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ときめきファンタジー
最終章 THE AGES

その FOR THE BRAND-NEW DREAM

 シオリ姫を救い、魔王を倒したコウ達は、世界を救った英雄としてもてはやされたが、1年もたった頃には、最初の騒ぎも一段落し、それなりの生活に戻っていた。
 人々も、すっかり元の生活に戻り、それぞれ平和を謳歌していた。

 ミオ・キサラギ
  大神殿に戻り、大神官シナモン・マクシスの元で再び勉学に励む。書庫の管理人であるスペルフィールド・エイト子爵との仲を噂されるも、本人は否定も肯定もせず。

 ユイナ・ヒモオ
  キラメキ魔術師団への復帰を求められるもこれを拒否。再びチュオウの村にある彼女の砦に戻り、そこで怪しげな実験に明け暮れる毎日。週に2、3度は書庫にある“研究室”にも現れているらしい。

 アヤコ・カタギリ
  ユイナと同様、魔術師団への復帰を求められるが同じく拒否。リュートを片手に自由気ままな旅を続け、“勇者コウの冒険”を世界に広めている。ちなみに今年の吟遊詩人大会にはエントリーを忘れて未出場。

 サキ・ニジノ
  大神殿に戻り、再び修行に明け暮れる毎日。神官の地位を与えられるもこれを固辞。修行僧として暮らしている。余談だが、一時求婚者が大量に神殿に訪れ、神殿の機能が麻痺しかけたとか。

 ノゾミ・キヨカワ
  キラメキ騎士団に復帰。騎士団長となったリュウ・フジサキの後を受けて、精鋭の“赤の部隊”の部隊長となる。その剣技にもますますみがきがかかり、もはや王国内には敵無し、という状態らしい。

 ユカリ・コシキ
  トキメキ国のコシキ道場に戻り、元のような平穏な生活を送っているという。そんな彼女に求婚する若者も多いが、彼女の父親に面会さえも許されないとか。

 ユウコ・アサヒナ
  トキメキ国には戻らず、スライダの街にある叔父の宿屋に居候して遊び回っているそうだ。去年のミス・スライダコンテストで準優勝。

 ミラ・カガミ
  ユカリと共にコシキ道場に戻り、仲居さんとして働いている。ちなみに、彼女が道場で働くようになってから、剣を学びに来る人が倍増したとか。

 メグミ・ソーンバウム・フェルド
  生まれ故郷の森に戻るが、それでも週に数回、シオリ姫のもとへ遊びに来るらしい。精霊王さえも従える世界最強の精霊使いとなった彼女だが、それでもその内気さは変わらないようだ。

 ユミ・サオトメ
  王都に戻り、それまで通りの気楽な生活を続けている。兄を技の実験台に使うところも変わっていない。もうちょっと女らしくなれ。商業ギルドのユーゾ・オキタとは友達として付き合ってる。

 ミハル・タテバヤシ
  一時、王都キラメキの大神殿に暮らしていたが、その後行方をくらまし、現在所在不明。一説によれば、こあらちゃんの仲間を捜して旅をしているのだとも。

 レイ・イジュウイン
  ザイバ公国のプリンセスとしてキラメキ王国に滞在中。今後の身の処し方は不明だが、お側役のソトイ・ユキノジョウと共に再びザイバ公国を再興し、女王に納まるのではとの観測が有力である。

 プリンセス・シオリ・フォン・キラメキ
  王女としての生活に戻る。世界を救った勇者コウとの結婚も囁かれているが、今のところは、その仲は進展していない模様。今でも時折、町娘の姿でコウに会いに来ることもあるようだ。

 コウ・ヌシヒト
  王国に戻った彼は、騎士としての訓練を始めた。というのも、勇者が鍛冶屋の息子では様にならない、という事情からで、本人が希望して、というものではないらしい。もっとも、飲み込みの早い彼の事、あっという間に必要な礼儀作法やらなにやらも覚え、1年という短期間でその過程を終了。あとは叙勲を待つばかりである。

