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ときめきファンタジー
章 スラップスティック

その 心の鏡

「貴様が、勇者コウとかいう奴だな」
 その男は、ユカリの首筋に短剣を食い込ませた。
「つっ」
 ユカリが声にならない悲鳴を上げ、白い首筋に真っ赤な鮮血が一筋流れる。
「や、やめろ!!」
「なら、武器を捨てるんだ」
 小男は言った。
 コウは、腰から長剣と“白南風”を外して、男の前に放り投げた。
「それから、それも渡せ」
 彼は、顎をしゃくって、“星”を指した。
 コウがそれを取ろうとすると、彼は首を振った。
「いや、そっちの娘がもって来るんだ」
「サキ……」
「いいの。あたしが持って行くわ」
 サキは“星”をコウから受け取ると、男に歩み寄っていった。
 男は“星”をサキからひったくると、ほくそえんだ。
「これで、俺も魔王四天王の一人と言うわけだな。勇者コウ、貴様を殺して、な」
「!!」
 サキとユカリが同時にはっとした。
「コウくん!!」
「我が神よ、我が前に在りし贄を捧ぐ。その暗黒の力にて、かの者の心を闇に閉ざせ。光を奪え!」
 その男の呟きが流れた。
 ゴトン
 突然、音がした。そして、コウの視界が横になる。
 コウには、自分が倒れたのだとは判らなかった。
「あ、あれ? 力……が……」
 意識が暗黒に蝕まれ、消えて行く……。
「コウくんっ!!」
 最後に聞こえたのは、サキの悲鳴だった。

「ここよっ……あれ?」
 ユウコは辺りをきょろきょろと見回した。
 そこは、ユミが槍で串刺しになっていた場所。しかし、壁に突き刺さった槍はそのままにあるのに、ユミの身体はなかった。
「ユウコ?」
「おっかしいなぁ、確かにここにあったんだよ。ほら、槍はそのままだしぃ……」
 ヨシオはかがみ込んで、床を撫でてみた。
「血がすごく流れてたんだって?」
「うん……でも、そんな感じないねぇ」
 床には血が流れたような痕跡はなかった。
「どういうことかなぁ」
「ったく、見間違いじゃないのか?」
「んなことあるわけないっしょ!」
 ユウコは腕を組んで膨れた。
「でも、無いんだぜ」
「うーん、そーなのよねー」
「あ、あそこにいたぞ!!」
 兵士達が走って来る。
 ユウコはそっちに視線を向けて言った。
「一人捕まえて、シメてみよっか」
「オッケイ」
 ヨシオは頷いた。
「コウさん!!」
 ユカリが叫んで、男を振り解いた。その弾みに、短剣が彼女の首に傷を付けるが、そんなことお構いなしに、彼女はコウに駆け寄る。
 サキは、男を睨み付けた。
「その紋章……。あなた、ダークプリースト、ね」
「いかにも。我が信じるは暗黒神。そしてその暗黒神の求めし世界を作り上げるのは魔王様を除いて他にはおるまい」
「許さないわ」
 サキは、自分の胸の聖印を握り締めた。
「絶対に、許さない。神の名にかけて……」
「ほう? そうか、小娘。お前も僧侶か」
「あなたと一緒にしないでっ!」
 叫ぶサキ。
 彼は目を細めた。
「しかし、今お前の中にある怒りは何なのだ?」
「え?」
「僧侶は神に仕え、神のために全てを捧げた筈だ。それが、今のお前はどうだ? 勇者に仕え、勇者に全てを捧げているのではないのか?」
「……」
 サキは沈黙した。
(あたし……)
「サキさん!」
 ユカリが声を上げ、サキは現実に引き戻された。
「ユカリ……さん?」
「コウさんをお願いします」
 彼女はそう言うと、立ち上がった。
「あ……うん」
 頷くと、サキはコウの傍らにしゃがみ込んだ。
 ユカリは首筋に手を当てた。べったりと血がついてくる。彼に傷つけられた傷からは、まだ血が流れ続けていた。
(あらぁ。これでは、あまり長い時間は持ちませんねぇ)
 心の中で呟くと、男を見る。
「まだ、お名前も伺っておりませんでしたねぇ。わたくしは、ユカリ・コシキと申します」
「私はアキラ・サイト。冥土のみやげに覚えておくがいい」
「まぁ、あなたがアキラさんだったのですか。では、失礼いたします」
 ユカリは、懐から黒い短剣を出した。そのまま駆け寄る。
「なっ!!」
 ザシュッ
 一瞬の出来事だった。
 サキは思わず呟いた。
「ユカリさんって、あんなに早く動けたんだ……。見えなかった……」
 アキラの心臓に、黒い短剣が突き刺さっていた。
「ば、莫迦な……。私が、私の野望が……、こんな所、で……」
 彼はがくりと膝を突いた。
 ユカリが振り返る。
「コシキ流剣術奥義、翔龍斬、でございます」
 そして、彼女も倒れた。その口から、呟きが漏れる。
「ありがとうございます……お父さま……」
「ユカリさん!!」
 みるみる、床に血が広がっていく。
 アキラは、不意にけたたましく笑いだした。
「暗黒神よ! 我が神よ! 我がうちに来たれよ!」
「え? ……まさか、降臨の儀式!?」
 サキは蒼白になった。
「し、知らない!!」
 その兵士は、必死に叫んだ。
「確かにその死体はそこにあったはずだ! 俺も見たんだ! ついさっきまではそこに……」
「……だってさ。あたしの言ってたこと、間違い無いっしょ?」
「でも、現実にそこにないじゃねーかよ」
 ヨシオは壁を指した。
「それはそーなんだけどぉ……」
 ユウコは、その兵士の鳩尾を一突きした。哀れな兵士はそのまま意識を失って崩れ落ちる。
「とりあえず、コウくんの応援に行こっか?」
「ちょっと待てよ! ユミはどうするんだよ」
「見つからない物は仕方が無いっしょ? 行くよヨッシー!!」
 駆け出すユウコ。
「お、おい、待てよ!!」
 ヨシオも仕方なく、その後を追いかけた。

