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ときめきファンタジー
第
章 君の中の永遠
その
Dreams

ユミと、十三鬼第五位ハレクスとの戦いは、続いていた。
ハレクスの再生能力の前に、ユミは苦戦を強いられていた。しかし、戦いの中で、彼女は一筋の光明を見出す。
(そっか。どんなにやっつけても元に戻るんなら、元に戻れないようにしちゃえば、いいんだよね)
ちょうどその時、後方のドアが爆発音と共に吹き飛ばされた。一瞬、そちらに気を取られるハレクス。
「まさか! “鍵の担い手”達がもう追いついてきたというのか?」
「よそ見してちゃ、ダメだよ」
そのユミの声に、ハレクスが視線を彼女に戻したとき、既に勝負はついていた。
ユミの手甲、メモリアルスポットの一つである“ヴァルシップ”が光を放っていた。しかも、これまでの光り方とは少し違う。
右手の手甲は金色の、左手の手甲は銀色の光を放っていたのだ。
「なに!?」
「いっくぞぉぉ!」
たっ!
ユミは床を蹴った。同時に、両手を組み、一気に突き出す。
「ユミ・クラッシャー!!」
その瞬間、ハレクスの身体が消滅した。まるで最初から存在していなかったかのように。
ただ、そのあとに、光る珠が浮遊していた。その珠は、ふわりと上昇していこうとする。
「ユミろけっとぱーんち!」
その珠を、飛んできた手甲がしっかりと掴み、そのまますっと戻っていく。
スチャッ
手甲は、元の通りユミの手にはまった。
「つかまえたもんね」
ユミはにこっと笑い、その珠を握り潰した。そして、ため息をつくと、そのまま倒れかかった。
「おおっと」
その背中を支える手。ユミはのろのろと顔を上げた。
「やったじゃないか」
ノゾミが笑顔で、ユミを支えていた。
「……あ、ノゾミさんだぁ……」
ユミはどことなく惚けた顔で呟いた。そのまま、かくんとうなだれる。
「おい、ユミちゃん! 大丈夫か!?」
慌ててノゾミはユミをゆさぶる。
「ちょっと見せてくださらない」
後ろからミラが言い、床にユミを寝かせると手際よく様子を見て顔をしかめた。
「かなり重傷ね。全身に打撲、骨折も数箇所、これは内臓もやられてるかも……。メグミさん、治療できるかしら?」
「はい」
メグミはうなずき、生命の精霊を召喚し始める。
一方、アヤコはユイナに訊ねた。
「今のは、なかなかハイパー、すごい技だったけど、ユイナにはどういう技なのか、アンダースタンド、わかった?」
「私に判らないわけ無いでしょう」
ユイナはあっさり言うと、既にハレクスの影も形も無い廊下を眺めて腕を組んだ。
「あれは、重力潮汐波よ」
「重力潮汐波? オッケイ、そういうコトにしておくわ」
アヤコは慌てて言うと、むっとして彼女を見たユイナにウィンクした。
「詳しい話しはミオにでもしておいて」
「……そうね」
ユイナもあっさりと言って、壁によりかかった。その姿勢のまま呟く。
「それにしても、おかしいわね」
「何がだい?」
聞き返すノゾミに、彼女にしては珍しく、ユイナは説明した。
「十三鬼よ。なぜ一人一人出てくるの? 戦力の分散は最大の愚行。その程度のこともわからない魔王とは思えないけど……」
「十三鬼の中でも色々あるってことかしらね〜」
アヤコが歌うように言った。
「色々って?」
訊ねるユウコに、アヤコはポロンとリュートを弾いて、答える。
「例えば、十三鬼は最初から倒されるために存在してた、とかね。よくある話で、下僕が倒される事で、その力を自分の力にする事が出来る、とかね」
「そういう話は、聞いた事がありますねぇ」
ユカリがポンと手を打った。
ユウコは頭を掻いた。
「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど、そもそも、十三鬼って何モンなのさ?」
「魔王直属の上級魔族にして、魔物の軍団を率いる王、と聞いています」
レイが答えた。
「ただ、魔王に従うという点は同じですが、逆に言えば十三鬼同士の接点というのはそれくらいです」
「それって、仲間っていうよりライバルって関係?」
聞き返したアヤコに、レイはうなずいた。
「ええ。ですから、おそらく一人一人出てくる理由は、彼らに協力する、という概念が無いからでしょう。むしろ、一緒に戦っている時に背中から討たれることを恐れたのでしょう。もちろん、自分一人でも私たちの相手くらい簡単にできる、という自信もあってのことでしょうけど」
ユイナは、少し黙って壁にもたれていた。そして、不意にはっとする。
「やられた!」
「え?」
「もう、やめてっ!」