−以上、ヨシオメモより。

 サヤサヤ
 そよ風が、樹の梢を揺らす。
 樹の葉越しに漏れる日差しを浴びて、ミオはまぶしそうに目を細めた。その顔には、伊達眼鏡がまだのっている。
「すっかり、根づいたようですね」
「そうね」
 その脇でシートを拡げてお弁当をならべていたサキは、うなずいた。
 そこは、王都キラメキを見おろす小さな丘。そこに生えているこの巨木は、魔王の島から持ち帰った“伝説の樹”の小枝を植えたところ、1年で成長したものなのだ。
 サキも、懐かしそうに樹を見上げた。
「もう、1年かぁ。早いよね」
「そうですね」
 相づちを打つミオの耳に、声が聞こえてきた。
「あ〜、いたいたぁ」
「ね! ユミの言う通りでしょ?」
 その声と、続いて近づいてくる複数の足音に、ミオは微笑して、読んでいた本に栞を挟んで閉じた。
 丘を駆け上ってくると、ユウコは二人に軽く手を振った。
「おひさ」
「お久しぶりです」
 頭を下げるミオに、ユウコは口を尖らせた。
「二人とも、スライダまで遊びに来てくんないんだもん」
「ごめんね。修行が忙しくて」
 サキの言葉に肩を竦めると、ユウコは話を変えた。
「二人とも、明日の式は出るの?」
「コウくんの叙勲式でしょ? うん、とりあえず出るつもりだけど」
 サキは答えた。
 ごろんと寝転がって、ユウコは呟く。
「そっかぁ。コウもうとうとう騎士さまかぁ」
「世界を救った英雄、ですからね」
 ミオが呟いた。
「いつまでも、鍛冶屋の息子、というわけにもいかないでしょうね」
「でも……喜ぶべきなんだろうけど、なんだかちょっと寂しいね」
 サンドイッチを並べながら、サキは呟いた。
「コウくんが、遠くの人になっちゃうみたいで……」
「そう言えばさぁ」
 しんみりした空気が流れるのを感じて、ユウコは強引に話を変えた。
「カツマ達が戻って来たんだって。聞いた?」
「カツマくん達が?」
 サキは聞き返した。
「そ。なんか知らないけどさぁ、王様が再度召し抱えたいとかで探させたって話だよ」
「でも、断るでしょうね」
 ミオは静かに言った。
「一度大空を知ってしまった鳥は、籠の中には戻りませんよ」
「再叙勲の件、謹んで、お断り申し上げます」
 玉座の前で、カツマは深々と頭を下げた。
 居並ぶ重臣達の中から驚きの声が漏れる。
「なぜだね、カツマ・セリザワよ」
 国王は訊ねた。
 カツマは真っ直ぐに国王の顔を見て、答えた。
「失礼ながら、私は国王に忠誠を誓えませんゆえ」
「……そうか。残念だ」
 国王はそう言うと軽く手を振った。それに従って、カツマは立ち上がると、閲見の間を後にした。
 扉をくぐった所で、彼の仲間達が待っていた。
 カツマは肩を竦めた。
「待たせたな。さぁ、行こうぜ」
「ちょっと、カツマ! 王様は何て言ったの?」
 ナツエがそのカツマの肩を掴んで訊ねた。
「なぁに。俺に騎士に戻らないか? って聞くから、戻りませんよって答えたのさ」
「……はぁ、呆れた。まだ傭兵稼業を続ける気?」
 わざとらしく呆れてみせるナツエ。
 後ろでメグミがくすくす笑った。
「ナツエちゃんったら、さっきまでうろうろしながら「カツマが騎士に戻ったら、あたしは神殿に戻らなくちゃいけないのかなぁ」とか随分心配そうにしてたくせにぃ」
「なっ! メグミ!」
「きゃぁ! ジュンくぅん!」
 怒って拳を振り上げたナツエを避けようと、メグミはジュンの背中に隠れようとして、立ち止まった。
 ジュンの正面に、一人の少女がいた。
 ジュンは呟いた。
