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ときめきファンタジー
第
章 君の中の永遠
その
夢を忘れた大人達へ

その時。
メモリアル大陸中の人々が、北の空に巨大な光の柱が立ったのを見た。
そしてその時、なぜか知らないがとても晴れやかな気分になった。
東方、トキメキ国。
その山奥にある小さな村の外れにある家の前。
そこでも数人の人が、その光を見上げていた。
少年が、懐手をした侍に訊ねる。
「ムラサメのおじさん、あれ、何だと思う?」
彼は破顔して、少年に言った。
「スイレン、喜ぶでござるよ」
「え?」
「コウが、やったでござる」
かつて、サムライマスターと呼ばれた男はそう言うと、光の方に視線を向けた。
スイレンと呼ばれた少年は光と侍を見比べて、やっと納得したようにうなずいた。
「そうか! コウ兄ちゃんが魔王を倒したのか!」
「お兄ちゃん、ムラサメさん」
ドアが開いて、少女が顔を出す。その瞳は、右が澄んだ青で、左が美しい金色をしている。
「もうすぐご飯が……、どうしたの?」
二人の様子に、小首を傾げる少女に、スイレンが駆け寄った。そして、興奮気味に叫ぶ。
「カレン!! やったんだよ、コウ兄ちゃんが、とうとう!」
「え?」
「それは、本当か?」
家の奥から、もう一人の青年が、竪琴を片手に出てきた。ムラサメがうなずいて光の柱を指すと、彼は微笑んだ。
「そうか。なら、アヤコ・カタギリも帰ってくるな」
「そうでござるな。ケイイチ殿もさらに精進せねば、またアヤコ殿に負けてしまうでござるよ」
その言葉に、ケイイチは苦笑した。そして、庭に放りだしてある丸太に腰かけると、竪琴を鳴らした。
澄んだ音色が夜空に上がっていく。
西方、キラメキ王国。
その名もない街の片隅にある小さな宿屋の窓から、その光の柱を見てアルキーシは笑った。
「ほう。あいつら、やりやがったか」
「本当ですか?」
その声に、アルキーシは振り返った。
「おう、ソトイ。見てみろよ」
ソトイはベッドから半身を起こしてそれを見ていた。
「レイ様はご無事でしょうか?」
「多分な。あの勇者殿は、自分を慕ってくれる女の子をむざむざ殺させはしねぇと思うぜ」
そう言って笑うアルキーシ。
ソトイは、深々と頭を下げた。
「大変、お世話になりました。殿下」
アルキーシは振り返って苦笑した。
「よせよ、その呼び方は。俺は魔王四天王のアルキーシ・ビッセン。それでいい」
そう言ってから、口を押さえるアルキーシ。
「おっと、もう、魔王なんていねぇんだよな。この名も返上か」
「もとの呼び名に戻せばよいではありませんか。アルク殿下」
ソトイは笑った。アルキーシは肩を竦めた。
「よせやい。今更ビゼンには戻れねぇよ、俺は」
二人はそれ以上は何も言わず、窓から光の柱を見つめていた。
テブイクの街。トキメキ国随一の遊郭があるこの街は、この夜もにぎわっていた。
この街を影で支配している巫女、マイ・カミオカは、庭からその光の柱を見上げていた。
その頬にはめったに見られない微笑みが浮かんでいた。
「やりましたね、勇者よ。でも、これからが大変ですよ」
そう呟き、彼女はゆっくりと振り返った。
「お久しぶりですね」
「やはり、わかるか」
笑いながら、暗がりから身を起こしたのはカツヤ・アサヒナ。ユウコの従兄である。
「ええ。あなたがここに来る事は」
マイは微笑んだ。
カツヤはぽりぽりと頬を掻いた。
「それじゃ、俺が何をしに来たのかもお見通しってわけか」
「さぁ」
肩を竦めると、マイは言った。
「わかってても、口に出して言ってほしいものなんですよ、女の子って」
「あ、あのな」
そう言うと、カツヤは赤くなって明後日の方を向いた。そのまま言う。
「俺、キラメキ王国のスライダって街に宿屋を開いたんだけど、これが結構繁盛してな、人手が足りなくなったんだ。で、手伝ってくれる人を探してるんだけど、なかなかいい人が見つからなくてね……」
「それは、大変ですね」
あっさりと言うマイ。しかし、カツヤは明後日の方を見てたので気付かなかったが、彼女もまた赤くなっていた。
カツヤは向き直ると、ブンと頭を振ってから、真面目な顔で言った。
「よければ、来てくれないか? いや、来てほしい」
「……はい」
マイは俯いて、小さな声で答えた。
カイズリア湖。キラメキ王国随一の巨大な湖であるこの湖の畔に小さな街がある。
