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ときめきファンタジー
第
章 ハートのスタートライン
その
最後の鍵

魔王の島の周囲を覆う、漆黒の海。
ザッバァーン
その黒々とした海面がいきなり裂けた。そしてその間から、黄金に輝く巨大な亀−玄武−が浮上してくる。
周囲を警戒していた魔物達にしても、それは予想外の展開だったようで、一瞬あっけに取られたように沈黙していた。
その魔物達の間を、玄武がゆっくりと上昇してゆく。
滝のように海水がその体を流れ落ちてゆき、やがて流れ落ち終わると滴を落とす。
その頃になって我に返った魔物達が、一斉に亀に向かって突っ込んでくると、次々と体当たりを始めた。
ゴォン、ゴォン
鈍い音が中まで聞こえてくる。
コウはユカリに訊ねた。
「ユカリちゃん、大丈夫?」
「さぁ、どうでしょう?」
ユカリはにこっと笑って答えた。彼女らしいといえばそれまでだが、どうにも危機感がない。
いつもなら、ユイナが攻撃呪文で一掃しているようなシチュエーションだが、今は、巨大な玄武を空に飛ばす呪文を唱えつづけているため、身動き取れない様子である。
不意にそのユイナが、呪文を唱える口はそのままに、ミハルを手招きする。
「あ、はい」
駆け寄ったミハルに、ユイナは一瞬だけ呪文を中断して何ごとか囁くと、また何ごともなかったかのように呪文を唱え始めた。
ミハルは肯くと、すっと右手を上げた。その指に、緑色の指輪が煌めく。
「出でよ、雷!」
ピシャァン!
次の瞬間、亀に巨大な雷が落ちた。その衝撃、さらに高圧電流の直撃を受けて、周りに集まっていた魔物が次々と吹き飛ばされる。
「ふぇぇ、怖かったぁ」
雷が落ちると同時にその場にへたり込んで両耳を塞いでいたミハルは、恐る恐る目を開けて見た。
「ミ、ミハルぅ……。そういう事をやるなら、一言前に言ってよねぇ……」
ユウコが呻くと、そのままバタンと倒れた。
「きゃぁ! コウさん、みんなぁ!」
ユイナとユカリを除く全員が目を回して床に倒れていたのだった。
もちろん、感電したわけではなく、ただ大音響と閃光に驚いただけなのだが。
「今のうちね」
ユイナは周囲の魔物がいなくなったのを確認して、一言呟いた。そして、さっと手を振る。
その手に従って、玄武は上昇を止め、今度は水平に滑るように島に近づいて行った。
視界がひらけ、崖の上の様子が見えた。
全体的に島は霧に覆われており、遠くの様子はよく見えないが、見える範囲(といっても500メートルほどだが)は、どうやら平坦な荒野が広がっているようだ。
ユイナは振り返ってユカリに言った。
「あそこに降ろすわ」
「はい、よろしいですよ」
にこっと笑うユカリ。ユイナは肯いて、前に向き直った。
その瞬間、いきなり玄武の動きががくんと止まった。
島まであと50メートル位を残し、空中でいきなり動かなくなった玄武。
その中で、ユイナは唇を噛んでいた。
「結界に引っかかった、か。私とした事が、迂闊だったわ」
「う、うん……」
コウは頭を振って起きあがった。そして辺りの様子を見て、ユイナに訊ねる。
「空中で停まってるみたいだけど、一体何が?」
「結界に引っかかったのよ。まぁ行ってみれば、クモの巣に引っかかった虫といったところかしら」
「え?」
「空中に縫い止められている、というところですか。このままではまずいのではありませんか?」
ミオがサキに支えられて立ち上がりながら訊ねた。
ユイナは答えた。
「わかっているわ。今から結界を破るわよ」
「あのぉ、ですけれど、これほどの強力な結界を破るのは、そう簡単には、いかないと存じますが」
ユカリがおっとりと言った。
「わかってるわ。あなた、私を誰だと思っているの?」
「ユイナ・ヒモオさんと、ぞんじておりますが?」
いつものように、糸のように目を細めて、ユカリは微笑んだ。
「……まぁ、そうだけどね」
調子を外されて、ユイナは苦笑した。そして前に向き直る。
その左目が細められた。
「一気に行くわ!」
魔王は不意に顔を上げた。
