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ときめきファンタジー
第
章 君の中の永遠
その
Magic

「これが、第4の門で、ございますね」
ユカリは、“プレセイデス”の門を見上げた。
「ほら、ユカリ! のんびりしてたらどんどんコウに置いてかれちゃうよ!」
そう声を掛けながら、門をくぐったユウコは、ぎょっとして立ち止まった。
そこには、暗黒神の紋章を胸に付けた男が、にこやかに微笑んでいたのだ。
魔法のように、ユウコの両手に“桜花・菊花”が現れる。
「敵!?」
「イエス、そうよ。でも、害はないけどね〜」
その声に、ユウコは振り返った。
ちょうど門の裏側によりかかるように、アヤコが座りこんでいた。長い髪は解けてぼうぼうになっており、その全身は血まみれになっている。
「アヤコじゃん。どしたん、それ?」
「ああ、この血のこと? そこの奴とやり合ってね」
アヤコはもの憂げに微笑んだ。そして、自分の右手を見る。
ずたずたに切り裂かれ、ところどころからは白い腱や骨まで見える重傷を負っている。
「これじゃ、リュートは弾けないかぁ……」
「だ、大丈夫ですか? ちょっと待ってくださいね」
メグミが駆け寄ると、こわごわとその手をのぞき込んだ。そしてうなずく。
「生命の精霊さんにお願いして、治す事は出来ると思います」
「リアリー、ほんとに? それじゃ、お願いするわね」
アヤコはうなずいた。
一方、ユカリは恐れげもなく暗黒神の僧侶に近寄っていった。それに気付いて、ユウコが慌てて彼女を引っ張り戻す。
「ちょ、ちょっとユカリ! なにしてんのさ! 危ないっしょ!?」
「はぁ。ですが、アヤコさんは害はないとおっしゃいましたし……」
「んなこと言ってもさ……」
「確かに、害はなさそうね」
その声に振り返ると、ユイナが腕を組んでその男を見ていた。
「ユイナ、どーゆーこと?」
聞き返すユウコに、ユイナは面倒くさそうに髪をかき上げて答えた。
「その男は、扉の向こうにいるわ」
「へ?」
聞き返すユウコ。だが、ユイナは「これで判らないなら、それ以上は説明する義務はないわね」と言わんばかりの目つきでユウコをじろっと見たので、彼女はそれ以上は追求しなかった。
タッタッタッタッタッタッ
足音だけが、廊下に響く。
どれくらい走りつづけているのか。
「おかしいですね」
不意に言うと、ミオは立ち止まった。
「何が?」
駆け行き過ぎたみんなが戻ってくる。
ミオは肩を竦めた。
「少しも息が切れないんです」
「え?」
「そういえば、そうよね」
意外と運動は苦手なサキもうなずいた。
ミオは苦笑気味に言った。
「いつもの私なら、これだけの時間走っていれば、とっくに目を回して倒れているはずです。でも、全然苦しくもなんともありません」
「ねーねー、どういうことなのぉ?」
ユミが目を白黒させて聞き返した。
もと来た方向を見ながら、ミオは言った。
「もしかしたら、私たちは全然進んでいないのかもしれません」
「全然、進んでいない?」
聞き返すコウ。
ミオは少し考えると、懐から一枚の符を出した。そしてそれを折り畳み、紙飛行機にして飛ばす。
すぅっと飛んでいくはずの紙飛行機が、不意に消え、そして突然後ろから現れて、サキの背中に当たって落ちた。
「痛っ。……え?」
サキは振り返って、紙飛行機を拾い上げ、ミオの顔を見た。
ミオは呟いた。
「空間が、歪んでいるのですね……」
「どういうことなんれすか?」
聞き返すユミに、ミオはわかりやすく言った。
「つまり、私たちは輪の中をぐるぐる回っているようなものなんです。このままでは、魔王の所にはつけません」
