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ときめきファンタジー
章 ハートのスタートライン

その 友達というスタンス

 石板が光を放った瞬間、思わず目を閉じていたコウは、おそるおそる目を開けた。思わず声を上げる。
「あれ? どうしてみんな?」
 そこは、もとの異世界に通じる扉の前だった。そして、その扉の前には、高さ20メートルはありそうな大きな樹が生えており、その根元には、高さ2メートルほどの石板があった。
 間違いなく、異世界コウテイで目にした“伝説の樹”と、勇者の墓である。
 その周りでは、コウと一緒にいた女の子のみならず、全員が目をぱちくりとさせていたのだった。

「どうやら、“伝説の樹”が、この現実界まで転移してきた、という事らしいですね」
 ミオは皆の話をまとめて言った。
 残っていた女の子達の話では、不意に閃光とともに、扉の前にコウ達とこの巨木、そして石板が現れたのだという。
 コウは、樹を見上げながら聞き返した。
「どうして、コウテイからこの世界に?」
「……わかりません。ただ……」
 ミオは呟いた。
「ただ、聖剣の封印と何か関係があるのではないでしょうか?」
「聖剣の封印?」
「ええ。私たちは、ただ漠然と、“伝説の樹”に行きさえすれば、そこに聖剣があるものだと思っていました。けれど、そこにあったのは、勇者の墓だけで、聖剣はありませんでした」
 答えながら、石板に触れるミオ。
 腕組みしながらノゾミがうなずく。
「そうだよなぁ」
「お話しじゃあ、この石板に剣が刺さってて、それを抜けた者が、エターナルヒーロー、真の勇者である、なんてことになるんだけどね」
 吟遊詩人で、その手の伝承には詳しいアヤコが石板を見上げながら呟く。
「でも、どこにも剣なんて刺さってませんよぉ」
 くるっと石板のまわりを一回りして、ユミが言った。
「うーん」
 コウは腕を組んで考え込んだ。
 ふと、ユウコがミオに訊ねる。
「それよかさぁ、それじゃもう“扉”はいらないってことっしょ?」
「そうですね」
 うなずくミオに、ユウコはパチリと指を鳴らした。
「それじゃあさぁ、元に戻そうよ。どうも腰に“桜花”と“菊花”がないと、しっくり来ないのよねぇ」
「アイムシンクソー、あたしもそう思うわ」
 と、アヤコがリュートを弾く真似をして同意した。
 ミオはうなずくと、レイに視線を向けた。
「それじゃ、レイさん。お願いしますね」
「はい」
 レイはうなずくと、スッと右腕を上げて言った。
「メモリアルスポットに命じます。その“担い手”の元へ!」
 次の瞬間、扉が輝き、そして12本の光の尾を引き、それぞれの持ち主の元に飛び散り、それぞれの姿を取り戻す。
「オッケイ、これこれ、これがないとしっくりこないのよねぇ」
 アヤコはリュートを軽く鳴らしてにこっと微笑んだ。
 ミオは、自分の胸に戻ってきたロケットを撫でてにこっと笑った。それから表情を引き締めて、石板を見上げる。
「なんにしても、この石板が鍵を握っているのは間違いないと思うんですけれど……」
 と、不意にユイナが顔を上げた。
「どうやら、ゆっくりと謎解きをさせてはくれないようね」
「え?」
「来たわよ」
 彼女は、島の奥の方を見て呟いた。皆は一斉にそちらを見る。
 相変わらず、そちらは深い霧に覆われているが、なにやら不気味なざわめきが聞こえてくる。
「わぁ、かなりいるっぽいよ」
 地面に耳を押し当てて音を聞いていたユウコが顔を上げた。
 ワンワンワン!
「きゃ!」
 ムクを抱いていたメグミが不意に悲鳴を上げて、空を指す。
