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ときめきファンタジー
章 君の中の永遠

その 星空のBelieve

「さぁ! あ、あたしが、相手よ!」
 サキは、ともすればがたがた震えだしそうな膝を懸命に抑えながら、叫んだ。
‘一人残るとは、愚かな’
 その声と共に、いままで一度たりとも破られる事の無かった七色の防御幕の内側に、じわりと『邪悪の波動』がにじみ出してきたのが感じられた。
「そ、そんな!」
 サキは慌てた。
(このままじゃ、先に行ったコウくん達がまた波動にやられちゃう! でも、あたしの力が及ばないんじゃ、どうしたら止められるの?)
 と、その脳裏に、以前アヤコが教えてくれた昔話が浮かび上がった。
 それは、悪霊を鎮めるため、その悪霊を自分の体内に封じ込めた高僧の話。
(『邪悪の波動』をあたしの中に封じ込めれば、そうすればコウくん達には……)
 サキは、大きく深呼吸をした。そして、防御幕を消した。
‘む? どういうつもりだ? “鈎の担い手”よ’
「ミスト! まずは、あたしと勝負よ!」
‘愚か者め。ならば、願い通り、まず貴様から喰い尽くしてくれるわ!’
 その声と共に、『邪悪の波動』がサキに向かって殺到してきた。
 その瞬間、サキは悲鳴を上げていた。
「きゃぁぁぁぁっ!!」

