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ときめきファンタジー
第
章 君の中の永遠
その
いつか空に届いて

「ぐわぁぁっ!」
戦いが始まって以来、初めて苦痛の叫びをあげるハレクス。その腕は、肘から先がなくなっていた。
床に転がり落ちたユミは、咳き込みながらも立ち上がった。
ハレクスに捕まえられ、喉を締め上げられたユミ。その彼女がとった手段は、直接ハレクスの腕にユミボンバーを叩き込むことだった。
その結果、ハレクスの腕は爆裂して消し飛び、ユミはやっと解放されたのだ。
よろよろと立ち上がると、ユミは身構えた。
「ユミ、負けないよっ!」
「……くっくっく。あっはっはっは」
不意にハレクスは笑いだした。そして、腕をブンと振る。
すると、腕がにゅっと伸びて、元の通りになる。
そうしてから、ハレクスはユミに視線を戻した。
「さぁて、続けようか」
ユミは地を蹴った。壁を蹴って更に高く飛び、ハレクスを跳び越えて、その後ろに着地する。と同時に身を低くして回し蹴り。
ちょうどハレクスの膝の裏に強烈なキックを浴びせた形になった。たまらず膝を折るハレクス。
「でぇーい!」
彼が膝を折ってちょうど届く高さになった頭を後ろから掴んで、ユミは叫んだ。
「ユミボンバー!!」
ドォン
ハレクスの頭が爆発した。ユミは飛びすさって様子をうかがう。
頭が無いというのに、ハレクスはゆっくりと立ち上がった。そして首を掴み、にゅっと引っ張りあげる。
見る見るうちに頭が再生してゆく。
(……どうしよう。どんなにやっつけても、元に戻っちゃうよぉ)
ユミは、駆け出した。ハレクスに向かって。
「でも、ユミはやるんだもん! 負けないんだもん!!」
コウは目を開けた。彼を心配げにのぞき込んでいた緑色の瞳と目が合う。
「あれ? ミハルちゃん!?」
「よかった。気が付いたんですね!」
ミハルはポンと手を打って喜んだ。コウは身を起こして左右を見回した。
「ここは? そういえば、俺は……シオリ!」
彼が意識を失う直前の状況を思い出したコウは、思わずもと来た方に走りだそうとした。
「だめですぅ!」
その腰にしがみつく小柄な少女。
「ミハルちゃん、離してくれ! 俺はシオリを……」
「コウさん! あれはシオリ姫じゃないです! コウさんだって判ってるはずでしょう!?」
「!」
コウは、ぴたりと動きを止めた。
「今、ミオさん、戦ってるんです。あの十三鬼と。ミオさん、私に言ってました。コウさんをお願いしますって。だから、私、私……」
「ミオさん……」
コウはぐっと拳を握り締めた。
立ちつくす少年と、その腰にしがみついたままの少女。
(……このまま、時が止まってくれたら……)
一瞬そう思って、ミハルは慌ててかぶりを振る。
(何を考えてるの? あたしは……、あたし……)
「ごめん」
その声に、ミハルは慌ててコウから離れた。立ち上がって、笑みを浮かべる。
「えへ」
コウは軽くうなずき、先に続く扉を見て言った。
「行こう」
その瞳には、もう迷いはなかった。
「うん」
ミハルもうなずいた。
(そう、今は、コウさんのお手伝いが出来る。コウさんの力になれるんだもの。それでいいの。それだけで……)
コウは、ゆっくりと扉を押し開けた。
その向こうには、ローブに身を包んだ人影があった。
「十三鬼か!?」
コウは剣を抜いた。
「ほほう。勇者よ、ここまで来たか」
嗄れた声が、ローブの奥から聞こえてきた。
「じゃが、ここまでよ。この十三鬼が第弐位、ソドムの前を通り抜けられはせぬ」
「そ……」
「そんなことないもん!」
言い返そうとしたコウの前に、ミハルが叫んだ。そしてコウに言う。
「コウさん、先に行ってください! ここは私が!」
「ミハルちゃん!?」
「私、コウさんの為ならがんばれます!」
そう言うと、ミハルは指輪をかざした。
「出でよ、炎!!」
ゴォッ
次の瞬間、指輪から炎が迸り、ソドムを包んだ。
「いまのうちです、コウさん!!」
「う、うん! ごめん、ミハルちゃん!」
コウは駆け出した。
「おのれ、行かせるか!」
炎の中でソドムは叫び、腕を上げた。
(魔法を使おうとしてる!)
