喫茶店『Mute』へ
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ときめきファンタジー
断章
蹉跌
その
SPIRAL ANSWER

「はむはむはむ。うーん、とっても美味しいなぁ」
ミハルとメグミは、サツキの料理をご馳走になっていた。とはいっても、メグミがつつましく食べているのに較べて、ミハルは豪快に食事をかき込んでいた。
「ミ、ミハルちゃん……」
遠慮げに言うメグミに、ミハルはちっちっちと指を振った。
「メグちゃん。ご飯は食べられるときに食べられるだけ食べておかないといけないのよ」
ほっぺたに食べかすを付けて言うミハルには妙な迫力があった。
「そ、そう?」
「そうよ。ねー、サツキちゃん」
「う、うん」
こちらシィーズとサツキも、ミハルの健啖ぶりに少々圧倒されていた。
「うーん、グラッチェグラッチェ」
「……メグミさん、ミハルさん何を言ってるんでしょう?」
「……わ、わかりません」
「うみゅ。サツキちゃんのお料理、サキちゃんに匹敵するわぁ」
「……誰ですか?」
「あの、私たちの、お友達なんです……」
そんなことを言っているうちに、テーブルに並べられた皿はみな綺麗さっぱり片づけられていた。
「うーん、満足満足。サツキちゃん、五つ星をあげよー」
「はぁ、ありがとう」
食事が終わって、メグミはちらちらとシィーズを見ていた。
彼はメグミに訊ねた。
「あの、何か?」
「あ、……なんでもないです」
メグミは視線を逸らした。
そのメグミの足下に、ムクがまとわりついて鼻を鳴らした。
クゥーン
「あら、ダメじゃないの」
ワンワン
ムクは二声鳴くと、ドアのところに走り寄った。そして、その脇でお座りをしてもう一声鳴く。
ワン
「外で遊びたいのね。しょうがないんだからぁ」
外で走り回るムクを、しゃがんでにこにこしながら見つめているメグミを窓越しに見ながら、シィーズは呟いた。
「不思議な娘ですね」
「メグちゃんが?」
こちらはお腹をポンポンと叩きながら満足げにしていたミハル。
シィーズは頷いた。
「ええ。それに、あの子犬……。普通の子犬ではありませんね」
彼の眼鏡が一瞬キラッと光を反射した。
「あの子犬からは、生命の精霊が感じられませんから」
ムクは魔法生物である。メモリアルスポットの一つと言われてはいるのだが、その真の力は未だに封印されている。
もっとも、その状態でもケルベロスやユニコーンなどの様々な姿に変化してメグミを守っているのだが。
「あの子犬は……」
シィーズは言いかけて、苦笑した。
ミハルはお腹が一杯になったためか、椅子にもたれ掛かってくーくーと寝息をたてていたのだ。
「やれやれ」
シィーズは苦笑すると、立ち上がった。
「さて、と。頼まれたことをするかな」
彼はそう呟くと、ちらっと台所に視線をやった。
流しのところで、サツキが鼻歌を歌いながら皿を洗っている。
一瞬、彼の表情が翳った。
「サツキ……」
「ん? なーに、お兄ちゃん?」
サツキは洗った皿を拭きながら振り向いた。
「仕事に行ってくるよ」
「うん。頑張ってね」
「じゃ」
シィーズは軽く手を挙げると、部屋から出ていった。
「メグミさん」
「あ、はい?」
不意に声を掛けられて、メグミは振り返った。
シィーズが家から出てきた。
「すいません。私は今から仕事に行かなければならないので、失礼します。家にはサツキが残っていますから、何か用があったらあいつを使ってやってくださいね」
「あ、はい……」
「それじゃ」
彼はそのまま歩いていった。
メグミはその後ろ姿を見送っていた。
と、
ワンワン
ムクが駆け寄ってくると、しゃがんでいたメグミの膝にぴょんと飛び乗った。顔をぺろぺろとなめる。
「きゃ。こ、こらぁ」
ワン
