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ときめきファンタジー
断章 見えない翼

その WINNERS FOREVER

 ユイナは、魔法陣の中央に杖を突き立てて呪文を唱えた。
『2つの魔法陣よ、その狭間の架け橋となれ』
 一瞬の浮遊感の後、一同は広い部屋の中にいた。床にある魔法陣は、グランデンシャーク山にユイナが描いたものと同じものだ。
「もう、ついちゃったの?」
 ユミが訊ねる。ユイナは得意げに胸を反らした。
「あたりまえでしょう?」
 と、ヨシオが鼻をひくつかせた。
「焦げ臭いな。外か?」
「大変! 村が……」
「行くぞ、みんな!」
 ノゾミが先頭に立ってドアを開けた。

 ドォン、ドォン
 砦の門のところまで来ると、外で大きな音がしていた。音がする度に、扉が大きくきしんでいるが、今の所は何とか持ちこたえていた。
 ユイナが眉をしかめる。
「いい度胸ね。私の砦に進入しようとは」
「ユイナさん?」
『我が名、ユイナ・ヒモオの名にかけて、扉よ、開け!』
 ユイナが大音声で呼ばわった瞬間、今まで頑強に抵抗してきた扉がいきなり開いた。その瞬間、大きな丸太を持った男達がつんのめるように飛び込んできた。
 見るからにならず者といった感じの男達は、中庭に平然と立っているユイナ達を見て、最初は驚いたが、こっちが女性ばかりなのを見て歓声を上げて襲い掛かってきた。
「愚かな」
 ユイナは呟き、右手をかざした。その中指にはまっている指輪の赤い宝石がきらめく。
「これでも、くらいなさいっ!!」
 ゴウッ
 指輪から炎が迸った。
 ごろつきどもを難なく一蹴した後、一同は外に飛び出した。
 サキが、呟く。
「ひ、ひどい……」
 村の家々が燃えている。道ばたには怪我をした人々がうずくまって呻いていた。
「とりあえず、火を消さねばな」
 ノゾミは、剣を抜きながらチュオウ湖にジャバジャバと入った。そして振り返る。
「大海嘯っ!!」
 ゴウッ
 チュオウ湖の水が大量に舞い上がった。やや遅れて、その水が雨のように降り注ぐ。
「もうひとつっ!」
 ノゾミは連続して水を舞い上げた。やがて、火が下火になる。
 その間にミオとサキが、怪我をした人達に駆け寄る。
「もう、大丈夫ですよ」
「神よ、この者の傷を癒し賜え」
 ミオが励ます間にサキが治癒呪文を唱える。
「あ、ありがとうございます……」
 村人が礼を言う。ミオは彼に訊ねた。
「一体、何があったのですか?」
「黒衣の騎士が、ユイナ様の結界を破ったのです。そして、そいつが連れてきた化け物どもが、村を……」
「黒衣の騎士!?」
 メグミが悲鳴を上げた。ミオは振り向いた。
「メグミさん、何か心当たりでもあるのですか?」
「い、いや、いやぁぁ!」
 メグミは両耳を押さえて、その場にうずくまった。
「メグミちゃん?」
 ユミがかがみ込んで背中を揺する。
「どうしたのよぉ」
「来たわね」
 ユイナが呟き、ばさりとマントを翻す。
 彼女の視線の向こうから、手に小剣を持った小鬼達が何匹もこっちに向かって走ってくる。
 ゴブリンと呼ばれるデミ・ヒューマン、つまり人間型モンスターである。今では、人里ではほとんど見かけることが無くなったはずだ。
「魔王の復活によって、活性化した、か」
 ユイナは呟き、そして叫んだ。
『炎よ! ……』
 戦いは、ユイナ達に有利に展開していたが、ゴブリン達の数は思ったより多く、それらを追ううちに、いつしか皆バラバラになってしまっていた。
