喫茶店『Mute』へ
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ときめきファンタジー
断章
JUST COMMUNICATION
その
RHYTHM EMOTION

ミャミャー
その声に、ヨシオはメモを閉じると、振り返った。
そこには、オレンジがかった毛色の子猫が、じっとヨシオを見上げていた。
「ユミ!」
ミャー
子猫は、ジャンプしてヨシオの腕に飛び込んだ。そしてすりすりする。
「こ、こら、やめろって。くすぐったいだろう?」
「とりあえずは一件落着かな」
ジュンは肩をすくめると、振り返った。
「ところでお二人さん。いい雰囲気の所わりぃんだけどさぁ、俺達はそろそろ出発しようと思うんだけど」
その声に、二人はばっと左右に飛び退いた。そして、お互いに真っ赤になった顔をジュンに向けた。
「お、お、俺達は何もそんなんじゃないぞ!」
「そ、そうよ。ちょっと疲れちゃっただけよ。でなかったら、誰がこんなバカの……」
「誰がバカだ、誰が」
「あんた以外に誰がいるの?」
「こ、このバカ女!」
「あ、何てこというのよ、この……」
たちまち始まる口げんかに、メグミが呆れたようにジュンに言う。
「ジュンくぅん、もう少し放っておいてあげてもよかったんじゃないかなぁ?」
「そうだなぁ。ジュンちゃん、反省」
おどけて壁に手を突いてうなだれてみせるジュンに、ヨシオが声をかけた。
「おい、ジュン」
「なんだ?」
振り向いたジュンの顔の前に、ヨシオはユミ猫を突き出した。
「こいつ、もとの姿に戻せるか?」
「俺がか? 無理無理。第一メタモルフォーゼ関係は俺の専門じゃねぇよ」
「そっか。それじゃはやいとこスライダに戻ってユイナさんに頼むか」
ミャーミャー
猫も頷くように鳴き声をあげた。
メグミはにこにこしながらナツエに話しかけた。
「それにしても、ナツエちゃんもすごいよねぇ。あんな悪霊を成仏させちゃうんだモン。やっぱ愛の力よねっ!」
「そんなんじゃないわよ。第一、成仏なんかさせてないわよ」
ナツエは言った。
「え? 成仏させて無いって?」
その言葉を耳に挟んだジュンが向き直る。ナツエは頷いた。
「私の中からは追い出したんだけど……」
「……まずいかもな」
ジュンは顎に手を当てた。
「え?」
「あいつがこの部屋に封印されてたのは、あいつの肉体がここにあったから。でも、その肉体の呪縛はもういまはない。確かに精神体のあいつにはそんなに力はないけれど……。でも、さっきナツエに乗り移ったみたいに誰かに乗り移って、その身体を支配することは出来るはずだぜ」
その言葉に、ナツエは顔色を変えた。
「そ、それじゃ……」
「ど、どういうこと?」
「どうやら、俺達はとんでもない怪物を檻から出しちまったみたいだ」
カツマは呟いた。そして、ヨシオに言う。
「ヨシオ、一人でも出られるよな?」
「ああ。まさか、おまえら……」
「俺達はあいつを捜す」
カツマは決然として言った。
「こいつの持っていたものといえば、これだけだけど」
ミラは、ミオにアベルが腰に提げていた袋を渡した。
ミオは、ぐるぐる巻きに縛られ、猿ぐつわをされたアベルに視線を向けた。
「困りましたねぇ。本人に聞くというのも危険ですし」
「うーうーうー」
と、これはアベル。
黒魔術を使うには、呪文を唱えるか、少なくとも何らかの身ぶりが必要になる。それを恐れてこうして縛り上げたものの、本人がしゃべれなくては尋問もできない。
「じゃあ、とりあえず中に何が入ってるのか調べてみようよ」
そういうが早いか、ミハルはその袋を逆さまにして振った。
「あ、ミハルさん!」
「あきゃぁ!!」
ドサドサドサッ
すごい勢いでなにやら大量のものが落ちてきた。ミオは肩をすくめた。
「なんなのよぉ。これはぁ!!」
それらのものに埋もれながら、ミハルは叫んだ。
「聞いたことがありますよ。魔法の袋ですね。どんな大きさのものでも入るという」
「うーううーうううー!!」
