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ときめきファンタジー
章 別離(わかれ)

その グランデンシャーク山の死闘

「とりあえず、外に出るか」
 ヨシオが言い、皆は頷いて外に出た。
 何時しか、空はどんよりと曇り、雪がちらついていた。
「……ん?」
 ヨシオが不意に立ち止まり、目を凝らした。
「どうした、ヨシオ?」
「おにーちゃん! 寒いんだから立ち止まんないでよぉ!」
 後ろの声を無視して、ヨシオは目を凝らしながら呟いた。
「誰かいる」
「まさか。俺達以外にこんな所に来る奴がいるかよ」
 コウが言ったが、ヨシオは首を振った。
「こっちに向かってくる」
 なおも言い返そうとしたコウだったが、彼の視界の中に動くものが見えたので、口をつぐんだ。
 サク、サク、サク
 雪を踏みしめる軽い音がだんだん近づいてくる。
 草色の服、長い栗色の髪は雪混じりの風になびいている。
「メグミ……ちゃん……?」
 ヨシオは呟いた。
 サク、サク……。
 メグミは彼らの5メートルほど前まで来て立ち止まった。そして、視線を彼らに定める。
 正確には、彼らの中の一人に。
「……コウ……、殺す」
 メグミが呟くと同時に、コウの周りに風が巻き起こる。
 ズババッ
「うわぁーっ!」
 一瞬にして、コウが血塗れになって倒れた。無数のかまいたちがコウを襲ったのだ。
「メグミちゃん、何を……」
 一同が突然のことに唖然としている中、ユイナだけが行動していた。ばっとマントを広げながら呪文を唱えたのだ。
『魔界の炎よ、我が意志に基づき、炎の玉となれ』
 キューン
 微かな音を立てながら、何処ともなく現れた炎がユイナの手の中に収束してゆく。
 見る間に小さな玉となったそれを、ユイナはメグミに投げつけた。
 メグミは視線を転じてそれを見ると、呟いた。
「氷の精霊たちよ……」
 ドォン
 火の玉が炸裂し、炎がメグミを覆う。
 驚いてユイナを見る一同。
「な、何をするんですか!?」
「あなた達こそ、なにを惚けているの? あれは、敵よ」
 ユイナは、厳しい目つきで炎を見ていた。
 と、不意に炎が粉々になって飛び散る。中から、全く無傷のメグミが現れた。
 サキははっとした。
「ちがう! あれは、メグミちゃんじゃ……」
「気がついたようね」
 光を指先から放ちながら、ユイナは言った。サキは唾を飲み込みながら頷いた。
「メグミちゃんから、魔界の力を感じます。でも……」
「もしかして、魔界の者に操られているのでは? 1000年前の勇者の親友も、魔界の者に操られて勇者と刃を交えたと聞きます」
 ミオが早口に言った。
「倒すしかないわ。サキ、コウを早いところ何とかなさい」
「う、うん……」
 サキはコウを抱き起こした。
「コウくん! しっかりして、コウくん!」
「う……」
 コウは弱々しくうめくと、目を開けた。
 その視界に、光を連射しているユイナと、それを受けるメグミが写った。
「い、いけない、ユイナさん。メグミちゃんは……」
「ダメぇ!!」
 サキはコウを抱きしめた。
「メグミちゃんは魔界の者に操られているのよ! どうしようも……」
「いや!」
 コウは起きあがった。そして走り出す。
「やめて!」
 サキは絶叫した。