「あちらからも来ます!」
 彼女の指した海に面した方向は、霧も薄い。そちらの方向から、一度はミハルの呼んだ雷で追い散らされた空を飛ぶ魔物達が、押し寄せてくるのが見えた。
「ミオさん、俺達が魔物は何とかするから、石板の方は頼む!」
「あ、はい」
 コウの声に、ミオはうなずいた。それから、視線を巡らせて、一人の少女を呼ぶ。
「ミハルさん、手伝っていただけますか?」
「わ、私ですか?」
 思わず聞き返すミハルに、ミオはうなずいた。
「お願いします」
「あ、はい」
 石板に駆け寄るミハルをちらっと見て、コウは向き直った。
「ユイナさん、ユカリちゃん、上は任せていい?」
「私一人で十分だけどね、まぁいいわ」
 ユイナは肩を竦め、ユカリはにこっと笑って承諾した。
 次第に、怪物の喚き声とおぼしき不気味な音が大きくなってくる。
 後方からは、島の周りを守っていたらしい、空を飛ぶ魔物達が雲のように群をなして迫ってくる。
 ユイナは、そちらに向かって両腕を上げた。そして朗々と呪文を詠唱し始める。
 そして、戦いが始まった。
「水竜破っ!!」
 ドドォン
 黒い大地が裂け、水の龍が天を目がけて駆け上がっていく。それに巻き込まれた形の魔物達を道連れにして。
 ノゾミは、愛剣の“スターク”を軽く振って水を切った。
「へへっ。やっぱり一番あんたがしっくりくるぜ」
『光栄だな、我が主人よ』
 重々しい声が返事する。メモリアルスポットの一つであるこの剣は、意志を持っているのだ。
 ノゾミは微かに笑った。
「だけど、二番目だな。一番大事なものじゃない。あんたには悪いけどさ」
『それでいい』
 “スターク”の返事は、いつもの通りのものだったが、ノゾミはその中に、微かに満足そうな笑い声を感じていた。
『次がくるぞ』
 その声に、ノゾミは“スターク”を握り直す。
「頼むぜ、相棒!」
『承知』
「くらえ、大海嘯!!」
 ゴゴォーッ
 巻き起こった津波が、押し寄せてくる魔物を押し返していく。
 その波の頂に小柄な人影を見て、ノゾミは苦笑した。
「あいつめ、遊んでやがる」
「ひゃっほ〜!」
 ノゾミの起こした津波に乗って、ユウコは一気に魔物達の群れのただ中に突入していった。
 その両手には、“桜花・菊花”が輝きを放っている。
 彼女が手に入れて以来ずっと愛用し、いまでは彼女の代名詞ともなっているこの一対の小剣も、メモリアルスポットの一つなのである。
「いっくぞぉ〜!」
 かけ声と共に波から飛び降りると、ユウコは右手の“桜花”を振り上げると同時に、左手の“菊花”を水平に払う。
 ウギャァァ
 たまたま彼女の正面にいた不幸な魔物が十文字に切り裂かれ、悲鳴を上げる。
「邪魔!」
 その魔物を蹴り倒し、ユウコはスッと身を低くした。そして地を蹴る。
「“曙光翔陽撃”!!」
 ズババババッ
 あっという間に駆け抜けるその緋色の影。その影がいきなり空を飛んだ。まさしく朝日のごとく、一気に空に舞い上がる。
 スタッ
 着地して、ユウコはぴしっとポーズを取る。
「負けないもん!」
 その背後に、切り刻まれた魔物達の残骸がボトボトと落ちてくる。
 それを振り返って確認し、ユウコはにっと笑った。
 と、その一瞬の隙をついて、槍が飛んでくる。
「ひゃ!」
 とっさにとんぼ返りをうってそれをかわすユウコ。だが、その間にまわりを魔物に取り囲まれていた。
「あっちゃぁ、ちょろっとやばいかな?」
 呟きながら、身構えるユウコ。
 と。

 ♪胸に燃えるこの炎
  熱く、熱く、燃え上がれ
  怒りの炎で焼きつくせ
  希望の光で照らしてやれ
  僕らの夜明けに辿り着く
  その時は、今!

