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ときめきファンタジー
章 スラップスティック

その かなしいほど青い空

 夜になって、ようやく一同は宿に顔を揃えた。もちろん、二人の精霊使いが精霊を使って辺りを警戒しているが、今の所おかしな動きはないようだった。
 皆は食堂に集まって、これからどうするかを話し合うことにした。まず、ノゾミが皆に尋ねる。
「これから、どうする?」
「まずは、ユミだ」
 ヨシオがきっぱりと言った。
「もしかしたら、魔王の連中に変なことに使われてるのかもしれねぇしな。ユミをゾンビか何かにされてたまるか!」
 そこまで言ったところで、不意に別の声がした。
「そんなことはないわ」
「ユイナさん!?」
 一同は一斉に階段の方を見た。
 ユイナは階段を下りてきた。その彼女に、ヨシオが駆け寄る。
「どういうことだ?」
「猫は3つの魂を持っているって、知っている?」
「へ?」
 いきなり訳の分からないことを言われて、ヨシオは口をポカンと開けた。
 ユイナは言葉を続けた。
「簡潔に説明するわ。ユミにはまだ、古代の魔力が宿っていたわね」
「あのネコミミのことか?」
 聞き返すヨシオ。ユイナは頷いた。
「そうよ。ミオ」
「あ、はい」
 不意に指名されて、ミオが立ち上がる。ユイナは面倒くさそうに彼女に言った。
「古代の魔法とネコの関係について、知ってるわね?」
「ええ。古代、ネコは今のネコとは違う種類の生き物でした」
 ミオはすらすらと答えた。
「当時のネコは人語を解し、高い知能を持つ、一種の魔法生物だったと伝えられます。そして、魔術師達は好んでそのネコを自らの使い魔として使ったと言われています」
 そこで、ミオははっとした。
「もしかして、ユミさんも!?」
「なんのことだ?」
 ヨシオがいらだたしげに訊ねる。
「ごめんなさい。使い魔となったネコは、自分の魂とは別に、魔術師と同じ魂を持ちます。そのために、使い魔のネコの命が危うくなったとき、魔術師は自分の命も危険にさらされることになります。それを嫌った魔術師達は、魔法によってもう1つの魂をネコに与えました。これが、ネコは3つの魂を持つと言われる所以です」
 ミオは一旦言葉を切った。そして、苦しげに胸を押さえる。
 サキが駆け寄って、身体を支えた。
「大丈夫?」
「あ、はい。すみません」
 ミオはサキに謝ると、言葉を続けた。
「ユミさんは、古代魔法の呪いでネコになりましたが、その知性は失われませんでした。つまり、古代のネコと同じ、知性を持ったネコだったのです」
「もしかして、ユミちゃんも、その3つの魂を持つネコになってたってこと?」
 コウが訊ねたが、ミオは首を振った。
「いいえ。ユミさんは誰かの使い魔になっていたわけではありませんから、魔術師の魂は持っていません。でも、もう一つの魂は……」
「持っていたってわけか」
 ジュンが頷いた。メグミをちらっと見る。
「なぁ、メグミも俺の使い魔になっ!」
 パシィン
「……ごめんなさい、冗談です」
 それを無視して、ヨシオがユイナに訊ねた。
「じゃあ、ユミは死んでないんだな?」
「ええ。ユウコが見たとき、多分ユミはまだ生きていたのよ。で、完全に死んだとき、ユミの身体は、もう一つの魂の方に行ったわけ」
「もう一つの魂? それはどこにあるんだ?」
 ユイナは、笑みを浮かべた。
「あの娘がもう一つの魂を得た場所よ」
「ピオリックの迷宮か!!」
 ヨシオは飛びだそうとした。慌ててコウが引き留める。
「待てよ、ヨシオ!」
「止めるな。俺はユミを迎えに行く」
「じゃあ、俺達も……」
「いや。俺一人で行く」
 意外なヨシオの言葉に、食堂が静まり返った。
 ヨシオは、一同を見回した。
「シオリ姫が生け贄になるまで、そんなに時間が残ってるワケじゃねぇ。お前らは、残ってるメモリアルスポットを探す使命があるだろう?」
「でも……、一人で行くなんて無茶だぜ」
 そう言ったコウの肩を、ぽんとカツマが叩いた。
「話は分かったぜ。俺達がヨシオと一緒にピオリックの迷宮に行くよ」
「カツマ!?」
「コウ。シオリ姫のことは、頼むぜ」
 カツマは静かに言った。その瞳を見つめ、コウは頷いた。
「判った」
 そのやり取りを見ていたミオが、不意に言った。
「私たちも二手に分かれた方がいいかも知れませんね」
「え?」
 今度は一斉にミオを見る一同。
 彼女は座ったまま、言葉を続けた。
「あと、メモリアルスポットがあると言われている場所は、カイズリア湖とノウレニック島の二箇所です。位置的には、カイズリア湖はここから北ですし、ノウレニック島は真南ですから、全員で動くと二度手間になるかも知れません」
「だから、二手に別れて、それぞれで探しに行くってわけか」
 ノゾミが顎に手を当てて考え込んだ。
「……時間的なことを考えると、その方がいいかもな」
「イエス、そうね」
 アヤコが“ファイヤーボンバー”をつま弾きながら頷く。それから、ノゾミに視線を向けた。
「で、人選はどうするの?」
「うーん」
 ノゾミは少し考え、ミオの肩を叩いた。
「まかせた」
「判りました。一晩時間を下さいね」
 ミオは頷いた。
 ヨシオはコウに言った。
「じゃあ、俺はもう出るぜ」
「ああ。この宿で、また逢おうぜ」
「オッケイ」
 ヨシオは頷くと、袋を担ぎ上げた。
 そのヨシオに、ミオが訊ねた。
「ヨシオさん、このことをユーゾさんには……?」
「……」
 ヨシオは、ミオの顔を見た。その表情のうちに走るいくつかの感情をミオは読みとっていた。
「……わかりました」
「すまね」
 彼はミオを拝んで見せた。
 ユイナが溜息混じりに言う。
「仕方ないわね。キラメキまでは送ってあげるから、ありがたく思いなさいよ」
「ありがてぇ」
 カツマ達も、支度を整えて、その後に続いた。

