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ときめきファンタジー
章 君の中の永遠

その WHITE REFRECTION

 ドシャァッ
 もう何度目か。
 壁に叩きつけられ、コウはそのまま床に倒れた。
 すでに、その意識はない。しかし、それでもなお、右手は聖剣を握り締めている。
 魔王は嘲笑した。
「意識も無いのに剣を握りしめているとはな。それほどまでにシオリ姫に逢いたいか? シオリ姫を救いたいか?」
 ドサッ
 壁の向こうでは、ユウコがトロールの最後の一匹の首を切りとばした。すかさずユミがその身体を粉々に吹き飛ばす。
「ま、まだまだぁ……」
 そういいながら、ユウコはゆっくりと倒れた。ユミも、全身の力を使い果たして、その場に崩れ落ちる。
 ユウコは、弱々しくあがいた。
「ちっくしょー。コウが……危ないっていうのにぃ……」
 ただでさえ、十三鬼との戦いで消耗していた彼女たちにとって、この戦いは厳しいものだった。やっとトロールを全部片づけたときには、もうみんな立つ事も出来ない状況だった。
 それでも、みんな立ち上がろうとしていた。
 壁の向こうにいる少年の為に。
 魔王はまた笑った。
「無駄なことを。“鍵の担い手”達よ。お前達が立ち上がったとて、何になる。見よ。勇者は既に意識も無いのだぞ」
 コウは、壁の向こうで崩れ落ちている。
 床に倒れたまま、ミオが呟いた。
「……私たちの力を、コウさんにあげられればいいのに……」
「でも、呪歌も、届かないのよ」
 アヤコが、彼女には似合わない暗い顔で答える。
 普通、音が聞こえるなら呪歌の力も届くはずなのだが、何故かこの壁は、その力を通さないのだ。無論、白魔法も黒魔法も精霊魔法もまったく通さないことは、既に立証済みである。
 壁をどんと叩き、サキはぽろぽろと涙を流した。
「何も、何も出来ないの? あたし達、ここまで来て、何も……」
 うなだれる少女達。
 魔王はそれを見て哄笑した。
「なかなか面白いな。感じるぞ、“鍵の担い手”達よ。その心の絶望を」
「……」
 何も言い返せない少女達。
 その時、不意に重々しい声が聞こえた。
『諦めてはならぬ。我が主人達よ』
 魔王は顔をしかめる。
「メモリアルスポット、か?」
 彼女たちにとって耳慣れた声。その声が告げる。
『その心を一つにし、勇者を助けるのだ』
「え? でも……」
『メモリアルスポットはそのためにある。勇者に汝らの力を伝えるために』
「コウさんに……、私たちの……力を?」
 首を傾げるミハル。
 メモリアルスポットの声が答える。
『それこそが、聖剣の真の力なり』
 その声に、ユイナが顔を上げた。
「そういうことだったのね」
「え?」
 たまたま、その隣にいたミオが、ユイナに訊ねた。
「どういうことなんですか?」
「メモリアルスポットは、聖剣と対になる存在なのよ。私達“鍵の担い手”の力をメモリアルスポットを通して聖剣に集め、勇者の力とする。その為の道具でもあるのよ」
「そういうことですか」
 ミオはうなずいた。そして顔を上げると、言った。
「私たちは諦めません!」
「何が出来るというのだ、“鍵の担い手”達よ」
「いまこそ私たちの心を一つにして、勇者に力を貸す時です」
 ミオは言った。
「でも、心を一つにって言っても、どうやればいいのか、ユミわかんないよぉ」
「それは……」
 ミオは、口ごもった。
(今でも、コウさんを助けたい、という点では、私たちの心は一つになっているはずです。でも、メモリアルスポットの力は、コウさんに私たちの力を伝えるという力は、まだ発動していない……。
 今よりもさらに、私たちの心を一つに合わせなければならないというのでしょうけれども……。
 一体どうすればいいのでしょうか? どうすれば、今よりも心を一つに合わせることが出来るのでしょうか?)
「どうすれば……」
 ミオの口をついて、呟きが漏れた。
 しかし、メモリアルスポットは、それに答えることはなかった。