「アヤコ!?」
 ぴっきーんと凍りついたように動かなくなった魔物達の間を駆け抜けながら、ユウコは曲の流れてくる方に視線を向け、苦笑した。
「ありゃ、イっちゃってるわ」

 アヤコは、“ファイヤーボンバー”をかき鳴らしていた。
「うんうん、これ、この感じなのよね!」
 ギュイ〜ン
 およそリュートにあるまじき金属音をあげるアヤコのリュート。もちろん、普通のリュートではこんな音は出ない。メモリアルスポットであるこのリュートだからこそ、出せる音なのだ。
 その奏でる音色は、周囲の魔物達を金縛りにしていた。
 この世界でもほとんど使える者はいないという、音を介して相手の精神に働きかける魔術、“呪歌”である。
「イッツソーファン! なかなかノって来たわよぉ!」
 アヤコは歓声を上げて、さらにリュートをかき鳴らす。
 それによって、さらに動けなくなる魔物の数が増えていく。
 その中を泳ぐように、紫色の髪の美女が駆け抜けていった。
 バシバシバシッ
 空気を切り裂くような音がしたかと思うと、魔物が数匹倒れ伏す。
 それと共に、高笑いの声が辺りに響き渡った。
「おーっほっほっほっほ。醜い魔物は、残らず掃除してさしあげてよ!」
 その周りにいた魔物は、慌てて辺りを見回した。しかし、声の主を見る事なく、再び切り裂かれ、その場に崩れ落ちていく。
 ミラは、その身につけた暗殺術の粋を存分に発揮していた。
 暗殺とは、いかに自分の存在を知られないうちに相手を倒すか、それに尽きる。そしてまさしく今、彼女はそれを実戦していた。
 瞬く間に、誰に倒されたかも知らず、魔物がバタバタと倒れていく。
 完全に気配を消し、なおかつそれでなくても目立つ高笑いを逆手に取って魔物を幻惑しつつ、ミラは次々と相手を葬っていった。
 それとは逆に目立ちまくっていたのが、ユイナである。
 すっと右手を上げ、振り下ろすだけで、稲妻が飛び、炎が上がる。このうえなく派手である。
 空を飛ぶ魔物が、上空から急降下してくる。その鋭い爪が、炎を照り返して不気味に光る。
 ユイナはそれをわずらわしげに見上げると、右の手の平をさしのべた。その上には、黒水晶の立方体が乗っている。
 この黒水晶こそ、彼女のメモリアルスポットである。
 その表面がきらきらと光り、模様を映し出した。ユイナは微かにうなずくと、その模様に左手の指を押しつけ、呪文を唱えた。
『天空に在りし、古の光よ! 我が意に従いて、我にあだなす敵を討て!』
 その瞬間、天から光の矢が降り注いだ。空中の魔物を次々と貫き、地面に叩き落とす。その様は、光の雨にも見えた。
 それを見てから、ユイナはちらっと右に視線を向けた。そして舌打ちする。
「ったく、世話を掛けさせてくれるわね」
 そこでは、ピンク色の髪をお下げにした少女が、剣を構えていた。
 ユイナはそちらに向けて手のひらをかざして、叫んだ。
「ユカリ! よけないと知らないわよ!」
 次の瞬間、その手から炎が迸った。
「まぁ」
 ユイナが炎を放ったのを見て、ユカリは、彼女にしては素速く、手にした剣をブンと振った。
 オリハルコンでできたその剣は、魔法を無効化してしまう。今も、ユイナの放った炎を、彼女のまわりだけ、吸い込むかのように消してしまった。
 彼女を取り囲んでいた魔物達はあっという間にその炎に巻き込まれて、消えてしまった。
 それを見て、ユカリは丁寧にユイナに一礼した。
「これは、危ないところを助けていただきまして、まことに、ありがとうございます」
 ユカリが顔を上げると、もうユイナはその場にはいなかった。
「まぁ、お忙しい方ですのねぇ」
 くすっと笑うユカリに、背後から魔物が近寄ってくる。そして、後ろから太い腕で殴り付けた。
「あら、こんなところに」
 いきなりユカリがしゃがみこみ、魔物の腕が空を切る。