 翌朝。朝食の後で、ミオが立ち上がった。
「では、分け方を発表しますね」
「ああ」
 皆が頷いた。
「まず、カイズリア湖、つまり北に向かうのは、私、ノゾミさん、メグミさん、ミハルさん、そしてミラさんです。後のユイナさん、アヤコさん、サキさん、ユカリさん、ユウコさんは、南のノウレニック島へ行って下さい」
「で、俺は?」
 コウが訊ねた。その瞬間、食堂が緊張に包まれた。
 ミオは、あくまでも静かに答えた。
「コウさんは、ノウレニック島に行って下さい」
 その瞬間、北組のメンバーの表情が暗く沈み、そして南組の方は明るくなった。
 ユウコなどは、こっそりとガッツポーズを取っている。
「超ラッキー」
 ミラが立ち上がった。
「ミオさん。私は納得できませんわ」
「ミラさん」
 ミオはミラを手招きした。そして彼女の耳に囁く。
「ユウコさんのことでしょう?」
「ええ、まぁ……」
「大丈夫ですよ。そちらにはユカリさんを入れてますから」
「……なるほどね」
 ミラは納得したように、いつものように目を細めて微笑んでいるユカリを見た。
「じゃ、みんな荷物をまとめて! 準備ができしだい、出発しよう」
 全員、頷いた。
 一同は、それぞれ旅装束を身にまとって宿の前に集まった。
 ミオが皆の顔を見回しながら言った。
「それでは、“鍵”を手に入れましたら、この宿に戻ってくるということで、よろしいですね?」
 皆が頷いた。
 彼女は振り返ると、見送りに出てきていたカツヤに言った。
「カツヤさん。これからもお世話になることになりそうですが……」
「俺は、構わないさ」
 彼は笑って答えた。
「こんな所でよけりゃ、いつでも使ってくれ」
「迷惑ついでに、もう一つお願いします」
 ミオは、ずっしりと重い袋をカツヤに渡した。
「これを、ウオウタの宿にいるユーゾ・オキタさんに渡して下さい。お約束の物、と言っていただければ、判ると思います」
「わかった」
 カツヤは頷いた。
「ミオ、ミオ!」
 ユウコが駆け寄ると、小声で訊ねた。
「もしかして、あれ、輝石?」
「ええ。紆余曲折はありましたけれど、“星”は確かに私たちが受け取りましたから」
 ミオは、サキの胸元で輝いている“星”を見ながら言った。
「そーだけど、でもなんとなく……。ま、いっかぁ」
 ユウコは肩をすくめた。
 それから2、3の連絡事項をすませ、いよいよ残すこともなくなった。
 ノゾミが思い切って言う。
「それじゃ、出発しようぜ」
「そうね」
 ミラが頷き、北に向かうパーティーのメンバーは荷物を背中にかつぎ上げた。
「それじゃ、みんな、気を付けてね」
 コウは、北組の全員と一人一人握手をしながら言った。
「身体には、気を付けてね」
「んじゃ、またね」
「あの……、がんばって、ください」
「また、逢えるといいね」
「それでは、またお逢いしましょう」
 それぞれの言葉を残し、北組は、何度も振り返りながら歩いていく。
 コウは、それを見送ってから、皆の方に向き直った。
「じゃ、俺達も行こう!」
「おーっ!」
 ユウコが声を上げた。
 こうして、合流したのも束の間、コウ達は3パーティーに分裂して動くことになったのだった。
 魔王がシオリ姫を生け贄にするという赤い満月の日まであと1ヶ月……。
 12個あるというメモリアルスポット、残りは3つである。

《第8章 終わり》

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