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ときめきファンタジー
章 ハートのスタートライン

その さよなら日記〜友達失格〜

 サキは聖印に右手を置いて、そしてその右手を振り上げた。
 パァッ
 その手の軌跡に沿って、七色の光の幕が伸びていき、石板を取り巻いた。
 後に吟遊詩人達によって“虹の守護幕(レインボー・プロティクティブ・カーテン)”と呼ばれることになるその七色の幕は、魔物を完全に閉め出す結界となった。
「ふぅ。これで、魔物は近づいてこれないわね」
 そう呟くと、サキは石板の前で話をしているミオとミハルを見つめた。
 話しかけて邪魔をしてはいけない。そう思って、サキは小さな声で呟くのだった。
「がんばって!」
「サキさん、危ない!」
「え?」
 その声にふりむいたサキの目が見開かれる。
 魔物が鈎爪を彼女目がけて振り上げていたのだ。
「きゃぁぁ!」
 ガキィッ
 魔物の腕が振り下ろされた。しかし、サキの姿はそこにはなかった。

「……!」
「もう大丈夫ですよ」
 その声に、サキはおそるおそる目を開けた。
「レイ……さん?」
 レイはにこっと微笑んだ。
 辺りを見回して、サキは驚いた。
 “伝説の樹”と、その周りにサキの張った七色の幕が遠くに見える。一瞬で200メートル近く移動したとしか思えなかった。
 彼女はレイの顔を見上げた。
「レイさんが、助けてくれたの?」
「はい」
 レイは、額に輝くティアラに軽く触れた。
「これが、“ケニヒス”の力の一つです」
「力?」
「ええ。他のメモリアルスポットを統べる存在であるこの“ケニヒス”は、たとえば今のように、他のメモリアルスポットを、その“担い手”ごと呼び寄せる事もできます」
 レイがそこまで言ったところで、魔物達が二人に気づいて押し寄せてくる。
 レイは言葉を続けた。
「また、こういうこともできます……」
 彼女がそう言った瞬間、サキの胸の聖印が輝いた。
「え? ええ?」
 戸惑うサキをよそに、その光はさらに脹れ上がった。
 ギャァァ
 グワァァァ
 魔物達の悲鳴が辺りに響いた。驚いてサキがそちらを見ると、光に触れた魔物の体が、まるで風化していくかのように、ぼろぼろと崩れていく。
「こ、これは……」
 見る間に、あれほどいた魔物が次々と破壊され、消えていった。そして、辺りは静けさを取り戻した。
「サキさんのメモリアルスポット、“聖”の象徴たる“ウィンクル”の真の力です」
 レイは言った。そして、不意にがくっと膝を突く。
「レ、レイさん!?」
「大丈夫ですよ。それに、お忘れですか? 私に治癒呪文は効きませんよ」
 慌てて治癒呪文を唱えようとするサキに、レイは言った。そして、頭を下げる。
「ごめんなさいね。あなたのメモリアルスポットの力を勝手に使って」
「いえ、そんな……。でも、あんな力、あたしも使った事なかったのに……」
(やっぱりあたし……)
 しょげたように俯くサキに、レイは苦笑した。
「サキさんの力不足と思っていらっしゃるなら、それは違いますよ。“ウィンクル”のあの力は、使う人の力を極限まで削ります。私は、“ケニヒス”を通してその力を使ったので、この程度の疲労で済みましたけど、あなたが使ったら……、多分命に関わるでしょう」
「でも……」
「メモリアルスポットは生きていますから。あなたのことを一番よく知っているのは、あなたの“ウィンクル”です。その“ウィンクル”があえてその力を使わせなかったのは、あなたにまだ死んで欲しくないから、ですよ」
「え?」
 サキは思わず自分の聖印を見つめた。聖印は、その通りだと言うように、青い光を明滅させていた。
(はやく手がかりを見つけないと!)
 ミオは、額の汗も拭わずに、石板を見つめていた。
(……多分、私にできる、これが最後の事でしょうから……)
 ともすれば、倒れそうになる自分の体を叱咤して、ミオはその頭脳をフル回転させて、考えていた。
 1000年前の伝承、これまでの自分たちの旅、そしてメモリアルスポット。
 そして……、コウのこと……。
「あの……」
 そのミオに、ミハルが声を掛けた。
 振り返るミオ。
「なにかありましたか?」
 その顔を見て、ミハルは目を丸くした。
「ミオさん、すごく顔色悪いですよ。ちょっと休んだほうがいいんじゃ……」
「かまいませんよ。それより?」
 その声に、ミハルはそれ以上は何も言わずに、ミオを引っぱって石板の裏に連れて行った。
 顔が映るほど磨き上げられた平らな面には何も書かれていない。
「さっき、調べてて偶然見つけたんですけど……」
 そう言いながら、ミハルは指輪をその面に近づけた。
 ポウッ
「こ、これは……」
 平らな面に、緑色の記号らしいものが浮かびあがったのだ。
 ミオは、はっとした。
「も、もしかして!」
「え?」
 聞き返すミハルに構わず、ミオは胸から黄金のロケットを引っぱり出すと、石板に押しつけた。
 と、浮き出ていた緑の記号に重なるように、深緑色の記号が浮かび上がってきたのだ。
「やっぱり!」
 ミオはうなずくと、ミハルに言った。
「皆さんをここに呼んでください」
「みんなを? でも、みんなどこにいるか……」
 言いかけて、ミハルははっと気付いた。そして高々と右手をあげる。
「えーと、ユイナさん、アヤコさん、サキさん、ユカリさん、ノゾミさん、ユウコさん、ミラさん、メグミちゃん、ユミちゃん、レイさん、それからコウさん、出でよっ!!」
 その薬指にはまっている緑の宝石が光を放った。ミハルの持つメモリアルスポット“ラヴィッシュ”は、ミハルの意志に従って、あらゆるものを呼び寄せるのだ。
 カァッ
 一瞬あたりが輝き、そして次の瞬間、目をパチクリさせて皆がそこに立っていた。
「なになに、どうしたの!?」
 ユウコの声に、皆が我に返る。そこに畳みかけるように、ミオが言った。
「突然で済みません。みなさんにお手伝いしていただきたいのです」
「?」
 ミオの説明を聞いたユイナは、組んでいた腕を解いて聞き返した。
「要するに、この石板にメモリアルスポットを近づければいい、と?」
「はい、お願いします」
 ミオは答えて頭を下げた。
「それじゃ、サクッとやろ!」
 そう言うと、ユウコは小剣を押しつけた。赤い色の記号がそれにあわせて浮き上がる。
 それを見て、皆もそれぞれのメモリアルスポットを押しつける。
 そして、最後にレイがティアラを押しつけたとき、重々しい声が響いた。
『今こそ時は来れり。勇者よ唱えよ。そして聖剣を手にし、魔王を討て』
「え?」
 コウは思わず聞き返した。
 ミオは石板を見つめ、静かに呟いた。