「レイさん、魔王回廊ってこういう風になってるの?」
コウは訊ねた。レイは首を振る。
「いいえ。いくつかの扉は通りますが、基本的にはまっすぐな回廊です」
「なら……」
言いかけて、ミオの顔を見るコウ。ミオはうなずいた。
「十三鬼の仕業でしょうね」
「……コウさん、魔王の部屋は、このまま魔王回廊を真っ直ぐ進めば辿り着きます」
不意に、レイが言った。
「レイさん?」
聞き返すコウに、レイは静かに告げた。
「ここの十三鬼は、私が倒します。コウさん達は、先に行っていてください」
すぅっと、光の珠がアヤコの手に吸い込まれていく。
と、みるみるうちにその手が再生していく。
サキのような僧侶の回復呪文と、メグミのような精霊使いの回復呪文とは、その呪文はまったく原理が異なる。しかし、癒される者にとってみれば、どっちにしても治るのだから、特に問題はない。
アヤコは、右手をにぎにぎと握ったり開いたりしてみてから、にこっと笑った。
「サンクス、ありがとう、メグミ。アイラブユー、愛してるわよぉ」
「きゃん」
いきなりぎゅっと抱きしめられて、小さく悲鳴を上げるメグミ。
ユウコがそれを待っていたように、ぼうっと立ったまま微笑んでいるベネディクトを指しながら、アヤコに訊ねた。
「アヤコってば、あいつに何したん?」
「ちょっとあたしのグッドでナイスなミュージックを聞かせてあげたのよぉ〜」
アヤコは、治った右手で軽くリュートを弾いてみながら笑った。
「へ?」
「まぁ、イッツソーデインジャラス、一か八か、だったけどね〜」
そう言うと、アヤコは立ち上がった。
「あいつ、最初は治癒の逆呪文ばっかり唱えてたんだけど、もっと強力な呪文を使うはずだって判ってたから、ずっと待ってたのよ。そして、あいつが呪文を変えた時を狙って、こっちも曲を変えたの」
「曲を変えた?」
「幻覚を呼ぶ曲、ですね?」
不意にユカリが言った。ちなみに彼女は、意外と器用にアヤコの髪を再びシニョンに編み上げていた。
アヤコは少し驚いた顔で振り返った。
「イエス、そうよ。ユカリ、よく判ったわね」
「この方の御様子を伺っておりまして、そうではないかなぁと思いましたもので」
ユカリはベネディクトをちらっと見た。
うなずくと、アヤコは苦笑した。
「ほんとに間一髪で間に合ったのよ。でも、ちょっと呪文を受けちゃって、あたしの手があんなになっちゃったんだけどね」
「では、あの方は……?」
「多分、あたしをやっつけて悦に入ってる夢でも見てると思うわよ〜」
そう言うと、アヤコはユイナに言った。
「ユイナ、ソーリー、悪いんだけど……」
「後始末なんて面倒なんだけど、まぁいいわ」
ユイナはうなずいた。そして、呪文を唱える。
『魔力をもて、汝が血肉を永遠にその場にとどめ、未来永劫変わらぬ石と成せ』
パキパキパキッ
みるみる、ベネディクトの身体が、足の先から石に変わって行く。そして、ものの数秒で、そこには暗黒神の僧侶の石像ができあがっていた。
「それじゃ、行くわよ」
そう言うと、ユイナはすたすたと歩きだした。皆もそれに従い、魔王の城に向かった。
そのしんがりに着いて行きかけたアヤコがちらっと振り返った。くすっと笑ってリュートを奏でる。
「グッバァイ」
ギュィ〜〜ン
かなきり声をあげるリュート。と同時に、ベネディクトの石像は木っ端微塵に砕け散った。
カキィン
鉄扇と鉄扇がぶつかり合い、火花が散った。
ミラは飛びすさった。そして、荒い息をつきながらも昂然と相手を見おろした。
「よくもまぁ、この私をそこまで再現できるものですわね。誉めてさしあげてよ」
「あなたの方が贋者のくせに。盗人たけだけしいとはこのことですわね」