「アヤコ……」
「ハァイ、ジュン」
 アヤコはウィンクしてみせた。
「元気してた?」
「ああ。おまえも元気そうで」
 ぎこちなく言ったジュンの背中を、アヤコはパンと音が出るくらい叩いた。
「痛ぇ! 何を……」
「まだ気にしてるの? ノンノン、過ぎた事は気にしない。ね?」
 そう言って、アヤコは笑った。そして、メグミに言う。
「苦労も多いと思うけど、頑張ってね」
「アヤコさん……。はい」
 メグミはジュンの腕を抱いて、にこっと笑った。アヤコはぴっと親指を立てた。
「オッケイ」
 ナツエが笑ってパンパンと手を叩く。
「はい、そこまで。アヤコ、あたし達これから食事しようと思うんだけど、よかったら一緒にどう?」
「ソーリィ、ごめんなさい。あたし、これからちょっと出かけなくちゃいけないの」
 アヤコはピタッと手を合わせた。
「それじゃ、仕方ないわね。それじゃ、サキによろしくね」
「わかったわ。それじゃ、グッバイ、さよならぁ〜」
 そう言って手を振ると、アヤコは駆けていった。
 シュン
 キラメキ王家の書庫の奥にあるユイナの“研究室”。
 その中にある魔法陣が一瞬光ったかと思うと、そこに数人の人影が現れた。
「ついたわよ」
 ばさっと濃紺のマントを翻して、ユイナは告げた。
「どうもありがとうございました。大変、お世話になりまして」
 丁寧に頭を下げて、ユカリは顔を上げた。
「でも、ここはどこなのでしょう?」
「あ、またですか?」
 物音がしたので様子を見に来た書庫の管理人スペルフィールドは、ユイナに言った。
「いつもいつもなんですけど、ここは王家の管理下なんで……」
「ちょっと、そこのあなた。その荷物を持ってくださらないかしら?」
 その声に、スペルフィールドは視線をそちらに向けた。
(わ、美人!)
 ミラがぴっと足元のバッグを指した。
「これよ、これ」
「は、はい」
 反射的にバッグを持ってしまうスペルフィールドに、ミラは訊ねた。
「で、出口はどちらかしら? ここはカビ臭くていやだわ」
「はい、こっちです」
 そそくさと出口を案内するスペルフィールドであった。
 ユカリは振り返ると言った。
「それでは、参りましょう……。あら、誰もおりませんねぇ」
 すでに他の者は皆“研究室”から出ていった後だった。
「あら、お待ちくださいませぇ」
 ユカリもその後を追い、再び書庫は沈黙に包まれた。
 王都の片隅にあるヌシヒト家。
 コウは、ベッドに寝転がっていた。
(明日はいよいよ叙勲式か……。でも、本当にこれでいいんだろうか……?)
 トントン
 ノックの音がして、母親が顔を出した。
「コウ、お客さまよ」
「誰? ヨシオならいないって言っておいて」
「違うわよ。さぁ、どうぞ」
「お邪魔します」
 その涼やかな声に、コウは飛び起きた。
 ドアを開けて、コウの部屋に入ってきたのはシオリだった。もちろん、王女然としたドレス姿ではなく、普通の街娘と同じ格好である。
 その頭には、コウのプレゼントした黄色のヘアバンドが飾られていた。
「シオリ、どうして?」
「あら、来ちゃいけない?」
 ちょっと膨れてみせるシオリに、コウは慌てて手を降った。
「そ、そんなことないって」
「そう? ならいいけど」
「シオリちゃん、それじゃ、ごゆっくりね。あ、お茶でも出すわ」
 そう言って台所に行く母親に「おかまいなく」と一言声をかけてから、シオリは椅子に座った。
「いよいよ、明日ね」
「え? あ、うん」
 コウはうなずいた。シオリは少しためらって、口を開いた。
