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ときめきファンタジー
章 別離(わかれ)

その 第1の鍵

「ノゾミさん!」
 コウは走り出した。3体の石像がくんずほぐれつしている足下を駆け抜けようというのだ。
「きゃぁ! コウさぁん!!」
 ユミが悲鳴を上げる。
 サキは思わず叫んだ。
「神様!!」
 その加護あってか、コウは奇跡的に石像達の下を駆け抜けた。そして、そのままヨシオ達を追いかけている石像に切りかかる。
 ヨシオ達は、祭壇の前に追いつめられたところだった。大きく鎚を振りかぶる石像。
「こ、これまでかぁ!」
 ヨシオは思わず目を閉じた。
「このやろぉ!!」
 後ろから、コウは石像の臑に切りつけた。
 カィィン
 固い音を立てて、剣は跳ね返される。石像が振り向いた。
「かってぇぇ」
 コウの手が痺れてしまっていた。
 石像は無造作にコウを蹴飛ばした。
「うがぁっ!」
 5メートルほど飛ばされたコウはそのままその場に蹲った。
 石像はそのコウに近寄り、鎚を振り上げた。
 ノゾミが叫んだ。
「コウ!!」

「お願いがあるんだ。俺に剣を教えて欲しい」
「俺は、強くなりたいんだ。シオリを助けるためにも」
「……ああ、どうしても、昼間のあれを思い出して……」
「あの時の手応えと、ワイバーンの悲鳴が、そして血が……。俺、初めてだか
ら……」

 ノゾミの脳裏を、コウの声が、色々な表情がフラッシュバックした。
(死なせない!)
 彼女は“アルペン・フィオラ”の柄を捨て、祭壇の上の剣を掴み、鞘から抜いた。
「ノゾミさん!?」
 驚いてヨシオが叫ぶ。
「死なせたりしないわ!」
 彼女はそのままその剣を構え、叫んだ。
「キヨカワ流究極奥義、海王波涛斬!」
 ヴン
 横なぎの衝撃波が、石像の首を吹き飛ばした。そのまま、ゆっくりと倒れる石像。
 それには構わずに駆け寄るノゾミ。
「コウ、大丈夫なの!?」
「う、うん」
 コウはよろよろと立ち上がった。その胸に抱きつくノゾミ。
「ノ、ノゾミさん!?」
「良かった。心配したんだから……」
「……泣いてるの?」
「……ば、莫迦……」
 そのまま、ノゾミはコウの胸に顔を埋めた。
 と、重々しい声が再び響いた。
「娘よ。汝の勇者を想いし心、とくと確かめた。汝にメモリアルスポットの一つ、“力”が象徴の剣“スターク”を託す」
「え? あたしにぃ?」
 ノゾミは顔を上げた。そしてコウに気がついて、慌ててとびすさる。
「ご、ごめん」
 真っ赤になって謝るノゾミ。
「いや、いいよ」
 コウは苦笑した。
「コウくん、大丈夫なの!?」
 サキが、そして皆も駆け寄ってきた。ユイナだけは、動きを止めたもう1体の石像を破壊するのに熱中していた。
「これでよしっと」
 サキはコウの治療を終えた。
「ありがとう。楽になったよ。ところで、ミオさん、何かわかった?」
 コウは祭壇を調べていたミオに訊ねた。
 ミオは本を片手にして祭壇に刻まれた文字を読んでいたのだ。
「少し、待って下さいね」
 ミオは羊皮紙にペンで忙しくなにやら書き込みながら答えた。
 ドドォン
 向こうの方で、凄い音が響き、ホール全体がびりびりと震えた。ユイナが石像を破壊したのだ。
 少しして、ほこりまみれになったユイナが歩いてきた。
「少し手こずってしまったわ。でも、やはり私の敵ではなかったわね」
「わかりました」
 ミオが声を上げた。
 コウは祭壇に駆け寄った。後ろから皆もついてくる。
「メモリアルスポットの12の欠片は、それぞれ異なった形に姿を変えているんです。そして、それぞれに封印がかけられています。そして、その封印を解くことが出来るのは勇者ではなく、その……」
 ミオは口ごもり、コウをちらっと見た。その頬が微かに赤い。
「どうしたの?」
「あの、その……」
「勇者を愛せし乙女の想い、それこそが封印をとく鍵なりき。しかれども、そはすべて異なる試練によりて、異なる乙女によりて解かるるべし……」
 祭壇の文字を見ていたユイナが言った。皆が一斉にユイナに注目する。
 ユイナは振り向いた。
「つまり、欠片一つの封印を解くごとに、コウのことを好きな女の子が一人必要だっていうことね」
「ってことは、全部で12人の女の子が必要なわけ?」
 思わず口笛を吹き、ヨシオはコウの肩を叩いた。
「まぁ、がんばれや」
「そ、そんなこと言われたって……」
「そうれすよぉ。コウさん、浮気はダメれすよぉ」
 ユミがコウを睨む。
 サキははっとしてノゾミを見た。
(メモリアルスポットを手に入れたっていうことは、ノゾミさんも、コウくんのことを……?)
 ノゾミは、じっとコウを見つめていた。その視線に、自分の感情と同じものが含まれていることに、サキは気がついていた。

《続く》

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