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ときめきファンタジー
第
章 スラップスティック
その
泣きたい気持ち

数分後。
ユウコは天井裏をごそごそと這い進んでいた。
「やっぱ、警戒厳しいなぁ。この下が、廊下かな?」
呟きながら、ゆっくりと板をずらす。
その目に、信じられない光景が飛び込んできた。
槍によって壁に縫いつけられたまま動かなくなっているユミ。その周囲は、彼女から流れ出したと思われる血で赤く染まっている。
「ど、どーしてよぉ」
スタッ
ユウコは、廊下に飛び降りると、ユミの前にかがみ込んだ。その赤い瞳から、涙が一筋流れて頬を濡らす。
彼女はそれをぐいっと袖で拭うと、ユミに向かって叫んだ。
「莫迦!!」
「誰かいるぞ!」
「侵入者か!!」
声が聞こえ、ユウコは振り返った。
数人の兵士が廊下を塞ごうとしている。
ユウコの顔に、凄絶な笑みが浮かんだ。
「いま、あたしちょっと手加減出来ないからね」
「捕まえろ!」
叫び声と共に、兵士達が駆けてくる。
ユウコはちらっと振り返った。
「ごめん、ユミちゃん。後で、きっと迎えに来るからね!」
「動くな! 武器を……」
「うっさい!!」
言葉と共に、二筋の銀光が弧を描いた。ユウコの愛刀で、メモリアルスポットの小剣“桜花・菊花”が抜き放たれたのだ。
「アサヒナ流忍術奥義、比翼火炎斬!!」
兵士達は、東方の忍者の恐ろしさを思い知ることになった。
「ユミが!?」
戻ってきたユウコの言葉に、ヨシオが血相を変えた。ユウコの肩をがしっと掴む。
「いたた」
「どうして、そのままにしてきた!? どうして!」
「ヨシオ!」
ジュンがその手を掴み、カツマが押さえつける。
「落ち着け! ヨシオ、お前が今暴れても、どうにも……」
「……くそぉーっ!!」
ヨシオは、壁を殴りつけた。二度、三度。
「くそ、くそ、くそぉ!! ユミの莫迦野郎!!」
「ユミちゃんが……」
コウは、椅子に座り込んだ。そのまま、手に顔を埋めた。
「そんな……」
ムクを抱いたまま、メグミは絶句していた。いつも白い顔が、蒼白になっている。
「ユミちゃんが、そんな……」
「……迎えに行かないと!」
サキが叫んだ。ノゾミが頷く。
「ああ。あんな所に残しとくなんて出来ないぜ」
ミラは、壁を殴り続けるヨシオの手を取った。
「おやめなさい」
「離せ!」
ミラの腕を振り払い、ヨシオは叫んだ。
「俺は、ユミを守れなかった。最低の兄貴なんだ!!」
「そんなことないよ! ……そんなことない」
ユウコがヨシオを背中から抱きしめた。
「ユウコ……さん?」
「ヨッシー……ごめんね。ごめん……」
ユウコはそう言いながら、彼の背中に顔を埋めた。
「あたしがもう少し早く行ってれば……」
「……」
ヨシオは、拳を握り締めて立ち尽くすだけだった。
不意に、ジュンが顔を上げた。そして、メグミに言う。
「囲まれたな」
「え? ちょ、ちょっと待ってね」
メグミはウェストポーチを少し開けて呟く。
「風の精霊さん……」
少し間をおいて、メグミは顔を上げた。
「この宿、完全に囲まれちゃったみたい。兵隊さん達がざっと50人はいるわ」
「ユウコが後をつけられたのね」
“ファイヤーボンバー”を構えながらアヤコが呟いた。
その肩をジュンが叩く。
「ここは俺達に任せて、お前らは領主の館に行けよ」
「え?」
コウが顔を上げた。
カツマが頷く。
「それだけの人数を繰り出したって事は、今は領主の館は手薄になってるはずだ。コウは“星”を探さなけりゃならないんだろう?」
「……ああ」
コウは立ち上がった。
ミオがその手を押さえる。
「私達も全員で領主の館に行く必要はないと思います。最小限の人数でよいのではないでしょうか?」
「そっか。でも、誰が行くの?」
「俺は行く」
ヨシオが言った。その背中から顔を上げると、ユウコが言う。
「あたしも行くわ。ユミちゃんに約束したもの。迎えに行くって」
「あとは……そうだ! ユカリちゃん!」
「はい、なんでしょうか?」
ユカリがにっこりと聞き返す。コウは言った。
「黄金の埴輪だよ。あれで飛んでいけばいいんだ!」