「結界が、破られた……。そうか、ついに来たか、勇者め。くっくっく、シオリ姫よ、とうとう来たぞ、おまえの待ち望んでいた勇者がな。くっくっくっく」
ひとしきり笑うと、魔王はその姿勢のまま言った。
「十三鬼よ、控えておろう?」
「は」
複数の声が聞こえた。
「勇者の一行を出迎えるがいい。丁重に、な」
「ははっ」
「いや、待て」
その声に、ざわめきが走った。
魔王は、笑みを浮かべながら言った。
「せっかく長い旅をして、ここまで来たのだ。それなりの趣向を凝らしてやろう」
「と言われますと、まさか、あれを?」
「察しがよいな。その通りだ」
ズズゥン
地響きを上げて、黄金の亀は地面に着いた。
その亀の脇腹を抜けて、コウは魔王の島に足を下ろした。
「ここが、魔王の島……」
「そうよ」
彼に続いて島の土を踏みながら、あっさりと言うユイナ。
皆もぞろぞろと島に降り立った。
全員が降りたのを見て、ユカリは呪文を唱える。と、見る間に亀が小さくなり、元の埴輪になって地面に転がった。
ユカリはその埴輪を拾い上げると、「ご苦労様でした」と言って、懐に入れた。
「それじゃ……」
行こうか、とコウが言いかけたとき、不意に地面が揺れ出した。
「じ、地震だ!」
「きゃぁ!」
「み、見て!!」
サキが前方を指さした。
地面が裂け、そしてその中から山がせり上がって行く。
「な、なに!?」
思わず息を飲むコウ達。
その時だった。空一杯に声が響き渡ったのは。
−良く来たな。勇者コウよ。
「貴様、魔王!!」
コウは反射的に剣を抜こうとして、揺れる地面に足を取られて片膝を突いた。
その姿勢から、顔だけは上げて叫ぶ。
「シオリを返してもらいに来たぜ!」
−威勢がいいのは誉めてやろう。しかし、俺を倒せるか? 見た所、必要なものがそろっていないようだが。
「くっ」
コウは唇を噛んだ。
魔王の声が響き渡る。
−貴様にチャンスをやろう。貴様等の前にある山、その山頂に、最後の“鍵”がある。
「何だと!?」
−信じる、信じないは貴様等の勝手だ。ただ、時間がないぞ。くっくっくっく。
「……」
魔王の声はそれ以上聞こえなかった。
コウは、山を睨みながら、ミオに訊ねた。
「どう思う?」
「罠でしょう」
きっぱりとミオは言った。そして、ほんの一瞬躊躇ってから言葉を続ける。
「ただ……、メモリアルスポットが本当にあの山にある事は、間違いありません」
「どうしてわかるの?」
「メモリアルスポットが近くにあると、私たちの持っているメモリアルスポットもそれに共鳴するんです。今も、その共鳴が起きています」
ミオは、胸に手を当てて言った。彼女の胸に光るロケットこそ、ミオの持つメモリアルスポットなのだ。
彼女は言葉を続けた。
「ですが、おそらくは十三鬼も、あの山の中で私たちが来るのを待ちかまえていることでしょう」
「どうすれば……」
「十三鬼が?」
「見てください」
ミオは山を指した。
山には細い道がうねうねと蛇行しながらついており、そして、その途中には、いくつかの建物が見える。
「ひぃのふぅの……、全部で13あるね。あの建物」
ユウコが額に手を当てて目を凝らしながら、言った。
ミハルが呟く。
「まさか、あの建物一つ一つに……」
「まぁ、十三鬼が一匹一匹いてて、あたし達をオンリー、一人ずつ減らしていくっていうのが、ストーリー、物語の常套よね」
アヤコが言う。吟遊詩人の彼女は、色々な昔の英雄伝や物語をよく知っているのだ。
ミオは唇を噛んだ。
「私達は、一人でも欠けるわけにはいかないんです。“鍵の担い手”は、全員揃っていないと、意味がないんです」
「でも、最後のメモリアルスポットを手に入れないと、全員揃ってても駄目なんでしょう?」
ミハルが山を見上げながら、言った。そして、ぎゅっと手を握り締める。
「私は、行きます。だって、そうしなくちゃ始まらないもん」
「ミハルもいいこと言うじゃん」
ユウコがにっと笑いながら、腰の“桜花”を抜いた。
「考えてても始まらないっしょ? ミオ」
「ですけれど……」
「一つ聞くわ」
不意にユイナがミオに訊ねた。
「メモリアルスポットは、破壊されることがあるの?」