 その時、不意にメロディーが流れ始めた。
 アヤコが、よろよろと立ち上がりながら、リュートを奏でていた。
 呪歌でも何でもない、ただの曲。
 しかし、そのメロディーを聞いて、少女達の目が開いた。
 そして、アヤコは叫んだ。
「レッツシング! 歌うのよっ!!」
 その瞬間、彼女のリュートが藍色に輝いた。
 アヤコは歌った。

 ♪きらきらと木漏れ日の中で
  二人の時が流れてゆくわ

 ミオがうなずく。その胸では、深緑色を放つロケットが揺れていた。

 ♪あんなにも憧れつづけた
  笑顔の側に 私がいる

 サキはゆっくりと立ち上がった。その手に水色の光を放つ聖印を握りしめて。

 ♪あの頃のときめき
  あふれる想いを

 ユイナが微かに微笑んだ。その右手の中では、黒水晶が蒼い光を放っていた。

 ♪感じていたい いつまでも
  あなたと二人きりで

 ユウコは跳ね起きた。その腰の“桜花・菊花”が赤く輝く。

 ♪初めてあなたに出逢ってから
  どれくらい時が流れたの

 メグミは、ムクを抱きしめた。ムクの首輪がこげ茶色の光を放つ。

 ♪想い出の写真の中には
  遠くで見てる 私がいる

 ミラは髪をかき上げた。その髪にとめられた髪飾りが、紫の光を投げた。

 ♪あの頃のときめき
  変わらぬ想いを

 ノゾミは苦笑した。右手に握られた長剣“スターク”は草色に輝いた。

 ♪抱きしめてたい いつまでも
  あなたの腕の中で

 ミハルは、ぎゅっと拳を握った。その指にはめられた指輪が緑色の光に染まる。

 ♪不思議な運命の巡り合わせに
  心から感謝したい

 ユカリはにっこりと微笑んだ。彼女の手の上に乗った黄金の埴輪が、柔らかいピンク色の光に染まる。

 ♪まだ二人は始まったばかりだけど
  この想い 変わらない永遠に

 ユミはピョンと立ち上がった。その両腕の手甲は、オレンジ色に光った。

 ♪この胸のときめき
  溢れる想いを

 レイは静かにうなずいた。その額のティアラが、金色の光を放つ。

 ♪感じていたい いつまでも
  あなたと二人きりで

 そして、皆の声が、ハーモニーを奏でる。

 ♪きらめく
   二人の時

 その瞬間、皆のメモリアルスポットの放つそれぞれの色の光が重なり合った。そして、弾けて消える。
「……なんの真似だ?」
 魔王は、いぶかしげに少女達を見た。
 その時、不意にコウがむくりとおきあがった。
「なんだ? 今さらどうしようというのだ?」
 コウはゆっくりと聖剣を構えた。
「みんなの“力”、受け取ったぜ!!」
 その背に白い光が吹き上がった。光は収束し、聖剣に集まる。それはあたかも、聖剣が光の剣になったかのようだった。
「なにぃ?」
 魔王が思わず目を疑った、その瞬間、コウは地を蹴った。
「愚かな! まだ向かってくるとは!」
 魔王は腕を向け、魔法弾を放った。今まで何度となく、コウを床に這わせ、壁に叩きつけてきた魔法弾を。
 その瞬間、コウの体から群青の光が吹き上がった。
 コウの口から呟きが漏れる。いや、呟きではない。それは意味をもった言葉。
『我が魔力を持て、我に徒なす者を倒せ!』
 その左手から放たれた魔法弾が、魔王の放った魔法弾とぶつかり合い、消滅する。
「ばかな! 黒魔法だと!」
 虚を衝かれた魔王に、コウはそのまま剣を構える。その姿は、萌葱色の光に包まれている。
 床に剣をつける独特の構えから、コウは剣を振り上げた。
「“水竜破”!!」
 床が裂けて水が噴き出し、龍となって魔王に襲いかかる。ノゾミの必殺技だ。
 とっさに魔王は障壁を張り、龍は虚しくその壁に弾かれた。
「愚かな。その程度の技で……」
「そうかな?」
 不敵に笑うコウ。同時に、魔王のマントがはらりと床に落ちる。
 コウの一撃が、魔王の障壁を貫いて、マントの留め金を砕いていたのだ。
「うぉっ。おのれ、こしゃくな!」
 叫ぶ魔王。