ミオの悲鳴と共に投げられた符は、彼女に近づいてきた老夫婦に命中し、爆発した。
それは、ミオが小さいときから面倒を見てもらっていた乳母夫婦だった。
頬を涙が流れ落ちた。ミオは俯いて呟いた。
「判っているのに……。罠だって、嘘だって、わかっているのに、どうして辛いんでしょう……」
不意に、爆煙が消え、また別のものが姿を現した。
それは、ミオが小さい頃に一緒に遊んでいた愛犬。大きなセントバーナード犬であった。
「リル……」
ミオは、彼女が8歳のときに死んだ愛犬の名を呼んだ。
嬉しそうに尾を振りながら、自分に向かって駆けてくる犬。その犬に向けて、ミオは符を投げ付けた。
符は空中で槍となり、犬を串刺しにする。
ギャン
犬は、真っ赤な血を噴きだして動かなくなった。その姿が、煙になって消えて行く。
荒い息をつき、胸を押さえるミオ。
そのミオに、親友の心配そうな声が聞こえた。
「大丈夫? ミオさん」
「……サキさん……」
サキは、胸の聖印に手を描けて、心配そうにミオの顔を覗き込んでいた。
「苦しいの、ミオさん?」
ミオは無言で、符を投げた。その符はみるみる拡がり、サキを覆う。
「きゃぁ! ミオさん、やめてっ!」
「……」
ミオはもがくサキに手を向け、そしてぎゅうっと握り締めた。
「きゃぁぁぁぁっ!」
ベシャアッ
サキの悲鳴と、そして嫌な音が響いた。そして、白かった紙が真っ赤に染まっていく。
そして、その下の床に、赤い血が広がっていく。
「……ご丁寧に」
ミオは呟き、そして不意に口を押さえて、その場に膝を突いた。
ユイナは、もたれていた壁から身を起こして小さく叫んだ。
「やられたわ!」
「ワット、どうしたの?」
訊ねるアヤコを無視して、ユイナは腕を組み、ぐるぐると歩き回り始めた。
「そのための罠だったわけね。魔王め、この私を罠に掛けるとは、さすがと言うべきかしらね」
「ユイナさん、あのぉ、一体どうなさったのでしょうか? よろしければ、わたくしどもにも御説明願えませんでしょうか?」
ユカリが丁寧に訊ねる。ユイナは立ち止まると、言った。
「簡単に説明するわ。魔王回廊の中では、時間が外よりも早く進んでいるのよ」
「?」
その言葉に首をかしげる皆の中で、レイだけがはっとした。
「まさか!」
「考えられますねぇ」
頬に指を当てて、ユカリはうなずいた。
「いかに特効薬のセーロガンといえど、レイさんの回復は早過ぎましたものねぇ。時間が早く流れていたとしたら、その理由はわかりますねぇ」
「たしかに、そーいえばお腹が減ったと思ってたんよ」
ユウコが懐から取り出した携帯食をポリポリと囓りながらうなずく。
「魔力の回復も早いしね」
ユイナは、手のひらに、小さな魔法の光を創り出してみながら呟いた。そして、その光を握り潰すと、レイに訊ねる。
「どれくらい進んでいると思う?」
ユイナの質問に、レイは少し考えた。
「4倍、でしょうか。それ以上時間を早めたなら、私たちのメモリアルスポットが異常を感じるはずです」
「あたしたちが城に入るときに、残り4日の朝だったわよね。とすると……」
「実質、残りは1日ね」
アヤコの言葉をユイナが受けた。そしてユミの方に視線を戻す。
メグミの精霊魔術によって、ユミの身体は回復しつつあった。それでも、かなりの重傷だけに、まだ時間がかかりそうである。
アヤコはユイナに小声で訊ねた。
「あたし達だけで先に行く?」
ユイナはうなずいた。
「そうね。その方がいいかも……」
「ユミも……行くもん」
不意にユミの声がユイナのセリフを遮った。ユイナが顔を上げると、ユミがメグミの制止を振り切って身体を起こしていた。
「ユミちゃん、まだ治ってないんです」
「大丈夫だよ、メグミちゃん。もう治ったもん」
そう言って立ち上がろうとするユミ。
ユイナは呆れたように言った。
「いいから座ってなさい。アヤコ」
「なぁに?」
「少し休憩するから、その間回復の呪歌を弾きなさい」
そう言って、ユイナはその場に座りこんだ。アヤコはにこっと笑った。
「オッケイ、いいわよ!」
「出でよ、雷!」
ミハルはさらに雷をソドムに浴びせた。しかし、ソドムはなにやら呟きながら、手を翳し、雷はその手で跳ね返され、ミハルを襲った。
「ひゃ!」
ドガァン
ミハルの足元に雷が炸烈した。ミハルは一歩下がり、首を振って二歩進んだ。
「出でよ、剣!!」
その瞬間、ソドムの頭上に十本以上の剣が現れ、そのままソドムに向かって落下した。
ソドムは笑った。
「子供騙しだな」
カキィン
剣はすべてソドムの直前で弾かれた。彼の張った障壁によるものだ。
「そ、そんなぁ」
「それじゃ、こちらから行かせてもらおうか」
