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ときめきファンタジー
最終章 THE AGES

その ALONE〜それでも道は続く

 魔王の島。
 ついに魔王を倒し、シオリ姫を救いだした勇者コウと、彼を助けて闘い抜いた12人の“鍵の担い手”は、喜びにひたっていた。
 と、
「!!」
 いつものようにミラとやりあっていたユウコが、不意に顔をあげた。そして叫ぶ。
「なんかやばそ!」
「え?」
 忍者であるユウコは、本能的に危険を察知する事が出来るのだ。
 メグミも、はっとしてムクを抱きしめ、呟いた。
「精霊さんが……騒いでいます」
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ
 微かに、地鳴りのような音がひびき始めた。
 レイが声を上げた。
「いけない! 皆さん、早くここから脱出しなければ!」
「どういうことだい?」
 聞き返すノゾミに、レイは答えた。
「そもそも、此の島は、魔王がその魔力を使って創り上げた島なんです。その魔王がいなくなった今、島そのものが無に還ろうとしてるんです!」
「そ、そういうことは早く言ってよ!」
 あたふたしながら言うミハル。ちなみに、まだ変な生き物の着ぐるみを着たままである。
「ユイナさん。超遠距離転移呪文は、使えますか?」
 ミオが、少し早口で尋ねる。
 ユイナは腕を組んだ。
「今のうちなら、まだね。でも急がないと、地面に魔法陣を描けなくなったら転移できないからね」
 そう言っている間にも、次第に地面が揺れ始めていた。
「あっ!」
 不意にサキが声を上げた。
「伝説の樹が!」
「え?」
 その声に、皆はサキの指さす方を見た。
 聖剣を守ってきた伝説の樹が、はるか彼方に見えた。
「オーマイガッ! このままじゃ、伝説の樹は、魔王の島と一緒に崩れるわ!」
 アヤコが声を上げる。
「そんな! 何とかならないの?」
「樹の前に、自分達のことを心配した方がいいわよ」
 ユイナは魔法陣を描きながら言った。
「で、でも……」
 ますます揺れが激しくなり、さらに辺りに地割れが縦横に走りだす。
 ドォン
 その地割れから、爆発音と共に、溶岩が噴きだした。
「超ヤバって感じ! どうすんの!?」
「メモリアルスポットが使えれば……」
 ミオは呟き、胸元のロケットに手を当てた。
 と、ロケットは光を発し、ペンに姿を変えた。
「!? まだ使える?」
 勇者が魔王を倒し、聖剣がその任務を全うして消えた今、聖剣と対になる存在であるメモリアルスポットもその任務を終わって使えなくなっている。そう思っていたミオは、まだ使えることに驚きながらも、懐から白紙を出してペンを走らせた。そしてその紙を溶岩に向けて投げつける。
 ブワァッ
 紙は大きく広がると、あっという間に溶岩を包み、固めてしまった。しかし、他のところからも次々と溶岩が噴き出した。
 灼熱のマグマが、皆の頭上から降りかかろうとする。
 ミオは振り返った。
「サキさん、楯を!」
「う、うん。楯よ!」
 サキが聖印をかざすと、七色の光の幕が皆の頭上に広がって、溶岩を防いだ。
 次いで、ミオはミハルに言った。
「ミハルさん。伝説の樹を召還してみてください」
「う、うん。出でよ、伝説の樹!」
 ミハルは、右手の指輪をかざして叫んだ。
 キラッ
 指輪にはまっている緑色の宝石が光を放ち、そして……。
 ワン!
 メグミが抱いていたムクが、いきなり一声吠えると、その腕の中から飛びだした。
「きゃ! ムク!?」
 ワンワン
 すぐに駆け戻ってくると、ムクは口にくわえていた物をメグミに渡した。
「これは……、伝説の樹?」
 メグミは、細い木の枝を抱きしめた。
「それだけしか、召還できなかったのか」
「……ごめんなさい」
 ノゾミの言葉に、しょぼんとするミハル。
「……ううん。これだけでも、充分よ」
 メグミはそう言うと、その枝の切り口に手を触れ、呟いた。
「植物の精霊さん……」
 キラキラと、緑色の光の粒が、枝を包み込んだ。メグミはにこっと笑う。
「大丈夫です。植物の精霊さんが守ってくれますから」
「よかった」
 胸をなで下ろすサキに、コウのせっぱ詰まったような声が届いた。
「サキ! シオリが!」
「え? シオリ姫がどうしたの?」
 サキは、コウのところに駆け寄った。

