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ときめきファンタジー
章 スラップスティック

その さよならの恋人

 ユーゾの話が終わると、ミオは念を押した。
「ユーゾさん、二つだけ念を押して確認しておきますね。まず、野盗の頭らしき男が“隊長”、と呼ばれていたこと。それから、その男が“アキラ様”と言っていたこと。この二つに間違いありませんか?」
「はい。間違いありません」
 彼は頷いた。
「……そうですか」
 ミオは表情を曇らせた。
 それに気づいたサキが訊ねる。
「どうしたの、ミオさん?」
「もし、“星”が“鍵”であり、そして私の想像が当たっているとすれば、……“鍵”は、魔王の手に落ちた可能性があります」
 皆、一斉にミオを見た。代表してコウが訊ねる。
「どういうこと?」
「まず、野盗の頭を普通“隊長”とは呼びません。もし呼ぶとすると、その野盗がそういう呼び方を使う組織、例えば軍隊とか、そういう所から組織ごと抜け出したとしか考えられません」
「たとえば、どこかの国が滅亡して、その国の軍隊の一部隊がそのまま野盗団になっちゃったとか?」
 ミハルが頬に指を当てながら言った。ミオは頷いた。
「そうです。逆に言うと、それくらいしか可能性はないでしょう。あとは、そういう組織に憧れている野盗の頭が手下にそう呼ばせているか……。でも、今回はそれはあまり考えられないですね」
「どうしてだい?」
 とノゾミ。
「その野盗達が、最初から“星”を探していたからです」
 ミオは静かに言った。

