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ときめきファンタジー
第
章 君の中の永遠
その
勝利者達の挽歌

「シオリ!!」
コウは叫んだ。そして、水晶柱に駆け寄ろうとする。
「勇者よ、ようこそ、生贄の間に」
「!」
魔王は、その柱の横にいた。腹の傷を手で押さえ、もう片方の手で水晶の柱を掴んでいる。
「魔王! シオリを返してもらうぞ!」
チャキッ
コウは、まだ白い光を放っている聖剣を、魔王に向けた。
不意に、魔王は笑い始めた。
「くっくっくっくっ」
「何がおかしい?」
コウは、ゆっくりと注意しながら、魔王に近づいて行った。
魔王は笑い納めると、腹に置いていた手を、顔の仮面にかけた。
足を止め、油断なく剣を向け直すコウ。
「何のつもりだ!?」
「勇者よ、貴様に見せてやろう! 我が真の姿を!」
そう魔王が言うや、不意に辺りが揺れ始めた。
「なにぃっ!?」
次の瞬間、コウの足元が陥没した。そのままコウは、奈落の底に転落していく。
「わぁーーーーっ!!」
「コウっ!」
ぱしっとその手が掴まれた。上を見るコウ。
「間に合ったぁ。超危なかったね!」
大きく息をついて、ユウコはにこっと笑った。
「ユウコさん!?」
「だーめ。ユウコって呼んで」
「何をしてらっしゃるのかしら?」
その頭を鉄扇でぽかりと叩いて、ミラが顔を出した。
「コウさん、ご無事でいらして?」
「ミラさんも! でも、どうして!?」
と、不意にコウの身体がふわりと浮いた。そのまま上昇し、床の残っている部分にふわりと着地する。
「ご無事で、よろしゅうございました」
ユカリが組んでいた手を解いて、にこっと笑った。どうやら彼女の術でコウは引っぱりあげられたようだ。
そこに皆がいるのを見て、コウはほっと一息ついた。
「みんな……」
ユイナがそれを遮るように言った。
「まったく、これだから愚民は困るわ。のんびりと無事を確かめ合ってる場合じゃないのよ」
「え?」
「見てください!」
ミオがコウの後ろを指さした。振り返ってコウは声を上げた。
「なんだ、あれ!?」
そこにいたのは、巨大な獣、としか表現の出来ないものだった。全身を黒光りする鱗に覆われた、強いて言えば蜥蜴を立ち上がらせたような姿。その巨体のあちこちからは、禍々しい刺や角が突きだしている。
ユイナが呟いた。
「……なるほど、古代の邪神まで従うはずだわ」
「え?」
聞き返したコウに、ユイナは肯いて答えた。
「あれは、この世界を作り出した神よ」
「うそ!」
サキが声を挙げた。
「あんなのが神様なわけない!」
「信じようと信じまいと、私は構わないけどね。アヤコ、パタメーラの叙事詩は知ってるわね?」
「イエス・オフコース。もちろんよ」
アヤコはうなずいた。そして、ちんぷんかんぷんな顔をしている皆に早口で説明した。
「パタメーラの叙事詩って言うのはね、この世界のビギニング、始まりのことを歌った、イッツ・ザ・ロンゲスト・サーガ、とっても長い歌なのよ」
「あたし、そんなの聞いたこと無い」
サキが、首を傾げた。ミオが脇から言う。
「内容が問題になって、神殿ではこの叙事詩のことは触れないことになっていますから、サキさんが知らないのは無理もないでしょう」
「内容?」
「ええ。この世界は、この世界を作り出した神によって滅ぼされるであろう、というのがその内容で……」
そう言いかけて、ミオは絶句した。
「まさか、魔王の正体って!?」
「その、まさかよ」
あっさりと肯定すると、ユイナは視線をその巨大な獣に向けた。
「あれこそが、パタメーラ三神の一神、“終わりの神”、ブルーザーよ」
「“終わりの神”?」
ユイナは、聞き返すコウを面倒くさそうに見ると、簡単に説明した。
この世界は、いくつもある世界のうちの一つに過ぎない。そして、それらのいくつもある世界全ては、3人の神によって管理されていた。
過去を司る、始まりの神スラビング。
現在を司る、続きの神アミカーブル。
未来を司る、終わりの神ブルーザー。
しかし、この世界に人間が誕生したとき、今まで平穏に保たれていた彼ら3神の間に争いが生じた。
ブルーザーは、人間はこの世界のみならず、全ての世界に取って有害な者となりうるとして、この世界を破壊する事を主張した。アミカーブルは、それを拒否し、スラビングもアミカーブルに同調した。
激怒したブルーザーは、直接この世界を破壊しようとする。しかし、彼ら3神が直接世界に手を出すことは禁じられていた。禁忌を破ったブルーザーは、その力を奪われて、この世界に封印されてしまった。
「それじゃ、世界を滅ぼす魔王の正体が、そのブルーザー神ってこと?」
「イエス、そうね」
ユイナに代わって、アヤコが答えた。そして、おぞましい巨大な獣を見上げる。