 サキはコウが抱いているシオリの額に手を当てていた。
 魔王を倒したとき、シオリは少しだけ意識を回復していたのだが、今はまた気を失っていた。
「……うん、疲れて眠ってるだけみたい」
 サキはうなずいた。そして苦笑気味に肩をすくめる。
「ごめんね。私の回復魔法は、姫には使えないから……。でも、今は眠らせておいてさしあげた方がいいと思うの」
「そうだね。ありがとう、サキ」
 コウは、シオリの額にかかった前髪をそっとかき上げて、微笑んだ。
 そんな二人に、割り込めないものを感じるサキだった。
(コウくん……やっぱり、シオリ姫と……)
 サキのそんなもの思いを破るように、魔法陣を描いていたユイナが、声を掛けてきた。
「用意が出来たわ。魔王の島と心中したくないなら、さっさと来なさい」
「わかった。サキ、行こう」
 そう言って、立ち上がるコウ。
「う、うん」
 慌てて、サキもその後に従って、ユイナの描いた魔法陣に駆け寄っていった。
 全員が魔法陣に入ったのを見て、ユイナは杖をトンとつき、呪文を唱えた。
『2つの魔法陣よ、その狭間の架け橋となれ』
 魔法陣が光を放ち、そして皆、その光に包み込まれた。
「あっ!」
 その瞬間、コウは崩れていく魔王の島に、光に包まれた番長とユーリの姿を見たような気がした。
「これで、俺の役目も終わりだな」
 激しく揺れ、次々と崩れていく魔王の島に、腕を組んで立ったまま、番長、いや、元番長は言った。
 その右の肩にちょこんと乗った天使、ユーリは微笑んだ。
「後は、彼等が築いていきますわ。彼等の歴史を、ね」
「それじゃ、俺達は、戻るか。俺達のところへ」
「ええ」
 二人は顔を見合わせて、笑みを漏らした。
 それから、ユーリはコウ達の消えた方を見やった。
「心残りと言えば、未だ眠ったままの、わたくしの妹ですけれど」
「なぁに。お前の妹の出番にはならんだろう。コウ達は、それほど愚かじゃないさ」
「そうですね」
 ユーリは肯いた。
 ドォン
 不意に二人の足下が裂け、溶岩が噴き出した。
 しかし、一瞬早く、二人の姿はそこから消えていた。微かな光の飛沫を残して。
 次々と火を噴きだしながら、崩れ落ちる魔王の島。
 その中央にあった魔王の城も、次々と崩れ落ちていく。
 高くそびえていた尖塔を、稲妻が砕く。
 “鍵の担い手”達が、そしてコウが死闘を繰り広げた場所が、次々と大地に沈んでゆく。 そして、大きな波が島に襲いかかり、全てを海の底に沈めていく。
 こうして、魔王の島は、海底深く沈み、二度と現れることはなかった。
 カァッ
 王都キラメキの地下、書庫の奧にある“ユイナ専用研究室”。
 その床に描かれていた魔法陣が不意に光を放った。かと思うと、そこに人影が現れる。
「……ここは?」
 尋ねるコウに、ミオが答えた。
「キラメキ城の地下にある書庫です」
「キラメキ城の地下? ってことは、本当に帰ってきたんだ!」
 コウは歓声を上げた。
 と、バタバタと足音がしたかと思うと、ヨシオがそこに飛び込んできた。
「ユミ!」
「お兄ちゃん?」
 きょとんとするユミを、ヨシオは抱きしめた。
「無事なんだな? よかった」
「く、苦しいよぉ、お兄ちゃん」
「ミオさん!」
 ヨシオの腕の中でじたばたもがくユミを微笑んで見ていたミオは、自分を呼ぶ声に振り返った。
「あ、スペルフィールドさん」
「お帰りなさい」
 スペルフィールドは微笑んだ。そして、コウの腕の中で眠るシオリ姫の姿に目を留める。
「もしかして……、シオリ姫さまですか?」
「……あ、うん」
 コウは肯いた。スペルフィールドは慌てて向きなおった。
「大変だ! 今すぐ陛下にお知らせして参ります! ……っと、その前に」
 彼は、コウに頭を下げた。
「大願成就おめでとうございます、勇者コウ殿」
「え? あ、はい」
「では、失礼」
 そう言い残して、スペルフィールドは外に飛びだしていった。
 それを見送りながら、コウは複雑な表情をしていた。
 ミオはそれに気づいて苦笑しながら言った。
「コウさん、覚悟は決めて下さいね。好むと好まざるとに関わらず、みんなにとって、あなたは“勇者コウ”なんですから」
「でも……、俺はそんなつもりでシオリを助けたんじゃ……」
「コウくん……」
 気遣わしげにコウを見るサキ。
 と、そこに一団の騎士達が駆け込んできた。コウ達の前で立ち止まり、深々と頭を下げる。
「凱旋おめでとうございます、勇者コウ殿」
「シオリ姫はこちらへ」
 数人の男が担架を担いでいる。コウは肯いて、シオリをその担架に乗せた。その途端、彼等は担架を運んでいく。
「あ、ちょっと……」
「勇者殿はこちらへ。陛下がお待ちになっておられます」
「え? で、でも……」
 担架の方を目で追うコウに、ミオが駆け寄った。小声でささやく。
「多分、シオリ姫は大神殿で大神官様の診察を受けるんだと思います。サキさんに着いていってもらえば、心配はいらないでしょう」
 そう言いながら、ミオはサキに目くばせした。サキは肯くと、シオリ姫を運ぶ騎士達の後を追って駆け出した。
「だけど……」
「ともかく、この場は彼等に従ってください。よけいな騒ぎを起こしても意味はありませんよ」
 ミオの言葉に肯くと、コウは騎士達の後に付いて行った。
 ウワァーーッ
 書庫から外に出たコウを、大歓声が出迎えた。
「な、なんだぁ?」
 思わず左右を見回すコウ。
 辺りは、群衆で埋まり、口々に勇者達を誉め讃えている。
「勇者様万歳!」
「勇者に栄光あれ!」
 コウは、俯き、もう一度呟いた。
「……俺は、そんなつもりでシオリを助けたんじゃ……ないんだ……」
 そして、1年が過ぎた……。

《続く》

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