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ときめきファンタジー
章 君の中の永遠

その めぐりあい

「サキ、そっち持って!」
 ユウコの声にうなずいて、サキは黄色い足を両手でしっかりと押さえた。
「これでいいの?」
「オッケイ。ユミっぺはそっち」
「うん、いいよぉ」
 サキとは反対の足を押さえて、ユミは元気よく答えた。ユウコはミハルの脇の下に手を差し込むと、声を掛けた。
「それじゃ、いくよぉ? せーのぉ」
「よいしょぉ!」
「いたたたたっ! ちょ、ちょっとぉ、もう少し優しくしてよぉ」
 ミハルは悲鳴を上げた。
 サキ、ユウコ、ユミの3人がかりでミハルを変な動物の胴体から引き抜いているのを横目で見ながら、レイにミオは訊ねた。
「レイさん。十三鬼は全部で十三体いるのですね?」
「ええ」
 レイはうなずいた。ミオは廊下の向こうに視線を向けた。
「今まで私たちが戦い、倒してきた数は12。とすれば、最後の1体が残ってる勘定になりますね」
「そして、この先に進んだのは、コウ一人」
 アヤコが言葉を続けた。ミオは眼鏡の奥の瞳を大きく見開いた。
「とすると、今ごろは!」
「コウが一人でその十三鬼の最後の一匹と戦っている可能性が高いわね」
 休める時に休んでおけ、とばかりに壁に寄りかかって腕を組んでいたユイナが、あっさりと答えた。
「ちょっとぉ! それって超ヤバじゃん!!」
 ユウコはミハルを放りだして立ち上がると、駆け出した。
「ちょ、ちょっと、ユウコさぁん!」
 情けない声を上げるミハルに、ユウコはあっさりと言う。
「コウの方が優先!」
「そんなぁ……」
「そうだよね。ユミも先にいくよ!」
「ああっ、ユミちゃんまでぇ!」
 ジタバタするミハルに、サキが話しかけた。
「ミハルさん、そのままでもいいと思うな」
「え?」
「コウさんって、意外とそういうのも好きかもしれないし」
「そ、そうかな?」
 ミハルは起き上がると、しげしげと自分の格好を見てみた。そして訊ねる。
「本当?」
「う、うん」
(神さま、ミハルさん、ごめんなさい)
 心の中で神とミハルに謝るサキであった。

