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ときめきファンタジー
章 君の中の永遠

その FLYING TO THE SKY

 コウは、魔王回廊の奥深くに進み、とうとう十三鬼の最後の一人と対峙していた。
 しかし、コウもまたただ一人であった。彼と共に旅をしてきた十二人の少女達は彼を進ませるために、十三鬼と戦い、その場に残る事を選んだのだ。
 彼は叫んだ。
「おまえを倒せば、魔王の前に行けるんだな!」
「左様」
 十三鬼第壱位、ヒヨウはうなずいた。その瞬間、コウは床を蹴った。駆け寄りながら剣を抜く。
「どけ! 俺はてめぇには用はねぇんだ!!」
「そう言われましても、私の方にはあります。あなたを通してしまいますと、私が魔王さまのお叱りを受けてしまいますので」
 そう言うと同時に、コウは何かに当たったように跳ね返された。肩を押さえながら、立ち上がる。
「障壁!? こんなもの!」
 彼は左手で“白南風”を抜き放ち、真っ直ぐに振り下ろした。オリハルコンで出来た刀身は、魔力を切り裂く事が出来る。
 魔法の壁は、その一撃で切り裂かれた。。
 間髪入れず、コウはヒヨウに一気に迫ると切りかかった。
 しかし、ヒヨウは落ち着き払い、その一撃を紙一重でかわした。そして、コウの耳元で囁く。
「言ったはずですよ。お通しするわけにはいきません、と」
 その瞬間、コウは猛烈な衝撃を受けて、後ろにはねとばされていた。

