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「私は、プリンセス・レイ・フォン・ザイバ。ザイバ公国の王女。そして、メモリアルスポットを受け継ぎし者です」
「なんだって!?」

ときめきファンタジー
章 ハートのスタートライン

その それを空に飛ばさないで

 レイは額に輝くティアラに手を当てた。
「そもそも、このメモリアルスポットはザイバ公国の王女に代々伝えられてきたものなのです。そして、私も生まれたときにこのティアラを母から譲り受けたのです。
 みなさんもご存じと思いますが、メモリアルスポットは生きていて、その持ち主に色々と助言を与えてくれたりします」
 その言葉に、皆それぞれ頷いた。コウだけは「へぇ、そうなの?」というような表情だったが。
「私のこのメモリアルスポットも同じです。私はこのメモリアルスポットに色々なことを教えてもらいました」
「でも」
 ミオが訊ねた。
「私たちのメモリアルスポットが、私たちに語りかけてくれるようになったのは、私たちがその封印を解いた後です。レイ姫さまのメモリアルスポットはそうではないのですか?」
「レイ、と呼び捨てでかまいません。既に、ザイバ公国はないのですから」
 そう前置きしてから、レイは言った。
「そうですね。そういう意味では、このメモリアルスポット、“ケニヒス”は、他のメモリアルスポットとは違う存在だったと言えるでしょう」
「違う存在……?」
 ミハルが目をクリクリさせて、自分の指輪とレイの額に輝くティアラを見比べた。そしてがくっと肩を落とす。
(何となく納得……くすん)
「私がお聞きしたいことは……」
 ミオが言葉を挟んだ。
「その“ケニヒス”の封印は、解けているのか、ということなんです」
「それは……」
「話の腰を折ってしまってごめんなさい。でも、今は“ケニヒス”の由来よりも、そのメモリアルスポットの封印が解けているのか、使えるのかどうか、そちらの方が緊急性のあることですから」
 ミオは静かに言った。レイは肯いた。
「結論から言えば、封印は解けています」
「解けてる? じゃ、レイはコウの事が好きだって?」
 思わず口を挟むユウコ。
 レイはコウをちらっと見て、頬を染めた。そして頭を振る。
「みなさんのように、勇者であるコウさんへの愛で封印を解くのが正しい解き方だとすれば、この“ケニヒス”の封印は邪道な解き方をしています」
「どういうことなの?」
 アヤコがリュートを鳴らしながら訊ねた。
「私が魔族に捕らえられたとき、私は半ば無意識のうちにあることをしていました。それが、この“ケニヒス”に自分の思念、プリンセス・レイ・フォン・ザイバとしての自分を移すことでした」
「メモリアルスポットに、自分の思念を移す?」
 ユイナが腕を組んで呟いた。
「興味深い実験ね」
「その結果、“ケニヒス”の中には“ケニヒス”自身の思念と私の思念が、言わば同居することになりました」
 その言葉を聞いて、ミオは俯いて考えていたが、不意にはっとして顔を上げた。
「レイさん、とお呼びしますね。あの、それって、封印が解けているのと同じ状態ではないですか?」
「どうして?」
 訊ねるミハルに、ミオは説明した。
「レイさん自身にとっては、という但し書きが入るんですけれどね。正確に言えば、封印が解けたのではなく、封印の内側にレイさんの思念が入り込んだ、というべきでしょうけれど」
「?」
「そうですね。卵を思い浮かべてみてください。外から卵の中を見るには、卵を割るしかありません。でも、何らかの方法で卵の中に入れば、殻を割らなくても中身を見ることができます。それと同じ事なんですよ」
 レイは額のティアラに手を当てた。
「そして今、私の思念は“ケニヒス”から私自身の体に戻りました。それと同時に……」
「封印も破れた、というわけね」
 ユイナは組んでいた腕を解いた。
「“ケニヒス”の中から外にレイの思念が移動した。その弾みに封印が破れた、とまぁそういうわけなのね」
「はい」
 レイは肯いた。
「あー、もう何でもいいけどさぁ!」
 ユウコがいらいらした口調で言った。
「のんびり話してるような暇なんてないっしょ? レイがホントにメモリアルスポットの持ち主だってんなら、これで全部のメモリアルスポットが揃ったってことっしょ? んじゃぁさ、コウが聖剣を取りに行けるってことじゃん」
「そ、そうだよな」
 コウは肯いた。そして、ミオに訊ねる。
「で、どうすればいいんだろう?」
「……」
 ミオは少し考え、そしてレイに視線を向けた。
「レイさん、とお呼びしますね。レイさんならご存じでは?」
「私、ですか?」
「ええ。“ケニヒス”が、私の考えてる通りのメモリアルスポットだとしたら、レイさんが、いえ、“ケニヒス”こそがその方法を知っているはずです」
「……わかりました」
 レイは、すっと手をティアラに当てた。そして、静かに言う。
「みなさん、輪になって並んでください」
「輪に?」
「ええ」
 肯くレイ。皆はそれに従って、コウを残して12人で輪を作った。
 そのとき、重々しい声が響き渡った。
『勇者と、そを愛せし“鍵の担い手”達よ。今こそ刻は来れり。伝説の樹の元へ続く道を、今こそその前に解き放とう』
 その声とともに、それぞれの身につけているメモリアルスポットが、光を放ち始める。
 ミオのロケットが、ユイナの水晶が、アヤコのリュートが、サキの聖印が、ユカリの埴輪が、ノゾミの長剣が、ユウコの小剣が、ミラの腕輪が、メグミのムクが、ユミの手甲が、ミハルの指輪が、そしてレイのティアラが、それぞれ光を放つ。
「わ!」
「きゃ!」
「な、なんだ!?」
 皆が驚きの声を上げた、その次の瞬間、それぞれのメモリアルスポットが、その持ち主の元を離れ、皆のまん中に集まった。
 かと思うと、閃光が走った。
「な!」
 思わず皆が目を覆い、そして目を開けたとき、そこには大きな扉が出現していた。