そのまま、また走っていくムクを、メグミは微笑んで見つめていた。
「ん……。ふわぁぁ」
ミハルは目を覚ますと、軽く伸びをして辺りを見回した。
「あ、ミハルさん。目が覚めました?」
台所からサツキが顔を出した。
「うん。私ってば、すっかり寝ちゃったね」
ミハルは自分の頭をこつんと叩くと、ぺろっと舌を出した。
そのミハルに、サツキが微笑みながら言う。
「お兄ちゃんは出かけちゃったし、シーンさんもまだ帰ってきそうにないです」
「そうなんだぁ」
ミハルはそう言うと、窓の桟にひじをついて、青空を見上げた。
「コウさん、元気かなぁ……」
「ねぇ、それ誰なの?」
「わきゃぁ!」
いつの間にか、ミハルの背後にサツキがいた。手にクッキーの皿とティーポットの乗ったお盆を持っている。
「お茶にしましょうよ。メグミさんも呼んで」
「そうだねー」
ミハルはこれ幸いとサツキから離れると、ドアを開けた。
「メグちゃーん。サツキちゃんがお茶にしませんかってー!」
「え? あ、はい」
いつの間にか、森から出てきた動物達に囲まれてにこにこしていたメグミは、呼ばれて立ち上がった。
「ごめんね、みんな。もう、行かなくっちゃ」
キューン
一頭の狐が名残惜しげにメグミに頭をすり付けた。他の動物達は大人しく帰っていったのだが、その狐だけはメグミの周りをうろうろしている。
「仕方ないのね。一緒にお茶しましょうか」
メグミはムクと、その狐を連れて戻っていった。
コポコポコポ
ティーカップにサツキがお茶を注ぐと、薔薇の香りがたちのぼった。
「素敵な香りねぇ〜」
「うん。お兄ちゃんに教えてもらったんだ」
「シィーズさんに?」
ミハルが聞き返したとき、メグミがドアを開けた。
「あの、ごめんなさい。サツキさん、この子も一緒に……」
ガシャン
「いやぁぁぁっ!!」
サツキはティーポットを取り落として、ガタガタと震えだした。その視線は、メグミの足下の狐に注がれている。
「え?」
「いやぁぁ」
そのままサツキはその場にうずくまった。
その様子に驚いたのか、狐はそのまま走り去った。
ミハルは、クッキーを頬張ったまま、メグミは入り口で固まったまま、サツキを見つめていた。
「サツキさん……」
しばらくして、落ちつきを取り戻したサツキは、二人に、特にメグミにぺこぺこと頭を下げていた。
「ごめんね、メグミちゃん。あたし、どうしても狐だけはダメなんだ」
「いえ、そんな。私のほうこそ、そうとも知らないで……」
ミハルが訊ねる。
「でも、どうして? 昔狐に噛まれたとか?」
「うーん」
サツキは頬に人差し指を当てて首を傾げた。
「覚えてないんだけど、何故かものすごく怖いんだぁ、狐って」
「へぇ。もしかしたら、赤ん坊のと気に何かあったのかもねぇ」
ミハルはうんうんと頷いた。
3人はなごやかにお茶を始めた。しかし、いつしか話題はシィーズのことになっていた。
サツキは得意げに言った。
「うん。ああ見えて、結構出来るんだよ、お兄ちゃん」
ミハルとメグミは顔を見合わせてくすっと笑った。
「ど、どうしたの?」
「うん。私たちのお友達にね、兄妹がいるんだけど、その妹と同じだなって思って」
ミハルが肩をすくめた。
「本人の前ではいつもけなしてるんだけど、本人がいないと誉めるんだよね」
「そうですね」
「そ、そんなことないよ」
サツキは慌てて手を振った。それからポンと手を打った。
「思い出した! ミハルさん、コウさんって誰ですか?」
「あう……」
ミハルはたらりと冷や汗をかいた。
「あのね、それは……」
「大切な人なんです」
メグミが呟くように言った。
「?」
サツキは、二人の顔を見比べた。
《続く》

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