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ときめきファンタジー
章 スラップスティック

その 君がいない

 翌朝。
「コ、コウさん!? こんな所で何をなさってるんですか?」
 コウはその声で目を覚ました。
 まだ夜は明けきっていないようで、あたりは高原特有の朝靄に覆われていた。
 その朝靄をバックにして、彼を覗き込む翠の瞳。
「ああ、ミオさん」
「ミオさん、じゃないですよ。どうしてこんな所で、毛布も掛けないで寝ていたんですか?」
「ええっと、まぁ、それはそのぉ」
 実は、夕べサキにキスしかけたところでユウコに邪魔をされたのだが、その時にユウコが何かのツボを押したらしく、身体が痺れてしまって動けなくなっていたのだ。
 しかし、それを正直に言うのもちょっと後ろめたいが、かといって嘘をつくにも都合のいい言い訳が思い付かない、まさに自縄自縛なコウであった。
「そ、それより、こんな朝早くから、ミオさんこそどうしたの?」
「あ、はい。私はちょっと本を……」
 ミオは、持っていた本をちょっと掲げて見せた。それは『サジョックの魔導書』なのだが、コウは知る由もなかった。
 彼女はコウの前にかがみ込んだ。
「あの、コウさん……」
「え?」
「あの……、コウさんが帰ってきてくださって、私、よかったです」
 彼女は頬を染めながら言った。
「ミオさん……」
「あっ、な、何を言ってるんでしょうね、私は」
 慌てて立ち上がる彼女。と、その弾みにか、本に挟んであった紙片がばさばさっと落ちた。
「あ、いけない」
 彼女はかがみ込んでその紙片を拾い集めた。
 横5センチ、縦15センチほどの長方形をした紙片で、なにやら妙な記号のような物が書いてある。その紙片が、何十枚もあるのだ。
「ミオさん、それは何?」
 コウが訊ねると、ミオは少し考えて答えた。
「まだ、言えません」
「そ、そうなの?」
「ごめんなさい。うまくいったら、お話ししますね」
 そう言うと、彼女はすたすたと歩いていってしまった。
「あ、あのぉ、ミオさん……」
「ま〜た色目使っちゃってるんだもんなぁ、コウってばさぁ」
 後ろで声がした。コウは振り向こうとしたが、身体が動かないので声を上げた。
「ユウコさん! これ、何とかしてくれよぉ」
「はいはい。ポチッとな」
 ユウコの指が、首筋をついた。途端に、強ばっていたコウの身体が、動くようになる。
「ふぅー。助かったぁ」
「これに懲りたら、女の子にでれでれしないことよ」
 ユウコはそう言うと、にこっと笑ってコウの顔を手で挟んだ。
「ねぇ、コウ。コウって、いっぱい女の子のお友達がいたのねぇ」
「え? あ、まぁ、そうなんだけどさぁ」
 何となく冷や汗をかくコウ。
 ユウコの瞳が妖しく光ったような気がした。
「コウ、お願い。あたしだけを、見つめて……」
「ユウコ……さん……」
 コウの目がとろんとしてきた。その手が、そろそろとユウコの顔に伸びる。
 と、その時、いきなり甲高い声が後ろでした。
「コウさん!! おっはよぉーっ!!」
「え?」
 我に返ったコウは、きょときょとと辺りを見回した。ちぇっと舌打ちするユウコ。
「俺、今何をしてた?」
 そのコウの首に、ユミが駆け寄ってくると飛びついた。
「ああーっ!!」
 ユウコが叫ぶが、ユミはそれを無視してコウに話しかけた。
「ユミね、しばらくコウさんと逢えなかったから、とっても寂しかったんだよぉ。でも、泣かなかったもん」
「そ、そう?」
「こらこら、離れなさいっ!」
 ユウコがユミの首筋を掴んで引き離そうとするが、ユミはコウにしがみついた。
「やだやだぁ! ユミ、コウさんと一緒にいるのぉ!」
「だめだってば! あ、こら、何処触ってるの!?」
「ふぇえーん、コウさん! ユウコちゃんがユミをいじめるんだよぉ」
「あ、あの、俺はどうすればいいんだ?」
 途方に暮れるコウだった。