ソドムは呟き、そして乾涸らびた顔に笑みを浮かべる。
「いや、わしが自ら出る事もないか。出でよ、我が下僕よ」
その声にしたがって、ソドムの前に何かが現れる。
サソリの尾、ライオンの身体、鷲の翼。そして3つの頭を持つ、自然界にはない獣がそこにいた。
古代の魔法使いが、動物の身体をつなぎ合わせて作った合成獣。
「キ、キュマイラ?」
ミハルは、震える唇で呟いた。
「よく知っておるの。そうとも、我が下僕じゃ。行け」
ソドムは命じた。のそりとキュマイラが歩み寄っていく。
「や、やだ……」
脅えて、ミハルはその場に尻餅をついた。そのまま手でいざって逃げようとする。
しかし、キュマイラの方が早い。あっという間に迫る。
「きゃぁ! 出でよ炎!」
ゴウッ
炎に包まれるキュマイラ。しかし、身体を一振りすると、その炎は消し飛ぶ。
後ろでソドムが笑った。
「けひゃひゃ。無駄じゃよ。そいつはわしが強化しておる。その程度、なんでもないわい」
「い、いやぁ!」
慌てて身を翻そうとするミハル。その瞬間、ソドムは手を挙げた。
ぴたりとミハルの動きが止まる。
「か、身体が、動かない……」
「麻痺の術をかけたんじゃよ。今さら逃げられてもつまらないのでな」
ソドムは笑い、そしてキュマイラはミハルの目の前に回り込んだ。
「や、やだ……」
ミハルはがたがた震えていた。その脅えように満足したらしく、キュマイラは前脚を振り上げた。
その瞬間、ミハルは叫んでいた。
「助けてぇ、こあらちゃん!!」
ガキィッ
閃光が走り、キュマイラの前脚は弾かれた。
「なに?」
思わず、ソドムは目を疑った。
ニヤリ
ミハルを守るようにそこに立った“変な動物”は、その顔に笑みを浮かべていた。
十三鬼第四位、「邪悪の波動」ミストに心を蹂躙されるサキ。
間一髪のところで彼女を救った彼女のメモリアルスポット“ウィンクル”は、サキにミストを倒す方法を告げた。
しかし、それは人間には不可能なことだった。
「心の中の闇を全て払い、光で満たすなんて、あたしに出来るわけないじゃない!」
「落ち着いて下さい、サキ」
ウィンクルは、あくまでも柔らかに言った。
「もう時間がありません。まだ、ミストは私の存在には気づいていません。しかし、ミストが、今自分が侵食している場所が、貴女の心でないと気づいてしまえば、すぐに私の存在も気づかれるでしょう。そうなったら、もうこちらに打つ手はないのです。言い換えれば、ミストが私の存在に気づかないうちに勝負を付けるしかありません」
「……」
「サキ、大事なことは、なんですか? 勇者を助けることではないのですか?」
ウィンクルの言葉に、サキはゆっくりと、深くうなずいた。
「うん、わかった。で、どうすればいいの?」
幼い子供のように、体を丸めて泣きじゃくるサキの姿が、ミストには心地よかった。
‘しょせん、“鍵の担い手”とはいっても、たかが人間。この程度で簡単に壊れてしまうものだな’
ミストは呟いた。彼はウィンクルが心をすり替えたことに全く気づいていなかった。
それは無理からぬことだった。ミストが喰っていたのは、ウィンクルが作り、本物とすり替えた『サキの心のコピー』だったのだ。サキの全てを知り、彼女を守るために存在しているメモリアルスポットしか作ることが出来ないコピー。それまで『心のコピー』など見たこともないミストに、その識別が出来るはずもなかった。
無論、注意深く観察すれば、サキ本人の心とは違うことは判ったはずだった。コピーの心には『現在』がない。『過去』しか存在していないのだから。
しかし、慢心した彼は、その些細な、しかし重要な兆候を見落としていた。そして、その『コピーの心』を食い尽くして、彼は満足して、サキから抜け出ようとしていた。
と、不意に彼は気付いた。
まだ、彼の見ていない部分が残っていたのだ。
‘おや、こんなところにまだ残っていたか’
無論、彼はその部分が、ウィンクルが今まで隠していた部分であるとは気づいていなかった。単に自分が見落としただけだと信じ込んでいた。
だから、彼はその部分を開けて見る事にした。
‘これで、この女のすべては俺のものだな’
彼は呟き、その部分を開けて侵入した。
その時、サキはピクリと反応した。
そして……。
バァン
コウは魔王回廊の扉を明け放った。
「お待ち申し上げておりました。勇者コウ」
そこには、黒い服の男が深々と頭を下げていた。
「貴様は!?」
剣に手をかけながら訊ねるコウ。
彼は顔を上げて答えた。
「私は、魔王十三鬼が第壱位、ヒヨウと申します」
《続く》

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