「それそれぇ!」
 ヒヨウは両腕の剣を巧みに操って、コウを追いつめていった。オリハルコンの剣とはいっても小剣の“白南風”1本しか持たないコウは、防戦一方だった。
 右から振り下ろす一撃をかわして下がったコウ。その背中に灼熱が走った。
「がぁっ!」
 いつの間にか、炎の壁に追いつめられていたのだ。
「ほらほら、後がありませんよ!」
 そう笑うと、ヒヨウは大きく腕を振り上げた。
 ガキッ
 “白南風”が、その一撃に弾かれ、大きく弧を描いて飛び、床に突き刺さった。
「しまった!」
 チャキッ
「おっと。どちらへ?」
 そちらに走ろうとしたコウの喉に、剣が突き付けられていた。
 白くぎらつく刃が、コウの顔を映している。
「なかなかがんばった、と誉めておきましょう。流石は勇者、と。ですが、やはり力不足のようで」
 ヒヨウは嗤った。
(ここまでなのか!? ここまで来たっていうのに、俺は!)
 コウの心を絶望の影が掠めた。
 その喉に剣を突きつけ、ヒヨウは嗤った。
「死になさい」
 と。
 不意に、声が朗々と回廊に響きわたった。
『我が魔力をもて、かの魔力に干渉せしめ、それを打ち消さん事を。ヒモオ・ユイナの名において命じる!』
 意味は分からなくても、その声で誰のものかはわかる。
 その瞬間、あれほど燃え上がり、コウの移動を阻んでいた炎の壁が、最初から存在していなかったかのように、一瞬にしてかき消えた。
「なっ!?」
 ヒヨウは一瞬気を取られた。その瞬間、コウと彼との間に、小柄な影が飛び込んできた。
「コウを傷つけるなんて、超MMって感じぃ!」
 その声と共に、銀光が走る。とっさにそれを腕の剣で受け止めようとしたヒヨウだったが、その一撃は剣を切断していた。
 しかし、その間に、ヒヨウは空に舞いあがった。間合いを取って反撃しようとしたのだが……。
「風の精霊さん!」
 別の声が聞こえたかと思うと、疾風が渦巻き、ヒヨウを床に叩き落とす。
「ぐっ」
「いくぜぇ! “真・海王波涛斬”!!」
 ドシュッ
 一陣の閃光が駆け抜け、ヒヨウの身体は上下に切断される。
 しかし、すぐに元どおりに戻る……はずだった。
 その刹那、切断面に貼り付いた1枚の符が無ければ。
 バシィッ
 火花と共にはじき飛ばされる上半身と下半身。
「お、おのれぇぇぇ!!」
 ヒヨウの上半身は、渾身の力を込めて魔法弾を打ちだす。せめてコウは葬らないと……。
 しかし。
「コウくん!」
 叫ぶ声と共に走る七色の幕が、その魔法弾を吸収してしまう。
「ば、ばかなぁ!!」
「いっくよぉ! ユミ・ブロークン!!」
 その声と共に、彼の上半身は粉々に引き裂かれ、その場から消える。
 一方、その下半身はそれでもなお動こうとするが……。
「出でよ、封印!」
 ドスドスドスッ
 不意に空中に現れた短剣で、なすすべも無く貫かれる。次の瞬間、その短剣は、互いに光を放つ封印となる。
 そして……。
「ヘイユー! あたしの歌を、聞きなさぁい!」
 その歌声を最後に、彼の意識は途切れた。
「コウくん!!」
 サキが駆け寄ると、素速く治癒の祈りを捧げる。
 コウは、顔を上げて皆の顔を見回した。
「みんな……」
「言ったっしょ? あとで追いつくって」
 ぴっと親指を立てて、ユウコが笑う。
「……ありがとう」
 コウは頭を下げた。
 ユイナは廊下の向こうを見つめた。そしてレイに訊ねる。
「あれ?」
「はい」
 レイはうなずいた。
「それが、魔王回廊の最後の扉。あの扉を開けると、魔王の部屋です」
「……うん」
 コウはうなずいた。そして、床に落ちている折れた剣をちらっと見てから、背中に背負っていた聖剣をおろした。
 それから振り返ると、皆の顔を見回した。
「みんな、本当にありがとう。だけど、ここからは……」
「俺独りで行く、なんて言うとぶん殴るわよ、グーで」
 ユウコが腕を組んで先に言った。
「ユウコさん……」
「止めても無駄だぜ。ここまで来た以上、最後まで付き合わせてよ」
 ノゾミが笑って言った。さらに先手を打つように、サキが言葉を継ぐ。
「すまない、なんて思う必要ないの。だって、あたし達、コウくんがいやだって言ってもついていくんだから」
 ユカリが床に突き刺さっていた“白南風”を抜くと、コウに差し出した。
「さぁ、参りましょう」
「……ありがとう、みんな」
 コウは“白南風”を受け取ると、頭を下げた。
 ユイナがそんな彼に言う。
「急いだ方がいいわよ」
「え?」
「魔王回廊では、時間が通常より早く進んでいるんです」
 ミオが説明する。
「もう、今日は、赤き満月の日です。シオリ姫が生贄にされる日の……、コウさん!」
 それを聞くが早いか、コウは駆け出していた。短い廊下を一気に駆け抜けると、扉を明け放つ。
 バァァン
 鈍い音が響いた。
 ドアの向こうは、広間になっている。
 そして、その一番奥に、黒いマントをまとった男がいた。その顔は仮面で隠れており、表情は読めない。