 しばらくして朝日が昇る頃、全員が起き出してきた。ユウコとユミのコウの取り合いも、ミラやヨシオが起きてきたので自然消滅した。
 ユイナは、コウに今日のことを聞かれ、面倒そうに言った。
「今日中に、ゾウマの輝石のあるところにはつくと思うわ。何もなければね」
「何も?」
「あいつらよ」
 ユイナはあっさりと言った。
「あいつら?」
「相変わらず血の巡りが遅いみたいね。魔王の手の者よ」
「そういえば……」
「何よ?」
「あ、いや、なんでもないよ。あはは」
 コウは、彼女にダーニュという男のことを聞いてみようかと思ったのだが、まだ命が惜しかったので、それはやめた。
 その頃、北の魔王の城。
「なんだって!?」
 レイは思わず聞き返した。
「勇者が西方に戻った!?」
「すまんな」
 アルキーシはあっさりと言った。
「なにせ、相手が洪水で来るとは思わなくてよ」
「どうやら、霧も払われたらしいですな」
 ダーニャが静かに答えた。
「しかし、よりによってあの霧の直中に勇者達が現れるとは、思いませんでしたな」
「……コトニの門にそういう力があったのか?」
 レイは呟き、つかつかとドアに向かって歩き出した。
「レイ様、どちらへ?」
「知れたことだ。僕自ら奴等を倒しに行く。アルキーシ、ダーニャ。お前達も来い」
「御意」
 ダーニャはそう言って頭を下げた。レイはアルキーシの方に視線を向けた。
「アルキーシ、どうした?」
「いや。行こうぜ」
 アルキーシは肩をすくめ、心の中で呟いた。
(思ったよりも早まったな。さて、吉と出るか凶と出るか)
 午前中、ユイナの誘導に従って一同は行ったり来たりしていた。
「ああーっ、もー、うざったいなぁ」
 何度目かの逆戻りで、ユウコが切れた。
「もっとぱぁーっと行く方法はないのぉ?」
「ないわよ」
 ユイナがあっさり答えた。
 ミラが鉄扇で口元を隠しながら笑う。
「おっほっほっほ。これだから子供は駄目ねぇ。辛抱できないんだから」
「うっさいわね、おばさんは」
「誰がおばさんですって?」
「あらぁ? 自覚があるのかなぁ、おばさんはぁ」
「こ、この。口の減らない盆地胸ねっ!」
 ミラがそう言った瞬間、聞くともなしに聞いていたサキとユミの顔色が変わったのだが、二人ともそれには気づかなかった。
「誰が盆地胸よ! このミルクタンク女っ!」
「おっほっほ。まぁ、この豊満なバストに嫉妬する気も、判らないでもないけれど」
「誰が嫉妬なんかしますか! そんな垂れ乳」
「何ですって? 聞き捨てならないわね」
「あー、もう! 盆地胸も垂れ乳も黙ってなさい! 気が散るわ」
 ユイナが足を止めると、振り向いて怒鳴った。それから前に向き直りながらぶつぶつ言う。
「まったく、これだから愚民は駄目なのよ。優れた指導者によって導かれるべきよね」
「ドンマイドンマイ。あの二人のレクレーションなんだから、気にしちゃダメよ」
 彼女の後ろを歩いていたアヤコが、ポンと肩を叩く。そして、振り返って言った。
「ねぇ、コウ」
「そ、そうだね」
 コウは、フンと互いにそっぽを向き合っている二人を見て、溜息混じりに答えた。
 と、不意にユイナは足を止めた。後ろ向きになって歩いていたアヤコが衝突する。
「オウッチ。どうしたの?」
「……」
 ユイナは黙って背中を押さえていた。アヤコがぶつかった弾みに、リュートのネックがしたたかぶつかったらしい。
 それに気づいたアヤコが謝る。
「ソーリー、ごめんなさいね」
「ま、いいわ」
 ユイナは渋々、といった感じでそう言うと、片手を上げて呪文を唱えた。
『ユイナ・ヒモオの名において命ず。隠されし扉よ、ここに出でよ』
 と、不意に彼女の前の土が、まるで爆発でも起きたかのように飛び散った。
 その下には、2メートル四方くらいの石の板がある。表面には、古代文字が書いてあった。
 ユイナはそれを読もうともせずに、杖で中央の一点を押した。
 ポウッ
 一瞬、扉が青い光に包まれたかと思うと、次の瞬間消えた。その後には、暗い穴が開いていた。
「ほぉー」
 皆の声から、歓声とも溜息ともつかない声があがる。
 ユイナはそのままその穴の中に身を踊らせた。
 皆の足音が石造りの廊下に反響していた。
 穴の中は、横と高さが共に2メートルほどの廊下になっていたのだ。
 一同は、ユイナとユカリが作り出した魔法の明かりを前後に掲げながら、その奥に進んでいった。
 やがて、数百メートル進んだ所で、ユイナは立ち止まった。そして、右の壁を見る。
