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ときめきファンタジー
章 君の中の永遠

その ビギニング

「お、おのれぇぇぇ!!」
 一瞬の静寂を破ったのは、ブルーザーのうなり声だった。
「え? ええっ?」
 自分でも、成功したのが信じられないという様子で、左右を見回すミハル。
 ユイナが平然と言い返す。
「仮にも神を名乗るのなら、最後まで気を抜かない事ね」
 ミオがポンと手を打った。
「ブルーザーは、あの瞬間、シオリ姫の回りに張っていた結界を、一瞬解いたんですね。それで、ミハルさんの召喚が効力を発揮した、と」
「そうよ。今までは、魔王が結界を張っていたため、どの様な魔法も効力が無かった。しかし、あの一瞬だけ、勝利を確信して慢心した魔王はシオリ姫の周囲に張り巡らした結界を解いた。ミハルが叫んだのは、その刹那だったというわけ」
 ユイナが説明し、ミオは納得してうなずいた。
「そういうことですか」
 コウは、駆け寄ってきたサキに、シオリ姫の身体を預けた。
「サキ、シオリを頼むよ」
「え? うん。でも、コウくんは?」
「俺は、あいつと決着を付ける!」
 コウはブルーザーの巨体を見据えた。
「で、でも、相手は神様でしょ!? そんなの無茶よ!」
「そうかもしれない。けど、俺は、シオリやみんなが暮らしているこの世界を、守りたい!」
 コウはそう叫ぶと、獣に向かって駆け出した。
 その身体が輝いた。かと思うと、黄金の鎧がその姿を覆う。
 アヤコが叫ぶ。
「あれは、勇者の鎧!」
 次の瞬間、コウは天空高く舞い上がっていた。そのまま、ブルーザーの右腕に聖剣を振り下ろす。
 ドシュッ
 一撃で切断されるブルーザーの腕。
 獣は苦痛の叫びを上げ、炎を吹いた。コウの姿はその中に飲み込まれる。
「コウくん!!」
 地上で見守る皆が思わず悲鳴を上げる。が、その次には歓喜の声に変わる。
 炎を聖剣で振り払い、コウが無事な姿を現したのだ。
「おのれ、勇者め! このわしが、魔王たるわしが、神たるわしが、このような小僧にやられるわけにはいかん!」
 さらに炎を吐くブルーザー。
 その大きな背中で、不意に爆発が起こる。
「むぅっ!?」
「あなたの時代は終わったのよ。さっさと退場なさい」
 呪文を放ったユイナは、平然と腕を組んで獣を見上げた。
「こ、小娘がぁ!!」
 叫ぶブルーザーを無視して、ユイナはコウに言った。
「かなり弱っているわね。結界も満足に張れない様子だし。いまのうちなら倒せるかもしれないわよ」
「ほざけぇぇ!!」
 カァッ
 ユイナに向けて炎を吐くブルーザー。しかし、ユイナはその時にはその場所から転移していた。
 そちらに向き直ろうとするブルーザーの前に、コウが回り込んで叫ぶ。
「貴様の相手は、俺だ!!」
「小賢しいわ!」
 更に炎を吐くブルーザー。しかし、コウは急上昇してそれをかわし、一気に突っ込んだ。
「くらえ!! “気翔斬”!!」
 聖剣が、輝く光の弧を放った。