「ぐぉぉぉぉぉっ」
 アキラがくぐもった叫びを上げる。かと思うと、その背中がみしっという音を立ててはぜ割れた。
 紫色の法衣が、ちぎれ飛ぶ。
 思わず、サキは目を背けかけた。しかし、ぎゅっと拳を握って、それを見つめる。
 アキラの身体から、異形の物が這い出して来ようとしている。
「……悪魔?」
 彼女の唇から、呟きが漏れた。そして彼女は聖印を握り締め、悪魔祓いの祈りを捧げようとした。
『僧侶は神に仕え、神のために全てを捧げた筈だ。それが、今のお前はどうだ? 勇者に仕え、勇者に全てを捧げているのではないのか?』
 不意に、さっきのアキラの言葉が耳に甦る。
 サキの口が、ぴたりと止まった。
「あたしは……」
「コウくーん!!」
 ユウコが飛び込んでくると、目の前で誕生しつつある悪魔に気づく。
「げー、なにこれ。趣味悪ぅ」
「あ、悪魔!?」
 つづいて飛び込んできたヨシオが思わず叫ぶ。
「ふぅーん」
 ユウコは“桜花・菊花”を構えた。そのまま突っ込む。
「てぇーーいっ!!」
 バシュッ
 まだアキラの身体から這い出そうとしていた悪魔は、十文字に切断され、絶叫と共に消えていった。
 並みの剣に出来ることではない。メモリアルスポットである“桜花・菊花”だからこそなし得たことである。
 ユウコはぴしっとポーズを取る。
「負けないモン!」
「おまえなぁ……。相手が用意できてないのに攻撃かけるのは、御法度じゃないのかよ」
 ヨシオは呆れたように言ってから、部屋の中を見回し、ユカリが倒れているのに気づいた。慌てて駆け寄る。
「ユカリちゃん!」
「コウっ!!」
 こちらはユウコ。倒れているコウに駆け寄った。抱き起こして、サキを怒鳴る。
「サキ!! なにしてんの。早くコウとユカリを!」
「……あたし……」
 サキは、ユウコを見た。
「あたし、ダメよ……」
「へ? んもう!」
 何だか知らないけど、サキは使えなくなったんだと割り切ると、ユウコはヨシオに言った。
「とにかく、ヨシオはコウを! あたしがユカリを運ぶからさぁ」
「お? お、おう」
「サキ!! さっさと行くよ!!」
 ユウコはそう言いながらユカリに駆け寄った。と、その途中で何かを蹴飛ばした。
 それは、キラキラ光りながら転がり、ユカリの身体に当たって止まる。
 七色に光る五芒星。
「あ、きれーじゃん。もらっちゃおうっと」
 ユウコはそれを拾って懐に入れるとユカリを抱き上げた。
「さ、逃げよ、逃げ!」
『魔界の炎よ!』
 ゴウッ
「うわぁ!!」
「逃げろ! 撤収だ!!」
 兵士達が逃げ出すのを見て、ジュンはホッと息をついた。
「やれやれ。こんなもんかな?」
「ジュンくん、お疲れさま」
 メグミが駆け寄ってくる。ジュンはその頭をぐりぐりと撫でた。
「メグミも御苦労さん」
「えへっ」
 メグミはぺろっと舌を出した。
「さて、コウ達は上手く行ったかな?」
 ジュンはそう呟くと、何やら呪文を唱え、領主の館の方を見た。
 その眉が潜められる。
「どうしたの? ジュンくん」