 崩れた壁の瓦礫の中から、よろよろと立ち上がるユミ。
 パサァッ
 その髪を束ねていたリボンが切れ、髪が拡がった。
 それを見て、ハレクスは腕を組む。
「まだ立ち上がる、その闘志は認めよう。だが、もはやこの私を倒す方法は、ないのではないか?」
「まだ……、あるもん」
 口元の血を拭うと、ユミは両手を掲げた。
「ユミは……いらない子だから」
「なんだと?」
 ハレクスはハッとした。
「ま、まさか!」
 その手にはめられた手甲が、眩しい光を放ち始める。
 そして……。
‘死ね、魔皇子よ!’
 その声と共に、レイの背中が大きく弾けた。
 しかし、レイは笑みを浮かべた。
「かかったな」
 その声は、いままで狂乱して魔法弾を撃ち続けていた者と同じとは思えない、落ち着き払った声。
 それと同時に、レイは足元に短剣を打ち込んだ。
 ピシッ
 微かな音と共に、いままで打ち込まれていた5本の短剣が光る。そして、今打ち込んだ短剣と共に、六芒星を描いた。
‘なっ!? 移動できん!!’
「さぁて、礼はさせてもらう。たっぷりとな」
 レイは振り返った。
 そこにいたのは、全身黒い、頭のない人の形をした化け物だった。その両手の爪には、レイの血がついている。
‘おのれぇ! 結界を張ったと言うのかぁ!’
「そのとおり」
 レイは“魔皇子”の名にふさわしい笑みを浮かべた。
「時空をちょろちょろと飛び回られては面倒なんでね。我がイジュウイン特殊結界の中に封じさせてもらったよ。そこからは逃げる事はできまい?」
 廊下の真ん中で、サキは一人しゃがみこんで頭を抱えていた。
 悲鳴を上げながら。
「い、いやぁぁっ! は、入って来ないでぇ!!」
 そのサキの心の中では、何が起こっているのか。
 外からは全く伺い知る事は出来なかった。
 そして、サキは悲鳴を上げ続ける。
「や……。もう、やめて……、許して……。許してよぉっっっ!!」
 バァン
 コウはドアを明け放った。
 その先には、まだ廊下が続いている。
「畜生! まだ魔王回廊を抜けられないのか!?」
「コウさん、焦らないで」
 ミオの涼やかな声に、コウは我を取り戻した。
「……ごめん」
「いえ」
 ミオはくすっと笑った。しかし、半瞬でその笑みを消した。
 不意に、前方の空間が揺らめいた。まるで陽炎を通しているかのように、景色がぐにゃりと歪む。
「な、なんだ?」
 コウは思わず剣に手をかけて、それを凝視した。そして、気付く。
「ユイナさんが転移魔法を使うときと同じだ……。ってことは、誰かがここに転移してくる!?」
 コウの後ろで、ミオとミハルも身構えた。
 そして、そこに人影が実体化した。
「……そんな、まさか!」
 ミオは思わず声を上げ、そしてコウは剣を取り落とした。
 カラァン
 剣が床に転がり、大きな音を立てる。
 ミハルは、その人とコウ達を見比べて、訊ねた。
「コウさん、ミオさん、どうしたんですか、いったい?」
 それを無視して、コウは2、3歩前に進んだ。そして叫ぶ。
「シオリ!!」
 不安げに辺りを見回していたその少女は、その声に振り返った。そしてコウの顔を見ると、表情をぱっと明るくした。
「コウくん!」
「シオリ!」
 そのまま駆け出そうとするコウ。
「待ってください!」
 ミオは叫んだ。
「こんなところにシオリ姫がいるはずはありません! 罠です!」
「でも……」
 ミオは懐から符を出した。そして投げ付ける。
 バシュッ
「きゃぁっ!」
 シオリ姫は悲鳴を上げた。ミオが投げ付けた札が実体化し、大きな狼になったのだ。
「ミオさん!?」
「……」
 ミオは、コウの言葉に非難が含まれているのに気付いた。そして少し考えると、符をもう1枚出した。
(おそらく、幻覚でしょう。でも、それを証明するには、時間がありません。なら……)
「わかりました。行ってあげてください」
 ミオはうなずいた。コウは駆け出そうとした。
「シオリ!!」
 その瞬間、ミオはコウの背中に符を張った。ぴたりと動かなくなるコウ。
「コウくん!」
 叫ぶシオリ姫に、ミオは言った。
「無駄ですよ」
「何てことをするの、ミオさん!」
 シオリ姫は叫んだ。ミオはくすっと笑った。
「馬脚を現しましたね。シオリ姫は私の名前をご存じではないのに」
「……」
 シオリ姫は黙り込んで、ミオを睨んだ。ミオはミハルに囁いた。
「ミハルさん。私が合図したら、一気に廊下を走りぬけて、次の扉についたところで、コウさんを召喚してください」
「うん」
 ミハルはうなずいてから、はたと気付いた。
「で、でも、ミオさんは!?」
「私は、ここに残ってあれの足止めをしていますから」
 ミオは、きっぱりと言った。
「でも……」
「この3人の中で一番幻覚にかかりにくいのは、多分私だと思いますから。ミハルさん、コウさんをお願いしますね」
 ミハルは、目に涙を溜めながらも、唇をきゅっと引き結んでうなずいた。
 ミオは向き直った。そして叫ぶ。
「ミハルさん!」
 それと同時に、ミオは更に紙片をばらまいた。次々と床に落ちて白煙を上げる紙片。
 そして、そこから次々と式神が現れる。
 ミオは命令した。
「かかれっ!」
 命令を受けて、次々とシオリ姫に飛びかかる式神達。
「きゃぁっ!」
 シオリ姫の姿は式神に埋もれて見えなくなった。ミハルがその脇を駆け抜けていく。
「ユミは、いらない子だから」
 その言葉とともに、ユミの手甲が光を放つ。
 ハレクスは叫んだ。
「自爆するつもりか!?」
「……」
 ユミはにこっと笑った。
 と。
『それには及ばぬ。我が主人よ』
 ユミに、重々しい声が語りかけた。
「……?」
 その瞬間、ユミの意識は閃光に覆われた。
 真っ白で何も見えない中、声だけが聞こえてくる。
『ユミ・サオトメよ。あなたの力はまだ必要なのだ。ここで死を選んではならない』
「でも、でもユミ、こうしないとあいつに勝てないんだもん!」
 ユミは叫んだ。
『それは違う』
「……違う?」
『勝てないのではない。勝てないと思っているだけだ』
 その声は、諭すように言う。
『ユミ・サオトメよ。最後まで諦めてはならぬ。最後の最後まで、生き抜こうとするのだ。その生への執念こそが、最後に奇跡を生む原動力となるのだ』
