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ときめきファンタジー
章 スラップスティック

その 君が何かを企んでいても

 メモリアル大陸の北にある“呪われた島”。
 そこにある魔王の居城。
 その謁見室には、二人の男が立っていた。
 そのうちの一人、青い鎧を着た男が、もう一人の赤い鎧を着た男に言う。
「しかし、貴公まで不覚をとるとは思っておりませんでしたな。アルキーシ殿」
「ま、今回は貸しにしとくさ」
 赤い鎧の男、魔王四天王の一人アルキーシ・ビッセンは肩をすくめた。
「しかし、ヒデ殿が倒され、ソトイ殿は今だに起きあがれずでは、我ら四天王も形無しではないですか」
 青い鎧の男は、四天王の残り二人の名前を挙げた。
 ヒデ・ローハンはジュカンの街で死闘の末、“鍵”を得たユウコに倒された。またユキノジョウ・ソトイはスゾクの町でキラメキ騎士団に壊滅的打撃を与えつつも、騎士隊長にしてシオリ姫の養父でもあるリュウ・フジサキの捨て身の攻撃で重傷を負っていた。
「そう硬く考えなさんなって」
 アルキーシがそう言ったとき、ドアが開いた。二人はさっと直立不動の姿勢をとる。
 大理石の床に高い靴音を響かせながら、黒い鎧を纏った金髪の騎士が入ってきた。そして、二人の前を素通りし、玉座の横に立つと振り返る。
 二人は一礼した。
 金髪の騎士は、言った。
「おじい様の命令を伝える」
「は」
 青い鎧の騎士がかしこまって頭を下げる。アルキーシは気楽そうに手を頭の後ろで組んだ。
「魔王様はなんて仰ったんだ、レイ様?」
「アルキーシ殿!」
 同僚を制しようとした青い鎧の騎士を片手を上げて止めると、金髪の騎士、魔王の孫である魔皇子レイは、静かに言った。
「“メモリアルスポット”は無論知っているな?」
「ああ。魔王様を滅ぼす聖剣の封印を解く“鍵”、だろう?」
 アルキーシは忌々しげな顔をしながら答えた。
「そうだ。しかし、それだけではないこともわかっているな?」
「は。勇者を慕いし乙女の想いに呼応したとき、“鍵”の封印は解け、勇者を守るためのものとなる。そしてその時、乙女は勇者を助ける“鍵の担い手”となる、でございますな」
 青い鎧の男が答えた。
「そうだ。そして、既に5つの鍵の封印が解かれている」
 レイは右手を一振りした。空中に映像が浮かび上がる。
 剣を構えるライトグリーンの髪の少女。
 リュートをかき鳴らすダークブルーの髪の少女。
 埴輪を前に印を組むピンクの髪の少女。
 両手に小剣を握ったレッドの髪の少女。
 そして、腕輪を翳すパープルの髪の少女。
 それは、それぞれの“鍵”を操る少女達の映像だった。
「キラメキ王国の騎士、ノゾミ・キヨカワ、吟遊詩人のアヤコ・カタギリ。トキメキ国の陰陽師ユカリ・コシキ、忍者のユウコ・アサヒナ、暗殺者のミラ・カガミ」
 そしてさらに、レイは映像を浮かび上がらせた。
「鍵の担い手は強い。その力を侮ったヒデはユウコ・アサヒナに倒された。アヤコ・カタギリの力はアルキーシ、お前も良く知っているだろう」
「ああ」
 ツカンの村で、一度は“鍵”をその手にしつつも退かざるを得なかったアルキーシは、悔しげに腕を組んだ。
 レイはさっと腕を振って映像を消し、言った。
「いま、奴等は一つにまとまろうとしている。お爺さまの命令だ。彼等が一つにまとまるのを阻止するんだ」
「具体的には?」
「アルキーシ、お前は東方にゆけ。奴等はまだ西方に戻る術を探している最中だ。西方に通じる移送の扉は、コトニにある。奴等は必ずそこに行く」
「わかった」
 彼は頷いた。
 青い鎧の騎士は訊ねた。
「なれば拙者は?」
「僕と一緒に来てもらう。本来ならソトイが来るのだが、あいつはまだ傷が癒えないからな」
「御意。して、何処へ?」
「キラメキ王国だ。勇者と合流する前に、“鍵”の担い手とその候補を叩く」
 レイはそう言い残し、彼等に背を向けて、足早に謁見室を出ていった。
 彼の姿が見えなくなってから、アルキーシは、青い鎧の騎士に話しかけた。
「しっかし、レイ様もよくわからんお人だよなぁ。魔王様と血が繋がっていないんだろう?」
「滅多なことを言うでない」
 彼は眉をしかめて、アルキーシをたしなめるように言った。
「総ては、魔王様の深いお考えあってのことだ。我々が忖度すべき事ではあるまい。それに、素性が知れぬと言うのなら、貴公とて同じ事ではないか?」
「へいへい。じゃ、行ってくるぜ」
 アルキーシは肩をすくめると、剣を抜いて翳した。炎が彼の身体を包み、そしてそれが消えたとき、彼の姿も消えていた。
 青い鎧の騎士は、しばし考え込んでいたようだった。その口から呟きが漏れる。
「アルキーシ・ビッセン。貴公の狙いは奈辺に在りしや……?」