「ユイナさん! やめろ!!」
 コウは叫びながら2人の間に割り込んだ。
 とっさに光を放つのを中断するユイナ。
「退きなさい、コウ。これは命令よ!」
「厭だ!」
 コウはメグミを見た。
 メグミは焦点の定まらない瞳でコウを見た。
「殺す……」
 と、その瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。
「メグミちゃん……」
 不意にコウの真下から石つぶてが吹き上がった。
「ウワァァッ!」
「コウさぁん!」
 ユミが叫んで飛びだそうとするがヨシオが止める。
「ユミ! お前が行ってもどうにもならない!」
「は、離してよ! おにーちゃん! コウさんが死んじゃうよぉ!!」
 泣きながら叫ぶユミ。
 石つぶてとともに、1メートルほど吹き上げられたコウが、地面に落ちる。
 それでも、よろよろと立ち上がりかけるコウに、微かに声が聞こえた。
『コウさん……』
「メグミちゃん!?」
『私は、もうダメ……。どうすることもできないの……』
「諦めちゃダメだ! 自分を信じるんだ!」
 コウは叫んだ。そして、がくっと膝を突く。
「コ……」
 メグミの口から、微かに声が漏れた。
 その瞳の焦点が、ゆっくりとコウをとらえる。
「コウ……さん……」
「メグ……ミ」
 コウは、メグミの前に立つと、笑った。
「コ、コウさん……、わた、私……」
 メグミは、涙を滂沱とさせながら、言った。
「気にしないで。君のせいじゃない……」
 そう言いながら、コウはメグミの肩に手を置いた。
 と。
 −さすが、勇者の資質を持つ男だな。小娘を呪縛から解き放つとは。
 空一杯に、声が響きわたった。
「貴様、魔王か!?」
 ノゾミが、手に入れたばかりの剣“スターク”を構える。
「見て下さい!」
 ミオが空を指した。
 黒い、巨大な影が空に揺らめいている。
−しかし、これまでだ。貴様はここで死ぬがいい。未来永劫、我が邪魔を出来ぬようにな。
 その声と共に、突然巨大な稲妻がコウに向かって降り注いだ。
 とっさにメグミを突き飛ばし、コウはその光の中に消えた。
「コ……」
 全員が絶句した。
 光の消えた後、コウの姿はなかった。
「ば、莫迦な……、そんなことが……」
 ノゾミががっくりと膝を突く。
 そのまま、全員が沈黙した。雪だけが、静かに降り積もり、闘いの跡を消してゆく。
 ユイナが不意に呟いた。
「まだ、終わったわけではないわ」
「終わりさ。勇者がいなくなった以上、この世界は……」
「ううん。コウくんは死んじゃいないわ」
 サキは静かに言った。
「あたし、信じてる。コウくんは、きっと、ううん、絶対に帰ってくるわ。あたし達の前に」
「そうだよ。コウさんが、コウさんが、死ぬわけ、わけ……ないもん」
 ユミが、しゃくりあげながら頷く。
「……そうだよな」
 ノゾミは頷くと、右手に持ったままだった剣を納めた。
−む。
 魔王は不意に顔をしかめた。
 遥か北の“呪われし島”にある魔王の居城。
 魔王はそこから、見えざる手を伸ばし、邪魔な勇者の卵を、卵のうちに叩き割ろうとしたのだ。
 しかし……。
−フン、そうか。
 魔王は振り向いた。
 そこには水晶の柱が立っていた。その中に、一人の少女が眠るように目を閉じたまま封じ込められている。
 魔王は笑みを浮かべた。
−シオリ姫よ。かような姿になっても、まだあの少年を護るか。さすがはキラメキ王国の姫だけのことはある……。その魔力を我がものと出来る日が待ち遠しいぞ……。フッフッフッフッ……。
 他には誰一人いない広間に、魔王の哄笑がこだました。
 ザーッ
 波の音だけが響く海岸。
 日は暮れ落ちて、辺りを照らすのは月の光だけであった。
 コウは、砂浜にうつ伏せになって倒れていた。その足を波が洗う。
 サク、サク、サク
 静かな足音が近づいてきた。そして、コウの前で止まる。
「まぁ……。このようなところで眠られては、風邪をひいてしまいますわねぇ」
 長い髪を三つ編みにしているその少女は、特に驚くふうでもなく、コウの上にかがみ込んだ。
「お嬢様!」
 数人の男達が駆け寄ってくる。そのうちの一人が彼女を見つけて駆け寄った。
「こんな所に。お捜ししましたよ。……その少年は?」
「ここにうちあげられておりましたのですよ」
 彼女は目を細めて微笑んだ。そして、男達に言う。
「助けてさしあげませんと、いけませんわねぇ」
「は、はぁ」
 男達は、困ったように顔を見合わせた。そんな男達の困惑をよそに、その少女はコウの横顔を、微笑みながら見つめていた。

《続く》

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