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ときめきファンタジー
章 スラップスティック

その 君は君だよ

「……私のミスね」
 驚愕の硬直から皆を解いたのは、ユイナの一言だった。
 彼女の言葉に我に返ったサキが祈る。
「神よ、我が願いを聞き入れ給え。かの者の弱りし命を繋ぎ止め給え」
「サキさん?」
 サキは頷いた。
「とりあえず、しばらくは大丈夫だけど、長くは持たないの。早くこっちに連れてこないと」
「この部屋は、魔力を中和させてしまうから、私の魔法で引き寄せることもできないわ」
 ユイナは唇を噛んだ。
 ユウコが言った。
「縄かけて、引っ張ればいいんじゃないの?」
「やってみる? 今のメグミの身体は硝子よりも脆いわ。へんな衝撃を与えると、粉々に砕け散ってしまう……」
 ロープを出しかけたユウコにそう言うと、ユイナは独り言のように呟いた。
「誰かが入って、引っ張ってくるしかないわね」
「そんな! だって、あの部屋に入ったら……」
 ミオが思わず声を上げた。
 と、ユミが進み出た。
「ユミが行くよ!」
「ユ、ユミ!」
 ヨシオが叫んだ。
「だって、メグミちゃんはユミのお友達だもん。助けたげないと」
「お前までああなったらどうするんだよ」
「大丈夫よ。氷にはならないわ。ただ、消滅するだけよ」
 ユイナが平然と言った。ヨシオは怒鳴った。
「よけい悪いわい!」
 と、ユミの頭にポンと手が置かれた。彼女は顔を上げた。
「コウさん……」
「俺が行くよ」
「ええーっ!?」
 皆が声を上げた。
「メグミちゃんを行かせたのは俺だもの。これ以上、俺のためにみんなに迷惑はかけられないよ」
 コウはそう言うと、ユイナに視線を向けた。
「一つだけ教えて欲しい。この部屋の罠に引っかかると、どうなるんだ?」
「消滅するわ。正確に言えば、異次元に弾き飛ばされる」
 ユイナはきっぱりと言った。それから、コウの顔を見る。
「本気?」
「ああ。俺、決めたんだよ」
「ダメえっ!!」
 ユウコが飛びついた。そのまま、部屋とは反対側の壁にコウを押しつける。
「ムラサメの言ったこと、忘れちゃったの!? コウは、死んじゃいけないんだよ!」
「あ……」
 コウの耳に、トキメキ国で出会った男の声が甦った。
 トキメキ国最強のサムライマスターと呼ばれたその男は、コウに言った。

『お主の命は、お主だけのものではござらぬ。お主が死ぬということは、多くの人の命もそこで絶えるということだ。お主には、負けることは許されていないのでござる』

「……でも、俺は……」
 コウは、胸のペンダントを握りしめた。
「俺は決めたんだ。みんなを守るって。あの時、カレンやスイレンに誓ったんだ」
「コウ……」
 ユウコは、コウの目を見て、静かに手を離した。
「ん。わかった。好きにしなって」
「ありがと」
「でもね、コウに何かあったら、あたし……」
「コウさんの邪魔をするんじゃないの」
 ミラが、ユウコの頭を軽く鉄扇で叩いた。珍しく口答えせずに、ユウコは頷いた。
「うん」
「コウくん、がんばってね」
 サキがコウの手をぎゅっと握った。