 魔王の城の奥の間。一般の者には入ることすらかなわぬ所にあるその部屋に、魔王はいた。
 魔王は、低い声で呪を唱え続けていた。彼の前にある水晶の柱は、ますます赤みを増している。しかし、その赤みも、その中で眠るように目を閉じる少女の美しさの前にはアクセサリーにしかならないように見える。
「失礼いたします」
 声をかけ、レイが入ってきた。魔王は振り向きもせずに訊ねた。
「伝えたか?」
「はい、仰せのままに。しかし、おじい様」
 レイは顔を上げて訊ねた。
「どうして僕をコウと戦わせてはくれないのですか? 僕が直接手を下せば、あのような者、すぐにでも……」
「ならん」
 魔王は低い声で言った。
「しかし……」
「それだけか、レイ?」
 有無を言わさぬ声が、話は終わりだと告げていた。レイは不承不承頷いた。
「……はい」
「ならば、行け」
「わかりました」
 レイは一礼して立ち上がり、そこから消えた。
 魔王は不意に含み笑いを漏らした。
「くっくっくっくっ。シオリ姫よ、勇者がいかにあがこうと、それは無意味なのだ。なぜなら、奴は総ての“鍵”を集めることが、できないのだからな。くっくっくっ」
 カツーン、カツーン
 靴音だけが響く中、レイは廊下を歩いていた。
 その脳裏には、チュオウの村での苦い敗北がこびりついていた。
 一度は完全に支配したはずのエルフの小娘が、彼の呪縛を自力で打ち破ったこと。それが彼のプライドを傷つけていたのだ。
 彼女が自分を取り戻すきっかけになったキーワード、それが勇者の名前だった。
「……コウ・ヌシビトか」
 彼は呟き、いらだたしげに壁を拳で打った。
「どうした? レイ・イジュウイン。僕は魔王様の孫だ。そんな取るに足りない男の事を、どうしてそんなに気にするんだ?」
 窓硝子に、彼の秀麗な横顔が映っている。
 レイはその窓硝子に視線を向けた。
 ピシッ
 窓硝子に、斜めにひびが入った。
 それを見つめていたレイは、不意にふっと笑った。
「僕としたことが。庶民のことなぞ、考えても仕方あるまい」
 彼はそのまま、優雅に歩き去っていった。

 コウ達はツカンの村を発ち、再びユカリの実家、コシキ道場のあるユウエンの街に戻ってきた。
 西方に戻る決意をしたコウであったが、普通に歩いて戻るとなると、どれくらいの時間がかかるか判らない。それに、その旅には当然魔王の手の者の妨害も考えられる。それをいちいち撃退しながら旅をするとなると、よしんば途中で倒れなくとも、戻った頃にはもうシオリ姫の命はないだろう。
 そこで、何とか早急に西方に戻る手段を探す必要があった。コウは皆と相談した上、情報を集めるにはやはりユカリの親のネットワークを使うのが一番効率がいいだろうというユウコの意見で、またコシキ道場に戻ることにしたのだった。