「あのビースト、獣の姿は、パタメーラの叙事詩に出てくる、ブルーザーが世界を破壊するために地上に降臨したときの姿と同じだもの。
それに、魔王がブルーザー神なら、シオリ姫を生け贄に欲しがる理由も納得できるわ」
そう言うと、アヤコは静かに叙事詩の一節を歌った。
ブルーザーは眠る 悠久の時の中
分かたれし半身を取り戻せし時まで
世界が終わる その日まで
幾星霜の時果てるとも
輪廻の巡りは終わらず
「その歌に出てくる、分かたれし半身が、シオリ姫のことなの?」
ミハルが訊ねた。その肩には変な動物(ミハル曰くこあらちゃん)がしがみつき、巨大な獣をその三白眼で睨み付けている。
ユイナはじろっとその変な動物を睨んだが、そんなときではないと思い直して、腕を組んで答えた。
「というより、キラメキ王家に伝わる、いわゆる“神の血”のことでしょうね。なるほど。その血を取り入れて、完全体となったブルーザー神によって、この世界は滅ぼされる、か」
「魔王の正体は、世界を作った神、ですか……。それで、勇者フルサワは魔王を倒さずに封印したんですね」
ミオが呟いた。
「神を殺してしまうことで、この世界の理そのものを破壊してしまう事を恐れて、フルサワは魔王を倒さずに封印することで、その時を先送りにした……」
皆、沈黙した。
沈黙を破ったのは、コウだった。
「相手が神だろうと何だろうと、シオリを生け贄になんてされてたまるか!」
コウは叫んだ。
と、不意に獣がこちらを見たかと思うと、口をがっと開けた。
「いけない!」
ユイナが叫んだ。サキがとっさに聖印を掲げる。
「楯よ!!」
バァッ
七色の光の幕がコウ達を取り巻いた。その瞬間、ブルーザーが炎を吐く。
「くっ!」
サキは唇を噛んでそれに耐えた。そして炎が消えると同時に、がくっと膝をつく。
「プラチナドラゴンのドラゴンブラストほど威力はないみたいけど、それでもかなり強力のようね。不完全体でこれなら、完全体になったときはどうなるか……」
荒い息をつくサキをちらっと見て、ユイナは呟いた。
コウはその獣の右手に、水晶柱が握られているのを見て、叫んだ。
「シオリ!!」
「くっくっくっく。はっはっはっはっは」
狂ったような哄笑が、辺りに響いた。
巨大な獣、ブルーザーはじろりとコウをねめつけた。
「勇者よ。よくこのわしをここまで追いつめた。しかし、いま一歩であったな」
「なんだと!?」
「見よ!」
ブルーザーが叫ぶと共に、不意に周囲の風景が闇から転じた。
そこは、魔王の島。
「もとの世界に戻った!?」
レイはハッとして辺りを見回した。そして空を見上げて叫ぶ。
「月が!!」
「!」
皆、一斉に空を見た。
今まで曇っていた空。その雲が切れていく。
その間から、血のように赤い満月が、その光を地上に投げかけた。
「赤い……満月の……夜」
アヤコが呟く。
サキは、がっくりと膝を突いた。
「あたしたち……、間に合わなかったの?」
「……まだだ」
ぎゅっと聖剣を握り直し、コウは獣を見上げた。
「まだ終わったわけじゃない!」
「そうだな。終わりではない。始まりなのだ! 恐怖と絶望の時代のな!」
哄笑をあげ、ブルーザーは右手を掲げた。
水晶柱が、満月の光を浴びて、自ら赤く光りはじめる。
「今こそ、時は至れり! これで、我は真の力を取り戻すのだ!」
ブルーザーが叫び、水晶柱を握り潰そうと力を込める。
「やめろぉぉぉぉっ!!」
コウは絶叫した。
「くっくっくっ。勇者よ。そして“鍵の担い手”達よ。お前達のしてきたことが、たった今、無に帰するのだ!」
ギシッ
水晶柱がきしみをあげる。その気になればすぐに握り潰せるはずなのに、ブルーザーはじわじわと手に力を入れていく。
「私達が絶望するのを、喜んでいるんですね」
唇を噛んで、ミオが呟いた。
いちばん後ろでそれを見上げていたミハルは、コウに視線を向けた。
手を、白い骨が透けて見えるほどにきつく握りしめ、水晶柱を見上げるコウを。
その刹那、ミハルは思った。
(コウさんの力になりたい。コウさんの願いを叶えてあげたい! シオリ姫を助けたい!!)
「アッハッハッハッハ」
哄笑が、辺りに響きわたった。そして、ブルーザーはついに、水晶柱を砕こうと、手に力を込めた。
その瞬間、ミハルは、指輪を天にかざして叫んだ。
「出でよ、シオリ姫っ!!」
キラッ
指輪が光り、そしてブルーザーの手が水晶柱を握り潰す。
粉々になった水晶の欠片が、赤い雨のようにブルーザーの手からこぼれ落ち、地面に降り注ぐ。
そして。
「シオリ!」
不意に空中に現れたシオリ姫の身体を、コウは抱き留めていた。
《続く》

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