「星屑の英雄達
 その伝説が甦る
 あの時代追いかけてた
 夢が再び甦る」

「え?」
「そう読めます」
 ミオは、12の色の記号が浮かび上がった石板を指した。
 確かに、それは古代文字を成しているように見えた。
 アヤコが不意に顔を上げる。
「それって、勇者のサーガの出だしじゃない」
「勇者のサーガ?」
「イエス、そうよ。1000年前の勇者と魔王との戦いを歌った、長い歌の出だしの部分なのよ」
 アヤコはうなずいた。
「そうよね。あの歌を作ったのは、ソング・マスターことアスティーだものね」
「それって、この勇者の墓を建てた、3人のうちのひとりの?」
 聞き返すミハルに、アヤコはうなずくと、リュートを構えた。
「なんなら、いまから歌ってもいいわよ」
「わぁ、ちょっと待て!」
 慌てて止めるノゾミをよそに、コウは石板を見上げ、ミオに訊ねた。
「それを唱えればいいのかな?」
「ええ。そう思います」
 ミオの答えにコウはうなずくと、大きく息を吸い込んだ。そしてミオに視線を向ける。
「……えっと、なんだっけ?」

「……夢が再び、甦る!」
 ミオに教えてもらいながら、コウは唱え終わった。
 ピシッ
 その瞬間、石板がいきなり左右に割れ、砕け散る。
 その中から、白い光の塊が空中に浮き上がった。
「あれは!」
 次第に光が薄れ、その姿が見えてくる。
 それは、純白の剣。
「あれが、聖剣?」
 ノゾミが呟く。
 コウは、静かに手を伸ばし、その剣を握った。
 決して大きくもない普通の大きさの剣だが、ずっしりと重い。
 その重みを感じながら、コウは呟いた。
「これが……、聖剣“フラッター”なのか……」
 魔王の城。
 魔王は呪を唱えるのを中断し、振り返った。
「まさか、この波動は……。勇者め、聖剣を手に入れたと言うのか!? おのれ、勇者め!」
 低く呻くと、魔王は水晶の柱を睨んだ。
「赤き満月の夜まで、まだ7日……。おのれ、勇者! 見くびり過ぎたか……。だがしかし、まだ勝負がついたわけではないわ! のう、シオリ姫よ」
 真紅に染まった水晶の柱。
 その中に封じ込められた少女。
 その姿を見詰めながら、魔王は低い声で言った。
「十三鬼よ」
「は」
 どこからともなく、声だけが聞こえた。
 魔王は言葉を継いだ。
「魔王回廊へ誘い込め。そこで奴等を討て」
 かすかにざわめきが拡がる。
「し、しかし、魔王回廊はここに直接つながる道! 一歩間違えば奴等を招き入れる事になりかねませぬ」
「その前にお前達が奴等を倒せばよい。それとも、その自信がないか?」
「い、いえ、そのようなことは……。ですが万一を考えると……」
「魔王回廊のある空間ならば、奴等よりお前達の力の方が勝るはず。さぁ、行って奴等を倒せ。……その命を掛けてな」
「ははっ」
 声が消えた。魔王はシオリ姫に話しかけた。
「耐えられるかな、勇者は。仲間を失う事に、な。ふっふっふっふっ」
「おめでとうございます」
 ミオは、コウに頭を下げた。そして微笑する。
「これで、私の役目も終わりましたね」
「え?」
 思わず聞き返すコウ。その目が見開かれる。
 ゴフッ
 不意にミオは血を吐いた。そのままその場に崩れ落ちるように倒れる。
「ミオさん!!」
 コウは聖剣を掴んだまま、ミオに駆け寄った。
 それよりも早く、サキがミオのかたわらに駆け寄ると、彼女を抱き起こす。
「ミオさん! しっかりして!」
 叫びながら、サキは聖印を握りしめた。
「神よ……」