「お父さま、お母さま、お久しぶりでございます」
 コシキ道場の奥にある両親の部屋で、ユカリは久しぶりに両親と対面していた。
「まぁ、ユカリ。おかえりなさい」
 ユカリの母、アカリは、にっこりと微笑んだ。その隣で、ユカリの父にしてコシキ流剣術総師範であるジュウザブロウは男泣きに泣いていた。
「おうう、良く無事で戻ってきたな。もう旅は終わったのだな?」
「いいえ。これからコウさんと西方のキラメキ王国に参りますのよ」
 ユカリはにっこりと笑って言った。
 ジュウザブロウは目をぱちくりとさせた。娘に聞き返す。
「……なんとな?」
「ですから、わたくしは、キラメキ王国に参ります、と申し上げました」
「……はうっ!」
 ジュウザブロウはその場に卒倒した。廊下で会見を見守っていた門弟達が、慌てて部屋に飛び込んでくる。
「大変だ! お館様が!」
「はやく、薬を!!」
「いや、それよりも医者を呼べ!」
 その騒ぎの中、アカリはじっと娘を見つめて、訊ねた。
「本気、ですね?」
「はい」
 ユカリは頷いた。アカリはにっこりと微笑んだ。
「頑張って、コウさんをお助けするのですよ」
「はい。そういたします」
 彼女は静かに答えた。
 一方、弟達の寝起きしている部屋に行こうと廊下を歩いていたミラだったが、その弟達の方も騒ぎを聞きつけて彼女を捜して部屋から飛び出していた。
 双方の再会の場所はそういうわけで、廊下の真ん中になってしまった。
 再会の挨拶もそこそこにして話を切り出したミラに、一番年下の弟のキョウが飛びついてきた。
「姉ちゃん、ホントに、行っちゃうの?」
「キョウ、ごめんなさい。でも……」
「おい、キョウ。我儘言うなよ」
 上の弟のサクが、キョウをミラから引きはがす。そして、ミラに笑顔を見せた。
「帰ってくるよね、姉ちゃん」
「もちろんよ」
 ミラはにっこりと微笑んだ。
 一番上の弟のヒカルが、ミラの前に進み出た。
「どうしたの、ヒカル?」
「姉ちゃん……、これ、持っていってくれよ」
「え?」
 ヒカルは、ミラに扇を手渡した。その外見から想像できない重さに、ミラははっとした。
「……鉄扇……でも、どうして?」
 鉄扇は、ミラの愛用している武器である。彼女が弟達に隠してきた真の姿、暗殺者である彼女の象徴ともいえる武器。
 ヒカルは答えた。
「この道場の鍛冶屋さんの所に弟子入りして、作ってもらったんだ」
 コシキ道場は剣術道場であり、当然ながら刀剣を鍛える専属の鍛冶屋がついている。
「で、でも……」
「姉ちゃん」
 ウツルが笑う。
「俺達、いつまでも子供じゃないさ」
「でもさ……」
 サクが続けた。
「姉ちゃんは姉ちゃんだよ。俺達にとっては、一人しかいない大事な人だ」
「そうそう」
 アキラが頷き、そしてミラに言った。
「姉ちゃんが俺達にしてくれたことから考えたら、ホンのちっちゃな事しかできないけど、でも……」
「ありがとう」
 ミラは、アキラを抱きしめた。
「むぎゅう」
 豊かな胸に潰されるアキラだった。
 その様子を、壁にもたれたユウコが、珍しく大人しく眺めている。
「ワットハペン、どうしたの?」
「うわぁ、びっくりしたぁ!」
 肩を叩かれて、思わず数歩飛び退く。後には、アヤコがきょとんとしていた。
「ユウコ?」
「あ、いやぁ」
 決まり悪げに頭を掻くと、ユウコはミラ達の方に視線をやった。
「なんか、ミラもああしてみるといい奴かもねーとか、色々思っちゃってさぁ」
「ユウコの家族は?」
 アヤコが訊ねると、ユウコは壁にもたれ、天井を見上げた。
「全部、死んじゃった。魔王の手先にやられちゃって」
「あ……」
 アヤコは絶句した。
 ユウコの故郷のトコウスの村は、その村にあった“鍵”を狙う魔王四天王の一人ヒデ・ローハンに襲われ壊滅した。そして彼女の両親も、そこで命を落としたのだ。
 ジュカンの街の戦いでヒデを討ち、仇はとったが、それで両親が生き返るわけでもない。
「ソーリー、ごめんなさい」
 謝るアヤコに、ユウコは笑顔を向けた。
「なに、陰気な顔してんのよ。あたし達は、ちゃんと生きてるんだもん。忘れよ、忘れよってね」
「ユウコ……」
「んじゃ、あたしちょろっと向こうに行ってくるね!」
 ユウコはそう言い残して廊下を走って行った。その刹那、ユウコの瞳から光るものが飛んだように見えたのは、アヤコの錯覚だったのだろうか?

《続く》

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