喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次回へ続く

ときめきファンタジー
章 君の中の永遠

その 哀・戦士

「コアラッ!!」
 ミハルが叫ぶと同時に、閃光が疾った。
 その光が収まったとき、思わず声を上げるソドム。
「なんだ!?」
 キュマイラと戦う変な動物。それを二回り大きくしたものが、そこにいたのだ。
 ミハルの本当の姿である。本当の姿に戻るときのエネルギーを使って、金縛りの術を解いたのだ。
 次いで、彼女はじたばたともがき始めた。
「くぅ〜
 こりゃええわぁ〜
 どぉ〜ないしよぉ〜
 う〜ますぎぃ〜」
「……なんの真似だ?」
 さすがに呆気に取られるソドム。
 その隙を突くように、彼女は腕を振り回した。
「コアラッキー! コアラッキー! コアラッキー! コアラッキー!」
 ズドドドドド
 丸い玉が次々と落下し、ソドムの障壁に弾かれる。
 ソドムは呆れた様子で呟いた。
「馬鹿馬鹿しい。そのようなもので我が障壁が……、なに!?」
 赤や青や黄色のカラフルな直径20センチほどの玉。それは上から降ってくるだけではなく、床からもせり上がってきたのだ。
 ソドムはふわりと空に浮いた。その足の下にも障壁が張られる。
「下からとは、多少は考えたようだが、しかしこうしてしまえば役には立たないな。無駄だったようだな。しかし、“鍵の守り手”の一人がライカンスロープだったとは、確かに意外だったな」
 彼は呟いた。そして、手をミハルに向ける。
「そろそろ馬鹿馬鹿しい遊びも終わりにしてやろう」
「コアラッキー! コアラッキー! コアラッキー!」
 ソドムの言葉を無視して、両手を振りまわして叫ぶミハル。
 ソドムは冷笑して、呪文を放った。炎がミハルに向かって伸びる。
 その瞬間だった。床にわだかまっていた玉が一斉に動いたのは。
「なんだ!?」
 思わず声を漏らすソドム。
 玉は炎を巻くように包み込み、そしてソドムに向かって逆に突っ込んでくる。
 そのとき、ソドムは悟った。
 自分が魔法弾を打ちだしたとき、当然障壁は一瞬だが解かれる。それを狙っていたのだと。
 次の瞬間、彼の身体は一斉に押し寄せる玉に次々と襲われた。
「ぐわぁぁぁぁっ!!」
 悲鳴を上げながら、ソドムはその場に打ち倒された。その上に次々とのし掛かる玉。
「ミハル、カンゲキィ〜!」
 最後にびしっとミハルが決めたとき、玉の山の下でソドムは身動き取れない状況になっていた。
「お、おのれぇぇ!」
 唸るソドムに、キュマイラの悲鳴が聞こえてきた。
 ギャァァァァ
「なんだと!?」
 ズボッ
 その心臓を貫いていた爪をズッと引き抜き、こあらちゃんはニヤリと笑った。
 ここにユイナがいたら、それ見た事かという表情で「それが奴の本性よ」とでも言っただろう。

