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ときめきファンタジー
第
章 ハートのスタートライン
その
だからっ!

ずっと俯いて何ごとか考えていたユイナが、不意に顔を上げた。
「ミハル!」
「え?」
ぽろぽろ泣いていたミハルが、ただならぬ声音で呼ばれて顔を上げる。
その目の前に、いきなり指を突きつけるユイナ。
「ひゃ!」
思わず悲鳴を上げるミハルにユイナは言った。
「いい? 私の言う通りになさい」
「は、はい」
反射的に答えるミハル。
「それから、サキ!」
「……」
サキは俯いたまま、黙っていた。その頬からは、涙がひっきりなしに流れ落ちている。
そんなサキに、ユイナは冷たく言った。
「ミオのために泣いている暇があるなら、私の話を聞きなさい」
「そ、そんな……。そんな言い方って……」
「うるさいわね。いいから聞きなさい」
あまりの言い様に反論しようとしたサキをぴしゃりと押さえ、ユイナはミオの体に視線を注いだ。
「まだ、間に合うわ」
「え? も、もしかして……、何か方法があるの?」
コウは顔を上げて、ユイナに訊ねた。うなずくユイナ。
「この二人がちゃんとやればね」
「ミオさんが助かるんですか!?」
聞き返すミハルにうなずくと、ユイナはサキに言った。
「ミハルが術を使うと同時に、復活の祈りを唱えなさい」
「復活の? だけど、復活の祈りなんて、あたしには……」
「やり方は知ってるでしょう?」
「でも……。復活の祈りには、特別な聖なる樹の若枝が必要なんです」
「それを使いなさい」
ユイナは、“伝説の樹”を指した。
サキは思わず“伝説の樹”を見上げて、思わず眼を丸くした。
今までそれほど気を付けて見ていなかったのだが、“伝説の樹”の青々と繁る葉には、確かに見覚えがあった。
王都キラメキの大神殿の奥で、大切に保存されている一本の老木。“聖なる樹”と呼ばれ、様々な奇跡の源となってきたその樹の葉と同じだったのだ。
しかも、“伝説の樹”の方が、“聖なる樹”よりもはるかに若くみずみずしい。
(確かに、これなら……)
ゴクリと唾を飲み込んで、サキははっと気付いてうなだれた。
「で、でも……ミオさんには、あたしの治癒魔法は効かないんじゃ……」
「いいから」
そう言うと、ユイナはミハルに視線を転じた。
「それから、ミハルは……」
ミオの意識は、いずことも知れない所を彷徨っていた。
(これで、よかったの? 満足だったの?)
(ええ。やるだけの事はやりましたから……)
(最後まで、自分にも嘘をつくの? ミオ・キサラギ)
(嘘じゃありません)
(なら、どうして、最後の時に笑わなかったの?)
(……え?)
ミオは思い出していた。昔、自分を庇って死んだ妖精について、大神官の言った言葉を。
『シーナは最後の瞬間、笑っていたのじゃろう?』
『笑って死ぬことが出来るのは、為すべき事を終えた者だけじゃよ』
(それじゃ、私はまだやることがあったの?)