このユーキカの街外れの家の前で、一人の老騎士がこの光の柱を見上げていた。
「どうしたんですか、シーンさん」
眼鏡を掛けた青年が窓から顔を出して、老騎士に訊ねた。
老騎士は、黙って顎をしゃくった。青年はそちらに顔を向けた。
「これは見事な……」
青年は絶句した。
「お兄ちゃん、なにしてるの?」
「ああ、サツキ」
家の中から声を掛けられて、その青年、シィーズ・ハスは振り返った。そして微笑んだ。
「わからないけど、なにかいい事があったらしいんだ」
「んもう、お兄ちゃんは相変わらずなんだから。夕食の支度が出来たから、シーンさんも呼んでね」
そう言うと、この家の食糧事情を担うシィーズの妹、サツキ・ハスは台所に戻って行った。
シィーズは苦笑して、老騎士に呼びかけた。
「シーンさん、サツキがご飯ですって」
「うむ」
元キラメキ王国騎士団親衛隊長シーン・マウントは重々しくうなずくと、家の中に戻っていった。
「わぁ〜」
ユウエンの街にあるコシキ道場の庭で、6人の少年達はその光の柱を見上げていた。
「あら、どうしました?」
通りかかったアカリに、彼らは一斉にその光の柱を指してみせた。
「ほら、あれ!」
「なんだろう?」
「おばちゃん、なんだかわかる?」
「すごいよねぇ!」
「俺、初めて見たぜ」
「猛虎の血が騒ぐぜ!」
「まぁ」
アカリはその光の柱を見上げて、微笑んだ。そして少年達に言う。
「お姉さん、意外と早く帰ってくるかもしれませんね」
「ほんと、おばちゃん!」
「ええ」
彼女は目を細めてにっこりと笑った。
それを廊下から見ていたジュウザブロウは、その光の柱を見上げて呟いた。
「ユカリは、無事なんじゃろうか?」
「は? お館さま、なんと?」
彼の後ろにしたがっていたタクミは聞き返した。彼は慌てて手を振った。
「なんでもないわい。それより、タクミ。いよいよ明日じゃな」
「はぁ」
タクミは頭の後ろを掻いた。
「しかし、今更祝っていただかなくても……、既に息子もおりますし……」
「なんの。こういう事はきちんとしておかねばなるまい」
「そうですよ」
不意にアカリの声がした。二人がそちらを見ると、アカリがいつの間にか二人の側まで来ていた。
「タクミさん、ミヤコさんとお幸せにね」
「ありがとうございます」
タクミは頭を下げた。
アカリは、光の柱を見て言った。
「もう一つ、お祝いしなければならないことも増えそうですしね」
王都キラメキ。その中央にあるキラメキ城。
その廊下を一人の兵士が転がるように走っていた。そして、閲見の間に飛び込む。
「なんだ、騒々しい」
国王はそちらを見て、静かに、と言うよりは弱々しい声で言った。
キラメキ騎士団の遠征が失敗し、シオリ姫を救う事が事実上不可能になって以来、さらに老け込んだ国王は、最近は半病人も同様の状態であった。
兵士はその国王の前に転がるように出てくると、ピンと背筋を伸ばした。
「陛下! 大神官殿より、至急陛下にお伝えしたき事があるとの事でございます!」
「大神官が? 予はもう何も聞くことはないと、さように伝えよ」
国王は、気乗りしない様子で言った。
「是非にでも、とのことです!」
兵士は食い下がった。しぶしぶ、国王は立ちあがった。
「北の空に光の柱!?」
兵士から話を聞いて、スペルフィールドは立ち上がった。そして慌てて自分の執務室に飛び込むと、本をめくった。
「えーと、確か……。あった! こ、これは!!」
「おーい、ユミぃぃぃ」
情けない声が外から聞こえた。ヨシオである。彼はここに一人飛ばされて以来、ユミは書庫の中で迷子になったのだと決めつけて、ずっと捜し回っていたのだ。
スペルフィールドはドアを開けて叫んだ。
「ヨシオさん! 勇者が魔王を倒しました!!」
「コウが?」
無精髭を生やしたヨシオは、その声にスペルフィールドを見た。彼はうなずいた。
「ええ。ミオさんはもうすぐ帰ってくるんだ! やっほぉい!」
「ってことは、ユミも帰ってくるんだな!」
「ええ!」
スペルフィールドはうなずいた。ヨシオはガッツポーズを取った。
「うっしゃぁ!!」
王都に続く街道で、リュウ・フジサキとカジ・フライドはその光の柱を見ていた。
ザシュッ
目の前にいる小鬼を斬り倒しながら、リュウはカジに訊ねた。
「急に魔物が弱くなったが、あの光と関係あるのか?」
「間違いなくな」
と、こちらも斧で魔物を吹き飛ばしながら、カジは答えた。そして笑みを浮かべる。
「どうやらシオリ姫は無事らしいな。コウめ、やってくれおったわい。はっはっはっは」