「そうですね。よろしいですよ。参りましょう」
彼女は頷いた。そして言う。
「多分、あとお一人なら運べるかと存じますが……」
「そうか、それじゃ……」
「サキ、行きなさいよ」
不意にナツエがサキの背中をポンと押した。
「え? あたし? でも、あたしなんかよりも、ノゾミさんやミラさんみたいに戦える人の方が……」
「いや、傷を治せる人がいた方がいいよ」
ノゾミが言い、ミラも頷いた。
「そうね。私よりもサキの方が本職だしね」
「でも……」
躊躇うサキに、コウが言った。
「サキ、頼む」
「う、うん」
サキは、頷いた。
次いで、ミオは一同の話をじっと聞いていたカツヤに謝った。
「申し訳ありません。ご迷惑をおかけしてしまいまして」
「なぁに、俺もこう見えても結構修羅場は潜ってるからな。こういう事は慣れてるさ」
ユウコの叔父で、彼自身も実は忍者であるカツヤは笑った。
「もっとも、俺が手伝うこともないようだけどな。このメンバーじゃ、この街の兵士じゃかないっこなさそうだ」
そう呟くと、彼は声を上げた。
「スライダの街の住人として、一つだけ頼む。出来るだけ、殺さないで欲しいな。兵士達だって、この街の人が徴用されただけって奴が多いんだ」
その言葉に、皆が頷く。その表情を見て、彼は笑った。
「出来るだけ、って言っただろ? 不可抗力や正当防衛までは、俺はとやかく言わないぜ」
(やっぱ、カッちゃんは忍者ねー)
その言葉を聞いて、ユウコはにっと笑った。
ノゾミが言う。
「もう一度確認する。今からあたし達が正面から討って出る。兵士達が集まったら、その隙をついて、コウ達はその黄金のハニワとやらで行ってくれ」
「わかった」
コウは頷いた。そして、立ち上がると裏庭に出ていく。
ユカリ達がその後に続く。
「じゃ、いくぞ!」
ノゾミは腰に吊った“スターク”を抜いた。そして、カツマに近寄った。
「ん?」
「カツマ・セリザワ。噂には聞いてたよ。一度逢ってみたいと思ってたんだ」
「へぇ。光栄だね」
頭を掻くカツマをナツエが後ろからどついた。
「でれでれするんじゃない」
「バーカ。騎士として、だよ」
ノゾミは笑った。そして、ドアを細く開けて外を見る。
雰囲気を察したのか、普段なら人通りが絶えない通りに、今は人っ子一人いない。
机の上にミオが紙を広げて、二人のメグミに何か聞きながら書き込んでいた。
「ワッツドゥーユードゥーイング? なにしてるの?」
アヤコが覗き込んだ。
ミオは顔を上げた。
「メグミさんに聞いて、兵士達の配置を書いているんです。ノゾミさん!」
「なんだい?」
外の監視をカツマにタッチして、ノゾミが駆け戻った。
ミオは紙をノゾミに見せた。
「兵士の配置はこんな感じです」
「そっか。じゃあ、カツマ以外はみんな集まって!」
ノゾミは手早く作戦を立てて、打ち合わせを始めた。
ユカリは裏庭に出ると、胸元から黄金の埴輪を出した。
「それが……なの?」
サキが目を丸くして訊ねる。
「はい、そうですよ。では、参りましょう」
彼女は両手を組むと、呪を唱える。
「ナウマクサンマンダ・ボダナン・アニ・ヨウルステイ・ソワカ」
みるみる黄金の埴輪が巨大化していく。そして、二枚の翼を持った優美な鳥の姿になった。
黄金の埴輪の形態の一つ、鳳凰形態である。
「行くぜ!!」
バァン
ノゾミがドアを開け放った。そして剣を振るう。
「大海嘯!!」
ゴウッ
衝撃波が、正面の建物に襲いかかる。続いて、カツマが技を放った。
「光鷹撃!!」
ドゴォン
壁が砕け散り、それにはじき出されるように、兵士達が飛び出してきた。
ノゾミが振り向く。
「アヤコ!」
「オッケイ!! あたしの歌を、聞きなさぁーいっ!!」
ギュィーン
“ファイヤーボンバー”が唸りを上げた。こちらに殺到しようとしていた兵士達の動きが、それを聞いてぴたりと止まる。
バサッ
鳳凰は大きく羽ばたき、空に舞い上がった。
コウは言った。
「ユカリちゃん、頼むよ」
「はい。お任せ下さいね」
ユカリはにこっと笑って頷いた。鳳凰が、高台にある領主の館に方向を向ける。
コウは下を見おろした。
時折炎が上がるのは、ジュンか誰かが魔法を使った為か?