(……でも、もう遅い。私はもう、あちらには戻れないんですもの)
「それでいいの?」
不意に声が聞こえ、ミオは顔を上げた。
「……シーナさん」
ミオを庇って魔王の手の者の前に倒れた妖精のシーナがそこにいた。
「ミオさん、それでいいの?」
「だって……。だって、私はもうあちらの人ではないのですから」
ミオは目を伏せた。
「それで、あきらめちゃうの?」
「どうしようもないわ」
視線を逸らしたまま、ミオは言った。
「どうしようも……」
「おいら、そんなミオさんは嫌いだな」
「……」
「いままでミオさんは、どんな時だって諦めなかったじゃないか。何か方法があるはずだって、いつも考えて考えて、そして行動してきたじゃないか」
そう言うと、シーナは腕を組んだ。
「それにさ、ミオさんが自分で諦めちゃったら、向こうでがんばってる人はどうなるの?」
「え?」
「みんな、がんばってるよ。ミオさんのために」
シーナは静かに告げた。その言葉と共に、不意に周囲が明るくなった。
「!」
ミオは思わず口で手を覆った。
二人は空中から、伝説の樹の下に横たわるミオの体と、それを取りまく人々を見おろしていた。
「……わかった?」
「はい、やってみます!」
ユイナの説明を聞き終わると、ミハルは緊張しながらもうなずいた。そして、指輪にそっと触れる。
指輪−ミハルのメモリアルスポット−は、緑色の光を明滅させている。
ユイナはサキに視線を向けた。
「そちらも、いい?」
「うん」
サキはうなずくと、顔を上げた。その顔には、決意がみなぎっていた。
「あたし、今までどこかであきらめてたのかもしれない。けど、もうあきらめない。ミオさんは復活させてみせるわ!」
「そう?」
素っ気なく言うユイナ。だがその奥に隠れているものを感じ取って、サキは微笑した。それから、ユウコに頼む。
「ユウコさん。“伝説の樹”の枝を一本、切ってくれないかな? あ、できるだけ若いのがいいんだけど」
「ちょろっと待っててね」
言うが早いか、彼女の姿がかき消えた。かと思うと、再び現れたときには、一本の枝を持っていた。
「これでいい?」
「ありがとう」
サキは礼を言って受け取ると、その枝をミオの胸に置き、ユイナにうなずいてみせた。
ユイナはうなずき返し、ミハルに言った。
「やりなさい」
大きく深呼吸してから、ミハルはその指をミオに向けて叫んだ。
「出でよ、ミオさんの中の、キラメキ王家の血!!」
ドバァッ
次の瞬間、空中から真っ赤な血が迸り、あっという間にミハルはその血を浴びて真っ赤になる。
「あきゃあきゃぁ!」
慌てふためいて変な踊りを踊るミハルを無視して、サキは聖印に手をそえて、目を閉じた。
「全能なる神よ。その御許に憩いしその魂を、いま一度我らが前にお戻しください。汝が子、ミオ・キサラギを……」
聖印が、光を放つ。サキは、目を閉じて、そっと左手をミオの胸に押しつけた。
「我らが元に、お返しください」
聖印の放つ光が、ミオの胸に置かれた枝に移り、そしてその枝が光の粒子になって、消滅する。
「サキさん……、ミハルさん……、それにみんな……」
ミオは涙ぐんでいた。そんなミオの背中を、シーナがとんと押した。
「行きなよ、ミオさん」
「……ごめんなさい、シーナさん。また、助けられましたね」
礼を言うミオに、シーナは照れくさそうに笑った。
「へへっ、よしてくれよ」
「それじゃ、また……」
ミオは静かに頭を下げた。その姿が光の飛沫になり、シーナの前から消える。
トクン
微かに、本当に微かにだが、サキの左手はミオの心臓が脈打つのを感じた。
「ミオさん!」
腕を組んでそれを見ていたユイナは、メグミを呼んだ。
「メグミ、生命の精霊に命令しなさい。ミオの回復力を最大まで高めるように、と」
「あ、はい。生命の精霊さん……」
メグミはムクを抱きしめたまま、呟いた。
ポウッ
柔らかい光に包まれるミオ。
その手が、ピクリと動く。
「ミオさん!」
コウが叫んだ。
ミオはゆっくりと目を開けた。
「……コウ……さん?」
「ミオさん! よかった!」
サキがミオを抱きしめた。
「サキ……さん。ありがとう……ございます」
「ううん、いいの。もういいの……」
「やったぁ! ミオさんが生き返ったよぉ!」
「もう、超心配させるんだからぁ!」
「よかったです……」
ミオのまわりで、時ならぬカーニバルが起こっていた。