「ミスったのか、あいつら」
 ジュンは舌打ちすると、カツマに叫んだ。
「カツマ!」
「どうしたんだ?」
 カツマが走って来る。その後ろからナツエも駆けてきた。
 彼らが来るのを待ってから、ジュンは小声で言った。
「コウ達を迎えに行く。つき合え」
「……わかった」
 百戦錬磨の傭兵である彼らは、戦場で無駄な時間を費やすことはしない。今も、ジュンの言葉に説明を求めようとせず、全員が頷いた。
 そのまま、4人は街路を駆け出した。
「あれ?」
 ミハルは、4人が揃って走って行くのを見て、首を傾げた。
「どうかしたのかな?」
 と、小さな熊のような変な生き物が、たたっと走って来ると、ミハルの背中にぴょんと飛び乗った。そのまま手でポンポンと彼女の頭を叩く。
「こあらちゃん? 追いかけるのね? わかったわ」
 ミハルは駆け出した。
「んもう、しっつこいなぁ」
 ユウコは振り返って舌打ちした。
 兵士が数人追いかけてくるのだ。
「待てぇ!」
「待たないよーだ。でも、煙球も使い果たしちゃったしなぁ。このままじゃ追いつかれちゃうな。よいしょっと」
 落ちそうになった背中のユカリを揺すり上げ、ユウコは思案したが、いい方法も思いつかなかった。
(ここで、立ち止まって戦闘してても、他の兵士が集まって来るんだろうしなぁ……)
「ユウコ!」
 不意に、前から声がした。ユウコの顔が明るくなる。
「カツマ達じゃん。超ラッキー!」
「こっちこっち!」
 カツマが、脇道から手招きしている。ユウコは振り向いた。
「ヨッシー! サキ!」
「おう!」
「え、ええ」
 二人が頷くのを確認して、ユウコは脇道に曲がった。
 ジュンがメグミに言う。
「ほら、お前の出番だぜ」
「うん」
 メグミは頷いた。それから歌うように呟く。
「精神の精霊さん。私達はここには居ないの。風の精霊さん、私達の気配を消してちょうだいね。おねがぁい」
 兵士達が脇道に駆け込んでくると、戸惑ったように辺りを見回す。
「どこだ? どこに行ったんだ?」
「ちっ。あっちを捜せ!」
「はっ」
 そのまま、足音が遠ざかっていく。
 ユウコ達はホッと息をついた。
 ジュンがメグミに言う。
「御苦労さん。また、腕を上げたな」
「えっへへー」
 メグミは微笑んだ。
 ユウコははっと気づいて、ナツエに言った。
「それよか、コウとユカリを見てやってくんない?」
「え? どうしてあたしなの? サキは……?」
 ナツエは、そこまで言って、サキの様子がおかしいのに気づいた。
「サキ……」
「サキよりこっちが先!」
 ユウコはユカリを降ろしながら言った。ナツエは頷いた。
「ん、わかったわ。全能なる神よ……」
「待て!」
「怪しい女だ! 捕まえろ!!」
「うわぁーん。あたしって不幸な女の子だわぁー」
 その頃、ミハルはユウコ達を見失った兵士達に追いかけ回されていた。
「コウさぁーん、どこなのぉぉ?」

《続く》

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