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ときめきファンタジー
章 スラップスティック

その もっと君のこと

「なんという屈辱だ」
 魔王の城。
 レイは、部屋の中をイライラと歩き回っていた。
 ダーニュがなだめるように声をかけた。
「やむを得ますまい。プラチナドラゴンのドラゴンブレスとなれば、いかにレイ様とて防ぐことは難しいのではありませぬか?」
「確かにその通りだ。しかし、みすみす奴等を逃がしてしまうとは……」
「それに、罠は張っておきました」
「罠?」
 歩くのを止め、レイは聞き返した。
 ダーニュは頷いた。
「魔力のこもった霧を張ります。奴等はその中で、出口を見いだせずにのたれ死ぬのみ」
「なにを莫迦な。奴等とて魔法を使える。霧など簡単に吹き飛ばされるぞ」
「いいえ。レイ様、我が二つ名をお忘れですかな? 水のダーニュの名を」
 彼は淡々と言葉を続けた。
「我が霧は、総ての魔力を吸い取ります。ユイナの黒魔法、メグミの精霊魔法の両方とも、使おうとするためにまず魔力を集めねばなりません。しかし、我が霧が、魔力を集めるそばから吸い取ってしまいます。従って、小手先の技なら使えましょうが、霧そのものを吹き飛ばすような大技は出せますまい」
「なるほど」
 レイは頷き、ふと思い出したように訊ねた。
「他の“鍵の担い手”達にその手は通じるのか?」
「そうですな」
 彼は腕を組んだ。
「ユカリ・コシキの術は、ユイナのものとほぼ同じ原理と思われますから、あの霧で十分でしょう。しかし……、アヤコ・カタギリの呪歌、あれだけは無理です」
「ほう?」
 レイが先を促した。彼は頷いて話を続けた。
「呪歌は、魔力を純粋な形ではなく、音に一旦変化させます。そのために、我が霧では音になった魔力を吸い取ることが出来ないのです」
「そうか。まぁ、あそこに奴がいるわけでもないし、気にするほどのこともあるまい」
 レイはそう呟き、窓から外を見た。
「しかし、流石は“鍵の担い手”達。侮ると痛い目を見るな」
「レイ様。それは……」
「ああ。僕自身がお前達に言った言葉だ。しかし、本当に侮っていたのは、僕自身だったようだな」
 彼は苦笑いを浮かべた。
 一行はゾウマ山に入っていった。ユイナの誘導するとおり、生きつ戻りつしながらも、段々と奥に分け入って行く。
 そして、山に入って3日目の、そろそろ昼になろうかという頃。
 一同の前に広々とした草原が広がっていた。
「うわぁー。すごぉい!」
 ユミが辺りを見回しながら叫ぶ。
「広いねぇ。こんな所にお弁当持ってピクニックに来たら、気持ちいいでしょうね」
 サキはそう言うと、心の中で付け足した。
(コウさんと一緒に、来てみたいな……。きゃ、あたしったら、何考えてるのかしら)
「サキ、どうした? 顔が赤いぞ」
 ノゾミが不審そうに訊ねた。サキは慌てて首を振った。
「なーんでもないのっ!! さぁ、行きましょう!」
 一行は、草原に足を踏み入れた。
 ちょうど草原の中程に来たとき、不意に先頭を進んでいたユイナが立ち止まった。
 すぐ後ろにいたサキが訊ねる。
「どうかしたの?」
「やられたわ」
 ユイナが呟く。と同時に、まさに一瞬にして、辺りを霧が覆った。
「わぁーっ! おもしろーい!」
「皆さん、どこですか?」
 ユミとミオの声だけが聞こえた。
 ユイナはサキに言った。
「速く、みんなを集めないと取り返しのつかないことになるわ」
「わかったわ」
 彼女のただならぬ様子に、サキは頷くと大声で呼んだ。
「みんなーっ!!」
 一方、ユイナは呪文を唱えていた。
『魔界の風よ、ここに吹かん』
 しかし、そよそよっと彼女の顔を撫でる程度の風しか吹かない。彼女は唇を噛んだ。
「ダーニュめ」
「大変! ミオさんとヨシオくんと、メグミちゃんがいないの!」
 サキが息せききって駆け戻ってくると、ユイナに言った。
 ノゾミがその後に続いて走ってくると、彼女に訊ねた。
「何が起こったんだ?」
「この霧は、敵の罠よ」
「罠?」
「ええ。この中では私の魔法も本来の力の何十分の一しかだせない。やつら、この霧の中に私たちを閉じこめる気ね」
「ええーっ、ユミ、困っちゃうよぉ」
「困るくらいで済めば……、何!?」
 ユイナは不意に何かを感じて振り返った。その瞬間、その方向で何かが光った。
「今の、何?」
「敵か?」
 ノゾミが剣を抜き、言った。
「人の気配がする。それも、複数」