「え?」
 振り返ったユカリの目と魔物の目がぴたりと合う。
 ユカリはにっこりと微笑んだ。
「見てください。お花が咲いていますよ」
 彼女の手元で、小さな青い花が風に揺れていた。
「このようなところでも、お花は咲くのですねぇ」
 ユカリは静かに呟いた。
 一瞬毒気を抜かれたように、それを見ていた魔物だったが、不意に役目を思い出したようにうなり声をあげて、鈎爪を振り上げた。
 その時、ユカリは振り向いた。その目が丸く見開かれる。
 まさにその瞬間、ユカリの懐から光が漏れた。かと思うと、その光はユカリを包むように拡がった。
 魔物は、その光に鈎爪を振り下ろした。
 ガヅゥン
 異様な音と共に、魔物ははじき飛ばされた。そして、光が納まる。
「あら、まぁ、どうしましょう」
 ユカリは立ち上がった。その体には、神々しい印象を与える東方風の鎧を纏っており、彼女が身動きするにつれて、シャラシャラと軽やかな音を立てている。
 彼女の持つメモリアルスポットである黄金の埴輪が、彼女の身を守るために鎧となったのである。
 しかし、そのことがわかっているのか、ユカリは首をかしげるだけだった。
 あいもかわらず元気一杯のユミは、魔物達の群れを前にして、興奮して叫んでいた。
「うわぁ、怪物がいっぱいだ、うぉーうぉー」
 それを耳にしたのか、魔物達がユミに向かって押し寄せてくる。
「よぉし、いっけぇ! ユミボンバー!!」
 ユミは右腕を振り上げた。その瞬間、地面が裂け、魔物が吹き飛ばされる。
 そのあまりの勢いに、残った魔物達が慌てて逃げようとする。
「逃がさないぞぉ! ユミボンバー!」
 ズガァァァァ
 さらに地面が裂け、吹き飛ばされる魔物達。その弾みで、彼女自身の足元も崩れ始める。
「わきゃぁ!」
 とっさに、崩れる地面をぴょんぴょんと身軽に跳び越えて、安全な所に降り立ってから、ユミは大きく息をついた。
「あ〜、びっくりしたぁ。ユミ、お目々くりくりだったぁ」
「きゃ」
 小さな悲鳴が聞こえ、ユミはそっちを見た。
 メグミが、魔物を前にして立ちすくんでいる。
「あ、メグミちゃん!」
 駆け出そうとしたユミ。しかし、それより早く、魔物は倒れた。
 その向こうに、黒い魔獣がいるのを見て、ユミは苦笑した。
「そっかぁ、メグミちゃんにはムクがいるんだよね。よぉし、もっといくぞぉ!!」
 ガァッ
 黒い魔獣は炎を吐いた。近寄ろうとした魔物が瞬時に焼き払われる。
 “地獄の番犬”という異名を持つ魔獣ケルベロス。しかし、そのケルベロスは、ムクが変化したものだったのだ。
 メモリアルスポットの中でも異質な存在である魔法生物、それがメグミの愛犬ムクの正体である。そしてムクは、メグミの意思に従ってさまざまな姿を取り、彼女を守るのだ。
「ムク!」
 メグミの声に、ムクの姿がみるみる縮み、そしてもとの犬の姿にもどっていく。
 ワンワン!
 ムクはメグミに駆け寄った。そして、迫る魔物達に向き直ると、うなり声をあげる。
 メグミは、きゅっと手を握った。
(私……コウさんのためなら!)
 その唇が、歌うように言葉を紡いだ。
「大地の精霊さん、私の言葉を聞いてください……」
 その言葉に従うように、地面が裂けた。そしてその下から吹き上がった石つぶてが魔物達に雨のように降り注ぐ。
 彼女は今、自分自身の意志で戦っていた。そして、精霊達はその彼女の想いを知り、そのために力を貸していた。
(シオリちゃん……。それしかないのなら、私は戦う! もう逃げない!)
 メグミは、スッと手を差し伸べた。その手から放たれた光の精霊が、襲いかかる魔物を貫く。

《続く》

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