それを見たミハルは叫ぶ。
「出でよ、壁!!」
ドォン
ソドムの前に、巨大な壁がそそり立った。次の瞬間、ソドムの指から放たれた雷は、その壁を砕くが、コウまでは届かない。
さらにミハルは叫ぶ。
「出でよ、雷!」
バリバリバリィッ
凄まじいまでの勢いで、雷がソドムを直撃した。視界が真っ白に染まる。
その間に、コウは廊下を駆け抜けていった。それを見て、ミハルはほっとする。
「……コウさん。私、ずっとあなたの事、……忘れません……」
「余裕じゃな」
その言葉と共に、炎が吹き飛んだ。その後から、ソドムが姿を現す。
ローブは炎で焼け落ち、その下の身体が見えていた。
「ひぃっ」
思わずミハルが息を飲む。
その服の下の身体はミイラ化していたのだ。
ミオかサキがいれば、彼の正体を看破できただろう。古代の魔術師が、不死の術を自らにかけて、不死の生物となった存在だと。
彼はミハルを、その落ちくぼんだ眼窩で捕らえた。
「せめて、おまえは葬ってやろう。“鍵の担い手”よ。けっひゃっひゃっひゃ」
ミハルは、ゴクリと唾を飲み込み、指輪に手を添えた。
サキの心の中では、様々な映像がフラッシュバックしては消えていく。
それは、サキ自身が大切にしてきた想い出。
そして、サキ自身も忘れたい想い出。
それが容赦なく、次々と暴かれていく。
「やめて……。もう、やめて……」
サキは膝を折って呻いた。
「あたしの心をのぞくのは、やめて……。やめてよぉぉっ!!」
彼女が絶叫したその時、不意に声が聞こえた。
『負けないで、サキ』
「……」
その場に膝を突き、俯いたまま答えないサキ。
声は、そんなサキに語りかけた。
『あなたが負けないと思い続ける限り、私はあなたを守ります。それが私のつとめだから』
「……あなたは……?」
サキは顔を上げ、そして目を見開いた。
彼女をのぞき込むように、青い長髪の女性が微笑んでいた。
サキの唇が震えて、言葉を紡いだ。
「あなたは……誰なの?」
「私の名はウィンクル。貴女を守り、勇者を助ける者です」
「ウィンクル……さん?」
『サキさんのメモリアルスポット、“聖”の象徴たる“ウィンクル”……』
不意に、以前レイが言った言葉を思い出したサキは、改めてその女性を見上げた。
「それじゃ、あなたは、あたしのメモリアルスポット、なの?」
「はい」
彼女は一礼した。
サキは周囲を見回した。柔らかい光に包まれたそこは、サキとウィンクルの二人だけしかいなかった。
「ここは……どこ?」
「貴女の心の中ですよ、サキ」
ウィンクルは答えた。
「あたしの? でも、あたしの心って……」
そう呟いて、不意にサキは気分が楽になっていることに気がついた。
「さっきまであんなに苦しかったのに……。ミストはどうなっちゃったの? あたしはどうなっちゃったの? ねぇ、ウィンクルさん、教えて!」
自分にすがりつかんばかりに訊ねるサキに、ウィンクルは苦笑した。
「ウィンクル、と呼び捨てにして下さい。私は貴女のしもべにすぎませんから。今、ミストは私が作り出した貴女の心の偽物を相手にしています。でも、いつまでも騙せるわけでもないでしょう。すぐに敵は、私たちに気がつくでしょう。あまり時間はありませんよ」
こくりとうなずき、サキは訊ねた。
「さっき、とっても苦しかった。哀しくて、辛くて……。ねぇ、ミストの攻撃をあのまま受けてたら、あたし、どうなっちゃったの?」
「おそらく、サキ・ニジノという人間の心は、死んでしまったでしょう。その後に残されるものは、以前サキ・ニジノという人間の心が宿っていた肉体だけ」
「……」
「ですが、それだけでミストが満足するとは思えません。おそらくその後、貴女の身体は魔王の……」
「うん、もういい」
サキは頭を振って、ウィンクルに言った。黙って一礼するウィンクル。
「でも、どうすればいいの? あたし、ウィンクルさんが助けてくれなかったら、きっとあのまま、そうなっちゃってた……。そんなあたしに何が出来るの?」
「ミストにも弱点があります。ミストは邪悪な意思の集合体であることは、お判りでしょう?」
「うん……」
「邪悪な意思の集合体だけに、剣や魔法で倒せる相手ではありません。その点、貴女の判断は正しかったわけです」
「判断って、あたしの心にあいつを封じ込めようとしたこと?」
「ええ」
ウィンクルは頷いた。そして、説明を続ける。
「ただ、普通の人間では、ミストを心の中で滅ぼすことは不可能です。ミストは、その心に僅かでも闇があれば、すぐに再生します。光で満たされた心でしか、ミストを滅ぼすことは出来ないでしょう」
「そんな! 心の中に闇がない人なんていないんじゃ……」
サキは思わず叫んだ。
心の中の闇。そねみ、ねたみ、怒り、欲望といった意思。それがない人間はいない。もしいたら、それは人間ではないだろう。
ウィンクルは優しく微笑んだ。