「あ……」
 ミオは吐息を漏らした。その全身から力が抜ける。
 その身体を支えながら、コウは言葉を続けた。
「今までずっと、君は俺を支えてくれた」
「そんなこと……」
「これからは、俺が君を支える番だ。あとは俺に任せてくれればいい」
「……はい」
 ミオは瞳を潤ませて、うなずいた。そして、もう一度目を閉じる。
「コウさん……」
「ミオ……」
 コウはその刹那、ニヤリと笑った。そして、手を振り上げた。
 その手は、人間のものではなかった。鋭い鈎爪のついた、怪物の手。
 そして、その手が振り下ろされた。
 ザシュッ
 鮮血が飛び散り、悲鳴が上がった。
「ここまで来たんだ。俺を先にと行かせてくれたみんなの想いを無駄には出来ない」
 コウは立ちあがった。
「ほう。さすが勇者」
 ヒヨウはうなずいた。
 シャキン
 その手が伸びて剣となった。ヒヨウは一気に間合いを詰める。
「ですが、行かせませんよ」
 キィン
 その一撃を、かろうじて剣で受けるコウ。しかし、その刹那、ヒヨウは左手を振り下ろした。その手は瞬時に剣となり、コウに迫る。
「くっ!」
 とっさに“白南風”をかざしてそれを受け流すと、コウは飛びすさった。
「遅い!」
 コウが下がるよりも早い踏み込みで、ヒヨウは腕を振り上げた。
 ガキィン
「しまった!」
 長剣がはじき飛ばされて、転がっていく。
 コウは慌ててそちらに駆け寄ろうとした。
 しかし、そこには既にヒヨウが立っていた。そしてわざとらしく、長剣を踏みつける。
 ボキン
「おっと、失礼」
 ヒヨウは足を上げた。
 コウが旅立つときに父親から貰った長剣。その刃が折れていた。
 笑ってヒヨウは言った。
「すみません。折れてしまいました」
「き、貴様ぁっ!!」
 コウは“白南風”を構えて突っ込んだ。
「お返ししますね」
 ヒヨウは、長剣を蹴った。
「え?」
 ドスッ
 鈍い音がして、コウは立ち止まった。そして自分の腹に突き刺さった長剣の刃を見る。
 ヒヨウの蹴った長剣の刃が、コウの腹を貫通していた。
「き、きさまぁぁ!」
 コウの姿をしたものから、コウの声ではない声が漏れる。
 ミオは、笑みを浮かべて素速くその手を振り解いた。そして数歩離れて振り返る。
 コウは右手の鈎爪を自分の胸に突き刺していた。その刺さっているところには、1枚の符が張りつけてある。
 そのまま、彼はよろよろとミオに近づこうとするが、ミオは素速く符を撒いた。
 次々と現れる式神の狼が、唸りを上げて彼をはばんだ。
 彼は呻き声をあげた。
「ど、どうして……。我が術中に陥っていたのではないのか?」
「その振りをしてみせただけです。なかなかの演技でしたでしょう?」
 微笑むミオ。
「おそらく、最後の最後、私にとどめを刺すときには、あなた自身が現れると思っていましたから……」
「お、俺のやる事を、読んでいたというのか!」
「ええ。あの念のいった幻覚から、あなたの性格は読みとれましたから」
「お、おのれぇ!」
「あと、一つだけ言っておきますね」
 ミオは涼やかな笑顔で、言った。
「私、結構怒っていますから」
 その場に座りこんで符を書いていたミオは、足音に気付いて顔を上げた。
「あ、ユウコさん!」
「ミオ? あ、もしかして、ここはもう終わったん?」
 駆け寄ってきたユウコは訊ねた。その辺りには、足の踏み場も無いほど使用済みの符が散乱しているだけで、他には何も戦いの痕跡はない。
 ミオは笑顔で答えた。
「はい。ここはもう片づいています」
「そっかぁ。……それじゃ、あとコウについてるのはミハルだけってこと?」
「私が見送ったときにはそうでしたね」
 うなずくミオ。
 ユウコはちっと舌打ちした。
「ちぇ。負けたかぁ」
「は?」
 思わず聞き返すミオに、後ろから声がかかった。
「最後までコウにくっついていくのは誰か、で賭けをしていたのですよね」
「あ、こら、ユカリ!」
 慌ててユカリに駆け寄ってその口を塞ぐユウコ。
 ミオは苦笑した。
「まぁ、構いませんけどね。それよりも、すぐに行くのですか?」
「ええ。時間が無いからね」
 その後ろから現れたユイナが言う。ミオは首をかしげた。
「時間が無い、とは?」
 ユイナの説明を聞き、ミオはうなずいた。
「そうですか、ここでは時間が早く流れているのですね」
「そういうことなのよ〜」
 ジャランと鳴り物を入れながらアヤコが答える。
 ミオは、書き終わった符を懐に入れて立ち上がった。
「それでは、急がなくてはなりませんね」
「そそ。それじゃ、あたし先に行くね!」
 そう言うと、ユウコは風のように駆け出した。
「あ、ユウコさんずるい! ユミも行くもん!」
 こっちも完全に回復したユミもそれを追って駆け出す。
「あ、ちょっと! しょうがないなぁ」
 ノゾミはその後を追いかけて駆け出した。
 ポタッ、ポタッ
 長剣の刃を伝わって、血が床に落ちる。
 コウは、長剣の刃を握り、引き抜いた。
 バァッ
 血が噴きだす。
 それを見て、ヒヨウはこともなげに言った。
「あいにく、急所は外れましたか」
「おかげでね」
 荒い息をつきながら、コウは答えた。そして、懐から符を出して傷に張る。
「呪符ですか?」
「ああ。そういうことだ」
 心の中でミオに感謝しながら、コウは答えた。
『でも、一時的に傷口を塞いで血を止めるだけですから、出来るだけ早くサキさんかミラさんに治してもらってくださいね』