「ど、どうしよう」
 シオリ姫を任されたものの、サキはおろおろしていた。
 彼女は目を閉じたまま、微動だにしていない。心臓も呼吸も停止している。
 サキの治癒呪文がシオリ姫に、正確に言えば彼女の中を流れるキラメキ王家の血に対して全く無力なのは、ミオやレイのときにはっきりしている。
 従って、サキはどうしてよいものやら判らずにおろおろしているのだった。
 結局、彼女は一番信頼できる親友に泣き付いた。
「ミオさん、どうしよう?」
「……レイさん、どう思われますか?」
 さすがに冷静なミオは、魔王の事を一番よく知っているレイに訊ねた。
 レイは屈み込んで、シオリ姫の様子を見てから呟いた。
「これは、ある種の呪い、ですね」
「呪い、ですか?」
「ええ。暗黒呪文の一種です。シオリ姫の血の力を最大限に引き出すために、つまり生贄とするためにかけた呪い。私なら、解く事が出来ると思います」
 そう言うと、レイはシオリ姫の額に手を翳した。
 パキッ
 木を割るような、微かな音がしたかと思うと、シオリ姫の胸がゆっくりと上下し始めた。
 サキはその胸に耳を押し付けて、はっとした。
「心臓の音が聞こえる!」
 不意にシオリ姫の右手がぴくっと動いた。そして、ゆっくりとその目が開く。
「シオリ姫! しっかりしてください!」
「シオリ姫!」
 呼びかける声に、シオリ姫は辺りを見回した。
「ここは……」
「魔王の島です!」
 サキはその手を取った。
「魔王の……島?」
 シオリ姫は、ゆっくりと顔を上げた。その瞳に、巨大な獣と、それと戦うコウの姿が映る。
「……あれは、ブルーザー……」
 シオリ姫は呟いた。そして、ゆっくりと立ち上がる。
「姫?」
「みなさんは、下がってください」
 彼女は獣に目を注いだまま、静かに言った。
 ミオは、はっとした。
「シオリ姫……じゃない?」
「でぇーい!!」
 ザシュッ
 左腕をも切り落とし、コウは素速く間合いを取った。
 ブルーザーが吠える。
「きさまぁぁぁ!!」
「これで、終わりにしてやる!!」
「ほざけぇぇっ!!」
 突っ込んでいこうとしたコウが、空中でがっしりと掴まれる。
「なに!?」
 いつの間にか、切り落としたはずの腕がまた生えていたのだ。
「馬鹿め! 死ね、勇者!!」
 ブルーザーは大きく口を開けた。その口には、ズラリと鋭い牙が生えている。
 その瞬間だった。
 ザンッ
 一陣の旋風が、ブルーザーの腕を切り落とした。
「なっ!?」
 ブルーザーは、その風の来た方を見て、思わず声を上げた。
 そこには、風に赤い長髪をなびかせて、一人の少女が立っていた。
 落下する腕から飛びだすと、コウもまたその少女を見て叫んだ。
「シオリ!!」
「シオリ姫が、目覚めたというのか!?」
 叫ぶと、ブルーザーは炎を吐いた。
 シオリ姫はすっと右手を上げた。炎はその手前で左右に割れて流れ、シオリ姫には火の粉一つかからない。
「ば、ばかな! シオリ姫がそのような力を使えるはず……、そうか、わかったぞ、貴様は……」
 シオリ姫は、静かに告げた。
「魔王よ。いえ、終わりを司りし神ブルーザーよ。この世界の行く末は、彼らの手に委ねなさい。あなたの出番は、もう終わったのです」
 カァッ
 シオリ姫から放たれた白い光が、みるみるうちにブルーザーをからめ取り、身動きできないようにする。
「なぜだ!」
 ブルーザーは吠えた。
「なぜ邪魔をするのだ! 貴様とて元を正せば我が分身! なのになぜ矮小な虫どもの味方をするのだ! ミナコ姫よ!」
 ふっとシオリ姫は微笑んだ。
「それは、貴方が美しくないからよ」
「なんだと?」
「愛の天罰、落とさせていただきます!」
 そう言うと、シオリ姫はコウに向かって叫んだ。
「勇者よ! 今です、魔王の心臓を、その聖剣で貫くのです!!」
「うぉぉぉぉっ!!」
 正に黄金の弾丸と化して、コウが突っ込んできた。そして魔王の心臓目がけて聖剣を投げ付ける。
 ドシュッ
 鈍い音を立てて、聖剣はブルーザーの心臓を貫いた。そして光を放つ。
 その光がみるみる辺りを染め上げ、そしてブルーザーの姿が、その光に溶けるように消えて行った。
「や、やったのか!?」
 額に手を翳してコウは呟いた。
「ありがとう、勇者よ」
 声が聞こえ、コウは振りかえった。
 そこには、美しい長い金髪の女性が微笑んでいた。
「あなたは……」
「私は、この地上を見守る者。勇者よ、あなたの働きにより、この世界は救われました」
 その言葉に、コウは首を振った。
「俺じゃない。俺を助けてくれたみんなのおかげさ」
 その女性は微笑んだ。
「それがわかっていれば、大丈夫ですね」
 その姿が薄れていく。
 コウは叫んだ。
「ちょっと待ってくれ! シオリは!?」
「シオリ姫は、もうすぐ目覚めますよ。それでは、御機嫌よう」
 微かに声が聞こえ、そして光が薄れていく。
 コウはうなずくと、急降下していった。
 ドサッ
 辺りを満たした白い光に目を覆っていたサキの耳に、誰かが倒れたような小さな音が聞こえた。
 サキは慌てて辺りを見回し、シオリ姫が倒れているのに気付いた。慌てて駆け寄ろうとする。
「シオリ姫!」
「シオリ!」
 空からコウが舞い下りてきた。パァッとその黄金の鎧が輝いたかと思うと消え、もとのぼろぼろの革鎧の姿に戻る。
 その姿を見て、サキは足を止めた。
 コウはシオリ姫を抱き上げた。
「シオリ、しっかりしろ、シオリ!!」
「……ん」
 シオリ姫はゆっくりと目を開けた。その緋色の瞳に、コウの顔が映る。
「……コウ……くん?」
「ああ」
 コウは微笑んだ。
「迎えに来たよ。シオリ」
「……待ってたの」
 シオリ姫の瞳から、涙が溢れ出した。
 コウは、その身体を抱きしめた。
「ごめん。待たせちゃって」
「ううん」
 シオリは、首を振った。そして、その背に手を回して、囁いた。
「コウくんは、来てくれたんだもの……。だから、いいの」
 少し離れた所から、その様子を少女達が見つめていた。
「これで、よかったのよね」
 サキが呟く。
「これで……」
「そ」
 不意に、ユウコがサキの肩を叩いた。そして笑って言う。
「でも、これからだもんね」
「え?」
 サキが聞き返したときには、もうユウコはコウに駆け寄っていった。
「あ、ユウコさんずるい! ユミも行くぅ!!」
 続いてユミが、そして皆が駆け出した。
 魔王の島に、少女達の歓声がこだました。
 こうして、魔王はその野望を果たせずに倒された。
 勇者コウ、そして彼を守り、共に戦った12人の乙女達によって。

《続く》

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