「貴女の言いたいことは判ります。ですから、普通の人間には不可能です、と申し上げました。ですが、貴女は“鍵の担い手”です」
「そんな! あたしがいくらメモリアルスポットの持ち主でも、心の中の闇を消すなんてこと、出来るわけないじゃない!」
サキは激しく首を振った。
「そんなこと、出来るわけなんてないのよ!」
「はぁはぁはぁ」
ユミは飛びすさって間合いを取る。と、その膝がかくんと折れそうになった。
「くっ」
唇を噛んで、気力でそれを押さえると、ユミはハレクスを睨みつける。
彼女の目の前で、上半身を吹き飛ばされたハレクスが、再生していく。
最後に頭が元の通りに戻り、そして笑みを浮かべた。
「なかなか頑張りますな。それでこそ、殺しがいもあるというもの」
「ユミ、絶対に、負けないもん!」
荒い息をつきながらも、ユミは言いきった。ハレクスの瞳が細められる。
「いい気迫だ。しかし」
シュン
一瞬後、ハレクスはユミの眼前に現れた。
ボゴォッ
「かはっ」
ユミの腹に重い拳をめり込ませ、彼は呟いた。
「力の差があり過ぎる」
ずるずるとユミは床に崩れ落ちる。
ハレクスは足を上げ、ユミを踏みつけようとする。ユミはごろごろ転がってそれをかわすと、お腹を押さえながらも立ち上がった。
(どうすれば、いいんだろ? どんなにやっつけても、どんどん元に戻っちゃうよぉ……)
ドォン
衝撃と共に、吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるユミ。
(どうすれば、どうすれば、どうすれば、ドウスレバ、ドウスレバ……)
そのまま、床に崩れ落ちながらも、不思議と痛みはあまり感じられなかったのは、ユミがそれを考える事に集中し過ぎていたせいなのかもしれない。
(ドウスレバ、ドウスレバ、ドウスレバ、ドウスレバ……)
その時、不意にユミは思い出した。
(ソウイエバ、マエニモ、オナジコトガ、ナカッタッケ?)
その瞬間、ユミの意識は現実を離れていた……。
ポツン、ポツン、ポツン
水滴が落ちてくる。
ユミは、絶え間なく落ちてくる雫を見つめて、思った。
「あーん、あーん」
泣き声が聞こえる。小さな子の泣き声だ。
ユミは泣き声の方を見た。
そこにいたのは、5歳くらいの頃の自分と、一つ年上のヨシオ。
「どうした、ユミっ! 誰にいじめられたんだっ!?」
慌てふためき、おろおろしながらユミに訊ねるヨシオ。
小さなユミはふるふると首を振った。
「違うの。あのね、あのね、水がぽとぽと落ちてくるの。ミサちゃんが濡れちゃったのぉ」
小さなユミは、ぐしょぐしょに濡れた人形を抱いていた。その上に、ぽたぽたと水が垂れてくる。
出し抜けに、ユミは思い出した。
(あ、そうだ。お父さんとお母さんとお兄ちゃんとユミとで、旅をした時だ、これ)
ユミの父親は、王都キラメキの盗賊ギルドのギルドマスターという要職にあり、めったにユミ達に構ってやれなかった。その埋め合わせに、年に一度だけ、家族水入らずで旅行に出かけるのが、毎年夏の恒例行事となっていた。
このときも、ユミ達は避暑地として有名なゾウマ高原に一家で来ていたのだった。
前の日に雨が降り、ユミ達の泊まっていた小屋の屋根に水が溜まり、ぽたぽたと落ちてきていたのだ。
両親は、食事の用意をしてそこにはいなかった。
「よおし、俺にまかせとけ!」
ヨシオはドンと胸を叩くと、身軽に小屋の屋根によじ登った。
「お兄ちゃん、どうするの?」
「こうするんだよ! 退いてろ、ユミ」
そう言うと、ヨシオは天井に溜まっていた水を汲み出し始めた。
「水があるから、垂れてくるんだ。その水をなくしちまえば、もう垂れてこねぇだろう?」
「そっか! お兄ちゃん偉い!」
「へっへー、そうだろそうだろ?」
(このあと、お兄ちゃんってば屋根から降りられなくなって、お父さんに見つかってしかられたんだよね)
ユミはくすっと笑った。それからうなずいた。
(そっか。どんどん元に戻っちゃうんなら、戻れないようにすればいいんだよね)
その瞬間、ユミの意識は元に戻った。ちょうどその時、ユミ達の来た方の扉が、爆音と共に吹き飛んだのは。
「なんだ!?」
さすがに驚いた顔で、ハレクスはそちらを見た。
もうもうと爆煙が立ちこめて、なにが起こったのかよく見えない。
「……まさか!」
ハレクスは思わず叫んだ。
「他の“鍵の担い手”達が来たと言うのか!?」
「よそ見しちゃ、だめだよ」
ユミの声に、ハレクスは視線を戻した。
ユミは、両手を大きく広げた。
「ユミの技が通じないんなら、通じる技を出せばいいんだよね」
「なんだと?」
思わず聞き返し、ハレクスははっとした。
ユミの両手にはめられた手甲が光を放っている。しかも、今度は左右で色が違う。
右は金色、そして左は銀色に。
「いくぞぉ!」
ユミは叫んだ。
《続く》

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