 淡い土色の光を纏ったコウが叫ぶ。
「俺は負けないっ!! 風と大地の精霊よ、奴を捕らえよっ!!」
 ゴウッ
 魔王の周りで風が渦巻き、床が裂けてそこから伸びた土の腕が魔王を捕らえる。
「なんだと、精霊まで使えるというのか!? おのれぇぇぇっ!!」
 両腕を拡げ、魔王は呪詛を呟いた。その腕の間に、光の玉が脹れ上がる。
 それを魔王はコウに向かって投げつけた。
「楯よ!」
 水色の光に包まれたコウが、ばぁっと左手を振り上げた。それに従うように、コウの眼前の床が裂け、そこから七色の光の幕が吹き上がった。
 光の玉がその幕にぶつかり、爆発する。炎と煙が辺りを覆う。
「死ねぇ、勇者!!」
 魔王は右腕を上げた。闇が凝縮し、暗黒の剣を形づくる。
 その剣を一振りすると、魔王を捕らえていた精霊が粉砕され、元の精霊界へと戻ってゆく。
 そして、魔王はそのまま剣を振り下ろす。暗黒の剣がずうっと伸びて、まだコウを覆ったままの煙を寸断する。
 しかし……。
「なに!?」
 魔王は振り返った。
 何時の間にか、紫色の光に包まれたコウが魔王の背中に回り込んでいた。音も立てずに、気配さえ消し去って相手の死角に移動するその動きは、ミラの得意とするもの。
「魔王! 覚悟っ!!」
 コウは叫んだ。聖剣がひときわその輝きを増す。
「なんの! 貴様ごとき小僧に!」
 魔王は向き直り、暗黒の剣を振りかぶった。
 その瞬間、コウの体が赤い光を纏う。そのまま、斜めに聖剣を振り上げ、さらに振り下ろす。その舞うような攻撃は、ユウコの技だった。
 ザシュゥゥン
 聖剣は、魔王の身体を切り裂いた。
「ぐ、ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 魔王は悲鳴を上げた。右手にあった暗黒の剣が雲霧散消する。
 そのまま、彼はよろめき、背後にあったカーテンを掴みながら倒れた。
 バサァッ
 カーテンが落ち、そしてその向こうに、大きな扉が露になる。
「なんだ、あの扉!?」
 一瞬気を取られたコウ。そのコウを爆発が包む。魔王が放った魔法弾だ。
 ドォン
「くっ!」
 とっさに下がるコウの目に、その扉を開けて中に転がり込んでいく魔王が映った。
「待てっ!!」
 コウはその後を追った。

「コウさんっ!」
 ミオは叫んだ。コウは魔王の後を追って、奥の部屋に飛び込んでいく。
 反射的に、ミオはまた壁を叩こうとした。しかし、その手には何も触れるものはなかった。
「壁が、無くなってる?」
「魔王はもう、壁を維持している余裕も無い、ということね」
 ユイナがすたすたと進み出た。そして、振り返る。
「何を惚けているの? 私たちも行くわよ」
「そっか!」
 ユウコがぴょんと跳ね起きて駆け出した。彼女を先頭に、皆が奥の部屋に向かって駆け出す。
 しんがりになって走りながら、ミオは心の中で呟いた。
(本当に、聖剣で一撃されたくらいで、壁を維持している余裕が無くなったのでしょうか? それとも、壁を維持する必要がなくなっただけ? とすると……)
 いつしか、ミオは立ち止まって考えていた。
「ミオさん!」
 扉の脇でサキが呼ぶ。その声に、ミオは我に返った。
「すみません。今行きます!」
(考え過ぎですね、私は)
 ミオは心の中で苦笑して、扉に駆け寄って行った。
 扉の中に飛び込むと、コウは左右を見回した。
 そこもまた広間になっていた。そしてその広間の真ん中には、一本の太い水晶の柱がある。
 その真紅に染まった水晶の柱の中には、少女が眠るように目を閉じている。
「シオリ!!」
 その姿を見て、コウは叫んだ。
 そう。水晶の中に眠る少女こそ、間違いなくプリンセス・シオリ・フォン・キラメキだった。

《続く》

使用曲「二人の時」
作詞 ときめき作詞実行委員会/作曲 コナミ矩形波倶楽部

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