「サキさん……その力は残しておいてください」
「え?」
 治癒の祈りを捧げようとしたサキの手を掴み、ミオは静かに首を振った。元から白いその肌が、今や真っ白になっており、それについた赤い鮮血と非現実的なコントラストを成している。
「サキさんの……治癒の力は……これからますます必要になるんです。無駄に……使っては……いけない……」
「そんな、無駄だなんて……」
 サキは首を振った。
「あたし、信じない! 絶対にミオさんは治るもの!!」
「サキ……」
 その肩を、ミラがそっと押さえた。そして、黙って静かに首を振る。
「な、なんだよ、みんなして……、なんの真似なんだい?」
 引きつった笑みを浮かべて、コウは皆の顔を見回した。
 同じような表情を浮かべている者が大半だった。
 サキが、地面に膝を突いて、しゃくり上げながら言った。
「ミオさん……病気なの。それも……不治の病なのよ!」
「え?」
「皇血病とよばれる、キラメキ王国の王家の血を引く女性に、数万分の一の確率で発病する症状ね」
 ユイナが静かに言った。そして、皆の顔をくるりと見回す。
「皆も知ってるとおり、キラメキ王家の血は、普通の血とは違うわ。魔王が生贄にほしがるほどの、“魔”の力を秘めている。そして、ごくたまに、肉体がその“魔”の力に対して拒絶反応を起こす事があるの」
「それが、ミオさんの病気……」
 ミハルが口に手を当てて呟いた。
「それじゃ、ミオにはキラメキ王家の血が流れてるってのか!? そんな莫迦な!」
 ノゾミが叫んだ。
「キサラギ家は、キラメキ王国のなかでも名門中の名門の貴族のファミリー、家系だものね。確かに王族と血の繋がりがあってもおかしくはないわ……」
 アヤコがそれに応えるように呟き、拳を握り締める。
「けど……」
 サキは顔を上げると、涙をぽろぽろこぼしながらユイナに訊ねる。
「何か、何か方法はないの?」
「……あったら、とっくにやっているわ」
 彼女にしてはきつい口調でユイナは返事をした。
「そんな! 何か……、何もできないの!?」
「通常の治癒魔法は、キラメキ王家の血に宿る“魔”の力が跳ね返してしまう。呪歌だって同じ。私の黒魔法やユカリの陰陽術には、そもそも治癒の術はない……」
「あ、あの、私が精霊さんにお願いして……」
「無駄よ」
 おずおずと言いかけたメグミに、ユイナはあっさりと否定の答えを返した。
「“魔”の力は精霊よりも強いわ」
 重苦しい沈黙が辺りを包んだ。
「コウさん……」
 ミオは、掠れた声で、コウの名を呼んだ。
 コウはミオのかたわらに座ると、その手を握った。
「ここにいるよ」
「……ごめんなさい、最後まで迷惑を掛けてしまいましたね……」
 ミオは微笑した。そして、皆の顔を見回す。
「私ができるのは、ここまでのようです……。みなさん、あとは……お願いします……」
「ミオさん!」
「ミオちゃん!」
「あに言ってんのよ!」
 皆が口々に叫ぶ。
 ミオの唇が微かに動いた。
「もう……一度……たかった……な」
「え?」
 コウが聞き返したその瞬間、ミオの全身からがくりと力が抜けた。
「ミオ……さん?」
 聞き返すコウ。しかし、ミオは返事をしなかった。
 彼女の眼鏡が、まるで役目を終えたとでも言うかのように、地面に落ちて、割れた。

《続く》

使用曲「THE AGES」
作詞/作曲 高見沢俊彦

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