 コウは、ゆっくりと部屋に足を踏み入れた。
 後ろでユイナが言う。
「メグミを助けることだけ、考えなさい。そうしないと、死ぬわよ」
「わかった」
 コウは頷くと、足を進める。
(メグミちゃんを助けるんだ。メグミちゃんを……)
 彼は、正面の氷像を見つめながら進む。
 そして、ついに彼女の前に立った。そして、担ぎ上げようとする。
 その目が、彼女の持つ輝石に止まった。
 妖しく、七色に輝く巨大なダイヤモンド。
「こ、これは……」
「ダメ! コウっ!!」
 後ろで誰かが悲鳴を上げた。しかし、コウの耳にはもうその声は入らず……。
 ガブッ
 右足に激痛が走り、コウは我に返った。見下ろすと、いつの間にか、ムクが右足のふくらはぎに噛みついている。
「いってぇーっ!!」
 コウは叫び、力任せに氷像を担ぎ上げて、部屋の入り口に駆け戻った。
「コウくん!!」
「コウ、大丈夫!?」
 皆が駆け寄ってくると、コウを取り囲んだ。早速サキが祈りを唱え始め、痛みがすっと引いていった。
 コウは自分の足を見てぞっとした。完全にふくらはぎが噛みちぎられ、骨が見えていたのだ。
「ああっ」
 それをモロに見てしまったミオが、気を失って倒れた。
「ミオさん!」
 慌ててそれを支えるヨシオ。
 一方、ユイナはメグミの氷像の前で呪文を唱えていた。
『凍てつきし魔界の氷よ、魔界の炎によりてその呪縛をとかん』
 ボウッ
 ユイナの掲げた杖から炎がうねうねと伸び、メグミを包む氷を溶かして行く。
 ユミが後ろで心配そうに見ていた。
「ユイナちゃん、メグミちゃん大丈夫だよね?」
「誰に向かって言っているの?」
 ユイナがそう言い返す間にも、氷が溶け、蒸発して行く。そして、束縛から解放されたメグミが、支えを失って倒れ駆けた。
「おっと」
 ノゾミがそれを支え、呼びかけた。
「大丈夫か? メグミ」
「ノゾミ……さん? 大丈夫、です」
 メグミは、ボウッとした視線で辺りを見回し、そしてコウが横になっているのに気づいた。
「コウさん、どうなさったんですか?」
「いや、ちょっとムクに噛みつかれちゃってさ」
「ええっ!?」
 メグミは顔色を変えてムクを見た。
 ムクは尻尾を振りながらワンと一声吠えた。
「ムク!」
 クゥーン
 メグミはムクを掴まえると、コウの前に来て頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。ムクがそんなおいたをするなんて……」
「あ、いや。違うんだ。ムクは俺を助けてくれたんだから」
 コウは慌てて手を振った。メグミはえっという顔でムクを見る。
「本当なの、ムク?」
 ワンッ
 誇らしげに吠えるムク。メグミはムクを抱きしめた。
「ごめんね、ムク。疑ったりして」
「あ、そうだ。輝石は?」
 コウは辺りを見回した。
「じゃぁーん!」
 その彼の前に、輝石が差し出される。
「あたしが拾っといてあげたよ」
「ユウコさん、ありがと」
 コウは礼を言うと、サキの方を見た。
「もういいよ。楽になったから。ありがとう」
「そう?」
 サキは額の汗を拭うと、にこっと微笑んだ。
 コウは、少し考えて、輝石をヨシオに渡した。
「ヨシオ、お前が持っててくれないか?」
「いいけど。俺、これ持って逃げるかもしれないぜ」
 ヨシオはニヤッと笑った。コウも同じ笑みを浮かべる。
「伊達にお前のダチを何年もやってねぇよ。ヨシオにとっての宝が何かってことは、よくわかってるさ」
「そっか」
 そう言って、二人は声を上げて笑った。そんな二人を、女の子達は不思議そうに見ていた。
 その笑いが納まってから、ユイナが言った。
「それじゃ、帰るわよ」
「わかった……っておい!」
 ヨシオは、そのままスタスタと廊下を引き返しかけたユイナに声をかけた。
「例の瞬間移動の術でさっと戻るんじゃなかったのか?」
「この辺りは結界になっててね、移動系の呪文は効かないのよ。少なくとも、私の呪文はね」
 ユイナはそう言うと、振り返って皆に言った。
「当然、あいつらもそのことは知っているわ」
「ってことは……」
「待ち伏せしてる、ってこと?」
 アヤコの台詞をユウコが引き継いだ。
 ユイナはふっと笑った。
「少しは思考速度が速いようね」
「でも、行くしかないんですね」
 ミオが表情を引き締めて言った。
 一同は、廊下を引き返し、地上に出た。
 最後にミオがノゾミに引っ張り上げて貰うと、ユイナが呪文を唱え、入り口は閉ざされた。
「すいません」
「いいって」
 ミオとノゾミが会話を交わしたとき、不意にユウコが叫んだ。
「伏せてっ!!」
 ヴン
 鈍い音がし、とっさに伏せた皆の上をかすめすぎた。
「魔力弾!?」
 叫んで、ユイナが飛び起きた。
「そうだ」
 一人の金髪の青年が、赤い鎧の男と青い鎧の男を従えて立っている。
 彼は優雅に一礼した。
「勇者には、初にお目にかかる。我が名はレイ。魔王様の孫だ」

《続く》

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