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ときめきファンタジー
断章 見えない翼

その Stand up to the Victory

 平凡な鍛冶屋の息子コウは、魔王にさらわれた幼なじみのシオリ姫を救うべく、僧侶サキ、賢者ミオ、騎士ノゾミ、盗賊ヨシオとその妹のユミの5人の仲間と共に旅に出た。
 チュオウの村で魔術師ユイナを仲間に加えた一同は、彼女から魔王を倒せる唯一の聖剣“フラッター”の存在を聞き、その剣を手に入れるためには“メモリアルスポット”の12の欠片を手に入れなければならないことを知る。
 グランデンシャーク山の遺跡で、ノゾミは12の欠片の一つである剣“スターク”を手に入れた。
 ところが、その直後、魔皇子レイに心を操られたエルフのメグミが襲い掛かってきた。コウは命を懸けて彼女の心に呼びかけ、そのコウの姿に、メグミはレイの呪縛を打ち破る。
 ほっとしたのもつかの間、魔王が自ら手を下した。コウは、魔王の放った光の中に姿を消した……。

 ヒューッ
 風の音だけが、吹き抜けていた。
 コウが姿を消してから10分以上がたっていたが、少女達はその場を離れようとはしなかった。
 不意に、今までしゃくりあげていたユミがきっと顔を上げた。
 その目に、コウに突き飛ばされた姿勢のままで呆然としているメグミがうつる。
 ユミは、すたすたとメグミに近寄っていった。
 パァン
 乾いた音が響きわたった。それぞれの思いに沈んでいたみんなが一斉にそっちを見る。
 ユミは、もう一度、右手を上げて振り下ろそうとした。その腕にサキが飛びついて止める。
「やめてっ!」
「離してください、サキさん!!」
 ユミはもがいた。
「この、このエルフがいなかったら、コウさんは、コウさんはぁっ!!」
「ユミちゃん!」
 サキはユミの肩を掴んで、自分の方を向かせた。
「メグミさんのせいじゃない、そうでしょう?」
「ちがうもん! こいつの……」
 パン
 さっきのよりも、少し小さな音がした。
「ごっ、ごめんなさい」
 サキは、慌てて右手を降ろした。そして、静かに言った。
「でも、メグミさんのせいじゃないわ」
「うわぁ〜〜ん」
 ユミはサキに抱きついて、泣き出した。
 一方、頬を押さえ、地面を見つめるメグミの前に、ミオが歩み寄った。
「メグミさん」
「……わ、私のせいで、コウさんが……」
 メグミは、呟いた。
 ミオは、かがみ込んでメグミの目を見つめた。
「メグミさん」
「はっ、はい」
 メグミはびくっとして、恐る恐るミオを見た。
 ミオは微笑んだ。
「メグミさんは、コウさんのことが好きなんでしょう?」
「えっ? そ、それは……」
 メグミはみるみる赤くなった。
 静かに言葉を続けるミオ。
「それなら、私たちは仲間ですよ」
「な、かま?」
「ええ」
 ミオは頷いた。
「それに、あなたの魔法の力が私たちには必要です」
「魔法? そ、そんな。私、魔法なんて使えません……」
「え? でも、さっきは……」
「そういうことね」
 ユイナが腕を組んで言った。
 ミオが振り向く。
「そういうことって、どういうことなんでしょうか、ユイナさん」
「彼女は自分自身では精霊を使いこなすことが出来ないのよ。今はね」
「え? で、でも……」
「あなた達の話だと、メグミは盗賊に捕まっていたそうじゃない。さっき見せたほどの腕があるなら、そんな無様な事になるわけないでしょう?」
「……確かに」
 ミオは頷いた。
「私たちのような魔法使いと違って、精霊使いは血がものを言うわ。その素質がないものは絶対に精霊使いにはなれないの。そして、彼女のように……」
「無意識に精霊を使うものもいる……、ということですね」
 眼鏡をなおしながら、ミオは頷いた。
「そう。彼女は今は、無意識か、誰かに操られた状態でないと、精霊を使うことが出来ない、そういう状態なわけよ」
 ユイナは言うと、メグミの前に立った。
「あなた、その身体を魔術のために捧げてみない?」
「え?」
 と、その時、ヨシオが叫んだ。
「みんな、あれを!!」