「あのね、コウくん。……私なら、いいのよ」
「? どういうこと?」
「コウくん、無理してるでしょ?」
 そう言うと、シオリはくすっと笑った。
「隠してもだめ。わかっちゃうんだから。だけど……」
 真面目な顔に戻ると、シオリは俯いた。
「わからないのは、何が無理させてるのかってことなの」
「それは……」
「あのね、コウくん。私ね、明日のコウくんの叙勲式に来てくださいって、みんなに手紙を出したんだ」
「みんなって、“鍵の担い手”の?」
 こくりとうなずき、シオリは言った。
「私からのお願い。もう、無理はしないで。自分の心に嘘をついてる、そんなコウくんと一緒にいても、私はちっとも嬉しくないんだから」
「シオリ……」
「私が言いたいのは、それだけ。それじゃ」
 そう言うと、シオリは立ち上がった。そしてヘアバンドを外すと、机の上に置いた。
「これ、預けておくね」
「え?」
 聞き返したときには、シオリ姫の姿はドアの向こうに消えていた。
 コウはそれを追いかけようとしないで、ベッドに座ったまま呟いた。
「俺の心に、正直に……、か……」
 コウの家を出たシオリ姫は、大きくため息をついて、ドアにもたれ掛かった。
「……とうとう、やっちゃった……」
「姫、お戻りになられますか?」
 その声に、俯いていたシオリは顔を上げ、ペコリと頭を下げる。
「ノゾミさん、いつもごめんなさい」
「いえ。これが仕事ですから」
 キラメキ騎士団の中でも精鋭揃いの“赤の部隊”を率いる若き女騎士、ノゾミ・キヨカワは答えた。
 シオリ姫がお忍びでコウに会いに行く時は、彼女もまた平服で、姫のガードをしているのだ。
 とはいえ、彼女の心中は複雑である。コウとシオリ姫が密会するのを手助けしていることになるのだから。
(いっそ、コウを嫌いになれれば……)
 そう考えて、慌てて首を振るノゾミ。
(それは出来ないよ、あたしは……)
「ノゾミさん?」
「え? あ、す、すみません」
 かぁっと真っ赤になって、慌てるノゾミを、シオリ姫は不思議そうに見た。
「どうしたんですか?」
「あ、いえ、何でもないです。あははは。そ、それより、何でしょうか?」
 シオリ姫も、ノゾミの想いは知っている。だから、それ以上は追求しなかった。
「もう少し、お手間を取らせてかまいませんか?」
「え? まだどこかに?」
 聞き返したノゾミに、シオリはうなずいた。
「ええ。メグに会いに行きたいんですけど」
 メグミは、森の中でもひときわ大きな木の枝に腰かけて、目を閉じていた。
 ちょっと見ると眠っているようにも見える。しかし、彼女はおしゃべりをしていたのだ。
 森にいる、無数の精霊達と。
 その木の下では、茶色の子犬が、大人しく座っていた。
 と、不意に子犬が立ち上がった。くんくんと空気の匂いをかぎ、そして吠える。
 ワンワンワンワンッ!
 メグミは目を開けて、木の下を見た。
「ムク、どうしたの?」
 ワンワンワンワンッ!
 メグミの問いにも答えず、吠え続けるムク。
 メグミは、ムクの吠える方向を見て、元から大きな目を更に見開いた。
「あの子……!」
 彼女はふわりと高い木の枝の上から飛び降りた。普通の人間なら骨の二、三本は折りそうだが、彼女はそのまま地面に降り立つと、そちらに駆け寄った。
 茂みがガサガサと揺れ、そしてそこから、メグミも見覚えのある変な生き物が顔を出した。
「こあらちゃん?」
 メグミは、その変な動物を抱き上げて訊ねた。
「こあらちゃん、ミハルちゃんが来てるの?」
 ニヤリ