「これが……」
「異世界“コウテイ”に通じる扉、だと思います」
 ミオが言った。
 高さ10メートルはありそうな、両開きの石造りの扉である。その表面には、複雑な模様が細かく描かれている。
 ユウコはその後ろをのぞき込んで、言った。
「後ろはなーんもないよ。石の板になってるだけみたい」
 コウはその扉に手をかけて、ぐっと押した。
「お、開くぞ!」
 開かれた扉の向こう側には、一本の道が続いていた。
「よし、行こうぜ、みんな!」
 ノゾミが声を掛け、皆が肯いた。その時、コウが振り返った。
「ここからは、俺が一人で行く」
「何言ってるんだよ、コウ。こんな時に冗談はよせって」
 笑って言うノゾミの肩をポンと叩くと、コウは皆を見回した。
「今まで本当にありがとう。俺のためにずっと無理ばっかりさせて……。もうこれ以上俺のために迷惑は掛けられないよ」
「コウ、おい、なにを言って……」
「じゃ、行ってくる!」
 そう言い残して、コウは扉の中に身を躍らせた。
「コウ、待てよ! このバカっ!!」
 ノゾミの叫び声が微かに聞こえ、そしてすぐに何も聞こえなくなった……。
 コウの前には、真っ直ぐに一本だけ続く道があった。左右は見渡す限り何もない。
「この道を真っ直ぐ行けば、“コウテイ”なのかな。よし」
 コウは肯くと、一歩足を進めた。
 その時、不意に辺りを震わせる声が響いた。
「ちょっと待てぇ〜〜い」
「何!?」
 その声の威圧感に、反射的にコウは身構えていた。
 そのコウの目の前の空間が揺れた。かと思うと、そこに巨人が現れていた。
 見た事もない金色のボタンのついた黒い服とズボンに身を包み、帽子を目深にかぶった巨人。
 コウは剣に手を掛けて叫んだ。
「貴様、魔王の手の者か!?」
「愚かな。その程度のことも見えぬか」
「何!?」
「俺は、この道を守る番人の長、すなわち番長だ!」
「バンチョウ、だと?」
「いかにも。この先は神聖なる聖剣が眠りし場所。貴様がその聖剣にふさわしい存在か否かを確かめ、ふさわしくなければ排除する。それが我が使命」
 そう言うと、番長はコウをじろりと睨んだ。
「貴様一人か。勇者ならば、それに相応しい“鍵の担い手”を伴ってくるはずだが」
 コウは、剣を抜いた。
「うるさい。これ以上あの娘達に迷惑かけられるか! この先は俺が一人で……」
「愚かな。その程度か」
「なんだと!?」
「その程度の考えしか持てぬ奴が、この先に行こうなどとは、片腹痛いわ」
「う、うるさい! 喰らえ、奥義“気翔”……」
「“超眼力”!!」
 帽子のつばの割れ目から、何かが光ったのが見えた。
 その瞬間、コウの全身に激痛が走った。
「うわぁぁぁぁぁぁ」
 コウは絶叫し、そして、そのまま意識は闇に飲まれるように消えていった。
 番長は、道に倒れて動かなくなったコウを見おろして呟いた。
「貴様も、ここを通るには値せぬ男だったか」
「それは、どうかしら?」
 不意に、番長の前に一人の少女の姿が現れた。その背中には白く美しい翼を持ち、その頭上には光の輪が輝いている。
 番長は顔を上げた。
「ユーリか」
「彼に、もう一度チャンスをあげるわ」
 彼女は微笑んだ。