「あ、あの、とりあえず、この中にないかどうか、捜して見ませんか?」
メグミが建設的な意見を出して、皆頷いた。
こうして皆ががらくた漁りに精を出すことになった。
しかし、そのために彼女たちは気づかなかった。いつの間にか、アベルのうめき声が聞こえなくなっていることに。
「あ!」
ミハルが声を上げた。皆が作業を中断して、彼女の周りに集まる。
「これじゃありませんか?」
ミハルはミオに、いかにも古色蒼然とした宝箱を差し出した。
ミオは、その宝箱の封緘を見て、頷いた。
「そうですね。この封緘はユーキカの街のものですし、多分これだと思います」
「やったぁ!」
ミハルは小踊りした。
ミオは封緘を外して、箱を開けた。
中には、一対の黄金の小手が入っていた。
皆は顔を見合わせた。その小手から波動が放たれるのを確かに感じたのだ。
もとは一つだったメモリアルスポット同士が再会したときに生じる共鳴。それを感じて皆確信した。
ミオが呟く。
「間違いないですね。これはメモリアルスポットです」
「これで……ノウレニック島の方がうまくいってれば、11個ってことになるな」
ノゾミが指折り数えて頷いた。
「ええ。残るは一つだけですね」
と、不意に彼女たちに声が聞こえた。
「そうか、メモリアルスポットを集めていたのか」
「!?」
皆が一斉に振り向いた。
そこには、アベルが笑みを浮かべて立っていた。彼を拘束していたロープはズタズタになって床に落ちている。
ノゾミは、はっとした。
「違う……。この気、アベルじゃない……」
「そのようね」
ミラも頷いた。そして、鉄扇をアベルにぴしっと向けた。
「あなた、アベルじゃないわね? 誰!?」
「いかにも。我こそは、この迷宮の主にして世界最強の魔術師、“全能なる”ピオリックなり」
彼は笑みを浮かべて答えた。
タッタッタッタッ
カツマ達は迷宮を走っていた。
分かれ道にさしかかったところで、ジュンがメグミに訊ねる。
「どっちだ?」
「……こっちよ!」
メグミは目を閉じて、ぴっと右を指した。皆は頷いてそっちに走る。
カツマ達は、無論意味なく走っているわけではない。メグミの精霊魔術でピオリックの反応を追っているのだ。
カツマは、隣を走るヨシオに言った。
「おまえまで来なくてもいいのに」
「出口がわかんねぇんだよ! それにあの野郎をこのままほうっとけるか!」
ミャーミャー!
ヨシオの胸に抱かれたユミ猫も声を上げる。カツマは苦笑した。
「ま、いいか」
ミオが呟いた。
「聞いたことがあります。世界を破滅させようとし、それが故に迷宮の奥深くに閉じこめられたという最強の魔術師……」
「ええーっ!?」
思わず口に手を当てて後ずさるミハル。
ミラとノゾミはとびすさって戦闘態勢に入った。
ノゾミがちらっとミオの方に視線を走らせた。
「ミオ達は早く行けよ、それを持って!」
「でも……」
メグミが口ごもる。
「早く!」
ミラは鉄扇を構えた。
と、その前にすっとミオが出た。
「お話を聞いていただけませんか、ピオリックさん」
「ミオ!?」
皆が思わず声を上げる。しかし、ミオは構わずに話を続けた。
「確かに私達はメモリアルスポットを集める者です。そう、ここにいる皆が“鍵の担い手”なんです。ピオリックさん、あなたなら、これが何を意味するかはお判りでしょう?」
「魔王が復活したということか」
ピオリックは腕を組んだ。
ミオは頷いた。
「その通りです。そして、魔王を倒せるのは選ばれし勇者のみ。ピオリックさん、あなたでも倒すことは出来ない。そうですよね?」
「……それは認めざるを得まい」
忌々しげにピオリックは唇を歪めた。
「我が消せるのはせいぜい大陸。世界そのものを消し去るという魔王にはかなわぬ」
ミオはホッと胸をなで下ろした。そして言葉を続ける。
「私達をこのまま行かせていただけませんか?」
「……確かに、ここでお前達を倒してしまえば、それは魔王の覇権に手を貸すだけということか」
「あなたは若い身体を手に入れました。もはや古のピオリックの力を取り戻したと言ってもいいでしょう。そんなあなたが私達を相手にして意味がありますか?」
