明るくなった。
 コウが顔を上げると、炎が幾つも降ってくる。
「アルキーシか!?」
「違う、火矢よ!!」
 ユウコが駆け戻ってきた。
「ひや?」
「火の付いた矢の事よ! 奴等、攻撃を掛けてきたんだ!」
 ユカリは、落ちついて黄金の埴輪を置き、呪文を唱えた。
「ナウマクサンマンダ・ボダナン・ハラギャナウ・ゾナワン・ソワカ」
 見る見るうちに、埴輪のシルエットが長く伸び、そして太くなっていく。
 ユカリは叫んだ。
「青龍!!」
 ガァッ
 青龍は空に向かって青い光を放った。一瞬にして、降ってきていた火矢が総て凍り付いて地面に落ちる。
 しかし、火矢は間断無く次々と飛んでくる。青龍は、青い光を放ち続けた。
 ユウコが叫んだ。
「奴等が来る!」
 グゲゲゲッ
 声を上げながら、トカゲ男達が丘を駆けのぼってくる。全方位から、まるで輪を絞るように。
 パァン
 派手な音がして、頭上に光る玉が出現した。ユウコが投げ上げたのだ。
 辺りが明るく照らし出され、トカゲ男達の姿がはっきり見えるようになった。
 コウは振り返って叫んだ。
「アヤコさん!」
「オッケイ! あたしの歌を、聞きなさーいっっ!!」
 城跡の中央にある円形の石テーブルの上にのぼって、アヤコは叫んだ。そして、リュートに手をかける。
 “鍵”のひとつであるリュート“ファイヤーボンバー”(ちなみに、銘はアヤコが勝手につけた)がうなりを上げた。
 と、それに呼応するように、円形の石テーブルの一部が光った。
「ワット?」
 一瞬戸惑ったものの、アヤコは顔を上げ、歌い始めた。珍しく、いつものようなハードな曲ではなく、ポップな感じの曲である。

  何を言っても わかんない人ね
  どうしてそんなに 鈍いのかしら
  それとなく匂わせたって
  絶対に気づかないんだもの
  こんな奴に惚れちゃうなんて
  あたしもヤキが まわったわ

   でも、好きなんだもの
   たまらないほど
   こんなあたしに
   早く気づいてねっ

 ガガッ
 トカゲ男達が、一斉に動きを止める。
 こういう、全方位から敵が押し寄せてくるような状況で、呪歌はその真の威力を発揮する。とにかく、聞こえる範囲全体に効力を及ぼすのだから。
 しかし、肌の色が灰色のトカゲ男達は、他の緑や褐色のトカゲ男達とは違って、そのまま走ってくる。その数はざっと50といったところか。
 アヤコは演奏しながら舌打ちした。
「シット! あいつら、耳がないのね!」
「あれくらいなら、任せときぃ!」
「そうね」
 ユウコとミラが、それぞれの武器を手に左右に散った。
 ミハルは、ただ震えていた。
「ど、どうしよう……」
 ガァアッ
 一匹のトカゲ男が、そのミハルに切りかかる。
「危ないっ!」
 とっさにコウが、ミハルを抱き寄せた。そして、左手で“白南風”を引き抜いて水平に振る。
 ギャッ
 腕に傷を負って、そのトカゲ男が退く。コウは、腕の中で目をぱちくりさせているミハルに訊ねた。
「大丈夫?」
「は、はい……、きゃっ!」
 状況に気が付いてミハルは真っ赤になった。
(コウさんが、私を守って戦ってくれてるのね。やっぱり、私の王子様なんだわ!)
 コウは辺りを見回すが、ユウコもミラも、トカゲ男達に手一杯でこっちに来ることができないでいる。ユカリも、断続的に降ってくる火矢を消すので手一杯だ。
「コ、コウさん、私……」
 ミハルがうっとりとコウの顔を見つめているが、コウはそれよりも彼等に向かって駆け寄ってくる数人のトカゲ男達に気を取られていた。
「君、俺の後ろへ!」
 彼はミハルを後ろにかばって、長剣を抜いた。
 ゲゲェーッ
 トカゲ男達が飛びかかろうとしたとき、不意に声が聞こえた。
「待てよ。そいつは、俺の獲物だぜぇ」
「アルキーシ!!」
 コウは声を上げた。

《続く》

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