 ミオは口元を拭い、顔を上げた。
 足元まで流れて来んばかりになっていた血だまりは、いつの間にか無くなっており、向こう側は再び霧に包まれていた。
 カツーン、カツーン
 その霧の中から、足音が聞こえる。
 顔を上げて、そっちを凝視するミオ。
(サキさんの次に来るのは……、まさか……)
 そしてミオが内心で一番恐れていた人が、その姿を現した。
 ミオは、かくんと膝を折った。そして、その人の名を呼んだ。
「……コウさん……」
 そこにいたのは、紛れも無くコウだった。
 彼は笑みを浮かべて、ミオの名を呼んだ。
「ミオさん、そっちに行っていいかい?」
「ダメです!」
 ミオは立ち上がると、懐から符を引っぱり出した。そして身構える。
「来ないでください!」
「こあらちゃん!」
 ミハルは歓声を上げた。
 彼女の目の前には、彼女曰くこあらちゃんが立っていた。その顔にはおなじみの笑みが浮かんでいる。
 叫ぶソドム。
「何を召喚しようと無駄だ! 我が下僕よ、やってしまえ!!」
 ガァァッ
 キュマイラは咆哮した。そして変な動物にその前足を振り下ろす。
 その瞬間、変な動物はかき消えた。いや、動きが早すぎて目で追いきれず、消えたように思えたのか。
 ガシッ
 前足の鋭い爪が虚しく床を叩き、そしてキュマイラは悲鳴を上げた。
 グオォォォォ!
 キュマイラの蠍の尾が千切れて転がっていた。まだじたばたするその尾をグシャリと踏み潰し、変な動物は再びニヤリと笑う。
「お、おのれ! キュマイラ、そいつを殺せ!」
 その叫びに従い、変な動物に向き直るキュマイラ。
 ソドムの術にかかり、身動きとれないままその戦いに見入るミハルに、不意に誰かが話しかけてきた。
『我が主人よ』
「……え?」
 首だけは動くミハルは、声の主を求めて、キョロキョロ左右を見回した。それからはっとして指輪に目をとめ、おそるおそる囁き声で訊ねる。
「……あなたなの?」
『そうだ。我が主人よ。恐れてはならぬ。あなたならソドムごとき、敵ではないはず』
「……そんなことないよ」
『何を恐れているのだ? 我が主人よ』
 ミハルのメモリアルスポットである指輪は語りかけてきた。
「……」
『あいつと戦う事ではあるまい? それでは、勇者に嫌われる事か?』
「……だって、私……」
 ミハルは俯いていたが、やがて顔を上げた。
 その瞳には、決意が宿っていた。
「私、やるわ! あいつを、倒す!」
「む?」
 その声が聞こえたか、ソドムは彼女を見た。
「なにか言ったか? 自分に掛けられた術も破れぬ小娘が!」
「破るわ!」
 そう言うと、ミハルは叫んだ。
「コアラッ!!」
 その瞬間、閃光が走った。
 サキの心を蹂躪するミストは、とうとうサキの一番心の奥底に眠っている所まで、侵入しようとしていた。
‘くくくっ’
 彼はほくそ笑んだ。
 若い娘の純粋な心を犯す。それは彼にとって至上の喜びだったのだ。
 急いてやってもつまらない。ゆっくりと味わいながら、でないと、楽しくはない。
 ミストは、じりじりとその部分に近づいた。
 サキの心は悲鳴を上げ続けた。それは彼にとっての愉悦。
 しかし、ついに最後の時が来てしまった。心の全てがミストの前にさらされたとき、サキの心は完全に死ぬ。
 ミストは、ゆっくりとそこを開いた。
 その瞬間。真っ白な光が彼を灼いた。
‘がぁぁぁっ!!’
 彼は絶叫した。久しく味わった事の無い、いや、肉体を持たない彼が味わうはずの無い“痛み”。
‘な、なんだ、この光はぁっ!’
「根性よっ!!」
 凛とした声が響いた。ミストはそちらに視線を向けた。
 そこには、サキがいた。彼女の身体から、まばゆいばかりの光りが放たれている。
‘そ、そんなバカな! 何故貴様がこの俺の前に現れる!?’
 ミストはうろたえた。
 彼はサキの心のほぼ全てを破壊し尽くしてたはずだった。サキがサキである部分、いわゆる『自我』と呼ばれる部分を、完膚無きまでに。
 『自我』なくして、人は心の中でその姿を保つことはできない。にもかかわらず、サキは自分の姿を持っている。
 ミストは混乱していた。その間にも、光は容赦なくミストの身体を灼く。
‘お、おのれ、おのれぇぇ!!’
 呪詛をまき散らすミスト。本来なら、このような場合でも彼の呪詛は、その心の中にある闇と結びつき、彼を守る楯となるはずだ。
 しかし、呪詛は、一瞬影となり、光を遮るものの、すぐに光の中に溶けていく。
 それは、つまり呪詛と結びつく闇の部分が存在していないことを示していた。
 サキは、苦痛にのたうつミストをじっと見据えていた。
 ミストを倒す作戦を、サキのメモリアルスポットであるウィンクルは、静かにサキに教えた。
「私は“聖”を象徴するメモリアルスポットです。その力は、すべての“魔”を浄化する事が出来ます。ですが、その力は両刃の剣。サキ、あなたの力も極端に消耗させてしまいます。ですから、あえて私は今までその力は封じてきました」
 サキはうなずいた。
「それはレイさんに聞いたわ。あたしの命にもかかわるって」
「ええ。しかし、今はそれしかミストを倒す方法はありません」
 ウィンクルの言葉に、サキは微笑んだ。
「あたしのことは心配しなくてもいいの。だから、その方法を教えて」
「……わかりました」
 ウィンクルは、あくまでも静かに告げた。
「ここ、つまり、貴女の心の中で最後に残っている部分を、ミストに解放します。ミストは、かならずここに来るでしょう」
 ごくりとつばを飲み込んで、サキはうなずいた。
「それで?」
「その時を狙って、私の力、全ての“魔”を浄化させる力を解放します。ミストが警戒してない一瞬を突くんです。ただ……」
「ただ?」
 聞き返すサキに、ウィンクルは一瞬ためらい、そして言葉を続けた。
「貴女の心も、その力の解放に耐えられないかも知れません。こればかりは、私もやってみなければわかりません」
「ミストは、倒せるのね?」
 サキの質問に、ウィンクルはうなずいた。
「確実に倒せるでしょう」
「なら、いいの」
