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ときめきファンタジー
第
章 スラップスティック
その
それが痛みでも

「あいつがレイかぁ。確かに美形だけどさぁ、ちょっち、趣味にあわないねぇー」
軽口を叩きながら、ユウコが腰から“桜花・菊花”を抜きはなった。
「オッケイ! あたしの歌を聴かせてあげるわ!」
アヤコはリュートを構えた。
「おーっほっほっほ。私の下僕になら、してあげてもよろしくてよ」
ミラが鉄扇をぱっと開いて、あでやかに微笑んだ。
「こないだの借りは、返すよ!」
ノゾミが“スターク”を構える。
「ユミだって、蹴っちゃうぞ!」
そう言いつつ、隙を窺うユミ。
後の者も、それぞれに身構えた。
レイは、微かに微笑んだ。
「君たちの相手をする気はないね。僕の狙いはただ一人、君だ。コウ・ヌシヒトよ」
「……」
コウは、無言で剣を抜いた。
(コウくん……。変わったね)
サキは、そのコウの後ろ姿を見つめながら、心の中で呟いた。
レイは叫んだ。
「ダーニュ、アルキーシ。他のは任せた!」
「わかったよ」
「御意!」
二人が左右に散った。
「炎!」
「凍!」
二人が同時に叫ぶと、それぞれの剣が、炎と凍気を纏う。
ユイナは、ちらっと振り向くと、アヤコに言った。
「アヤコ。奴等には呪歌は通じないわ」
主に精神に作用する呪歌を防ぐには、二つの方法がある。呪歌そのものが聞こえないようにするか、精神の方に防護魔法をかけておくか。
レイ達は、より効果的な防護魔法の方を使っているはずだ。
「ドントウォーリー。別のをやるわよ」
アヤコはウィンクすると、右手を動かした。
みんなゲンキでがんばって
悩み 苦しみ すかっと忘れて
明日のいいこと考えよう
くよくよしたって始まんない
ぶつぶついってもつまんない
それよりほら、元気出して
明日に向かって駆け出そう!
「おおっ」
コウは思わず声を上げた。
アヤコの歌を聴いているうちに、なんだか力がみなぎってきたような気がしたのだ。
ユイナはふっと微笑んだ。
「味方を鼓舞する呪歌ってわけね」
「いくぞ!!」
コウは剣を振り上げ、レイに飛びかかった。
ダーニャは、何かをばらまき、呪文を唱える。
『魔力によりて今目覚めよ、わが下僕達よ!』
白煙が上がったかと思うと、幾つもの影がその中に立ち上がる。
煙が消えたとき、そこには10人ほどの、全身を鎧に包んだ人が剣を構えていた。
「行け、命ある鎧よ!」
ガシャガシャッ
その鎧たちが、一斉に動き出す。
「いっくよぉーっ!!」
ユウコが迎撃に出た。一番端の鎧に駆け寄っていくと、そいつの振り下ろした剣をかいくぐり、脇腹の鎧の隙間に、“菊花”を突き立てる。
一瞬浮かべた改心の笑みが、次の瞬間不審げな表情に変わった。
「手応えないじゃん!」
そいつが、振り下ろした速度と同じくらいの勢いで剣を振り上げ、ユウコはとんぼ返りをうってそいつから離れた。
「なになに? どーしたの?」
「何をやってるのよ」
叱りつけるようにミラが言うと、鉄扇をぱたりと閉じた。
彼女の鉄扇は、開いたときにはエッジに隠された鋭い刃で敵を切り裂くが、閉じたときには鋼鉄の棒となり、その堅さと重量で敵にダメージを与える打撃武器になるのだ。
鎧に身を固めた相手には、こういう打撃武器のほうが、効果は高い。
ミラはそのまま突っ込み、相手の兜を横から殴りつけた。
バギィッ
妙な音がし、兜が吹っ飛んだ。
ミラは、目を見張った。
「なっ!」
本来頭があるべき場所には何もなかったのだ。
「がらんどうの鎧が、動いてるの!?」
「クグツの術、とか申す、ものでしょうか? それでしたら……」
ユカリはそう言うと、両手を組んだ。
「オン・ハンダダ・ウンハッタ・ギャナウ・サンダサンダ……」
唱える彼女を危険とみたか、鎧達が襲い掛かる。
「大海嘯っ!!」
ゴウッ
衝撃が、鎧達をなぎ倒した。ユカリはにこっと笑って頭を下げた。
「あらまぁ。わざわざ、どうも、すみませんねぇ」
「だぁーっ! いいから早くやってくれよっ!」
ノゾミは脱力しかけながら、もそもそと起き上がる鎧達とユカリとの間に割り込んだ。そのまま、ユカリを背にして鎧達に向かい、身構える。
「では、まいりますねぇ。オン……」
一方、アルキーシは少々手こずっていた。
「ったく、ちょこまかしやがって!」
「へへーんだ!」
ヴン
