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ときめきファンタジー
第
章 スラップスティック
その
がんばりましょう

とりあえず、アルキーシを縛り上げてから、皆は話し合い始めた。
「こんなの、スグに殺しちゃおうよ」
「賛成ですわ。生かしておくのは危険極まりありませんもの」
「無碍に殺してしまうのはよろしくないと、お母さまがいつも申しておりましたわ」
「そうね。生かして置けば、色々使えるかも知れないわね」
4人の意見は真っ二つに割れた。そして、4色の8つの瞳は、一斉に一人の少年に向けられた。
「うーん」
コウは悩んでいた。
ユウコ達の言うように、生かしておくのが危険極まりないことは判っている。しかし、さりとて殺すというのも……。
「コウさん、いかがなさいますか?」
ユカリがにっこりと微笑みながら訊ねた。
コウは一つ頷いて、決断した。
「殺さない」
「マジマジマジィ!?」
「正気ですの?」
ユウコとミラが、同時に立ち上がった。そしてコウに詰め寄る。
コウは二人に気圧されるように後ずさった。
「絶対、殺しちゃうべきだってばぁ!」
「そうですわ。後々の災いを考えれば、出来るだけ敵の戦力は削いでおくべきじゃないのかしら?」
「確かに、そうだよ。でもさ……」
コウは、自分に言い聞かせるように呟いた。
「俺は、人殺しじゃない」
「……」
ミラとユウコは顔を見合わせ、溜息を一つついた。
ユウコは、コウに向き直り、怒鳴りつけた。
「もう、ウルバカなんだからぁ!」
「そ、そうだね」
コウは頭を掻いた。と、ユウコはそのコウの隣に座ると、そっと囁いた。
「でも、そういう優しいところが、いいのかもね」
「え?」
「な、何でもないって。さ、じゃあ、あのアルキーシを……、あれ?」
ユウコは辺りを見回し、訊ねた。
「アルキーシの奴は!?」
「え?」
言われてコウも、慌てて辺りを見回したが、縛って置いたアルキーシの姿がない。ただ、彼がいたところに、彼を縛っていた縄の残骸とおぼしき灰が落ちていただけだった。
「みんな、見てなかったのぉ!?」
「議論に夢中で、見ておりませんでしたねぇ」
「オーマイガット」
「まったく、みんな何をしているのかしらねぇ」
ミラは尊大に鼻を鳴らしたが、ユウコに「あんたもでしょ」と突っ込まれて、返す言葉を失っていた。
「あー。えらい目にあったぜ」
アルキーシは、丘の麓にどっかりと座り込んでいた。視線は遥か丘の頂上に据えられている。
「しかし、あいつらも実力付いてきたなぁ。……来たか?」
振り向きもせずに彼は言った。
彼の後ろで、いくつかの影が動いていた。
「いくつ連れてきた?」
質問に、およそ人間の出す声とは思えない声が答えた。
「……500か。わかった。丘の周りに配置させるんだ。暗くなったら、攻撃を始めろ。……俺か? 真打ちは最後に登場するさ」
影はさっと散っていった。アルキーシは腕を組んで呟いた。
「さて、どうする? 勇者コウよ……」
ユウコは不意に辺りを見回した。
すでに日は傾いており、辺りを夕焼けが赤く染めようとしていた。
「ユウコさん?」
「しっ、黙って」
ユウコは柱に駆け寄り、そっと頭を出して、丘の下を眺めた。小さく舌打ちする。
コウは、のこのこと歩いて近寄っていった。
「ユウコさん、何を……」
「伏せて!」
シュン
コウの頭を何かがかすめ、反対側の柱に当たってカツンと音を立てた。
振り向くと、柱の下に落ちていたのは、一本の矢だった。
慌てて伏せるコウ。そのままずりずりと蒲伏前進してユウコの隣に行く。
「なんなんだ?」
「囲まれてるねっ」
ユウコはあっさりと言った。
「囲まれてる!?」
「数はおよそ五百ってとこかな。ナーラの町に出てきたトカゲ男達みたい」
「ごひゃく!?」
「こーなると、アルキーシを逃がしちゃったのがちょっち痛いなぁ」
そこで言葉を切るとユウコは顔を上げた。
「空にも何かいるみたいだし、ユカリのあの鳥で飛んで逃げるって手も使えないね」
ちょうど、そのユウコの言葉に応えるように、夕焼け空を大きな影が横切っていった。
「ど、どうすれば……」
おたおたするコウに、ユウコはにこっと笑った。
「コウ、お願いがあるの」
「え?」
「あのね、あたし、生きていた証が欲しいの。そうしたら、心置きなく戦えると思うんだ。
彼女は、髪の色と同じくらい赤くなりながら早口に言った。
「え?」