 この符を受け取ったときのミオの説明を思い出し、苦笑するコウ。
(治療を受けてる暇はないな)
「それでは、続きを始めましょうか」
 そういうが早いか、ヒヨウは空に飛んだ。
「何!?」
 そのまま、空中から魔法弾を放つヒヨウ。
 とっさにコウはその場を飛びのいた。次の瞬間、床に当たって炸裂する魔法弾。
 ドゴォン
 床石の破片がコウを打ち据える。魔法弾が当たった所は大きくえぐれていた。
(まともに当たったら、やばいな)
「ほらほら、どんどん行きますよ!」
 そう言うと、魔法弾を連射するヒヨウ。
 コウはとっさに“白南風”でその魔法弾を弾いた。
 対魔金属オリハルコンで作られたこの小剣は、魔法を弾く事が出来るのだ。
 回りで次々と爆発する魔法弾。コウは歯を食いしばってその爆風に耐えた。
「くうっ!」
「あっはっはっはっはぁっ」
 笑い声と共に、ヒヨウは腕を大きく振った。
 ゴウッ
 コウを取り巻くように炎の壁が立つ。
「なっ!?」
「さぁ、楽しもうじゃないか、勇者よ!」
 スタッ
 炎の壁の作る円の中に、ヒヨウは優雅に降り立った。そして、両腕の剣を構える。
 コウは、“白南風”を構えた。自分に言い聞かせるように呟く。
「俺は、負けられないんだ……」
「あ、あによこれぇ!」
 扉を越えた所で、ユウコは素っ頓狂な声を上げた。
 廊下一杯にカラフルな色の丸い玉が散乱し、その前で大きさが人間ほどもある変な動物がじたばたもがいているのだ。ちなみに、その肩に、二回りほど小さな、これまた変な動物がしがみつき、頭をポンポンと叩いている。
「敵!?」
 素速く腰の“桜花・菊花”を抜き放つと、ユウコは身構えた。
「あんた、十三鬼ね!」
「ち、ちがいますよぉ!!」
 振り返って慌てて両手を振りまわすと、その変な動物は喋った。
「どうした、ユウコ!?」
「な、なにあれぇ? ユミ初めて見たよぉ!」
「あ、ノゾミにユミっぺ! 見て見て! 敵よ敵!」
 後から追いついてきたノゾミは、素速く“スターク”を抜き放った。ユミも身構える。
 ますます慌てたように、その動物はジタバタする。
「ノ、ノゾミさんもユミちゃんも待ってくださいぃ! これがね、えっと、あれ、抜けないぃ」
「怪しい奴め! くらえ、水竜……」
「時間もないっていうのに、馬鹿な事やってるんじゃないの」
 その脇をすたすたと歩いて通り過ぎるユイナ。慌ててノゾミは声を掛けた。
「おい、危ないぞ!」
「何が?」
 振り返るユイナに、ノゾミはジタバタしている変な動物を指した。
「そいつ、十三鬼かもしれないぜ」
「これ? これが十三鬼だなんて、十三鬼も憤慨するわよ」
 あっさり言うユイナ。
「はぁ?」
 思わず聞き返すノゾミの横で、メグミが手を合わせてため息をついた。
「可愛いです……」
「そうですねぇ。かわいらしいですねぇ」
 ユカリがおっとりと相づちを打つ。
 ユウコが肩を竦めた。
「あんまりいじめても時間の無駄かぁ」
 そう言うと、ユウコはその変な動物に駆け寄った。そして、頭を掴んで引っ張る。
「うーん、抜けないぃ!」
「お、おい、ちょっと……」
「あ、ユミもやるぅ!」
 止めようとしたノゾミの脇をすり抜けて、ユミも駆け寄る。そしてユウコと二人がかりで頭を引っ張った。
 スポン
 ワインの栓を抜くような音がして、頭が抜けた。そしてその中から、見覚えのある変な髪型の少女の顔がのぞく。
「ふぅ、暑かったぁ」
「ミハル!? ど、どうなってんの?」
 ノゾミは目を丸くした。
 と、ふいにメグミが叫んだ。
「その後ろ、誰かいます!」
「あ、そうだったんだ!」
 慌てて振り返るミハル。もっとも、身体は変な動物のままであるから、妙に笑える格好である。
 メグミは口に手を当てた。
「負の生命力を感じます!」
 前にも説明した通り、メグミは精霊を通して負の生命力を持つ者、つまりアンデッドの類を見分ける事が出来る。
 ガラガラッ
 ようやく玉を崩して、ソドムは体を起こした。
「おのれぇぇ、このわしにこのような屈辱を味あわせるとは! 許せん、断じて許せんぞ! その罪、万死に値するわっ!」
「過去の亡霊がうだうだとやかましいわね」
 ユイナが腕組みをしたまま言った。それから向き直る。
「サキ。さっさと始末なさい」
 こくりとうなずき、サキは聖印を掲げ、祈りを捧げた。
「我が神に祈ります。我が前に立ちし冥界の者を、今一度、あなたの楽園にて憩わせたまえ」
 パァッ
 聖印から光が放たれる。
「ウオオッ」
 その光を浴び、呻き声をあげてよろめくソドム。
「ば、ばかな!! わしの、わしの身体がぁぁ!」
 光に照らされ、ソドムのからだがぼろぼろと崩れていく。
「お、おのれ!」
 ソドムは右手を先に向けた。その手から氷の槍が飛ぶ。
「きゃ!」
 悲鳴を上げるサキの後ろで、ミハルがぼそりと呟いた。
「コアラッキー」
 ドン
 いきなり空中から丸い玉が落ちてきて、氷の槍を砕いた。そして、もう一つの玉が、既にぼろぼろになっていたソドムの身体をも押しつぶしていた。
「はい、終わり」
「あ、ありがとう」
 思わず尻餅をついていたサキは、振り返ってお礼を言った。ミハルは真面目な顔で答えた。
「サキさん、これ脱ぐの、手伝って」

《続く》

 メニューに戻る  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次回へ続く