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ときめきファンタジー
第
章 別離(わかれ)
その
ガーディアン

翌日の朝。
ユミはサキに頭を下げていた。
「ありがとーございましたぁ。ユミ、借りを作っちゃいましたね」
「そんなことないわ。困ったときはお互い様じゃない」
サキはにこっと笑った。
ヨシオが後ろからユミの頭をぐりぐりと拳で押さえながら言う。
「これからはもっと注意するように!」
「ぶー。わかったわよぉ」
笑いの輪が広がる。
ノゾミは、コウも笑っているのを見て一安心した。
(よかった。気持ちの整理、ついたみたいで……)
「ノゾミさん!」
「……え、呼んだ?」
ノゾミはワンテンポ遅れて振り向いた。
ミオは敏感に何かあったのは察したが、あえて突っ込まなかった。
「今日の行程ですが、何とか今日中に、問題の社の入り口まではつけると思います」
その言葉に、一同の間に緊張感が走った。
ノゾミは頷き、言った。
「それじゃ、出発しようか」
その日の夕方、とうとう彼らの前に社が現れた。
注意深く見ていないと、見落としてしまいそうなほど、周囲の風景にとけ込んだ、古い石造りの小さな扉が、山肌につけられていたのだ。
その扉の上に、かつては屋根があったのだろう。しかし、今はそれらしい残骸がわずかに扉の上にしがみついているだけに過ぎなかった。
「これか?」
ヨシオは注意深く辺りを見回した。
「特に罠は仕掛けられて無いみたいだが……」
「もし、伝説の通りだとしたら、1000年前のものです。ヨシオさんの解除できるような物理的な罠は無いと思います」
ミオが言った。そのままユイナに視線を転じる。
「どちらかといいますと、魔法的な罠の方が可能性が高いか、と」
「そうね」
ユイナはヨシオにさがるように言うと、呪文を唱え始めた。
『我が魔力よ、我がものにあらざりし魔力の流れを我の前に示せ』
扉を見つめていたユイナが口を開いたのは、それから少したってからである。
「これは凄いわ。古代の魔力を感じる。研究意欲が湧いてきたわ!」
「開きますか?」
コウが聞くと、ユイナはきっとコウを睨んだ。
「誰にものを言っているつもり?」
「ご、ごめんなさい」
「まぁ、いいわ。私の天才たるところを見せてあげるから、ありがたく思うように」
ユイナは右手を扉に押しつけ呪文を唱える。
『魔力によって封じられし扉よ、我が名において命じる。開け!』
一瞬、扉が光を放った。そしてゆっくりと開き始める。
ユイナは一同の方に向き直った。
「ざっと、こんなものね」
「ははーっ」
一同は彼女に一礼した。
中にはいると、そこは広い円形、いや半球形のホールになっていた。
ユミが叫んだ。
「暗くてよく見えないよぉ」
声が結構響く。
「ちょっと待ってな。いま、火をつけるから」
ボッ
ヨシオが2本の松明に火をつけ、1本をノゾミに渡した。その光に、中の様子が浮かび上がってくる。
「結構広いなぁ」
ノゾミが呟いた。
だいたい広さは直径25メートルくらい。高さも一番高いところでは10メートル以上はありそうだ。
「お、あれ見ろよ」
ヨシオが指をさした。ホールの中央に祭壇とおぼしきものがあったのだ。
その左右に高さ4メートルほどの石像がある。立った人間の形をしており、胸の前で組んだ両手で鎚を持っている。
「でかい鎚だなぁ。あんなもので殴られたら死ぬぞ」
鍛冶屋の息子で、鎚を見慣れているコウはそう評した。その隣にいたサキが頷く。
「ぞっとしないね、コウくん」
一方、ヨシオは早速祭壇に近づいていった。
祭壇は正方形の大理石で出来たテーブルのような形をしている。上面には文字らしいものが刻んであり、その中央に一振りの剣が置いてあった。
「け、剣だ!」
「剣!?」
それを聞いて、ノゾミが駆け寄った。一方、ヨシオはその剣に触れようとした。
その瞬間、右側の石像が動き出した。
「ヨシオ、危ない!!」
コウの声に、ヨシオは何も見ないでその場に伏せた。
ヴン
凄い勢いで何かが彼の髪をかすめた。それがさっきの鎚だとわかったヨシオは、そのまま慌てて逃げ出した。
不意に、重々しい声が聞こえた。
「我らが守護せし宝を奪おうとせし者よ、素直に立ち去ればよし、さもなくばこの場に屍をさらすことになろうぞ」
左側の石像も動き始めていた。
「面白いわ。私に対する挑戦ね」
ユイナが前に出る。そして、腰の袋から白い石を2つ出した。それを前に放り投げて呪文を唱える。
『我が下僕よ、我が召還に答え、石の中から出でよ』
見る間に白い石がむくむくと膨れ上がり、人のような形になる。ユイナは命じた。
「あの石像を攻撃なさい、手下アー、手下ベー!」
ユイナの作った石像が、左側の守護石像に突進する。
一方、ヨシオはゴロゴロと転がって、右側の石像の振り下ろす鎚をかわしていた。
ドォン、ドォン
鎚が振り下ろされるたびに、地面が10センチは陥没する。
「ヨシオ!」
ノゾミが“アルペン・フィオラ”を引き抜いて、後ろから切りつけた。
ガキッ
鈍い音がし、石像の右肩が少し欠けた。
石像は振り返ると、横殴りに鎚をふるった。とっさに“アルペン・フィオラ”で受けるノゾミ。
魔力のこもった剣は、その一撃をかろうじて受けとめたが、衝撃までは吸収しなかった。そのまま吹き飛ばされたノゾミ。
「きゃぁぁっ!」
「ノゾミさん!」
コウが剣を抜いて駆け寄ろうとするが、手前では守護石像とユイナの2体の石像が戦っており、近寄ることが出来ない。
「くそっ! ユイナさん!」
「うるさいわね。口出しするとあなたも死ぬわよ」
ユイナはいらだたしげに言った。彼女の石像が押され気味だったのだ。
地面を転がって速度を殺し、ノゾミは立ち上がった。
石像は、今度はノゾミにターゲットを変えて近づいてくる。
剣を構えるノゾミ。その構えに、コウは見覚えがあった。
「ノゾミさん、あの構えは……」
「キヨカワ流奥義、大海嘯!!」
衝撃波が石像を襲い、石像の動きがとまった。その場でぴたりと動かなくなったのだ。
「や、やったのか?」
「ふぅ」
ノゾミは一息つくと、もう一体の石像に視線を向けた。
その瞬間、動きを止めたはずの石像が、不意に再び動き出した。鎚を振り下ろす。
とっさに、ノゾミは“アルペン・フィオラ”を頭上に差し上げてそれを受けとめようとした。
パキィン
澄んだ音が、コウにも聞こえた。
魔力を秘めた名剣も、石像が勢いをつけて振り下ろした鎚の一撃には耐えきれなかったのだ。刀身が、柄から3センチほどの所で折れていた。
「そ、そんな……」
ノゾミは呆然としていた。その彼女に、ヨシオが横から体当たりする。
次の瞬間、石像の振り下ろした鎚が2人をかすめて地面に穴を開けた。
ヨシオは彼女の耳元で怒鳴った。
「ノゾミ! ぼけっとしてる場合じゃない!!」
「……」
ノゾミはヨシオの顔を見た。
「……ヨシオ?」
「ええい!」
とっさに彼女を抱き上げると、ヨシオはすたこらと走り出した。後を追う石像。
《続く》

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