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ときめきファンタジー
断章 蹉跌

その DIAMOND CALLING

 その頃、ミオ達はカイズリア湖畔でもっとも大きな町、ユーキカに着いていた。
「さて、まずは宿でも取るか?」
 入市手続きを済ませて市街に入ったところでノゾミが言った。ミラが頷く。
「それがよろしいわ」
「そうですね……」
 ミオも頷きかけたとき、不意に声が聞こえてきた。
「怪物だぁぁ」
「助けてくれぇぇ!!」
「!?」
 3人は顔を見合わせると、駆け出した。

 ユーキカの町には、カイズリア湖に面して港がある。騒ぎはその桟橋で起こっているようだった。
 3人が野次馬をかき分けて前に出ると、港は既にバラバラになった漁船が散乱している状態だった。
「こ、これは……」
 ノゾミは辺りを見回して絶句した。
 ミオは野次馬の一人に訊ねた。
「何があったんでしょうか?」
「水竜がまた出たんだよ」
「水竜? なんですの?」
 ミラが首を傾げた。
 ミオが説明する。
「このカイズリア湖のように大きな湖に棲んでいる竜です。海に出没する、いわゆる海竜とは違いますが、獰猛な肉食獣ということでは共通しています。成長すると、体長は10メートルを越え、その巨体の体当たりを受けると、大型の漁船でも転覆してしまうといいます」
「ああ、ここに出たのは飛びきりでかい奴でさ。ここ数週間のうちに出るようになったんだけどよ、もう漁師が10人ほど食われちまった。で、そいつは人間の肉の味をしめちまったらしくて、こうして港を襲うようになったってわけさ」
「騎士団はどうしたんだい? そんな奴が出たって言うんなら、騎士団が退治しに乗り出してくるはずだろう?」
 ノゾミが訊ねたが、その男は肩をすくめた。
「騎士団のみなさんは、王都の騒ぎの方が心配らしいからな。一応陳情の使節も出たんだが、けんもほろろに追い返されちまったってよ」
「ノゾミさん」
 その答えに切れかけたノゾミの腕を、ミオが掴んだ。
「でも……」
 振り返って言いかけたノゾミに、ミオが静かに言った。
「ノゾミさん。貴女は誰です?」
「……そっか」
 ノゾミは頷いた。それから野次馬に言う。
「心配はいらないよ。このあたしがちゃんと来たんだ」
「へ?」
 その野次馬は、ポカンと口をあけた。
 ミオが、脇から言った。
「町長のお屋敷はどこでしょう?」
「ああ、それならこの道を真っ直ぐ行くんだが……」
「どうもありがとうございました。それでは、行きましょうか」
「ああ」
「ちょ、ちょっと、あんたら……」
 ノゾミは振り返ると、笑った。
「キラメキ騎士団のノゾミ・キヨカワっていうんだ、あたしは」
「ええーっ!!」
 その男は腰を抜かし、周りで聞いていた人々の中にどよめきが走る。
 それを見て、ミラはノゾミに言った。
「貴女の知名度も、結構あるのね」
「へへ。ちょっと照れるな。さっさと行こうぜ」
 ノゾミは鼻の頭をこすると、歩き出した。
 言うまでもなく、去年のキラメキ王国武闘大会で最年少優勝を果たしたノゾミの名前は、結構知られているのである。
 噂の方が先に走ったのか、ミオ達が町長の屋敷に着いてみると、門の前まで町長が出迎えに出ていた。
「これはこれは、ノゾミ殿。お噂はかねがね伺っております。で、そちらのご婦人方は?」
 彼は、ミオ達に視線を向けた。
 ミオは軽く会釈した。
「ミオ・キサラギです」
「キサラギ……。ま、まさか、キサラギ侯爵の……」
「はい」
 ミオはにこっと笑った。
 町長は慌ててその場に平伏した。
「これはこれは、ようこそいらしゃいました!」
 言うまでもなく、やはり有名とはいえ一介の騎士であるノゾミと、キラメキ王国の大臣の一人娘であるミオでは、応対に差が出るらしい。
 一室に通されたミオ達は、詳しく事情の説明を受けた。とはいっても、野次馬の言ったこととあまり変わりばえはしなかったが。
「ということは、神出鬼没なんですか? その水竜は」
 ミオが訊ねた。
「はい。出現する場所も時刻も全く決まっておりません」
「……」
 ミオは、テーブルに置かれているカイズリア湖の地図に視線を向けた。そこには、今までの水竜の出現場所と時刻、そして被害が記されている。
 やがて、彼女は顔を上げた。
「船を、お借りできますか?」
「ま、まさか、湖に出られるのですか? それはおやめ下さい! ミオ様に万一の事がありましたら、私どもはキサラギ候にどうお詫びすればよいか……」
 慌てて町長は叫んだ。
 ミオは肩をすくめた。
「判りました。私は湖岸で待ちますから」
「それなら構いませんが……」
 町長は安堵して頷いた。そんな町長に、ミオは本題を切り出した。
「それから、もう一つお聞きしたいことがあるんですが」
「はい、なんでしょうか?」
「1000年ほど前からこの町に伝わっている伝説とか、宝物とかありませんか?」
「1000年前ですか……。時代は特定できないんですが、私のご先祖様が空から授かったといわれる篭手が、わが家の宝物庫にしまってありますよ」
 町長は答えた。ミオ達は顔を見合わせた。
「篭手……ですか」
「メモリアルスポットかなぁ」
「当たってみる必要はありそうね」
 三人は頷きあい、ミオが町長に言った。
「水竜の件が片づいてからで構いませんから、その篭手を見せていただけませんか?」
「それはもう、喜んでお見せしますよ」
 町長は頷いた。
「では、ノゾミ様、ミラ様、お気をつけて」
 町長はそう言うと、漁船に乗り込む二人を見送った。
「それじゃ、よろしくお願いしますね」
「ああ。水竜の巣を探してくれば良いんだろう?」
「はい。おそらく、地図に印を付けた場所のどこかにいると思います」
 ミオはそう言うと、手を振った。
「くれぐれも気を付けて下さいね」
「わかってるって。じゃ、出してくれ」
「あいよ」
 漁船は、港を出ていった。
 ミオは船を見送りながら、呟いた。
「それにしても……」
「なにか、気になることでもあるんですか?」
「あ、いいえ。すいません」
 彼女は首を振ると、町長に言った。
「それじゃ、私たちは戻りましょう」
「そうですな。それじゃ……」
 町長が何事か言いかけた、まさにその瞬間。
 ザッバァーン
 二人の背後の湖面が盛り上がったかと思うと、巨大な頭がその中から現れた。
「ひ、ひえええぇ!」
「水竜!?」
 腰を抜かす町長をちらっと見て、ミオは懐に手を入れた。
 水竜が襲い掛かる。
「はっ!」
 同時にミオは、一枚の紙を投げつけた。と、その紙がぶわっと膨れ上がり、水竜の顔を包む。
「な、なんですか、あれは?」
「それより早く逃げて下さい! そんなに長くは持ちませんから!」
 ミオは叫びながら、懐からもう一枚の札を出そうとした。
 と、不意に彼女は咳込んだ。
 ゴホゴホゴホッ
 バリバリッ
 紙が引き裂かれ、水竜が、桟橋の上で身体を折り曲げて咳込んでいるミオに襲い掛かる。
「ミオ様!!」
 町長が絶叫した。
 そして……。
 桟橋の上に、鮮血が飛び散った。

《続く》

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