「こまったなぁ。お兄ちゃんやサキさん、何処に行っちゃったんだろ?」
 さして困ったような感じを受けない様子で、ユミは辺りを見回した。そして、訊ねる。
「メグミちゃん、ちょっとは落ちついたぁ?」
「は、はい。ごめんなさい、私、取り乱してしまって……」
「ううん、ユミ、気にしてないよぉ」
 そう答えながら、ユミは辺りを見回し、さっと身構えた。
「だれぇ?」
「どうしたの、ユミ……」
 カツ、カツ、カツ
 足音が聞こえた。2人はそっちを見たが、焼けた家がまだ煙を出してくすぶっているおかげで、視界は良くない。
 その向こうから声が聞こえた。
「コウ・ヌシヒトか。僕の呪縛をよくといたものだ。勇者の力、というやつなのか?」
「ひっ」
 メグミが息を呑んで、その場に立ちすくんだ。
 ユミはちらっとメグミを見て、向き直る。
「メグミちゃんを操ったのは、おまえだなぁ」
「おや、もう一人いましたね。たしか、ユミ……。そう、ユミ・サオトメ、でしたね」
 不意に風が煙を払った。その向こうに佇む黒衣の騎士。
 その瞬間、ユミが地を蹴った。
「いややああああっ!」
 軽々とジャンプし、そのまま蹴りを放とうとする。
 その騎士は、軽く頭を右に曲げて、その蹴りをかわす。
 着地したユミは、その姿勢のままで後ろ蹴りを放った。
 スゥェイバックしてそれをかわす騎士に、さらに身体を回転させて回し蹴りを放つユミ。
 ガキッ
 今度は、左手を挙げて、手甲でその蹴りを受けると、彼は笑みを浮かべた。
「なかなかの腕だ」
「腕じゃないもん。脚だもん!」
 飛び下がりながら言うユミ。
「……その腕に免じて、教えてやろう。私の名はレイ……」
 言いかけたところに、ユミが再び飛び蹴りを放つ。ヒット。
「ぐっ」
「とどめぇっ!」
「レイ様!」
 延髄蹴りを放とうとした瞬間、二人の間に何かが飛び込んできた。そして、ユミが弾き飛ばされる。
「きゃん」
 ゴロゴロと地面を転がって勢いを殺し、立ち上がるユミ。
「レイ様、ご無事で」
 黒い服に身を包んだ、筋骨隆々とした男が騎士に声をかけた。
「ソトイか、すまん。少々油断したようだ」
「ご無事でなにより」
「邪魔しないでよぉ」
 ユミはぶーっと膨れた。ソトイが言い放つ。
「レイ様に手を出す者は許しません。不肖この私が排除します」
「言ったなぁ〜!」
 言葉と同時にダッシュするユミ。
 迎えうつソトイ。その右拳が突然光を放った。
「えっ!?」
「失礼いたします」
 ボグゥッ
 右拳から打ち出されたその光りがユミを貫いた。
「かはぁっ」
 ユミの身体が、ゆっくりと倒れた。
「ユ、ユミさん!!」
 駆け寄ろうとするメグミ。その彼女にレイが言った。
「何処へ行く気ですか? メグミ・ソーンバウム・フェルド」
 ビクン
 メグミは電撃に打たれたように動きを止めた。その瞳から焦点が消える。
 レイが薄笑いを浮かべながら言葉を継ぐ。
「まずは、そのユミくんにとどめを刺してもらおうか」
 ザワッ
 メグミの長い栗色の髪が風に舞い上げられる。
「……メグミ……ちゃん」
 ユミはよろよろと体を起こした。
「やれ!」
 ゴウッ
 突風が吹き付け、小柄なユミの身体は吹き飛ばされた。5メートルほど飛ばされて、地面に転がる。
「メグミちゃん……、負けちゃ……、だめだよぉ」
 よろよろと立ち上がりつつ、ユミは呟いた。
 ポタッ、ポタッ
 地面に血が滴り落ちる。
「なかなか頑丈だな」
 レイは呟いた。
 メグミは無表情のまま、右手を上げた。その手の平の上に、光が集まり始める。
「メグミ……ちゃん」