言い返すと、ミラは再び鉄扇を構えた。
「では、そろそろ見せてさしあげてよ。カガミ流暗殺術の神髄を」
「あ〜ら、それは私のセリフですわ。今度こそ、贋者は思い知るでしょうね」
ばっと開いた鉄扇で口元を隠して笑いながら言い返すミラ。
そして、二人は同時に、音もなく床を蹴った。
その数秒後、同時に着地したミラは、振り返って相手の姿をその瞳に映した。
「なかなか、おやりになりますわね」
一人がそう呟きながら、首筋に突き刺さった針をすっと引き抜く。
「あなたこそ」
そう言いながら、もう一人は、血を噴きだしている頸動脈に触れた。途端に、血はピタリと止まる。
ミラは、苦笑した。
「このままでは、埒があきませんわ。そろそろ、決着を付けてさしあげましょう。……贋者さん、貴女には真似の出来ない方法で、ね」
「あら、何をなさるつもりかしら、贋者さん」
余裕たっぷりに言い返すミラの前で、ミラは右腕につけてあった黄金の腕輪に触れた。
「本当は、もっと後の時まで取っておくつもりだったんだけど、仕方ないわね。見せてあげるわ。私のメモリアルスポットの真の力を!」
その瞬間、黄金の腕輪が輝いた。そして、パキンと微かな音を立てて外れる。
「な!」
もう一人のミラが絶句する前で、その腕輪の放つ光はますます強くなっていった。
と、不意にその光が消える。
腕輪はそこにはなく、ミラはその代わりに手鏡を持っていた。
「この鏡は、真実を映す鏡。贋者さん、あなたの真実の姿をも、映し出しますのよ」
「なにをするかと思えば、そんな虚仮威しを。やはり贋者はその程度ね」
一笑に伏すミラに、ミラは手鏡を向けた。
そこに映し出されたのは、ミラではなく、貧相な小男、ケネスの姿だった。
「!」
息を飲むミラ。と、その姿が次第にぼやけ、ゆらぐ。
「そ、そんな! 私は、わたし……」
「私の究極の美しさなど、真似できるものではなくてよ」
ミラはきっぱりと言いきった。その彼女の前で、ケネスは本来の姿に戻っていた。
「き、貴様! このケネスの術を破るとは!!」
「……」
無言で、ミラは膝を突いた。それを見て、にやっと笑うケネス。
「なるほど。それなりに力を使うわけか。だから、すぐには使わなかった……」
きっと、ケネスを睨むミラ。しかし、その顔色は青白く、額には汗が浮かんで、肩で息をしている状態だった。
「力を使い果たした今の貴様なら、この私でも倒せますな」
「……やっぱり、贋者は、贋者ね」
ミラは呟き、笑みを浮かべた。
その瞬間。
ドムッ
微かな音がし、ケネスの胸が爆ぜた。
「……な……」
「カガミ流暗殺術奥義、時限爆砕。暗殺術は、いかに相手に知られぬように仕掛けるかに、その全てが掛かっているものですのよ」
もの憂げに微笑み、ミラは玉座に続く階段に座りこんだ。
ドサッ
ケネスが倒れた。その顔に、驚愕の表情を貼り付かせたまま。
「レイさん、一体何を……」
聞き返そうとするコウの前で、レイは額のティアラに手を触れて、言った。
「ユミさん、ミハルさん」
「え? なぁに?」
「あ、はい」
「“ヴァルシップ”と“ラヴィッシュ”の力、少々お借りします」
レイはそう告げた。
「わぁ! な、なに?」
思わず声を上げるユミ。その手にはめられている黄金の手甲が光り輝いている。
それと同じように、ミハルの指輪も光を放っていた。
「きゃぁ!」
思わず悲鳴を上げるミハル。
レイは静かに言った。
「“ラヴィッシュ”で空間をねじ曲げておいて、“ヴァルシップ”の超重力で一気に破砕します。それで、この空間の歪みは一時的にですが、元に戻るはずです」
「?」
ミオ以外は、レイが何を言ったのか全く理解できなかった。
聞き返すミオ。