ミオは静かに言った。
「……そうだな。こんな狭い迷宮でお前達を相手にすることに意味があるとは思えん」
「わかっていただけましたか」
微笑みを浮かべるミオ。
ピオリックは頷いた。
「よし、貴様らは行け。行って魔王を倒せ。我はその後でゆっくりと世界をこの手に入れるとしよう」
「はい。行って来ます」
ミオは深々と頭を下げると、振り返って呆気にとられている皆に言った。
「行きましょう」
「お、おい、あいつをそのままに……」
ミオはすっと紙片を飛ばした。ノゾミの口にぺたりと張り付くその紙片。
「うーうーうー」
「行きましょう」
もう一度繰り返すミオ。皆は頷いて、ピオリックを振り返り振り返り、広間を出ていった。
ギギィーッ
扉を閉めて、ミオはホッと一息ついた。と、騒がしい足音が反対側から聞こえてきた。
「こっちか!?」
「間違いないわ! あ、でも、ほかにもいるみたい。これは……人かな?」
「冒険者がいるのか!?」
声が聞こえ、そして角を曲がって見慣れた顔が姿を現した。
「え? ヨシオさん?」
「あ、ミオ……さん」
お互いを見て、皆思わず絶句した。
ぺりっ
ミオが紙を剥がすと、ノゾミは猛然とミオに食って掛かった。
「あたしはミオを見損なったよ! ピオリックに情けを掛けてもらって逃げるなんて!」
「!?」
カツマ達は一斉にミオを見た。
「ピオリックがこの向こうにいるのか?」
ジュンが訊ねる。ミオは頷いた。
「はい。でも、大丈夫です」
「?」
いぶかしがる皆に、ミオは扉をコンコンと叩いた。
「ピオリックはここから出られません」
「これは!」
ジュンがはっとして顔を上げる。
「この部屋には結界が張ってあるじゃないか! それも、前にピオリックがいた所よりも強力な結界が!」
「はい。この結界からはピオリックは出られません」
ミオは答えた。
ミラがはっとする。
「アベルが張った、精霊王をも遮断する結界ね?」
「はい」
頷いてから、ミオは不満げなノゾミに言った。
「確かにピオリックを放置しておくのは危険かも知れません。でも、この結界の中にいる限り彼は何もできません。それに私達には、回り道をしてる余裕はないはず。違いますか?」
「でも……」
「ノゾミ。そんなに気になるんなら、魔王を倒した後にあいつも倒せばいいじゃないの」
ミラが笑みを浮かべて言った。
ノゾミはぶんと首を振って、ミオに視線を向けた。
「相変わらず、策士ね」
「そうですか?」
ミオは微笑んだ。そして、ぐるりと皆を見回して言った。
「帰りましょう、スライダの街に。きっと、コウさん達待ちくたびれてますよ」
ミャーミャー!
ヨシオの腕の中のユミ猫も声を上げた。
「それじゃ、オレ達はここで」
迷宮を出たところで、カツマはミオに言った。
「これから、どちらへ?」
訊ねるミオに、カツマは笑って答えた。
「オレ達が必要とされてるところなら、どこへでも」
「差し当たっては、北へ向かうつもりさ。魔王の軍の連中はあっちから押し寄せてくるからな」
ジュンがつけ加えた。ミオは微笑んだ。
「ご武運をお祈りしてます」
「おっ、嬉しいねぇ。俺のために祈ってくれるとは」
「メグミさんのお許しを、先に頂いてくださいね」
「ジュンくぅぅん〜」
後ろからジュンの背中をぎゅーっとつねるメグミだった。
ひとしきり笑いが沸いた後、一同は南北に別れた。北に向かうカツマ達マーセナリーカルテットと、南に向かうミオ達と。
こうして、再びスライダの街に全員が集結する。
やっとメモリアルスポットは1つを残すのみとなった。しかし、残された時間もあまりない。そして、最後のメモリアルスポットについて、伝承は残されていないのだ。
はたしてコウ達は、魔王を倒してシオリ姫を救うことが出来るのか?
姫が生け贄になる赤い満月の日まで、残り時間はあと1カ月。
《断章5 終わり》

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