「そうだね」
 ユミが頷いた。そして、腕をまくる。
「この霧じゃ向こうもこっちに気がつかないかも知れないね。その間にこっちからやっつけちゃおうよ」
「それがいいか。よし、行くぞ」
 ノゾミは走り出した。
「あ、待ってよぉ!」
 ユミも慌てて後を追う。
 サキとユイナは顔を見合わせ、やれやれと肩をすくめてその後を追った。
 ノゾミは身を伏せつつも走った。
 不意に、意外に近くで声が聞こえた。
「参ったなぁ。なーんも見えないしぃ。ユカリ、ちょっとこの霧吹き飛ばすよーな術はないの?」
「見つけたぞ!」
 叫ぶや、ノゾミは“スターク”を振り下ろした。
 ガキィッ
 その一撃が受けとめられ、火花が散った。相手が声を上げる。
「ちっ! 敵ねっ!!」
「敵ですって!?」
 もう一つ声が聞こえた。次の瞬間、ユミが地を蹴った。その声に向かって飛びかかっていく。
「……ってわけで、あたし達はそちらさんを敵だと思って攻撃しちゃったわけなんだ」
 ノゾミが長い話を締めくくった。
「そうだったのか」
 コウは頷いた。それからミオに訊ねた。
「さて、これからどうする?」
「そうですね。私たちは予定通り、ゾウマの輝石を取りに行こうと思いますが……。トキメキ国からいらっしゃったみなさんはどうなさいますか?」
 ミオはユカリに聞いた。彼女は微笑みながら答えた。
「そうですねぇ。わたくし達は、こちらでは、右も左も、わかりませんから、出来れば、ご一緒させていただけないでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。みなさんのような方々が私たちと一緒に行って下されば、心強い限りです」
「まぁ。そう言っていただきますと、かえって恐縮ですねぇ」
 二人の会話を聞いていたユウコが額を押さえた。
「あうう〜。なんかユカリが増えたみたい」
 ミオはノゾミの方を振り返った。
「ノゾミさん、いいですよね?」
「ああ。こっちこそ願ってもないよ。それじゃ、もう遅いし、そろそろ寝るか」
 ノゾミの声と共に、皆それぞれ寝る支度をはじめた。もっとも、ユミは話の途中からコウにもたれ掛かって寝息をたてていたのだが。
 コウは、消えかかった焚き火のそばから、星を見上げていた。
 トキメキ国とは違う、見慣れたキラメキ王国の星空。
 と。
「コウくん、何してるの?」
 後ろから声が聞こえた。コウは振り向いた。
「ああ、サキ。君こそ、どうしたんだ?」
「あたしは、夜のお祈りしてたから……」
 サキはそう言うと、コウの隣に腰を下ろして星を見上げた。
「綺麗な星ねぇ」
「ああ……」
 彼女の横顔を見て、コウは不意にドキリとした。
「え? 何?」
 気配を悟ったか、サキがコウの方を見る。
「い、いや、何にも」
「あのね。あたし、コウくんが無事で帰ってきてくれて嬉しいの」
 サキは、微笑んだ。
「言うの、忘れてたね。お帰りなさい、コウくん」
「あ、ああ」
 サキは、そっとコウの顔を見上げていた。そして目を閉じる。
 そのピンク色の唇に、コウは自分の唇を重ね……ようとした。
「だーめ」
 グキン
 妙な音がして、コウの首が曲がった。
 驚いて目を開けたサキの目に、コウの頭をぐいっと曲げて笑っている少女が映った。
「ユウコさん?」
「甘いぞ、サキ。このユウコ・アサヒナさまの目を盗んでコウくんと親密になろうなんて、まるでよーかんにあんこをかけて、トドメに練乳をかけたよーに甘い!」
「あーん、いいところだったのにぃ」
 サキはむっとしてユウコを睨んだ。負けじと睨み返すユウコ。
 と、どちらからともなく、二人は笑い出した。
「うふふふふ」
「あははは」
 ひとしきり笑った後、サキは右手を差し出した。
「あたし達、仲良くなれそうね」
「そーね」
 ユウコはサキの手を握った。そして、にまっと笑う。
「でも、コウくんは渡さないからね!」
「こっちだって」
 そう言って、また二人はくすっと笑いあった。それから、サキが立ち上がる。
「それじゃ、ユウコさん、お休みなさい」
「お休み、サキ。まったねぇ」
 そのまま左右に分かれ、自分たちのテントに二人は戻っていった。
 完全に焚き火が消えたあと、コウは一人その場に転がってしくしく泣いていた。
「俺って一体……」
 ヒュー
 高原の風は冷たかった。

《続く》

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