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ときめきファンタジー
第
章 君の中の永遠
その
嵐の中で輝いて

コウは訊ねた。
「どういうつもりだ?」
「彼女は私の弟を倒しましたのでね。まぁ平たく言えば、仇を討ってやろうというわけです」
「?」
首をかしげるユミの後ろで、ミオがはっとした。
「まさか、あの時の炎の柱の……」
「一番最初に戦った十三鬼か!? ユミちゃんが倒した……」
コウも思い出していた。
「あ、ユミが最初にこのメモリアルスポットを使ったときの相手かぁ」
「左様。不出来ではありましたが、私の弟には変わりはありません」
「……私が言うべきじゃないでしょうけど、いいのですか?」
ミオが訊ねた。
「魔王の命令は、私たちを通さない事のはず。その命令に背いてまで私怨を晴らそうとしても、いいのですか?」
「構いませんよ。さぁ、どうしますか?」
「そんなの受けられるわけないだろう!」
怒鳴って剣を抜こうとするコウ。その手をユミは押さえた。
「ユミちゃん?」
「コウさん、先に行ってもいいよ。ユミ、このおじさんを倒して、すぐに行くから」
「そんな……!」
「あのね……ユミ、ずっと思ってたんだ。ユミってコウさんの為に何にも出来なかったなって。だけど、今ユミがこのおじさんと戦えば、コウさんはそれだけ早く先に進めるでしょ? だったら、ユミが役に立つってことだよね」
そう言うと、ユミはつま先立ちをして、コウの頬にキスをした。
チュ
「ああ〜〜〜〜!!」
脇で見ていたミハルが悲鳴を上げる中、ユミは満足そうに笑った。
「えへへ。キスしちゃった」
「ユミちゃん……」
「よぉし、おじさん! ユミが相手になるぞ!!」
そう叫んで、ユミはハレクスの前に飛びだした。そして身構える。
その手にした手甲が、その刹那輝いた。
「ユミ……ちゃん……」
「コウさん!」
ミオが言った。コウはうなずくと、ユミに向かって叫んだ。
「絶対、負けるな!」
「うん!」
元気よくうなずくユミを残し、コウ達は廊下を駆け出した。
「どっちに行けばいいんだ!?」
破壊された扉をくぐって魔王城に入ったノゾミは、左右を見た。どちらも水浸しになっており、溺死したと思われるブルートロールがあちこちに転がっている。
その後から入ってきたユイナが、不意にすたすたと歩きだした。
「お、おい!」
「こちらよ」
面倒くさそうにそれだけを言うと、そのまま歩いていくユイナ。
その後ろ姿を見て首をひねるノゾミの肩をユウコがちょんちょんとつついた。
「え?」
「ほら、あれあれ」
ユウコが指さす壁に、符が張りついている。ノゾミが首を巡らすと、その符は一定間隔で、ユイナの歩いていく廊下の壁に張りついていた。
「なるほど、ミオか」
ノゾミはうなずいた。
「それじゃ、急いでまいりましょう」
どう聞いても急いでいるとは思えない口調でユカリが言い、ムクを抱いたメグミがうなずく。
「はい」
「それじゃ、エブリバディ、レッツゴー!」
最後にアヤコが城に入ると、リュートを鳴らした。その音色は、もはや動くものもない城に響きわたった。
「それじゃ、ユミからいくよ! はやくおじさんを倒して、コウさんに誉めてもらうんだもん!」
ユミは、右腕をぶんぶんと振り回した。そしてそのまま床に叩き付ける。
「ユミボンバー!!」
ドォン
ハレクスの真下の床が裂けて、閃光が吹き上がり彼の身体を覆い隠す。
「やったぁ!」
ガッツポーズを取るユミ。
と、閃光の中から声が聞こえた。
「これが、我が弟を葬った技、か」
「え?」
ガッツポーズのまま、聞き返すユミ。
と、その瞬間、その姿勢のまま、ユミは後ろに吹き飛ばされた。壁に叩きつけられる。
ドン
「そ、そんなぁ……」
そのまま、床に崩れ落ちるユミ。
閃光を割るように、ハレクスが姿を現した。その姿には、なんの傷もついていないように見える。
ユミはよろよろと立ち上がった。
「行くぞぉ!」
そのままハレクスに向かって駆け出す。床を蹴ると、得意の蹴りを繰り出そうとした。
ガシッ
その足が、がっちりとハレクスの手に掴まれる。
「は、放せぇ!」
「ふん」
ハレクスは、片手で足を掴んだまま、ぶんぶんとユミを振り回したあと、壁に向かって叩きつけた。
ボゴォッ
壁が大きくへこみ、亀裂がいくつも入る。
「かはぁっ」
ユミの口から、血が漏れた。
(どこだ?)