「いいえ」
即座に答えるミオ。
「メモリアルスポットは、いかなる方法でも破壊する事は出来ません」
「それを聞いて安心したわ」
ユイナはユウコの方に向きなおると、言った。
「ちょっとそれを貸しなさい」
「え? いいけど……」
言われて、ユウコは抜き身の“桜花”をユイナに渡した。
ユイナはその刃を左手首に当てて、すっと引いた。
パッ
鮮血が流れ落ちる。
「ユイナさん!?」
「黙ってみてなさい」
思わず声をかけたコウにそう言うと、ユイナはその血で地面に何か描き始めた。
ミオがはっと気づく。
「ユイナさん、まさか?」
「ミオさん?」
コウがミオに訊ねる。
ミオは肯いて答えた。
「ユイナさんだけが使える召喚術があるんです」
「召喚?」
ユイナは地面に血で魔法陣を描くと、呪文を唱える。
『我が敵は汝が敵、我が味方は汝が味方。我の召還に答え、現世に出よ、我が友よ!』
カァッ
血で描かれた真紅の魔法陣が、白く輝いたかと思うと、そこから光が溢れ出し、そして実体化する。
全長40メートルにも及ぶ巨体はあくまでも優雅な、古の伝承の中にしか存在しえないはずの姿。
コウは思わず呟いた。
「ド、ドラゴン?」
「また呼んだか、ユイナ」
「ええ。面倒な作業があるからね。シュレジンガー」
ユイナの言葉に目を細めると、この世界最強の生物の最後の生き残り、プラチナドラゴンのシュレジンガーは、首を山の方に向けた。
「あの山を吹き飛ばせ、と?」
ドラゴンにとっては、人の考えを読む事など造作もない。それをあえて声に出して確認するだけ、彼はユイナを認めているのだ。
「そうよ」
それを知っているユイナは短く言った。
「わかった」
そう言うや、シュレジンガーは口を開いた。
おそらく世界で最強の破壊力を持つプラチナドラゴンのドラゴンブレス、通称ドラゴンブラストは、古の戦いで神すら滅ぼしたという。その威力をコウは目の当たりにすることになった。
「さらばだ。必要ならまた呼ぶがいい、我が友よ」
「呼ぶのは結構面倒なのよ」
左手の治療をサキに任せながら、ユイナはわずらわしそうに言った。シュレジンガーは苦笑して、その姿を消した。
コウは口をあんぐりと開けて、山のあった所を見ていた。
「山が、山が無くなっちまった……」
「コ〜ウ! 見つけてきたよぉー!」
ユウコが駆け戻って来た。その手には、金色に輝くティアラがあった。
「それが、最後のメモリアルスポット?」
コウは思わずユウコに駆け寄った。
「やった! とうとう全部揃ったんだ!!」
「やったね! コウくん!」
「浮かれるのは、後になさい」
冷静なユイナの声に、コウは我に返った。そして訊ねる。
「でも、これは誰が持つの?」
その言葉に、皆の視線が一斉に一点に集まる。
「ぼ、僕だというのか!? 何をバカな!」
レイはかぶりを振った。
ユウコがティアラを手にずいっとレイに迫る。
「あたしもそう思うけどさ、だけどレイ以外はみんなメモリアルスポットは持ってるんだもん。しょうがないっしょ?」
「僕は……」
「いいから、付けなさい!」
ユウコは、ティアラをレイの頭に押しつけた。
その瞬間、ティアラが光り輝いた。
「きゃ!」
ティアラの放った光にはじき飛ばされたユウコは、空中でくるっと回転して、きれいに着地した。
「びっくりするじゃん! もう……」
レイに文句を言いかけて、ユウコは固まった。
彼女の雰囲気が一変していたのだ。
「レイ……さん? 大丈夫?」
コウが恐る恐る声をかける。
レイはコウの方を見て、そして俯いた。
「……はい」
「はいぃ?」
ユウコとアヤコは思わず顔を見合わせた。
「今までだったら、「何の用だね、庶民」とかなんとか言いそうじゃん?」
「アイムシンクソー、あたしもそう思うわ」
その時、レイが顔を上げて、言った。
「総てがわかりました」
「え?」
「私は、プリンセス・レイ・フォン・ザイバ。ザイバ公国の王女。そして、メモリアルスポットを受け継ぎし者です」
「なんだって!?」
《続く》

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