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ときめきファンタジー
第
章 スラップスティック
その
たぶんオーライ

ユカリが両親と、ミラが弟達とそれぞれの再会をしていた時、コウは別の一室で、一人の男と向かい合って座っていた。
「コトニ?」
「そうだ」
コシキ流剣術師範代、タクミ・フミはしかめつらしい顔で頷いた。
「ここから西に3日ほど進んだ所にあるコトニの城跡、そこに遥か西方に通じる扉がある。マイが使いを寄こして、そう言ってきた」
「マイさんが……」
コウは頷いた。
遊郭であるテブイクの町の支配者にして、巫女であるマイの予言には、以前にも世話になったことがある。その予言のおかげで、ミラと知り合い、“鍵”の一つを手に入れることが出来たのだ。
その前例があるので、コウは疑いもなくそれを受け入れることが出来た。
「わかりました。ありがとうございます」
コウが頭を下げたところで、不意に襖が開いた。
「タクちゃん、話は済んだの?」
「こら、ミヤコ!」
タクミは、普段の冷静沈着ぶりが何処へ行ったかと思うほど慌てて立ち上がった。
コウが振り向くと、赤ん坊を抱いた女の人が顔を出していた。
「あ、まだ途中だった?」
「もしかして、タクミさんの奥さん?」
コウが聞くと、タクミは苦虫を噛み潰したような表情で頷いた。
「妻のミヤコと、息子のタクヤだ」
「あ、初めまして。コウ・ヌシビトです。タクミさんにはずいぶんお世話になりまして……」
コウが挨拶しかけると、ミヤコはけらけらと屈託なく笑った。
「んなことないでしょ? タクちゃんは、他の人のお世話をするほど偉くはないって」
「ミヤコ!」
「あはは。じゃ、ごゆっくりぃ」
ミヤコは襖を閉めかけて、タクヤに言った。
「あ、タクちゃん。明日はあたし出かけるから、タクヤの世話は任せたよーん」
「任せたよーん、っておい!」
立ち上がりかけたタクミの鼻先で、襖が閉じた。彼はぶつぶつ言いながら座りなおし、コウをじろっと見た。
「なんだ?」
「あ、いえ。別に」
笑いをかみ殺すのに一苦労するコウだった。
(なるほどなぁ。タクミさんの奥さんって、ああいう人なんだ。勉強になるなぁ)
「と、とにかく」
咳払いをして、タクミは話を続けた。
「コトニの城跡だ。いいな?」
「あ、はい」
コウもまじめな顔になって頷いた。
「早速、みんなに伝えます」
「おそらく魔王の手先どもも、そのことは知っているはずだ。おそらく手ぐすね引いて、待ちかまえているだろう。お嬢様や、他の者達の身にも危険が降りかかることは間違いない。それでも、行くのか?」
「……はい」
コウは頷いた。
「でも、俺はみんなも守ります。今は守られてるばっかりだけど……」
「そうか」
タクミは頷くと、コウの肩を叩いた。
「頑張れよ」
「はい。タクミさんも、子守がんばってね」
タクミは苦笑した。
翌朝、コシキ道場の門の前。
「それでは、行って参ります」
ユカリは、深々と頭を下げた。
アカリはにこっと微笑むと、火打ち石をカチカチと鳴らした。
「行ってらっしゃい」
「お父さまにも、よろしくお伝え下さいませ」
「はい、わかりました」
ジュウザブローは、どうやら寝込んでしまっているようだ。アカリは「いつものふて寝ですよ」と笑っているが。
コウはアカリに頭を下げた。
「お嬢様をお預かりします」
「はい。ふつつか者ですけれど、よろしく、お願いしますね」
アカリはコウに微笑みかけた。
「はい」
コウは頷いた。
「本当に、身体には気をつけてね。キョウはお兄ちゃん達の言うことをよく聞くのよ。コウは寝相が悪いんだから、夜中にお腹を冷やさないようにね。サクはちゃんと整理整頓すること。いいわね? ウツルは好き嫌い言わないで、出されたものはちゃんと食べるのよ。アキラは誰にでもすぐ喧嘩を売ったりしないで、ちょっとは我慢することを覚えなきゃダメよ。ヒカル、くれぐれも、みんなをお願いね」
ミラは弟達一人一人に声をかけて、頭を撫でたり、抱きしめたりして別れを惜しんでいた。
コウが、遠慮がちに声をかける。
「ミラさん、そろそろ……」
「もう、少しだけ待って」
ミラはコウにそう言うと、アカリに駆け寄った。そして深々と頭を下げる。