 変な動物はいつものように笑みを浮かべている。メグミは頷いた。そして、はっとして振り返る。
「シオリちゃん……」
 メグミは、風のそよぎで、シオリがやってくる事を感じ取っていた。少し考えてムクに言う。
「ムク、シオリちゃんを迎えに行ってくれる?」
 クゥーン
 ムクは心配げに鼻を鳴らした。メグミは微笑んだ。
「大丈夫よ」
 ワン
 それに答えて一声鳴くと、ムクは森の中を駆け出した。それを見送ってから、メグミは向き直った。変な動物をその場に置くと、すっと両手を挙げる。
「全ての緑の中に息づきし、美しき精霊達よ……」
 そうして暫くじっとしていたメグミの栗色の髪が、不意に巻き起こった風に煽られてフワリと拡がる。
 メグミはうなずいた。
「そっちなのね。ありがとう」
 精霊使いなら、メグミの廻りを飛び回っている、風の精霊の姿が見えただろう。
 彼女は軽やかに駆けだした。その後を追うように、変な動物も走っていく。
 不意にメグミは立ち止まった。その顔に微笑みが拡がる。
 エルフの特徴である彼女の長い耳が、かすかに聞こえてきた声を聞き取ったのだ。
「ああ〜ん、助けてぇ」
 次いで、その表情が曇る。
「へっへっへ。大人しくしてりゃ、気持ちよくさせてやるぜぇ」
「け、結構ですから……」
「ええい、四の五のぬかさずやらせろ!」
 メグミはすっと手を挙げた。その唇から呟きが漏れる。
「大地の精霊よ……」
(へへ、今日はついてるぜぇ。こんな所に若い女が、しかも一人。へっへっへ)
 弓矢を担いだ若い猟師は、息を荒くしながら、組み伏せた少女をじっくりと見つめた。
 ずいぶんと逃げ回った後だけに、すっかり体力を消耗したらしく、その少女はもう彼を跳ね返す力も残っていないようだ。かすかにいやいやと首を振っている。
「へっへっへ」
 彼は、まずは、彼女が息をつくたびに上下している胸の脹らみに手を伸ばした。
 ガシッ
「おや、思ったよりも堅い……って、なんだぁ!?」
 彼が掴んでいたのは、柔らかそうな少女の胸ではなく、その脇から不自然に盛り上がった土の塊だった。
 と、見る間にその土の塊はムクムクと大きくなる。
「ひ、ひぇぇ」
 彼は腰を抜かして、その場にしゃがみ込んだ。
 と。
「お帰りください。ここは、あなたのような人が来るところではありません」
 静かな声に、猟師と少女は同時にその声の方を見る。
 そこには、小柄なエルフが立って、二人をじっと見つめていた。その足下には、変な動物が纏わり付いている。
 猟師は、ゴクリと唾を飲んだ。
「へっへっへ、ついてるぜ。エルフとはなぁ」
「……?」
 小首を傾げるメグミ。
 猟師は、無造作に弓を構えた。そして、メグミに狙いを付ける。
「動くな!」
「!」
 メグミは立ちすくんだ。
「一度、人間を撃ってみたかったんだ。だけどよぉ、人間を撃ったら罪になる。だけど、エルフならいいよな。なにせ人間じゃねぇんだから」
「生命が惜しくないなら、撃ってみれば」
 別の声がした。と同時に、彼の首筋に冷たいものが触れる。
「もっとも、その前にお前の首が飛ぶけどな」
「なっ……」
「あたしは、キラメキ騎士団のノゾミ・キヨカワだ。貴様、ここが王室直轄の領地と知っての狼藉だろうな?」
 ノゾミは、猟師の首筋に当てた剣をそのままに、厳しい声で尋ねた。
 猟師は弓を地面に落として、その場にあわてて土下座する。
「お、お許しください! ちょっとした出来心で……」
「なら、さっさと行け! そして二度と顔を見せるな!!」