「これが“星”か」
 領主の館の客間。
 小男は、袋の中を見てにんまりした。
「おめでとうございます」
「ふん。このようなものにどういう価値があるのかは知らないが、あいつらをおびき寄せる餌には使えるな」
 彼はそう呟き、窓の外を見た。
「勇者か。奴を殺すことが出来れば、魔王様も私のことを認めて下さる。来るべき魔王様の御代こそ、私の時代だ。クックックック」
「アキラ・サイト。数カ月前にふらりとこのスライダに来た流れの僧侶。来る早々、難病に苦しんでいた領主の息子を癒して、領主の側近に抜てきされました」
 ミオは言った。思わずコウが賞賛する。
「良く知ってるね」
「ええ。実はヨシオさんに調査のお手伝いをしていただきましたから」
「えっへん」
 ヨシオがミオの肩に手を回しながら胸を張った。
「まぁ、調べものなら俺に任せておけって」
「あの、ヨシオさん。手が、その……胸に……」
「なんだい、ミオさん」
「チョイナァーッ!!」
 どげしぃっ
 ユウコの足がヨシオの顔面を捉え、そのままヨシオは後方に吹っ飛ばされた。
 ユミが、片膝立てた姿勢で唖然とそれを見る。
(ユウコさん、ユミより早かったよぉ)
「てて。ひっでぇなぁ、ユウコちゃんってば」
「あによ。まだ文句あるワケぇ?」
 ユウコは腰に手を当ててじろっとヨシオを見た。ヨシオはがくっとうなだれた。
「なんにもないです」
「ん。よろし」
 にこっと笑うユウコだった。
「それで?」
 ノゾミがミオに先を促した。
「あ、はい。そのアキラ・サイトという人は、それ以後領主の信頼が厚いのをいいことに、次第にこのスライダの街の政治向きのことにも顔を突っ込むようになりました。それを諌めようとした者は、領主の怒りに触れて左遷されてしまう始末で、今では彼に逆らう者はいなくなっています」
「騎士団は……」
 何をやってるんだと言いかけたノゾミをじっと見て、ミオは言った。
「お忘れですか? 13年前の内乱以降、キラメキ王国の騎士は政治には介入しない、という不文律が出来たことを」
「……」
 黙りこくるノゾミ。
 それに代わって、ミハルが訊ねた。
「そのアキラって人が、ユーゾくん達を襲った野盗の隊長が言っていた『アキラ様』なの?」
「可能性は高いと思います。確たる証拠はないんですが、どうやら彼は魔王の手の者らしいんです」
「!!」
 一同の間に緊張が走る。
「領主の息子の件にしても、彼の前に診察した医者は、病気ではないと言っていたそうですし、それに、最近おかしな事故が続発しているんです」
 ミオはヨシオに視線を向けた。ヨシオは頷くとメモを広げた。
 ジュンが口笛を吹く。
「ヨシオメモ、健在なりか」
「あたり前だろ。えっと、事故、事故と……。あったあった、耳の穴かっぽじってよーく聞けよ」
 ヨシオはメモを見ながら言った。
「ここしばらく、妙な海難事故が立て続けに起こっているんだ。この街の政治家や裕福な商人で、アキラのことを領主に讒言した人が何人も水死してる」
「水死?」
「ああ。泳いでいて、突然ぽっくりといっちまったのもいるし、……おっと、こういうのもいるぜ。紫色のアメーバのようなものに襲われ行方不明になったって」
「ひょっとして、それは、この間、わたくしたちを襲った、あれとおなじものでは、ないでしょうか?」
 ユカリが小首を傾げながら言った。ノゾミが頷く。
「そうか、それをそのアキラって奴が操ってるってワケだ」
 ミオは、窓に近寄ると、そこから高台の領主の館を見やった。
「おそらく、あそこに“星”があるのは間違いないでしょう。そして……」
「そして?」
 コウが先を促す。
 ミオは静かに言った。
「おそらく、彼等は私たちが“星”を取り戻しに行かざるを得ないことを知っていて、周到に罠を仕掛けているはずです」
 一同は、ウオウタの宿から出た。ユーゾは彼らに着いて来たがったが、サキが休むように説得して、そのままウオウタの宿に残してきたのだ。
 ヨシオがちらっと宿の方を振り返って、はき捨てる。
「ったく、面倒増やしやがって、あのボンボンはよぉ」
「まぁまぁ。さて、これからどうする?」
 コウは誰にともなく訊ねた。
「とりあえず、あたし達の宿に戻ろうぜ」
 ノゾミが言い、サキも頷いた。
「そうね。ユイナさんも宿に残ってるし。こういう事はみんなで相談した方がいいと思うな」
「オッケイ。じゃあ宿に戻るか。カツマ達は?」
 訊ねたコウの肩をカツマは笑いながら叩いた。
「おいおい、ここまで聞かせておいて、はいさよならは無いだろ?」
「そうよ。乗り掛かった船って言うしね」
 ナツエが頷く。コウは頭を下げた。
「ありがとう」
「なーに。これもシオリ姫の為ってね」
 カツマはにっと笑った。その隣で、ナツエが微妙な表情を浮かべる。
 サキはそれを見て思った。
(ナツエさん……、まだこだわってるのかなぁ?)
 コウはカツマにそう言われて、照れたように頭を掻きながら、右手をさし出した。
「とにかく、よろしく」
「ああ」
 二人は握手した。
 と、不意に、コウの前にユミが飛び出した。
「コウさん。ユミ、ちょっとユーゾくんが心配だから、ついててあげたいんだけど」
「え? あ、ああ。いいよ」
 コウは頷いた。口を出そうとしたヨシオの足を、ユウコが思いきり踏みつける。
「あんたは黙ってんの」
 ユミはコウの手をぎゅっと握った。
「……ユミちゃん?」
「コウさん……じゃあね!」
 くるっと振り向くと、ユミは駆け出していった。コウはその後ろ姿を見送りながら首をひねっていた。
「……なんだろ?」
 角をくるっと曲がって、ユミは立ち止まった。そして陰から、そっとコウ達を伺う。
 彼等はそのまま、宿の方に歩いていく。
 ユミは唇をぎゅっと引き結ぶと、駆け出した。ユーゾのいるウオウタの宿の方ではなく、高台に向かって。
(ユーゾくんが悪いんじゃないんだもん)
 坂道を駆け上がりながら、ユミは心の中で呟いた。
(ユーゾくん。ユミが、その“星”を取り返してきてあげるね!)
 程なく、ユミは領主の館の前に立っていた。