振り下ろされた剣を飛び退いてかわし、ユミはジャンプした。高々と舞い上がると、そのまま蹴りを放つ。
「おっと」
バックしたアルキーシの胸に、逆の足が炸裂した。
「なっ!!」
さらに、もう片方の足が、彼の後頭部をしたたかに蹴っとばしていた。
ユミの秘技、飛燕破岩脚である。
「そんな動きじゃ、ユミの蹴りはかわせないよっ! おじさん」
「俺の何処がおじさんだ!」
「コウさんに較べたら、おじさんだもーん」
言いながら、さらにユミは飛びかかった。
「そういつまでも、やらせるか!」
そう言うや、アルキーシの全身が燃え上がった。
「わきゃぁっ!」
器用に空中で一回転して、ユミはアルキーシにぶつかるのを回避した。そのまま横っ飛びに逃げる。
「逃がすか! 炎!」
ゴウッ
炎がユミに向かって一直線に伸びる。
「うひゃっ!」
「あぶなぁい! 出でよ、水っ!」
悲鳴と共に、吹き出した水が炎を飲み込んだ。
アルキーシはげっという顔で悲鳴の主を見た。
「お、おめえかよぉ」
ミハルが、変な動物を抱きしめたまま、アルキーシを見ていた。
その左手にはまっている指輪は、緑色の光を明滅させている。
彼女はおずおずとその手を突きだした。
「かっ、覚悟!」
「しねぇよ!」
言うなり、アルキーシの姿がふっと揺らいだ。かと思うと、二つに、四つに、八つにとどんどん分裂してゆく。
「な、なんなのぉ?」
「さあて、どれが本物か、判るかな?」
炎を纏ったアルキーシ達が一斉に喋る。
「今度は、油断はしませんよ」
ダーニュは静かに言った。
ユイナは前髪をかき上げると、わずらわしそうに言った。
「いいから、かかってらっしゃい」
「では!」
彼は地を蹴った。そのまま、斜めに剣を振り上げる。
ガシュッ
ユイナの身体が、二つに裂けた。
「え?」
「バカねぇ」
ぴたっと彼の背中に手が押しつけられた。
「!?」
「さようなら」
ドォン
爆発が起こった。
キィン
コウとレイの剣が絡み合った。
「ふっ。所詮は庶民か」
「なんだとっ!」
「はっ!」
気合いと共に、レイは剣を跳ね上げた。
「わっ!」
コウの剣が弾き飛ばされる。
「死ね!」
レイはそのまま剣を振り下ろした。コウは、とっさに抜いた“白南風”で、それを受けた。
ギリギリッ
火花が散る。
レイはそのままぐいぐいと力をかけてゆく。
「くっ」
コウは膝を地面についた。
「なんて、力だ……」
「これまでだ、コウ・ヌシヒト!」
「ダメぇっ!!」
悲鳴が聞こえ、レイはそっちをちらっと見た。
「メグミ・ソーンバウム・フェルドか。邪魔だ!」
パシィッ
微かな音がしたかと思うと、彼女はその場にくずおれた。慌ててムクが、彼女の周りを走り回るが、彼女は倒れたまま、何も反応しない。
「メグミちゃん!! 貴様、なにをした!?」
「君に貴様呼ばわりされる覚えはないが、一応説明してやろう。彼女に金縛りの術をかけて、動けないようにしただけだよ。僕はこう見えてもフェミニストだからね」
「どこが、だ!!」
コウは、ぐぐっと押し返した。驚きの表情がレイに浮かぶ。
「なに?」
「甘く、見るな!!」
コウは叫ぶと、“白南風”を振るった。
レイは飛び退いた。
「コウ・ヌシヒト。正直言って、思ったよりも手応えありそうだな」
そう言いながら、さりげなく後ろに回した左手に、黒い魔力弾が浮かび上がったのに、後ろで見ていたサキが気がついた。
「あれは……!」
レイはそのままからかうような口調で言った。
「しかし、その程度の腕でおじい様に勝とうなぞ、出来るはずもないな」
「なに?」
「所詮、無駄だ」
「やかましい!」
コウの頭にかっと血が上った。そのままレイに駆け寄る。
「コウくん、だめぇっ!」
サキが、無防備に飛びかかろうとしたコウの前に飛び出した。その瞬間、レイは左手を突き出した。
レイの左手から放たれた魔力弾が、彼女の背中に直撃した。
「サキ!!」
コウは叫んだ。
「かはっ」
自分に倒れかかってきたサキを、コウは抱き留めた。
「女に助けられたな、コウよ」
レイは笑った。
「サキ! サキ!!」
「コウ……くん……。逃げ……」
そのまま、ずるずると崩れ落ちるサキ。
「サキーッ!!」
コウは、絶叫した。そのコウに、レイが剣を構えて突っ込む。
「隙だらけだぞ、コウ・ヌシヒト!!」
「!?」
ザシュッ
鮮血が散った。
《続く》

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