 ノゾミの怒鳴り声に、猟師は這うように逃げていった。
 メグミは、猟師に襲われかけていた少女に駆け寄った。
「ミハルちゃん!」
「メグちゃん!」
 ミハルは、立ち上がると泣きながらメグミに抱きついた。
「怖かったよぉぉ」
「無事でよかったね」
 ノゾミは苦笑して、剣を納めた。そして振り返る。
「姫、失礼しました」
「ありがとう、ノゾミさん」
 そう言いながら、木立の下を潜って、シオリ姫が姿を現した。その腕には、ムクが抱かれている。
「シオリちゃん、ごめんね」
 メグミは、泣きやまないミハルの背中をあやすようにポンポンと叩きながら、シオリに微笑みかけた。
「ううん、いいの」
 首を振ると、シオリはミハルに話しかけた。
「よく来てくれたわね」
「ひっく、くすん、……はい」
 ミハルは顔を上げて、ポケットから手紙を出した。ちょっと緑がかった、一風変わった紙でできた封筒には、ミハルの名が記されているだけで、宛先も何も書かれてはいない。
「これ、頂きましたから……。ミオさんの呪符ですか?」
「ええ。ミオさんにお願いして、絶対に届くようにしてもらったの。だって、ミハルさんの行く先、わからなかったから」
 シオリは微笑んだ。
「それじゃ、行きましょう。もう他のみんなも来てると思うし」
 不意に、ユウコは顔を上げた。
「やっと来たかぁ」
「え?」
 サキとミオは顔を見合わせ、そしてユウコの見ている方に視線を向けた。
 王都キラメキを囲む高い城壁。その城壁にある門から、数人の人影がこちらに向かってくるのが見えた。
 元々忍者としての訓練を積んでいるユウコは、既にそれが誰かわかっていた。
「ユカリにユイナに、げぇ、ミラおばさんもいるしぃ〜。お、アヤコもいるじゃん」
「アヤちゃんも、帰ってきたんだね」
 サキが目を細めてにこっと笑った。
 ユウコはそのまま丘を駆け下りていった。
「ユカリ〜〜! 超ひさしぶりぃ〜〜〜!!」
「あらぁ、これは、ユウコさんではありませんか。たいへん、御無沙汰いたしておりました。ご壮健そうで何よりでございます」
 おっとりとユウコにお辞儀するユカリ。
「んもう、そんな堅いのは後々! さくっと行こ!」
 そういいながら、ユウコはユカリの手を引いて駆けだした。
「あらあら、まぁ、どうしましょう〜」
 そう言いながら、ユカリは引っ張って行かれてしまった。
 それを見送りながら、ミラは苦笑した。
「あの娘もあいかわらず、騒がしいわねぇ」
「……」
 ユイナは黙って肩をすくめると、丘の上の伝説の樹を見上げた。
 その表情が、彼女にしては珍しくなごんでいるのに気づいたミラは、彼女も足を止めた。
「ユイナさん?」
「たまには、良いかもしれないわね」
 彼女は静かに呟いた。
「……そうね」
 ミラは、不意に起こった風に乱れる髪を、片手で押さえながら、微笑んだ。
 と、後ろから声が聞こえた。
「どうやら、間に合ったようですね」
「あら」
 ミラは振り向いた。そこには、長い金髪の女性がいた。その後ろには、目立たぬように黒い服の男が控えている。
「レイさん、お久しぶり」
「……」
 こちらは無言のユイナ。
 レイは二人に頭を下げた。
「お久しぶりです、ミラさん。ユイナさん、先日はどうも」
「たいしたことじゃないわ」
 ユイナはあっさりと返事をすると、すたすたと歩きだした。
 レイは、ミラの視線に気づいて苦笑した。
「その話はいずれ。とにかく行きましょう」
「そうね」
 ミラは頷いた。
 シオリ達が丘に近づくと、そよ風に乗って歌声が聞こえてきた。