 正面には、兵士が見張り番をしている。
(正面から入れないみたいだねぇ……。よーし、横から入ってみようっと!)
 南国のこのスライダの街の建造物は、風通しを重視している。その分、構造的には進入しやすくなっているのだ。領主の館とて例外ではない。
 ユミは、領主の館の正面から脇に回り込んだ。左右を見て、人が居ないのを確かめる。
「よぉーし!」
 数歩下がって、助走をつけて、一気に壁に向かってジャンプする。
 軽々と壁を飛び越え、中庭に降り立つユミ。そのまま、植え込みの影に飛び込んで、辺りを伺った。
 誰もいない。
 ユウコやミラといった潜入のプロなら、この辺りで微妙な物を感じたのかも知れない。しかし、今までこういう経験がないユミには、それを感じろと言うのは酷な話であった。
 ユミは、きょろきょろと辺りを見回し、館に駆け寄っていった。
 そんなことはつゆ知らず、コウ達は自分たちの宿に戻って善後策を練っていた。
「やっぱさぁ、あたしがちょろっと行ってこよっか?」
 ユウコがにこにこしながら言った。
(やっぱ、こういうときが自分をアピールするチャンスだモンね!)
「そうね。やっぱりユウコさんにお願いした方がいいと思うわ」
 サキも頷く。
「んじゃ、行ってくんね!」
 早くも立ち上がろうとするユウコに、慌ててコウが待ったをかける。
「ちょっと待ってよ、ユウコさん。そんなに急に……」
「あに言ってるんだかぁ。少しでも遅れちゃやばいっしょ。だいじょーぶだって。ちょろっと見てくるだけだからさ」
「でも……」
「あ、もしかして、心配してくれてるんだ! 超嬉しー!」
 コウに身をすり寄せるユウコの頭をミラが鉄扇で叩いた。
「行くならさっさと行きなさいよ!」
「んもう、おばさん、妬かない妬かない。んじゃ、行ってくんね!」
 軽くいなして、ユウコは宿から飛び出していった。ミラがその背中に叫んだ。
「誰が妬いてるものですか!!」
 コウはほっと椅子に腰を降ろした。
(なんか、台風一過だなぁ)
 タッタッタッタッ
 ユミは領主の館の廊下を駆けていった。曲がり角でふと立ち止まる。
「うーん、困っちゃったなぁ。アキラって奴、どこにいるんだろぉ」
 どうも、ユミは、領主の館に入ってしまえば“星”を持ったアキラとすぐに対決できると思っていたらしい。
「うーん、うーん。帰っちゃおっかなぁ」
 そう呟いたとき、不意に後ろから声が掛かった。
「そうはいかんぞ、勇者の女」
「ほえ?」
 ユミは振り返った。
 数人の兵士達が、廊下を塞いでいる。
 その背後に隠れるように、小男が一人立っていた。いかにも悪趣味な紫色の法衣をまとっている。
 その目が、ユミを舐め回すように上から下まで見た。
「早速網にかかったな」
「おじさんが、アキラ?」
「呼び捨てにするとは無礼千万。偉大なるアキラ・サイト様と呼べ」
 彼はふんぞり返って言った。その間にも、ユミの後方にも兵士達が詰める。
 廊下の前後は完全に塞がれた。
「逃げ道は無いぞ、勇者の女」
「へへーん。そんなことありませんよーだ」
 言った瞬間、ユミはジャンプした。天井を蹴り、アキラに飛びかかる。
 虚を突かれた兵士達がうろたえた瞬間、ユミはアキラの背後を取っていた。そのまま、ぐいっと腕をねじりあげる。
「さぁ、ユーゾくんから取った“星”を返してもらうよっ!」
「わ、わかった。いたた。返すから、離してくれぇ」
 アキラは一転泣き声をあげた。ユミは拍子抜けした。
(なんなのぉ? おにーちゃんより弱いよぉ)
「ほ、ほれ」
 彼は空いている左手で、懐からぽいっと袋を放った。
 ユミの注意がそっちに逸れる。
「あ!」
 アキラはその瞬間、ユミの手を振り解いた。転がるように兵士達の後ろに隠れ、叫ぶ。
「そ、その小娘を殺せ!!」
「し、しかし……」
「かまわん! 寄りによってこの高貴な私の腕を捻りあげたのだぞ!」
 彼は口から泡を飛ばして絶叫した。
「ああーっ! この袋、空っぽだぁ!!」
 ユミは、落ちた袋を逆さにして振ってみながら叫んだ。それから、アキラをきっと睨む。
「おじさん、ユミを騙したんだね!!」
「ひえっ」
 慌てて縮こまるアキラ。
「このぉ!!」
 ユミは突進した。アキラが叫ぶ。
「暗黒の神よ! 我に力を!!」
 ドッ
 いきなり、目に見えない衝撃波がアキラの手から放たれた。兵士達を数人巻き込みつつ、ユミをはじき飛ばす。
「きゃうっ!!」
 ドシュッ
 ユミの目が見開かれた。
 巻き込まれた兵士の抜いていた剣が、偶然ユミのお腹に突き刺さっていた。
 そのまま、壁に激突する。
 バキッ
 その剣がへし折れた。ユミの身体に突き刺さったまま。
「……グ……ゲホッ」
 血を吐きながら、それでも立ち上がろうとするユミ。
「“星”を……」
「槍を貸せ」
 アキラはそう言うと、傍らの兵士から槍をひったくった。そのまま近寄る。
「返して……よぉ……」
「死ね、小娘!!」
 アキラの槍の一撃は、ユミの右胸を貫通し、そのまま彼女を壁に縫いつけた。
 吹き出した血が、槍を真紅に染めていく。
「……コウさん……」
 ユミは、その槍に手をかけた。抜こうとしたが、力が入らない。
 血塗れの手が、ずるっと滑った。
 そのまま、彼女はかくんとうなだれる。
「……ごめん……ね」
 ポトッ
 俯いた顔から、血ではない液体が一滴、床に落ちた。
「くっくっく。あっはっはっは」
 アキラは哄いだした。そして、動かなくなったユミをそのままにして、廊下を戻っていった。
 惨劇に息を詰めていた兵士達が、慌ててそれを追いかける。
「アキラ様! お待ち下さい!」
「今のは、少しやり過ぎでは……」
 アキラは立ち止まった。その兵士を見る。
「私は侵入者を排除したまでのこと。違うか?」
 その瞳が怪しく光る。
 兵士は直立不動の姿勢をとって、答えた。
「おっしゃるとおりです、アキラ様」
「よし。行くぞ」
 そのまま、彼らは歩き去っていった。

《続く》

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