「アカリさん、ご迷惑をおかけします。弟達のこと、くれぐれもよろしくお願いします」
「はい。ミラさん、ご無事をお祈りしていますよ」
アカリはにっこりと微笑んだ。ミラはもう一度深々と頭を下げて、弟達の方を見た。
皆、目に涙を溜めながらも、ミラをじっと見つめていた。
ヒカルが、言う。
「姉ちゃん、いってらっしゃい!!」
「いってらっしゃい!」
弟達が全員で声を合わせて叫んだ。ミラは一つ頷き、コウの方に視線を向けた。
コウは頷くと、言った。
「行こうか!」
「はい、よろしいですよ」
「よろしくてよ」
「オッケイ、いいわよ」
「サクッと行こう!」
それぞれの返事を聞くと、コウと4人の少女達は歩き始めた。
アカリと、6人の少年達は、それぞれの思いを胸に、その後ろ姿が小さくなり、見えなくなるまで、その場に立ち尽くしてじっと見送っていた。
やがて、コウ達の姿が見えなくなった頃。アカリはにこやかに少年達に呼びかけた。
「さぁ、みなさん。帰りましょう」
「帰る?」
思わずアキラが聞き返す。
アカリはにこにこしながら頷いた。
「ええ。あなたたちのお姉さんが帰ってくるまで、ここがあなた達の家になるのですから」
「……すみません。世話になります」
長兄のヒカルが頭を下げる。
と、キョウが声を上げた。
「誰か来るよ!」
「え?」
皆、彼の指す方を見た。
ちょうど、コウ達が去ったのとは反対方向から、小さな土埃が近づいてくる。
「あれは……馬のようですねぇ」
アカリが言う間にも、その馬は近づいてきた。その上には、旅姿の男が乗っている。
馬がコシキ道場の前まで来たところで、男は手綱を引き絞った。
「どうどう!」
馬はそのまま、乗っていた男もろとも横に倒れた。口からは泡を吹いており、今までの走りの過酷さを物語っている。
「あらあら、これはいけませんねぇ」
アカリがそう言いながら、馬の傍らにかがみ込む。少年達も慌ててその周りを取り囲んだ。
「何事だ!?」
声を上げながら、ジュウザブロウが出て来た。ウツルが首を傾げる。
「叔父さんは病気だったんじゃ……」
「いや、それよりも問題はこっちだ」
ジュウザブロウは咳払いしてごまかすと、馬に乗ってきた男の顔を見た。
「おまえは!?」
「お、お館様……ですか……」
その男は、荒い息をつきながらジュウザブロウに言った。
ジュウザブロウは振り向いて、少年達に言った。
「急いで、中の連中を連れてきてくれ。それから、タクミを……」
「お側におります」
いつの間にか、タクミが脇にいた。そして、男に視線を移して目を見開く。
「トモヤ?」
「まだ、その名で呼んで下さいますか……タクミ師範代」
彼は微笑み、がくっと頭を垂れる。タクミは、彼の脇腹が赤く染まっているのに気づいて、はっとした。
「お前、その腹の傷は……。まさか、ハンカ国がオカラの砦に……?」
「は、い……。申し訳……ありません。オカラの……砦は……既に……」
皆の顔が、一斉に緊張した。
ジュウザブロウが腕を組んで、重々しく呟く。
「ついに、ハンカ国が攻めてきたか」
「お館様! すぐにお嬢様達にも知らせねば! 今ならまだ、走れば追いつけますゆえ、私が行って……」
そう叫びながら、タクミは立ち上がった。
「待て、タクミ」
ジュウザブロウが声をかける。
「お館様?」
彼は腕を組んだ。
「これは、ユカリ達には関係のない話だ。これは儂らの戦いだ。そして、ユカリ達にはユカリ達の戦いがある……。とにかく、トモヤを中に運べ。医者に見せればまだ助かる」
「……承知」
タクミは頷き、ヒカル達に声をかけた。
「ちょっと手伝ってくれ」
「あ、はい! みんなも手伝え」
少年達は、タクミに手を貸して、トモヤの身体を馬の下から引っぱり出すと、道場内に運び込んでいった。
アカリはおっとりと微笑んだ。
「いい子達ですねぇ」
「……“鍵”を守るという役目を終えた儂らがこれから守らねばならぬのは、ああいう子供達なのかもしれんな」
ジュウザブロウはそう呟くと、アカリに視線を向けた。
「とにかく、至急門弟を集めねば。それから、アカリ。カグラ家の方に……」
「わかっておりますわ」
二人は会話を交わしながら、足早に門の中に入っていった。