「それで上手くいきますか?」
「ええ」
レイはうなずき、そして手を挙げ、振り下ろす。
カァッ
閃光が走り、そして静まり返った。
コウははっとする。
「扉が!」
いままで延々と続いていた廊下に、扉が現れたのだ。
「さぁ、行ってください!」
レイの言葉に、コウは聞き返した。
「でも、レイさんは?」
「ここにいる十三鬼を倒さない限り、すぐにまた回廊の時空の歪みは発生してしまいます。そうならないために、私はその十三鬼を倒してから行きます」
「……」
コウはレイの金色の瞳を見つめ、うなずいた。
「わかった。じゃ、先に行ってるよ」
「ええ。必ず後から追いかけますから」
レイはそう言うと、皆をうながした。
「さぁ、早くしないとまた時空が歪んでしまいます。そうは持ちません!」
その声にせき立てられるように、皆は回廊を駆け抜けていった。
「ユミボンバー!!」
ドゴォン
ユミが勢いよく扉を破壊し、皆がその向こうに見えなくなってから、レイはほうと息をついて、向き直った。
すうっと、壊れた扉が見えなくなり、先ほどまでのように無限に続く回廊だけになる。再び時空が歪んだのだ。
レイは肩を竦めた。
「もう勇者は先に進んだのだ。いつまで小細工をしているつもりだ?」
‘そうだな。だが、ここで我と戦うとはな。我らの怖ろしさを一番よく知っているはずのおまえが’
辺りを震わせるように声が響きわたった。
その声に、レイは後ろを振り向いた。
「現れたな。十三鬼の第六位。時空を歪めることができるのは、十三鬼の中でもおまえくらいだと思った」
‘そうか。それでは貴様とて、我らについて総てを知る、と言うわけではないのだな’
その声に、眉を潜めるレイ。
「どういう意味だ?」
‘聞いても無駄だ。どのみち、貴様はここで死ぬのだからな’
その声の主は、レイの見える所にはいない。
探そうとしかけて、レイは肩を竦めた。
(無駄だな。時空を歪めるような奴だ。わざわざ僕の見えるところに現れるようなへまはするまい)
レイはすっと右手を上げた。閃光が走ったかと思うと、その身体は漆黒の鎧に包まれる。
その姿は、魔皇子レイの姿。
「決着をつけてやるよ、十三鬼。貴様と、そして僕の過去とに!」
レイは剣を抜いた。
ドゴォン
扉を開けるのではなく破壊して、ユミはその向こうに飛びだした。
そこは、また同じような廊下が続いていた。
「あれ? また廊下だよ」
「レイさんは、扉がいくつかあるって言ってたね」
続いて扉をくぐりながら、コウは呟いた。
と。
「コウさん、危ない!」
不意にユミがコウを突きとばす。
「え?」
ズズゥン
次の瞬間、ユミの姿は落ちてきた天井の下に消えていた。
「ユミちゃん!!」
「ユミボンバー!」
ドガァッ
天井を奇麗な右アッパーで破壊して、ユミが姿を現す。ほっとするコウ。
「よかった」
と、パチパチと拍手の音が聞こえてきた。
「流石は“鍵の担い手”。この程度で力量を計ろうとは、失礼でしたね」
「誰っ!?」
ユミは前方に向かって叫んだ。
「おっと、失礼。私は魔王様に仕えし十三鬼が第伍位。ハレクスと申します」
その声と共に姿を現したのは、筋骨たくましい男だった。
ミオ達も追いついてきて、その男と対峙する。
コウが先頭に出た。
「通してもらおう。って言っても無理だろうな」
「いえ、通してさしあげても構いません。ただし、条件が一つあります」
その男はそう言うと、ぴっとユミを指した。
「“鍵の担い手”の、その少女と戦わせていただけるのなら、後の皆さまは先に進んで頂いても結構です」
《続く》

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