「何?」
「彼は、ただ他人の気持ちが見えなくなっているだけよ。自分のことで一杯になって、他人の事は見えているつもりになってるだけ。それがわかれば、きっと……」
 そう言うと、ユーリは番長の顔を見上げた。
「あの頃のあなたと同じで、ね」
「……勝手にしろ」
 番長はぷいとそっぽを向いた。
 彼女はコウのかたわらにかがみ込むと、そっと囁いた。
「お願い、立ち上がって。あなたには、まだやるべきことがあるのよ」
 ピクリ
 投げだされていた手が微かに動いた。
 その姿が、すうっと薄れて消えていく。それを見送って、彼女は立ち上がった。
「また、すぐに彼は戻ってくるわ」
「今度こそ、邪魔はするなよ」
 番長は静かに言った。彼女は肯いて、その姿を消した。
「う……」
 コウは微かに呻いて、目を開けた。
「コウくん……。よかった」
「……サキ?」
 サキは、青い瞳から涙をぽろぽろこぼしながら、コウの胸をどんどんと叩いた。
「バカ、バカバカバカ!」
「サ、サキ……」
「もう、ウルバカ! 超心配したんだから!」
「コウさん、ユミもすっごく心配しちゃったんだよ!」
「ユウコさん、ユミちゃん、それにみんな……」
 コウは身を起こした。そして、自分が扉の前にいるのに気がついた。
「俺、一体どうして……?」
「コウさんが一人で扉に入ってからすぐの事でした。突然扉が開いたかと思うと、コウさんが中から放りだされたんです」
 ミオが説明した。そして、コウを睨む。
「あまり、心配させないでください」
「ごめん」
「ホントに、ヒック、心配したんだから」
 サキがまだしゃくり上げながら言う。
「ごめん……」
 と。
「勇者さん」
 不意に声がした。
 扉の上に、輝く女性が立っていた。その背中には翼があり、そしてその頭上には、光の輪が輝いている。
「て、天使さま!?」
 思わずサキは目をぬぐうと、慌てて跪いた。
 その天使は、コウに言った。
「勇者さん。“鍵の担い手”を連れて行かなければ、番長は倒せません」
「は、はい」
「ただし」
 天使は、静かに告げた。
「この扉の中に、勇者とともに入れる“鍵の担い手”は、ただ一人だけです」
「一人!?」
 思わず聞き返すコウ。
 天使は肯いた。かと思うと、その姿がすぅっと消えて行く。
 微かに声が聞こえた。
「一人以上は連れては行けません。それを忘れないように」
「ちょ、ちょっと!!」
 呼び戻そうとしかけて、コウは背中に視線が突き刺さるのを感じ、思わず振り返った。
 みんながじぃっとコウを見つめていた。そして、代表してミオが静かに言う。
「コウさんが選んでください。私たちはそれに従います」
「え? 俺が!?」
 コウは自分を指さした。一斉に肯くみんな。
「ちょ、ちょっと……」
「時間がありませんよ」
 釘を刺すミオ。
 腕を組んで考え込むコウ。
(うーん。誰を連れていけばいいんだ? うーんうーん)
 しばらく考えた後、コウは顔を上げた。そして、彼女の瞳を見つめて、言った。
「俺と、一緒に来てくれないか?」

《続く》

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