 ともすれば、崩れ落ちそうになりながらも、ユミは立ち上がった。そして、拳を握りしめて、叫ぶ。
「コウさんのこと、忘れちゃったのぉぉぉっ!?」
「コウ……さん……」
 メグミは、微かに呟いた。
「どうした? やれ」
 いらだったようにレイが叫ぶ。
「私……。もう、あなたの思い通りには、なりません!!」
 メグミは叫んだ。その瞬間、光りの玉が砕け散る。
「バカな!?」
 レイは驚きの表情を浮かべつつ、剣を抜いた。
「使えない以上、もはや不要。斬る!」
 メグミはすっとかがみ込んだ。地面に手を置く。
「大地の精霊ノームよ、私に力を貸してください……」
 ガッ
 突然、レイの足がずぼっと地面に潜った。足を取られたレイはよろめく。
「くっ」
「レイ様!」
 ソトイがレイの身体を抱え上げる間にも、メグミはユミのところに駆け寄った。
「ユミさん、あの、大丈夫ですか?」
「メグミ……ちゃん……。よかった……」
 ユミはにこっと笑った。
「おのれ!」
 ソトイに助けられたレイが、憤怒の表情で剣を振り上げた。
「このボクをここまでコケにするとは、許されることではない!」
「そこまでだ!」
 横合いから声が掛かった。
 ノゾミが“スターク”を構えている。その隣では、ユイナが妖しげな笑みを浮かべていた。
 ソトイが囁く。
「レイ様、ここは……」
 レイは一つため息をついた。
「やむを得まい。ソトイ、ここはお前に免じて引き上げるとしよう」
「ありがとうございます」
 ソトイは頭を下げた。
「何をごちゃごちゃと!!」
 ノゾミが斬りかかった。レイはそれをかわすと、剣を高く上げた。
 次の瞬間、レイとソトイの姿は消えていた。
「な、何だ? どうした!?」
 きょろきょろするノゾミ。その後ろでユイナは呟いた。
「レイ……。侮れないわね」
「でも、どうしてすぐに魔法で攻撃しなかったの? ユイナさんらしくないわね」
 サキはミオに訊ねた。ミオはくすっと笑った。
「ユイナさんも、限界まで魔力を消耗しているんですよ、きっと」
「あ、やっぱり。実はあたしも、疲れちゃって……。でも、もうひとがんばりしなくっちゃね」
 サキは笑いながら言うと、ユミに駆け寄っていった。
 ミオはそんなサキを見送りながら、心の中で呟いた。
(強いんですね、サキさんは。私も見習わないと……)
 翌朝。
 村の出口には、包帯姿も痛々しい村長以下数人の村人が見送りに来ていた。
 ユイナが言う。
「勇者がいない以上、私たちだけではメモリアルスポットの封印を解くことは出来ないわ。なぜならば、封印を解く鍵は勇者への愛だからよ」
「……恥ずかしくないですか?」
 さらっと言ったユイナに、顔を赤く染めたミオが訊ねる。
 ユイナはミオを一瞥した。
「別に」
「……すいません。話を続けてください」
「いま私たちが出来ることはひとつ。メモリアルスポットの在処をハッキリさせる事よ。勇者が戻ってきたときに、直ぐに封印を解けるように、ね」
「そうですね」
 ミオも頷いて賛成した。
「で、何処へ行くの?」
 サキの質問に、ユイナは黙って東を指した。
「東、なの?」
「そうよ。ここから西にはまず、ないからね」
「……東、ね」
 ノゾミはそっと剣に手を添えながら呟いた。
「じゃ、行こうよ!」
 ユミは、先頭を切って歩き出しかけ、振り向いた。
「ね、メグミちゃんも!」
「あ、はい。行きましょう」
 メグミは頷いて、ユミと並んで歩き始めた。
 その頃、コウは……。

《断章1 終わり》

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