 ヨシオは崖っぷちに立って、遠くの方を指した。
「何だ、一体?」
 ノゾミが訊ねた。ヨシオは言った。
「煙が見えるんだ。あっちはチュオウの村じゃないか?」
「煙? そんなもの見え無いぞ」
 ノゾミは、目を凝らしたが、遠くはもやに霞んでいてよく判らない。
 その隣に進み出たユイナが、呪文を唱える。
『我が魔力、我が目の代わりとなり、遥かなり事象を我が前にさらせ』
 そのまましばらくユイナは黙っていたが、不意に言った。
「間違いないわ。燃えているのはチュオウの村ね」
「何だって!?」
「それに、人間ではないものの影も見える……。ふっふっふ。これは私に対する挑戦ね、ああ、燃えてきたわ!!」
 ユイナが冷たい笑みを浮かべた。
「あの、でもここから歩いて戻ったら3日や4日はたってますけど……」
 ミオが言う。ユイナは笑みを浮かべた。
「瞬間移動をするわ」
「出来るのですか? かなり高度な技と聞いていますが……」
「あなた、未来の世界の支配者を何だと思っているの?」
 ユイナはそう言うと、杖を取り、地面に模様を描き始めた。
 ヨシオが呟く。
「瞬間移動が出来るんなら、最初からここまで瞬間移動をかければいいのに。出し惜しみしたのかよ」
 ピシュン
 何かがヨシオの頬をかすめ、彼の後ろの岩に突き刺さった。頬からつぅっと血が流れる。
 ヨシオは振り向いて、岩に突き刺さっているのが青い髪の毛であるのを確認した。冷や汗がどっと吹き出す。
「一応説明して上げるわ。瞬間移動は、出発位置と到着位置に同じ魔法陣がなければならないの。私がいま、ここに魔法陣を書くことで、チュオウの村の私の砦の中にある魔法陣のところに瞬間移動できるのよ。これだから愚民は……」
 ぶつぶつ言いながら、ユイナは魔法陣を描き終わった。トン、と最後に杖を地面につくと、魔法陣が妖しく光り始める。
 ユイナは手を打った。
「さぁ、この魔法陣内に入りなさい」
 最初にヨシオがおっかなびっくり、片足を入れてみる。その背中をどんとノゾミが突き飛ばした。
「おうわぁぁ」
 ベタン
 魔法陣の中に突っ伏すヨシオ。
「あ、悪い悪い。どうやら、大丈夫みたいだな」
 笑いながら、ノゾミが入る。そして、サキとユミ。続いてミオが入りかけて振り向く。
 メグミは、じっと立ち尽くしていた。
 ミオは右手を差し出した。
「行きましょう、メグミさん」
「わ、わたし……」
 メグミは、躊躇った。
 魔法陣の中で、ユミはそれを見ていた。
 と、その肩にポンと手が置かれた。ユミは振り向いた。
「お兄ちゃん?」
「ユミ、謝って来いよ」
 ヨシオは笑みを浮かべ、言った。
「……お兄ちゃん、うんっ!」
 ユミは大きく頷くと、魔法陣の中から飛び出した。
「ユ、ユミちゃん!?」
「大丈夫だよ」
 慌てて止めようとしたサキにヨシオが言う。
 サキは、その顔を見て、伸ばしかけた手を止めた。そして、微笑んだ。
「いいね、兄妹って……」
「さぁ、メグミさん」
 ミオは急かす風でもなく、ただ静かに言った。
「で、でも……」
 なおも躊躇うメグミの前にユミが飛び出してきた。メグミの前で、腰に手を当てて言い放つ。
「メグミちゃん!」
「はっ、はい」
「ユミはね、メグミちゃんが来ないと許さないんだからね」
「……え?」
 メグミは、目を丸くした。
 ユミは、言葉を続けた。
「ユミね、メグミちゃんが嫌いじゃないんだよ。でもね、でもね、コウさんが、メグミちゃんのことかばったから……。ごめんなさい」
 ぺこりと頭を下げるユミ。
「ユミ……さん」
「ユミね、コウさんのことが大好きなんだよ。だから、メグミちゃんには負けないからね!」
 ユミは、きっぱり言うと、また、魔法陣の中に駆け戻った。それから手招きする。
「早くおいでよぉ!」
「……わ、わたし……」
 メグミはミオを見た。ミオは笑顔で頷いた。
「行きましょう。私達は、同じ人を想う、仲間なんですから」
「……はい」
 小さく頷くと、メグミは魔法陣に足を踏み入れた。

《続く》

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