 にこっと笑って、サキはウィンクルの手を握った。
「お願いね」
‘そ、そうか、メモリアルスポットだな!?’
 ミストは叫んだ。そしてゆっくりと下がり始める。
『だめです! 逃げられてはいけません!』
 今は元の聖印の形に戻り、サキの胸に輝いていたウィンクルが、サキに言う。
 サキはうなずいて、駆け出した。そして、ミストの前に回り込み、両手を広げる。
 その瞬間、さらに光はまぶしく輝く。
‘ケッケッケ。かかったな!’
 ミストは嗤った。と、それに答えるように、不意にサキを包んでいた光が消える。
「!? ウィンクル、どうしたの!?」
『申し訳ありません。ミストの力が……』
 ウィンクルの返事が、途中で断ち切られたように聞こえなくなる。
「ウィンクル!?」
‘ケケケ。そこまでだな!’
 ミストが、ゆっくりと触手を伸ばす。
‘ここは、我が領域。お前の心の中でも、既に我が支配に置かれし領域。ここではその忌々しいメモリアルスポットの力も、通じぬ!’
 ギシッ
 暗黒の触手が、サキの全身をからめ取る。
‘今度こそ、お前の全てを、俺のものにしてやる’
 舌なめずりするような声が、サキの耳元でねっとりと囁かれた。
「……だめです。私には……」
 ミオは、符を掴んでいた手をゆっくりと下ろした。そして力無くうなだれた。
「コウさんを攻撃するなんて、できません……。ウッ、ウウッ」
 そのまましゃがみこみ、顔を手で覆い、嗚咽を漏らすミオ。
 コウは微笑した。
「ありがとう、ミオさん。信じてくれたんだね」
「ごめんなさい、コウさん……」
 ミオは泣きながら言った。うなずいて、コウはミオの側に歩み寄ると、その肩に手を置いた。
「もう泣かなくていいんだ、ミオさん。判ってる。辛かったんだよね」
「……」
 顔を覆ったまま、こくんとうなずくミオ。
 コウはミオの背後に回ると、そっと彼女を抱きしめた。
「もういいんだ。辛い事は、みんな俺に任せてくれればいい」
「コウさん……」
 ミオは顔を上げて振り向いた。
 コウはミオの顎に手を掛けた。そして囁く。
「ミオさん、目を閉じて……」
 頷き、ミオは目を閉じた。
 サキの全身を這い回る黒い触手。
 じっと目を閉じ、唇を噛んでサキはそれに耐えていた。
‘ケッケッケ。もはや逃げることは出来ぬ。おとなしく我が物となれ。さすれば、悩みも苦しみも無い、悦楽の世界に誘ってやろう’
「……いや」
 微かに、サキの唇が動いた。
‘何?’
「悩みも……苦しみも……ないなんて……、そんなの……いらない。だって……あたしは……サキ・ニジノなんだもの……」
 サキはそう言うと、深く息を吸い込み、そして叫んだ。
「だって、あたしはコウくんが好きなんだものっ!!」
 その叫びとともに、閃光が走り、暗黒の触手は粉々になって飛び散った。
 バサッ
 サキの背から広がる、十二枚の白い翼。
‘な、なんだと!? そんなバカなぁっ!!’
 叫ぶミスト。
 闇に包まれていた彼の周りが、どんどん光に包まれていく。それは、ミストの支配に置かれていたサキの心が、次々と取り戻されていることを示していた。
 そして、サキの身体から、先ほどまでとは較べものにならないほどの光が溢れていた。
‘認めん! そのようなこと、認めんぞ!!’
 眩いばかりの光を全身に浴び、彼の身体は次第にぼろぼろと砕け始めていた。
 それでも、彼は叫んだ。
‘人間の本性は闇だ! 闇の中こそがふさわしい。欲望と破壊が全てを無に変えるのだ!!’
「違うと思うな」
 サキは答えた。
「光にも闇にもなる。それが人間だと思う。確かに闇の中にいる人間も多いけど、でも光の中にいる人間だっていっぱいいるもの!」
‘ぎゃぁぁぁあぁあぁ’
 叫び声を上げて、ミストは消滅した。サキはぽつりと呟いた。
「……人間って、そう捨てたものじゃないよ。そうだよね、コウくん」
「……キ、サキ、サキってば!!」
 自分を呼ぶ声に、サキの意識が次第に浮かび上がり始めた。
 と。
「おっきろぉー!」
 パァン
 いきなり思い切り頬っぺたを叩かれて、サキは飛び起きた。
「痛ぁ〜〜〜い! な、なに?」
「やっと起きたか、この寝ぼすけめ」
 ユウコが苦笑している。
 サキは、頬を押さえて、まわりをキョロキョロ見回した。
 魔王回廊だ。
「そういえば、あたし……、十三鬼のミストっていう人と戦って……。あれ? どうしてみんなここにいるの?」
「やっと追いついたのよ」
 リュートをポロンと鳴らしながら、アヤコがウィンクした。
「そそ。そしたらさ、サキはここで寝てるんだもの。でも最初は呼んでも起きないし、どうしようかと思ったぞ」
 ユウコは笑った。その笑顔に何となくほっとするものを感じて、サキもぎこちなく微笑んだ。
 と、ふいにユウコは悪戯っぽい表情になった。
「で、なにを泣いてたの?」
「え?」
 慌ててサキは自分の顔を拭った。確かにべとべとになっている。
「あ、こ、これはね、そのね」
「ほうほう、どうしたのかな? お姉さんに話してみなさい」
「あーん、なんでもないってば!」
 説明に窮するサキにポンとタオルを渡しながら、ノゾミが訊ねる。
「で、他のみんなはもう先に行ってるんだな?」
「あ、うん」
 顔をタオルで拭ってから、サキは立ち上がった。
「それじゃ、急ぐわよ」
 ユイナはそう言うと、すたすたと歩きだす。
「ほら、サキも行くよ!」
 そう言って、さっさと駆け出すユウコ。
「あん、待ってよぉ!」
 その後を追いかけながら、サキは首を傾げた。
(でも、あたしどうやってミストを倒したのかな? 全然覚えてないんだけど……)
『いずれ、判るでしょう』
 サキの胸で輝く聖印、メモリアルスポットの一つであり、サキを守る者、ウィンクルは、サキに聞こえないように、静かに呟いた。
『貴女の中に眠るもう一人の貴女。でも、それが目覚めるには、まだ時が必要なことが……』

《続く》

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