「そうか」
そう答えると、リュウは剣を構え直した。そして正面の小鬼の群れに向かって技を放つ。
「シャイン・クラッシュ!!」
ザウゥン
一撃で小鬼達が吹き飛ぶ。残された小鬼達は浮き足立って逃走を始めた。
リュウは剣を納め、カジに言った。
「それじゃ、急いで王都に戻るか」
「そうじゃな」
カジもうなずき、そして二人は歩きだした。
キラメキ王国の北の外れにある小さな砦。
ここを包囲していた魔王軍に頑強に抵抗を続けていた人間達も、その光の柱を見ていた。
「ナツエ、あの光は何だと思う?」
正面のトロールに剣を打ち込み、飛びすさると、カツマはナツエと背中を合わせて、その肩ごしに訊ねた。
「さぁ。でも、あれが見えてから、魔物が弱くなった感じはするわよね」
ナツエはそう答えると、正面から飛んできたガーゴイルに、手にしたモーニングスターを叩きつけた。
ガシャァン
一撃で木っ端微塵に砕け散るガーゴイル。
それを見て肩を竦めるカツマ。
「おおこわ」
「馬鹿なこと言ってないで、さっさとやっつけなさい!」
振り返って睨むナツエに、カツマはうなずいて向き直った。
正面のトロールに向かって、ダッシュする。
「覇翔斬!!」
ザシュゥン
真っ二つに切られるトロール。カツマは更に剣を振るい、周囲の魔物達を斬りたてていく。
「派手にやってるな。カツとナツエは」
それを砦の上から見下ろして、ジュンは呟いた。
その腕にすがって、メグミは訊ねた。
「でも、ほんとにあの光、何だと思う?」
「さぁ。ま、そのうちにわかると思うぜ」
「そう?」
その二人に向かって、矢が射掛けられる。しかし、メグミは落ち着き払って言った。
「風の精霊さぁん、おねがぁい、矢を逸らしてぇ」
ゴウッ
風が吹き、矢は全てあらぬ方向に飛んで行く。
ジュンは、すっと手を挙げた。
『ジュン・エビスタニの名において、魔力よ、光の矢となり敵を討て!!』
次の瞬間、彼の手から放たれた光の矢が、魔物を次々と貫いていく。
彼ら4人、マーセナリーカルテットは、メモリアル大陸でも5本の指に入る凄腕の傭兵部隊なのである。
魔物達の敗走も、時間の問題のようだった。
「すごいや」
ユーゾ・オキタは病室の窓からその光の柱を見上げた。そして、ベッドに横たわる父親に声を掛ける。
「父さん、すごいよ、あの光の柱」
「そうだな」
ユーゾの父にして、キラメキ王国商業ギルドのギルドマスターであるコーゾ・オキタはうなずいた。
スライダの街に向かう途中で暴漢に襲われた彼は、たまたま通りかかったカツマ達に命を救われたものの重傷を負い、それ以来、ここ、王都の病院でリハビリを続けていたのだ。
彼は息子に視線を向けた。
窓にもたれて、光の柱を見つめていたユーゾは、その視線に気付いて父親の方に視線をもどした。
「どうしたの、父さん?」
「……いや、なんでもない。少し疲れたな。休ませてもらうよ」
コーゾは静かに目を閉じた。ユーゾは微笑して父親を見ると、それから光の柱の方に向き直った。
(ユミさん、元気かなぁ……)
「これをご覧ください」
大神殿の一番奥に案内された国王は、大神官の指す方を見た。
そこには一本の枯れ木があった。
「なんだ、これは?」
「これこそ、“聖なる樹”にございます」
その言葉に、国王は顔を上げて大神官を見た。
「なんだと?」
「ええ。ご覧の通り、枯れております」
大神官シナモン・マクシスはうなずいた。
「どういうことだ? “聖なる樹”が枯れるなど、あってはならぬ事ではないか!」
「落ちついてくだされ」
大神官は、静かに告げた。
「この“聖なる樹”の枯れる時、それは新たなる時代の始まる時である。そう神託が下りました」
「新たなる時代?」
「さよう。我らが魔王に脅えずとも暮らせる時代でございます」
国王がその言葉を理解するのに、一瞬の沈黙があった。
そして、国王は震える声で訊ねた。
「それは、つまり、魔王が倒されたと、いうわけなのか?」
「さよう。魔王は勇者により倒されたと、神よりお告げがありましてな」
大神官はそう言うと、微笑んだ。
「魔王がシオリ姫を生贄に捧げしときは、いかに勇者とて、魔王には勝てぬ。つまり、勇者が魔王を倒した、ということは、シオリ姫はご無事という事になります」
そう言うと、大神官は深々と頭を下げた。
「おめでとうございます、陛下」
《続く》

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