 一見、何の変哲もない壁だ。
「ここよ」
 彼女はこともなげに言うと、壁を拳でコツコツと叩いた。
 と、ゴゴゴゴと音をたてながら、壁が横にスライドした。
 ユイナは、その部屋の中に明かりを飛ばし、そして、中を覗き込んでいた女の子達が一斉に感嘆の溜息を漏らした。
「すっごぉい」
 物欲を捨て去ったはずの僧侶であるサキでさえ、そう呟いたきり、部屋の中で輝く物に目を奪われていた。
 部屋の中で、魔法の光を受けて七色に輝くその石こそ、ゾウマの輝石だった。
「おっほっほっほ。やはり、美しい物は、美しい人が持ってこそ価値があるのよ」
 ミラが高笑いしながら部屋に入ろうとした。と、その目の前に、彼女を阻むように、にゅっと杖が突き出された。
 彼女はむっとして、その杖の持ち主を睨んだ。
「何のおつもりかしら?」
「部屋にはいると、あなた、死ぬわよ」
 そう言うと、ユイナは杖を引いた。
「警告はしたわ。後は自由になさい」
「部屋にはいると、どうなるというのかしら?」
 聞き返したミラに、ユイナは眉を釣り上げた。
「試してみたら?」
「うっ」
 思わず言葉に詰まるミラをほっといて、ユイナは一人の少女の名を呼んだ。
「メグミ」
「あ、はい。なんでしょう?」
 一人だけ、輝石には関心を示さずに、抱いていたムクと何か話をしていたメグミは、自分の名前を呼ばれて、びっくりしたように立ち上がった。
 ユイナの次の言葉を聞いて、皆仰天した。
 彼女は平然と言ったのだ。
「メグミ。輝石を取ってきなさい」
「え? 私、ですか?」
 思わず目を丸くしながら、自分を指すメグミ。
 ミラが詰め寄る。
「どうして私では駄目で、彼女ならいいのかしら? 納得行くように説明して下さる?」
「簡単に言えばね、彼女がエルフだからよ」
 ユイナはそう言うと、メグミに視線を向けた。
「あなた、あの石が欲しい?」
「……いえ、別に……」
 彼女はあっさりと答えた。
「マジマジマジ?」
 思わずユウコが詰め寄った。その勢いに、メグミはびっくりして、さがりながら謝った。
「ご、ごめんなさい」
「いやぁ、謝られても困るんだけど」
 思わず頭を掻くユウコ。
 ミオがポンと手を打った。
「なるほど。あの輝石が欲しいと思って取ってはいけないんですね」
「え? ミオさん、どういうことなの?」
 サキが訊ねた。
「つまり、あの宝石が欲しい、自分の物にしたい。そう思いながらあの部屋に入ると、罠が発動する仕掛けになっているんですよ。メグミさんはエルフ、つまり自然を愛する種族で、鉱物である宝石には何の関心も示さないんです」
「そういうことか」
 ノゾミが頷く横で、サキは真っ赤になっていた。
「あたし、まだ修行が足りないのね……」
 コウが、まだ躊躇っているメグミの肩を叩いた。
「コウさん……」
「メグミちゃん、頼むよ」
 コウは微笑みながら言った。
 メグミはこくんと頷いた。
「わ、私、やってみます」
 彼女は、一歩、一歩、そろそろと、部屋の中に足を踏み入れた。
 彼女の足下には、ムクが心配そうに寄り添って歩いていた。
 部屋の広さは、5メートル四方。その奥の壁の、ちょうどメグミの目の高さに、小さなくぼみがあり、輝石はその中に納まっていた。
 皆は、部屋の入り口で、息を詰めて彼女を見守っていた。
 あと、3メートル、2メートル、1メートル……。
 ついに彼女は壁際についた。そして振り返った。
 皆が大きく頷く。
 それを見て、彼女は向き直ると、決心したように輝石に触れた。そして持ち上げる。
 バシュッ 
 その瞬間、台座から白い煙のようなものが吹き出し、メグミの姿を覆い隠す。
「な、なに?」
「メグミちゃん!」
 悲鳴が上がる中、ユイナが舌打ちした。
「ダーニュ、こんな所に罠を仕掛けてたのね」
「ダーニュって、魔王四天王の?」
 聞き返すコウに、彼女は首を振った。
「あの時は違うわ。彼は私の……」
 言いかけて、不意に彼女は言葉を切った。そして別なことを言った。
「私はこの部屋にあの罠をかけたけど、輝石自体には何も細工はしなかった。だから、これ以上の罠は無いと思っていたのよ」
「メグミさん!!」
 白い煙が晴れたところで、ミハルが悲鳴を上げた。
 そこには、輝石を抱いた氷の彫像が立っていたのだ。

《続く》

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