レイは、剣を構えたまま、動かなかった。いや、動きようがない、というのが正しいところか。
なにせ、相手はどこにいるのか判らないのだ。
しかし、このまま待っていても埒があかないのは確かである。
(……やるか)
そう心の中で呟き、レイは額のリングに手をかけた。
メモリアルスポットの一つであるティアラが、レイが魔皇子の姿に変わると同時に、シンプルな金色のリングに変わり、額にかかっているのだ。
と、そのリングが輝いた。
それと同時に、レイの頭の中に情報が流れ込んでくる。
(……遠いな)
はるか彼方に、十三鬼の反応があった。と、不意にそれが瞬間的に移動する。
レイの真後ろに。
「!?」
ザシュッ
とっさに身を捩ったレイの肩を、鈎爪のようなものが引き裂いた。そして、反射的にレイが剣を振るったときには、また瞬間的に遥か彼方に移動してしまった後だった。
(……時空を操る敵、か。厄介だな)
レイは左肩を押さえ、そしてぬるっとした液体を手に感じて、その手を広げてみた。
べったりと、真っ赤な血が手についていた。レイはその手をぎゅっと握りしめた。
(……赤い血か。この僕にも、赤い血が流れていたとはね……)
その頃、コウ達は次の扉の前に来ていた。
閉ざされた扉の前で、コウはミオを省みた。
「どうしよう?」
これまでの扉は、総てユミが“ユミボンバー”で破壊してきたのだ。そのユミも今はいない。
「罠は無いと思います。魔王の部下達が行き来する回廊ですし」
ミオは答えると、無造作に扉を押し開けた。
何の抵抗も無く、扉は左右に開いた。
次の瞬間、ミオはふらりと倒れた。
「ミオさん!?」
慌てて駆け寄るサキ。その後ろで、コウとミハルも倒れる。
「み、みんな!?」
‘聖職者がここまで残っていたか。ベネディクトめ、失敗したのだな’
不意に声が聞こえた。サキは顔を上げた。
扉の向こう側には、同じような廊下が先へと伸びていた。誰の姿も無い。
だが、サキには感じ取る事が出来た。邪悪な意志を。
(誰かいる……)
半ば無意識に、サキは胸の聖印を握りしめていた。
「だ、誰!?」
サキは叫んだ。そして、ミオを守るように、一歩前に進み出た。
‘我は、魔王様の下僕、十三鬼が第四位、ミスト’
「……ミスト……」
サキは繰り返した。そして、ちらっと辺りに視線を走らせた。
(この辺り、邪悪な波動で満ちてる……。コウくんやミオさんたちが倒れたのも、この波動のせい。じゃ、あたしはどうして……)
不意に、サキは握っている聖印が暖かい熱を発しているのに気付いた。少し、手を拡げてみる。
聖印は軟らかな水色の光を明滅させている。
(これ……、“星”が守ってくれたんだ。だったら!)
サキはきゅっと唇を引き結んだ。そして、聖印を首から外して掲げ、叫んだ。
「聖なる楯よ!」
バァッ
聖印から七色の光が溢れ出し、廊下を遮る壁となった。
後に“レインボー・プロティクティブ・カーテン”、虹の守護幕と名付けられることになる障壁だ。
「……う、うん」
その障壁に邪悪な波動が押え込まれたため、意識を取り戻すコウ達。
ミオは顔を上げ、サキと七色の障壁に気付いて訊ねた。
「サキさん、十三鬼ですか!?」
「うん……」
サキは振り返って、コウに言った。
「ごめんね、コウくん。あたし、ここに残る」
「サキさん!?」
「あたししか、出来ないのよ。この邪悪な波動を抑えるのは」
そう言うと、サキはさっと右手を振った。
見る間に障壁が変型し、虹色のトンネルを作る。そのトンネルは廊下を一直線に先に向かって伸びていた。
「ここを通っていけば、邪悪の波動の影響は受けないわ。さぁ、急いで!」
「サキさん……」
ミオは、静かに言った。
「後で、来てくださいね」
「うん」
長い付き合いのある親友同士でもある二人は、うなずきあった。それから、サキはコウに視線を向ける。
「コウくん……。頑張って!!」
「ああ」
コウは大きくうなずき、トンネルの中を駆け出した。ミオ、そしてミハルが最後にペコリと頭を下げてそれに続く。
それを見送ってから、サキは表情を引き締めた。
「さぁ、サキ・ニジノ。根性見せなくちゃね!」
「鉄格子!?」
広間の入り口で、ユウコは素っ頓狂な声を上げた。
皆の前には、太い鉄格子が行く手を阻んでいる。
ユウコは懐から手裏剣を出して、投げ付けてみた。
バシィッ
凄まじい電撃が走る。ユウコは肩を竦めた。
「おー、怖い。クワバラクワバラ」
ユイナが進み出ると、右手を上げて叫んだ。
「これでも、くらいなさい!!」
ドォン
その一撃で見事に吹き飛ばされる鉄格子。
「んじゃ、行こっか!」
言うが早いか、ユウコは先頭を切って広間に飛び込んだ。そして、真っ直ぐに突っ切ろうと駆けていく。
と、不意に前から声が聞こえた。