 ♪元気でね 頑張ってね
  手紙書くね たまに逢えるよね
  なんでかな さみしいのに
  さみしいよと 言えなかった

「アヤコさんの声だぁ」
 ミハルが両手をあわせて、うっとりと呟いた。
「もうみんな集まってるみたいね」
 シオリは頷くと、丘の上を見上げた。
 その横顔を見て、メグミは息を飲んだ。
(シオリちゃん……?)
 それは、今までメグミが見たことがない、厳しい表情だった。
「……どうしたの?」
 シオリは、その視線に気づいたのか、メグミの方に向きなおった。そのときにはもういつものシオリの表情に戻っていた。
 メグミは首を振って、微笑んだ。
「シオリちゃん、行きましょう」
「……ええ」
 二人は、先に丘を登っていったミハルとノゾミを追うように駆けだした。

 全員が集まり、一通り喜びの再会が終わったところで、シオリが口を開いた。
「みなさん。突然呼びだして、ごめんなさい」
 そう言って頭を下げると、シオリは言葉を継いだ。
「みなさんにお知らせしたとおり、明日、コウくんはキラメキ騎士団の騎士に叙勲されます」
 そこで言葉を切るシオリ。
 沈黙が伝説の樹の下を満たした。
 ミオは、シオリから視線を逸らし、王城を見やりながら呟く。
「コウさんが騎士に叙勲された後なら、シオリ姫と結婚するとしても、何も問題はないわけ、ですよね」
「けっこん!?」
 皆が同時に叫んだ。もっとも、ミオとシオリ自身、そしてレイとユイナは叫ばなかったが。
 ミオは視線を逸らしたまま、淡々と言葉を継ぐ。
「世界を救った伝説の勇者。そして、その勇者が魔王から救いだした姫君。これほどお似合いの二人もいないでしょう」
 だが、サキだけは、ミオの声が微かに震えているのに気づいた。
(ミオさん……)
 そう言われたシオリは、だがむしろ寂しそうな笑みを浮かべて呟いた。
「そう……よね」
「だめぇ!」
 ユミが叫んだ。そしてシオリの前に飛びだすと、大きく手を広げて通せんぼをする。
「シオリ姫でも、コウさんはあげないもん!」
「ユミちゃん……」
「ユミさん」
 そのユミの手を押さえたのは、レイだった。
「シオリ姫の話を聞きましょう」
「で、でも……」
「考えてみてください。コウさんがシオリ姫を助けてもう1年が過ぎました。シオリ姫がコウさんと結婚しようとしているなら、どうして1年も待ってたのですか?」
「え? え?」
 ?マークを頭の回りにクルクル回すユミ。
 ミオは、シオリに初めて視線を向けた。
「私もそれをお訊きしようと思っていました。私の知っている限り、姫と勇者コウとの結婚については、シオリ姫自身より、むしろ周囲の方が熱心に勧めていた。そうですよね?」
「……」
 無言のシオリ。
 ミオは言葉を継いだ。
「それを、シオリ姫は、せめてコウが騎士の位につくまで待ってほしい、と引きのばしてきた。でも、どうしてなのですか?」
「それは……」
 シオリは目を伏せ、そして言った。
「コウくんが迷ってるから……。それが判ってたから」
「コウくんが迷ってる?」
 サキが鸚鵡返しに聞き返す。
「うん……。私、コウくんが好き。大好き。世界中の誰よりも……。でも……、コウくんには、……私よりも好きな娘がいるのかもしれない」
 その言葉に、皆が息を飲んだ。
「だから……」
 シオリは顔をあげ、微笑んだ。
「私はコウくんを縛りたくないの。コウくんの好きなようにさせてあげたいの。でも、もうこれ以上引きのばすことが出来ないの。このままだと、明日からコウくんは、自分の好きなように生きていくことは出来なくなっちゃう……。もう、時間がないの。だから……」
 そう言うと、シオリは皆の顔を見回し、静かに言った。
「コウくんの選んだ人なら、私、笑って祝福出来ると思う。だって、私の大好きなコウくんが選んだ人なんだもの」
「シオリ……姫……」
 シオリは、伝説の樹を見上げた。
「明日の朝が、コウくんが自由でいられる最後の時だと思う。それだけ、言っておくね」
「明日の朝……」
 それぞれの想いを込めて、皆は伝説の樹を見上げた。
 さやさやさや
 伝説の樹は、そよ風に梢を揺らしていた。
 翌朝。
 コウは夜明け前に目を覚ました。
 夢を見ていたような気がした。
「いよいよか……」
 彼は、体を起こしながら呟いた。
 昨日のシオリの言葉が、聞こえたような気がする。

「私からのお願い。もう、無理はしないで。自分の心に嘘をついてる、そんなコウくんと一緒にいても、私はちっとも嬉しくないんだから」

 大きく伸びをして、ベッドから出ると、廊下を通り抜けて、玄関にでる。
「ふわぁ〜」
 大きく伸びをして、コウはふと、足元に何かがあるのに気付いた。拾い上げてみる。
「手紙?」
 白い封筒には表に「コウ・ヌシヒトさまへ」とあるだけで、あとは何も書いていない。
 彼はその封筒を開けて見た。中には、白い紙が一枚入っているだけだった。
 その紙を広げると、一文が書いてあった。

  
伝説の樹で 待ってます


 署名はない。
「これは!」
 コウは、駆け出した。
 街路を駆け抜け、王都の城壁から外へ飛びだした。そして、丘を一気に駆け上がる。
 彼の目に、大きな伝説の樹が見えてきた。
 そして、その下で待っている少女の姿も。
 コウは荒い息をつきながら、立ち止まった。
 ちょうどその時、朝日が昇ってきた。その光に照らしだされる二人。

 そして……。

farewell Tokimeki-Fantasy

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