「んもう。超恥ずかしいんだから、何回も言わせないでよ」
そう言いながら、彼女は上着をはらりと脱いだ。
ボディラインがはっきり判るインナースーツ姿になる。
思わず、コウはごくりと生唾を飲み込んだ。
「ユ、ユウコさん、いけないよ、そんな……」
「いいの。コウにだけ、だからね」
にっこり笑ってコウに多い被さろうとした瞬間、突然ユウコは飛び退いた。
ザシュン
コウの前髪数本を引きちぎり、飛んできた物はそのまま石柱に突き刺さった。
「なにをしているのかしら、こんな所で」
憤然とした口調で、ミラが仁王立ちになっている。
コウは、石柱に突き刺さっているのが、開いた鉄扇であることを確認した。冷や汗がどぉーっと流れるのを感じる。
彼は小声でミラに言った。
「ミラさん、そんな所に立ってると、危な……」
「お黙りなさい」
一言でコウを黙らせると、ミラはユウコに向き直った。
「私の我慢も、限度を超えましたわ。ユウコさん、決着をつけましょう」
「いいよぉ。いっつもいっつも、いいとこで邪魔してくれちゃってさぁ、あたしも超むかついたもん!」
上着を着ながら、ユウコは立ち上がった。
ミラは、石にめり込んだ鉄扇を引き抜いた。ユウコは、腰から“桜花・菊花”を抜いて構える。
「ちょ、ちょっと待って!!」
慌てて二人の間に割り込みながら、コウは叫んだ。
「何で二人が戦うんだよ! 第一今はそれどころじゃ……」
「きゃぁぁ!」
不意に丘の麓の方で悲鳴が聞こえた。コウは驚いて見下ろした。
大分薄暗くなっていて、何が起こっているのかよく判らないが、トカゲ男達が何かを追いかけているのは判った。
「あれ、ミハルじゃないの!」
コウの隣に進み出てきて、ユウコが言った。
「ミハルですって!?」
ミラが、反対側に来ると、コウを挟んでユウコに訊ねた。
「うん、間違いないよ。ちょろっと助けに行かなくっちゃね」
「そうね。あの娘も“鍵”を持っているんですものね」
言うが早いか、二人は並んで丘を駆け下りていった。
「……今までのは何だったんだ?」
思わず呟くコウだった。
コウ達をずっと追いかけていたミハルだったが、流石に丘の上にのぼるとコウに見付かってしまう。そこで、丘の下にある雑木林の仲に隠れていたのだが、夕方になったのでもう少し近くに行ってみようと思って林から出てきたところが、トカゲ男達の一団と出くわしてしまい、こうして追いかけ回されている。
「ああーっ、あたしってどうしてこんなに不幸なのかしら!」
泣きながら走っていたが、だんだん息も切れてきた。足ももつれてくる。
とうとう、木の根に躓いて転んでしまった。
「きゃっ」
グゲゲッ
先頭を切って追いついてきたトカゲ男の一人が、剣を振り下ろそうとした、その瞬間。
「いっくぞぉーっ!!」
ザシュッ
鈍い音がし、剣がミハルの脇にどさりと落ちた。そのトカゲ男を真っ向から斬り下げてとどめをさした赤いショートカットの少女が、ミハルに笑みをみせる。
「ミハル、大丈夫だった?」
「ユ、ユウコちゃん?」
顔を上げて、ミハルはほっとした。
「まったく、世話かけさせるんじゃないの」
バキッ
別のトカゲ男の脳天を鉄扇で叩き割り、ミラが言った。
「ミラさん!!」
ゲゲッ
濁声でトカゲ男の一人が叫び、彼女達を囲むように移動していく。
ユウコはにっと笑った。
「あらあら。あいつらってば、あたし達を包囲するつもりみたいよぉ」
「多数で少数を叩く場合、この選択は正しい。ただし、こちらの戦力を把握せずに兵力を分散させるのではなかった、といった所かしら」
ミラはぱっと鉄扇を広げ、あでやかに笑った。
ユウコはミハルに囁いた。
「あたしの後に付いてきてね。はぐれたら、おしまいだぞっ」
「う、うん」
「じゃ、行くわよ、おばさん」
「誰がおばさんですって!?」
ミラが怒声を上げるのを合図に、ユウコは走り出していた。正面に回り込もうとするトカゲ男めがけて煙玉を投げつける。
ボゥン
たちまち辺りを煙が覆う。
その中を駆け抜けようとしたユウコは殺気を感じ、軽くステップした。
シュン
剣がかすめ、髪の毛を数本さらっていく。
「危ないじゃない!!」
ドシュッ
“菊花”が一閃し、トカゲ男の首が飛ぶ。
「ミハル、着いてきてる!?」
「う、うん」
「よぉし、サクッと行くよっ!!」
叫ぶと、ユウコは突進した。
《続く》

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