「コウくん!」
サキが叫んだ。
「え? わっ!」
カツン
コウをかすめて矢が鳳凰に当たった。
「弓兵もいるのか。ユカリちゃん、もっと高く飛べない?」
「はい、やってみますね」
ユカリが頷くと同時に、鳳凰は上昇した。
それと共に、矢も届かなくなる。
「では、参ります」
そのユカリの言葉と共に、鳳凰は滑るように飛んで行く。領主の館に向かって。
「何!?」
黄金の鳥が飛んでくるという報告を受け、アキラは泡を食って外に飛び出した。
確かに、金色に輝く大きな鳥が、真っ直ぐにこちらに向かって飛んでくる。
神々しささえ感じるその鳥の背中に、数人の人影を見た瞬間、彼はくるっと振り返った。
「アキラ様、如何致しましょう!?」
「こ、殺せ! 殺せ!!」
それだけ言い残し、彼は館に駆け込んでいった。
数少ない兵士達は、それでも職務を果たそうと戦闘態勢に入った。
その中に、鳳凰が突っ込んでくる。
「いっくぞぉぉーーー!!」
身軽にその背からユウコが飛び降りた。続いてヨシオが飛び降り……。
「あらぁ。止まりませんねぇ」
「え? きゃぁーっ!!」
「うわぁーー」
ドォン
そのまま、鳳凰は領主の館に突っ込んだ。もうもうと土煙が上がる。
「あっちゃぁー」
ユウコは額を押さえた。
「そういえば、ユカリの鳳凰って、まともに着陸したことあったっけ。ま、いっかぁ」
彼女は“桜花”を抜くと、ヨシオに言った。
「ヨッシー、こっち!」
「おう」
二人は走り出した。
「いてて、サキ、ユカリちゃん、大丈夫?」
コウは腰をさすりながら訊ねた。
「うん、大丈夫」
「だいじょうぶ、の、ようですねぇ」
二人の返事を聞いて、立ち上がるコウ。
「しかし、ここは……?」
コウは辺りを見回した。
「部屋の中、みたいね」
「そのようですねぇ」
サキと、元の大きさに戻った黄金の埴輪を拾ったユカリが、コウの側に駆け寄ってくる。
「おや?」
コウは、机の上に黒い袋が無造作に置いてあるのに気づいた。近寄って開けてみる。
「これは……?」
「どうしたの?」
サキもその机に近寄った。
その袋から、コウは小さな石を出した。
五芒星の形をし、七色に光る小さな石。
コウとサキは顔を見合わせた。
「間違いない。これが“星”だ」
「そうよね、きっと」
二人は頷きあった。と、そのとき。
「それを返せ!」
声が聞こえた。コウ達は振り向いた。
「ユカリちゃん!!」
「ユカリさん!」
小男が、ユカリを羽交い締めにし、首筋に短剣を突きつけていた。
「もうしわけ、ありません。捕まって、しまいました」
《続く》

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