 その男は駆け込んできたコウと、その後ろの少女達を見て、言葉を発した。その声が、静かな広間に響きわたる。
「来たか、勇者コウ、そして“鍵の担い手”達よ」
「貴様が魔王か!」
 コウは広間の中ほどまで一気に走り、そこで立ち止まると叫んだ。
「いかにも」
 その男は答えた。
「我こそが、この全世界を統べ、滅ぼすためにこの世界に来た魔王だ」
「シオリを、返してもらいに来たぜ!」
 コウはそう言うと、聖剣を鞘から抜いた。魔王はその剣を見て、目を細めた。
「聖剣“フラッター”か。しかし、まだその使い方は知らぬようだな」
「なんだと!?」
「さぁ、かかって来い、勇者コウよ! 我を倒さねば、シオリ姫は助からぬぞ!」
「言われるまでも無い! 貴様を倒し、シオリを取り戻す!」
 コウは叫んで飛びだそうとする。
「待ってください!」
 追いついてきたミオが声を掛けた。
「ミオさん、止めないでくれ! 俺は、俺は!」
「勇者よ、シオリ姫が欲しければ、奪い取るがよい! 力ずくでな!」
 魔王の声。
「うぉぉぉ!!」
 コウは叫ぶと、魔王に向かって突っ込んでいく。
「ダメ! コウさん!!」
 ミオが叫んだ。その瞬間。
 ヴン
 微かな音とともに、コウと“鍵の担い手”達との間に、透明な壁が張られた。
 ミオはその壁に駆け寄り、どんどんと叩いた。しかし、びくともしない。
「ミオ、どきなさい!」
 ユイナは右手に黒い水晶を持って叫んだ。そして、呪文を詠唱する。
「ダイム・ラ・ナム、トリテ・ザ・カラム。全てを砕き、破砕せよ!」
 黒い水晶が光を放つと同時に、壁で爆発が起こった。
「やりぃ!」
 叫んで、そのまま爆煙の中に突っ込んでいこうとするユウコを、ユイナの一言が止めた。
「だめ! 破れない!」
「え?」
 慌てて急ブレーキを掛け、ユウコは振り返った。
「こんな時に冗談言ってる……ってわけでもないか」
 ユイナは珍しく深刻な顔をして、壁を見ていた。そして呟く。
「“ライブラリ”の呪文でも駄目となると、やっかいね」
「!?」
 ミオが顔色を変えた。
 “ライブラリ”とは、ユイナの持つメモリアルスポットのことである。この中には、この世界のあらゆる魔法に関する知識が封じ込まれており、それを使えるユイナは、事実上世界最強の魔法使いとなる。
 そのユイナが、破る事ができないとなると……。
 魔王は哄笑した。
「むだだ、“鍵の担い手”達よ。その壁はいかなることがあっても破れぬ」
「やりもしねぇで、そんなことわかるもんか!」
 ノゾミが叫ぶと、腰から長剣“スターク”を抜き放った。そのまま床を蹴り、剣を一閃させる。
「“真・海王波涛斬”!!」
 十三鬼の一人となっていたキヨカワ流剣術の開祖、フドウ。彼から直接伝えられた奥義は、以前のものに較べると、そのスピード、破壊力ともに段違いのものになっている。
 しかし……。
 ガキィン
 鈍い音を立てて、はじき返されるノゾミの斬撃。
「そ、そんな馬鹿な!」
 思わず、剣と壁を交互に見て、ノゾミは愕然とした。
 それを見て、数人が駆け寄る。
「ユミ・ブロークン!!」
「“翔龍斬”!」
「“曙光昇陽撃”!!」
 皆、次々と技を繰り出すが、壁はその全てを跳ね返した。
 コウは、皆が必死に壁を破ろうとしているのを呆然と見つめていた。
(俺のせいで……、みんな……)
「無駄なことを。のう、勇者よ」
 魔王の声に、コウは振りかえった。
 仮面によって遮られて、その表情は見えなかったが、コウには彼が笑っているのがわかった。
 嘲笑っているのだ。挑発にあっさりと乗ったコウを。
「貴様ぁ!」
 コウは、魔王に向かって剣を振るった。
「“気翔斬”!!」
 コウ自身も、いままでの中でも最大のパワーを込めた一撃だった。衝撃波が床を砕き、一直線に魔王に迫る。
 しかし、魔王は避けようともしない。
「なにぃ!?」
 ドォン
 衝撃波が魔王に命中すると同時に爆発が起こった。しかし、魔王のマントがそよいだだけだった。
「下らぬな。この程度でこの魔王に挑もうとは……」
 そう言うと、魔王はコウを睨んだ。
 その瞬間、コウの身体は後ろにはじき飛ばされ、背後の透明な壁に叩きつけられた。
「がぁっ!」
「1000年早いわ」
 そのまま、コウはずるずると崩れ落ちた。
「コウ!!」
「コウくん!!」
 口々に叫んで、壁に駆け寄る少女達。
 魔王は彼女達に視線を向けた。
「“鍵の担い手”達よ。勇者が戦っているのを見てるだけ、というのも辛かろう。お前達にも遊び相手をやるとしようか」
 そう言って、魔王は指を鳴らした。
 むくむくと、床からトロールのような怪物がはい出してくる。
 ユイナは眉を顰めた。
「まずい事になりそうね」
 そして、数時間がたった……。

《続く》

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