「……? 難しい事言われても、ユミわかんないよ!」
 ユミは叫んだ。
 一瞬沈黙があり、そして声が答えた。
『勇者は、あなたが死んでも喜びはしないだろう。生きて、また勇者に逢えたときこそ、彼は喜ぶだろう』
「え?」
 ユミは思わず聞き返した。
「死んでも、喜ばない?」
『そうだ。たとえあなたが自爆して十三鬼を倒しても、それは勇者の喜びとはならない』
「……そっかぁ」
 ユミはうなずいた。
 その瞬間、ユミの意識は元に戻った。
「……うん」
 ユミは手を降ろし、そして身構えた。
「ユミボンバー!」
 ドォン
 ハレクスに閃光が命中する。しかし、ハレクスは平然としている。
「効かぬわ!」
「……ユミボンバー!!」
 更にユミは叫んだ。だが、それをジャンプしてかわすや、ハレクスの手が伸びる。
 ガシッ
 その手が、ユミの喉を締め上げる。
「ぐっ……」
 ユミは、その腕を掴んだ。引きはがそうとするが、外れない。それどころか、ますます力が加わる。
(負けるもんか! 生きて、またコウさんと逢うんだもん! 負けるもんか!!)
 ユミは、ハレクスの腕を掴んだまま、叫んだ。
「ユミボンバー!!」
「ふぅ」
 レイは大きく息をついて、剣から血を振り落とした。
 その足元では、怪物が横たわっている。
(時間を取られましたね)
 心の中で呟き、レイは頭のリングに触れた。すると、そのリングが閃光を発し、レイは元の姿に戻った。
 そのまま、レイは数歩下がり、廊下の壁に背を付けると、座りこんだ。
 彼女の身体についた傷が、ズキズキと熱い。
 全身が痺れ始めている。
(毒の回り、思ったよりも遅かったですけれど……、そろそろ終わりでしょうね)
 心の中で呟き、レイはそのまま意識を失っていった。
 しばらくして、ふっと倒れていたコウの姿が消えた。ミハルが向こうについたようだ。
 ミオはため息をひとつつき、顔を上げた。
 それと時を同じくして、式神が全員吹き飛んだ。その下からは、一人の騎士が現れる。
 ミオが幼い頃から世話になっていた老騎士シーン・マウント。
「ミオお嬢、少々おいたが過ぎますぞ」
 彼は斧を肩に担いで言った。
 ミオは無言で符を指で挟んで身構える。
(……十三鬼は、私の記憶を読んでいる?)
 シーンは、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「すまんのぉ。ミオお嬢。あんたには死んでもらう」
「そういうわけにもいきません」
 ミオは言い反した。シーンは苦笑する。
「昔からそうじゃな、ミオお嬢は。儂が何かと言うと反論しおる」
「そんなことはありませんよ」
 ミオはそう言うと、符を投げた。
 ドォン
 シーンの額に張りついた符が爆発し、彼の姿は煙に包まれた。
(でも、こんなことをしていても、十三鬼を倒せるわけではありませんよね……。本体がどこかにいるはず。それを倒さないと……)
 煙が薄れ、またミオのよく知っている人の姿が現れる。
 ミオは息を飲んだ。
「スペルフィールドさん?」
「やぁ、ミオさん!」
 キラメキ王国の書庫の管理人スペルフィールド・エイトは、快活な笑みを浮かべて手を振った。そして駆け寄ってくる。
「ち、近寄らないでください!」
 反射的にミオは叫んだ。その言葉に、足を止めるスペルフィールド。
「え? ミオさん、なにを……」
「……来ないでください」
 ミオは俯いた。そして、符を投げる。
 スペルフィールドの前に、狼が現れる。
「うわぁっ! ミ、ミオさん、なんですかこれは!?」
「……ごめんなさい」
 ミオが呟くと同時に、狼はスペルフィールドに襲いかかった。
 悲鳴と血しぶきが上がるのは、同時だった。
「毒、でしょうね」
 廊下に倒れているレイを見つけた一行は、彼女のまわりを囲んでいた。
 その職業柄、毒物にも詳しいミラは、彼女の傷の様子から、すぐに毒だと見抜いていた。
 同じく詳しいユウコもうなずく。
「あたしもそう思うけどさ、でもどうすんの? サキもいないのに」
 毒物の場合は通常の治療とはいささか異なる治療が必要になる。メグミの治癒、つまり生命の精霊に頼む治癒方法では、毒を全身に拡げてしまい、かえって危険になる。
 無論、僧侶なら解毒もお手のものである。サキなら苦にもせずに祈り一つで治してしまうところだ。
 荒い息をつくレイを心配そうに見て、メグミはユイナに訊ねた。
「あ、あの、なんとかなりませんか?」
「私の黒魔法じゃどうしようもないわよ」
 ユイナは面倒くさそうに答えた。
「そんな……」
「こまりましたねぇ」
 ユカリは頬に手を当てて考え込んだ。そして、ふとポンと手を叩いた。
「そういえば、家を出ますときにお母さまに頂きました毒消しがありました。効くかどうかは判りませんが、試してみてもよろしいでしょうか?」
「でも、毒の種類もわかんないんだよ」
 ユウコは背中から袋をおろして、中を覗き込むユカリに言った。
「大丈夫だと、思いますよ。お母さまは、どんな病気にも効きますとおっしゃっていらっしゃいましたから」
「それなら……、って、ちょっとまてぇい! 病気ってなによ!」
 慌ててユカリの手元をのぞき込もうとしたユウコ。
「あら、ありました。これですよ」
 ユカリは袋から小さな箱を出した。そして開ける。
 その途端、猛烈な匂いが辺りに立ち込めた。
「ワァオ、デインジャラススメル、すごい匂いねぇ」
 鼻をつまみながら言うアヤコ。
「そうですか? でも、この匂いが効くと、お母さまはおっしゃっていらっしゃいましたよ」
 ユカリはにっこりと笑った。
 同じく鼻をつまみながら、ユウコは訊ねた。
「あのさ、もしかしてって思うんだけど、その薬って……」
「はい。お母さまは、セーロガンと申してました」
「あ、やっぱそう?」
「ユーノウ、知ってるの?」
 訊ねるアヤコに、ユウコはうなずいた。
「トキメキ国に伝わる秘薬よ。超高い薬でさぁ、どんな怪我や病気、毒にも効くって言われてんだけど……」
「私も初めて見ましたわ」
 ミラも鼻をつまんで、レイにセーロガンを飲ませるユカリを見守った。

《続く》

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