「騒がしい音が聞こえると思ったら、あなたでしたの?」
「げ」
その声に、ユウコは足を止めて、広間の奥の方を見た。
「ミラじゃん。生きてるとは、悪運の強いおばさんねぇ」
「誰がおばさんよ、誰が」
言い返しはしたものの、立ち上がる元気も無い様子のミラは、玉座に続く階段にもたれるように座りこんでいた。
ユウコは駆け寄っていった。そして、玉座に駆け上がると、その奥に続く扉をのぞき込む。
「コウ達はこの奥?」
「ええ」
そう答えるミラを見おろして、ユウコは眉を潜めた。
「傷だらけじゃんか。それに腕輪はどしたん?」
「まぁ、お怪我をなさっていらっしゃいますねぇ。大丈夫ですか?」
ユカリの声に、ミラは振り返った。そして他の皆も来ているのに気付いた。
「みんなも来たわけね」
「はい、お陰様で」
礼儀正しくお辞儀をするユカリの横からメグミが顔を出した。ミラの怪我に気がつくと、慌てて生命の精霊の召喚を始める。
「生命の精霊さん、ミラさんの怪我を治してください……」
みるみる怪我が癒えてゆく。
ユウコはミラの前まで駆け下りてくると、先ほどの質問を繰り返した。
「でさぁ、あんたがここにいるってことは、十三鬼とやりあったっしょ? 腕輪はどしたんよ!」
「うるさいわね。そんなにうるさいと、コウさんに嫌われてよ」
手をヒラヒラさせるミラ。
「大きなお世話よ!」
ちょっとは自覚が無いでもないユウコは、真っ赤になって怒鳴った。
ミラは肩を竦めて、視線を右に振った。
「十三鬼なら、そこにおりましてよ。まぁ、私にとっては大した相手ではありませんでしたことよ」
ユウコはそちらをちらっと見て、貧相な小男が倒れているのを確認した。その表情は恐怖に凍りつき、そしてその胸には大きな穴が空いている。
「ふぅん。で、腕輪は?」
聞き返すユウコに、ミラは髪飾りを指した。
「これよ」
「へ?」
思わず聞き返すユウコ。
「確かに、いままではそんな髪飾りしてなかったわねぇ〜」
アヤコがリュートをポロンと弾きながら言った。
「メモリアルスポットが、その主人である“鍵の担い手”の必要に従ってその形を変える事は、別に珍しくはないわ」
とそっけなくユイナが言い、ユカリがうなずいた。
「そうですねぇ。わたくしの“はにまる様”も、色々と姿を変えますものねぇ」
「まぁ、いっか」
ユウコは頭を振り、そして扉の奥を睨んだ。
「コウ、もうすぐ行くからね!」
「なに、格好付けているのかしらねぇ、この娘は」
後ろから鉄扇で頭をぽんと叩かれて、ユウコはむっとして振りかえる。
「あにすんのよ、このオバン!」
「あらあら、お里が知れましてよ。おっほっほっほっほ」
鉄扇で口元を覆って高笑いするミラ。どうやら完全に復活したらしい。
ザクッ
「くっ」
レイは振り返りざまに短剣を投げ付けた。しかし、またも相手は別の時空に逃げていた。
相手が時空を自由に操れる以上、お互いの距離などは関係ない。向こうはどんな距離でも時空を歪ませる事によって、一瞬で移動できるのだから。
すでに、レイの鎧は傷だらけになっていた。そして、その鎧に覆われていない部分は、あちこちに傷を負い、血を流している。
しかも、その傷は熱をもって熱く疼いている。
(……毒手か……)
額から汗が流れ落ちる。その汗を拭い、レイは心の中で呟いた。
どうやら、相手の鈎爪には毒があるらしい。その毒が、次第にレイの体に回ろうとしていた。
また、後方から鈎爪が襲いかかった。レイはそれをかわしてまた短剣を投げ付けるが、相手は姿を消していた。虚しく短剣は床に突き刺さる。
もう1本の短剣を懐から出しながら、荒い息を弾ませて辺りを見回すレイ。ちなみに、剣は既に鞘に収めていた。相手がどこから現れるか分からない以上、剣は無用の長物だからだ。
とはいえ、短剣にしても当たらなければ意味はない。
いかにメモリアルスポットを統べる“ケニヒス”といえど、相手の現れる先の予測まではできない。その結果が、今の空しく床に突き刺さった4本の短剣だった。
また、相手が現れる。その瞬間、レイは短剣を投げつけた。
‘おっと、あぶない’
わざとらしく、余裕綽々の声と共に、短剣はまたも床に突き刺さる。
「くそっ」
レイは焦ったように辺りを見回し、叫んだ。
「卑怯者! 姿を見せて堂々と僕と戦え!!」
‘どうしました、魔皇子? そんなことでは、ソトイが泣きますぞ’
「う、うるさい!!」
叫ぶと、レイは腕を上げて魔法弾を連射した。
ドムドムドムッ
壁に炸裂して爆発する魔法弾。
「貴様、僕を馬鹿にするなぁっ!!」
完全に正気を失った様子で、レイは魔法弾を連射しつづけていた。
《続く》

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