腕を組んでそれを眺めているユイナに、アヤコはちらっと視線を走らせた。
(もしかして、ユイナは最初から知ってて狙ってたのかもしれないわね。こうなることを……。単純に病気を治すよりも、一旦死んじゃってから復活させた方が、モア・ハピーだし、魔王の島まで来てみんなナーバスになってたところだものねぇ)
「……なに?」
自分に注がれていた視線に気付いたのか、ユイナが顔を上げて訊ねた。
アヤコは肩を竦めてリュートを軽く弾いた。
「なんでもないわよ、策士さん」
ユイナは苦笑でそれに答えた。
「こういう役は、ミオに任せるに限るわ。だからわざわざ甦らせたのよ」
事情を改めて聞いたミオは、頬を染めてユイナ達に深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
「あなたにいまあっさりと死なれると困るから、こうしただけよ」
あっさりと答えると、ユイナは島の中心部に視線を移した。
「浮かれるのはいいけれど、問題は何も解決していないわ」
「そ、そうだ」
コウはうなずいて、聖剣を背中に背負った。腰に挿そうにも、いままで使っていた長剣と小剣“白南風”が既にそこにあったからだ。
ミオは霧に隠されて何も見えない島の奥の方を見て、小首を傾げた。
そのミオに、サキが眼鏡を手渡した。
「これでしょ? だけど、レンズが割れちゃったんだけど……」
「あ、いえ……。実は、その必要がなくなっちゃったみたいなんです」
ミオは眼鏡を受け取りながら答えた。
「必要なくなったの?」
「ええ。魔法の影響なんでしょうか、眼鏡がなくても、はっきり見えるんです」
そう言って微笑するミオに、コウは一瞬見取れていた。
(ミオさんって、眼鏡を外しても……)
「コウさん、そんなに変ですか?」
ミオに聞き返されて、コウは我に返った。慌てて両手を振る。
「いや、ぜんぜんそんなことないって。可愛いよすごく……。あ……」
「や、やだ、コウさんったら……」
頬を染めて、俯いてしまうミオ。
「うぉっほぉん」
わざとらしく盛大な咳払いをすると、ユウコは思い切りコウの足を踏みつけた。
「い〜〜〜〜〜っ!!!」
「ったく、もう。ミオ、さっさと話をすすめよ」
思い切り声が不機嫌だった。
(あによぉ、コウってば、でれぇ〜っとしちゃってさ。あたしなんて最初から眼鏡つけてないけど、ちゃんと美人なのにさ)
心の中でぶつぶつ呟くユウコであった。
ミオは改めて島の奥の方に視線を向けた。既に冷静ないつものミオの表情に戻っている。
「このままあの深い霧の中に入っていくのは無謀ですね。魔王の手の者がどんな罠を張っているかもしれませんし……ここはひとつ、霧を晴らしてから進みましょう」
「霧を……晴らす?」
聞き返したミハルに、ミオは微笑してみせた。
「それでは、お願いします」
ミオの言葉に頷くと、メグミはムクを抱きしめて、静かに言った。
「風の精霊王、永遠の旅を続ける漂泊の主よ。私はあなたの名を知る者です。私に力を貸してください」
不意に彼女の前に竜巻が起こった。かと思うと、そこには一人の少女が立っていた。軽そうな白い服を纏った、年の頃10歳くらいの女の子。
「私を呼んだのは、あなた?」
「はい」
問いかけにうなずくと、メグミは島の奥を指した。
「お願いします。この島にかかっている霧を払って欲しいのです」
「できるだけの事はしますけれど……」
少女は、そちらの方を見て、言った。
「奥の方は魔王の力が強すぎて、私の力も及びません。それでもよろしければ」
「はい、お願いします」
メグミの言葉に頷くと、風の精霊王はすっと右手を一振りした。
その瞬間、霧は払われ、その奥にそれが姿を現した。
「!!」
皆が息を飲む。
噂にだけは聞いた事はあったが、今まで生きている者は誰も見た事のないもの。魔王の城がそこにあったのだ。
堅固そうな外壁、いくつもそびえ立つ尖塔、その総てが漆黒に塗られている。
コウは唾を飲み込んだ。
「あれが、魔王の……」
この城で暮らしていたレイが、静かに答えた。
「ええ、間違いありません。あれが魔王の城です」
その時、不意に、コウが持ったままだった聖剣が微かに震えた。
コウはうなずいた。
「それじゃ、行こう」
皆、静かにうなずき、そしてコウ達は、魔王の城に向かって最後の旅を始めた。
《続く》

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