コウ達が、ハンカ国の侵攻を知るのは、ずっと後の話になる。
コトニの城跡。それは、何時、誰が作ったのかも定かではない。
そもそも、城跡と言ってもいいものかどうか。
小高い丘の上に、高さが数メートルはある石の柱が六本並んでいる。そして、その柱を繋ぐように、白い石で二つの同心円が描かれているのだ。
その丘の中央には、これまた正確に計って切り取ったかのような直径5メートルほどの円形の石が、あたかもテーブルのようにでんと置かれている。
昔から、聖なる夜に神が降りてくる場所と伝えられている場所。それが、コトニの城跡である。
コウ達がそこに着いたのは、彼等がユウエンの街を旅立って3日後の昼過ぎだった。
「やっと、着いたな」
コウは、そう言いながら、柱の一本に手をかけた。
「魔王の手の者の妨害が入ると思っていたのに、何もなかったわね」
ミラが呟くと、すかさずユウコが突っ込みを入れる。
「おばさんは、心配性ね」
「誰がおばさんよ、誰が!」
と、言い返そうとしていたユウコがいきなり真面目な顔になった。そして叫ぶ。
「隠れてないで、出てきなよっ!!」
「見つかっちまったか」
苦笑しながら、柱の影から長身の男が姿を現した。
皆、一斉に身構える。
「アルキーシ!!」
魔王四天王の一人、アルキーシ・ビッセンは、柱に寄り掛かって腕を組んだ。
「いやぁ、お前らが来るのが思ったより早かったんでな、こっちも出迎えの準備が間に合わなくてよ」
彼はそこで一度言葉を切り、コウ達の方を見た。
「この程度しか、出来なかったぜっ!!」
ユウコが叫ぶ。
「みんな、逃げっ!」
ゴウッ
いきなり足下から、炎が吹き上がった。皆の姿は、その中に飲み込まれた。
「おいおい、この程度で終わりじゃないんだろ?」
アルキーシは、むしろ楽しげに声をかけた。
と、燃え盛っていた炎が、突然動きを止めた。そのまま色が青くなったかと思うと、砕け散る。
その中央には、金色に輝く蛇のような姿の物がいた。しかし、その頭には角が生え、大きくあけた口には鋭い牙がのぞいている。
その口から、青い光条がアルキーシに向かって伸びた。そして彼がかわすと、その後ろにあった柱に命中した。
ピシピシッ
微かな音を立てて、柱が氷結した。アルキーシは黄金像の方に視線を向けて言った。
「ほう? そう来たか?」
「はい」
黄金像の頭の上に立ったユカリが、にっこりと微笑んだ。
「前にお逢いしたときに、申し上げましたよねぇ。全力でお相手いたします、と」
「そだっけ?」
「はい。確かに申し上げました。では、失礼いたしまして……。青龍!!」
ユカリは叫んだ。黄金像は、カッと口を開け、青い光を放つ。
「ぬん!」
アルキーシは剣を抜き、ジャンプして光をかわすや、空中からユカリに踊りかかった。
「炎!」
ゴウッ
刀身から炎が吹き出す。彼はそれをそのまま振り下ろそうとした。
ガキィッ
「何度も言ってるっしょ! 世話かけさせないでよねって!!」
その一撃を空中で受け流しながら、ユウコはユカリにむかって怒鳴った。
ユカリは微笑んだ。
「いつも、すみませんねぇ
「ったくぅ。ま、この際いーか。これで貸し借りなしだもんねっ」
ザッ
着地して、ユウコは一対の小剣“桜花・菊花”を構えた。
「ちっ」
舌打ちするアルキーシの耳に、悲鳴のような高音弦のきしる音が聞こえてきた。
「呪歌使いか!?」
アヤコが、イントロを奏で始めていた。
アルキーシは、後退しようとして、はっと気づいた。
「逃がしは、しませんことよ」
彼の退路を断つように、ミラが回り込んでいた。
アヤコが叫ぶ。
「あたしの歌を、聴きなさーいっ!!」
「やっぱ、“鍵の担い手”4人を相手にするのは、不利だなぁ」
アルキーシはそう呟くと、剣を一振りした。刀身にまとわりついていた炎が消える。
次いで、彼はその剣を、地面に投げ捨てた。
「!?」
曲を弾きかけていたアヤコでさえ、驚いて手を止めた。
「何のおつもりかしら?」
ミラが、硬い声で訊ねる。
アルキーシは肩をすくめた。
「見ての通りだ。降参するよ」
「!?」
皆は顔を見合わせた。
《続く》

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