喫茶店『Mute』へ
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ときめきファンタジー
断章
JUST COMMUNICATION
その
BECAUSE I LOVE YOU

「違います」
メグミは、繰り返した。
「ミオさんは、そんなひとじゃありません」
「メグミ……さん」
ミオは、顔を上げてメグミを見つめた。
その唇がゆがむ。
「貴女に……」
「え?」
「貴女に、何がわかると言うんですか!?」
ミオは叫んだ。
その勢いに押されるように、思わず数歩下がるメグミ。
「私は、私は……」
「……コウさんが好きな事って……悪いことなんですか?」
ピシッ
何かにひびが入る音がした。
ミオは顔を上げた。
「メグミ……さん?」
「人を好きになる事って、悪いことなんですか? その人のためになにかしたい、そう思う事って悪いことなんですか?」
メグミは、ミオに一歩一歩近づいた。
不意に、辺りの地面にひびが入り、そしてメグミの周囲に炎が渦巻いた。
しかし、メグミはひるまずにミオに近づいていく。
「私、シオリちゃんや、みんなに助けてもらいました。そして、教えて貰いました。人を好きになるってことが、どんなに素晴らしいことなのかってことを」
「い、いや……」
ミオは耳を塞いで、その場にしゃがみ込んだ。
「私はそんないい娘じゃないんです!」
「ミオさん!」
メグミは叫んだ。
「逃げちゃダメなんです!!」
「……」
「みんなが教えてくれました。逃げていちゃ何もできないって! ミオさんも、だから逃げちゃダメです!!」
ミオはゆっくりと顔を上げた。
「逃げては……だめ……」
『ミオさん、メグミの言うとおりだよ』
ミオは、突然聞こえたその声に、視線をさまよわせた。
「……シーナさん?」
『おいらは、覚えてるよ。ミオさんのメモリアルスポットを、ミオさんが命がけで守り抜いたことを。ミオさんは絶対に偽善者なんかじゃない。偽善者にあんな事まで出来るもんか!』
ミオの視線が、メグミの抱いているぬいぐるみにとまった。
「シーナさん、なのですか……?」
「あ、はい」
メグミは、ミオにぬいぐるみを差し出した。ミオはそのぬいぐるみを抱きしめた。
「……シーナさん……。これで、何度目でしょうね? シーナさんに励ましてもらうのは……」
『それが、おいらの役目だからね』
メグミには、ぬいぐるみが笑みを浮かべたように見えた。
そして、それにミオが笑みを返したその瞬間、世界は白く染まった。
「……!!」
不意にメグミは目を開けて、辺りを見回した。
「メグちゃん!!」
様子をうかがっていたミハルが歓声を上げる。
メグミはミオの方を見た。
「ミオさんは……?」
「……う、うん」
ミオはうめき声を上げて、目を開いた。
「ミオさん!」
メグミが声をかけると、彼女はにこっと笑って頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしました」
「ミオ、大丈夫?」
ミラが声をかけた。ミオは眼鏡をかけなおしながら答えた。
「はい、大丈夫です。それより、ノゾミさんは? 現在の状況は?」
ミラの説明を聞いて、ミオは俯いて考え込んだ。
「そうですか、ノゾミさんは……」
「十中八、九、アベルの手に落ちたと考えてよさそうね」
ミラは沈痛な表情を浮かべた。
ミオは少し考えて、言った。
「やはり、ヨシオさん達と合流しましょう」
「でも、何処にいるのかわかんないよぉ?」
ミハルはこあらちゃんを抱きしめながら言った。
ミオはメグミに視線を移した。
「メグミさん、精霊の力で何とかなりませんか?」
「……ごめんなさい」
メグミは頭を下げた。
「あの人のいるところには精霊は入れないんです。さっきも……」
「そうだったね。たしかあいつ、『精霊王も呼べないぞ』とかなんとか言ってたし」
ミハルが思い出したように頷いた。ミオは肩をすくめた。
「結界を張っているというわけですか……」
「どうするの?」
ミラは鉄扇を弄びながら訊ねた。
ミオは、また少し考え込んだ。そして、一言一言確かめるように言った。
「アベルにまた正面から戦いを挑むしかないようですね」
その言葉に、一同に緊張が走る。
ミオは続けた。
「もしかしたら、ノゾミさんも敵に回さないとならないかも知れません。そして、メグミさんの精霊魔術はアベルの結界のために使えません。さらに、あの部屋は、奥との間に深い穴があります。つまり、彼に届くのは飛び道具だけ、というわけですね」
「……」
基本的に接近戦を得意とするミラは唇を噛んだ。
ミオは続けた。
「つまり、私達の戦力として使えるのは、私の符術とミハルさん、あなたです」
「え? わ、私?」
ミハルは焦って自分をさした。ミオは頷いた。
「はい」
「で、でも、私に何ができるのぉ?」
あたふたするミハルに、ミオは静かに言った。
「ミハルさんのメモリアルスポットであるその指輪の力、それは召喚術です」
「しょ?」
「召喚術。つまり、他の場所にあるものを呼び出す力です。それをうまく使えれば、アベルは倒せます」
「わ、私が? 嘘ぉ……」
「本当です。うまく使えれば、ですけど」
ミオはミハルの目をじっと見つめた。
「ミハルさん、私の言うことを良く聞いて下さい」
「あ、はい」
思わずミオに向かって正座してしまうミハル。
そのミハルに、ミオは言った。
「ミハルさん。貴女も私達と同じ“鍵の担い手”です。つまり、基本的には私達と同じ力を持っているはずです。それはわかりますね?」
こくんと頷くミハル。
「今のミハルさんは、その力を使いこなしていない。そうですね?」
またも、こくんと頷くミハル。
そんなミハルに、ミオは微笑して言った。
「ミハルさん。一つ札をあげます」
「札、ですかぁ?」
「ええ」
ミオは懐から一枚の札を出して、ミハルに渡した。
「これは、持った者はその潜在能力を出せるようになる札です。これがあれば、ミハルさんもその指輪を使いこなせます」
「そうなんですか?」
「ええ。間違いなく」
ミオは自信たっぷりに言いきった。
ミオ達は再びアベルの部屋に突入した。
前回は明るかった部屋は、明かり一つなく暗闇に閉ざされていた。
ミラがまず高笑いを上げる。
「おーっほっほっほ。また来て差し上げたわよ、場末の魔法使いさん」
「殺されに戻ってくるとは律儀だな」
暗かった部屋の向こう側に明かりが一つ灯った。
アベルの右手の中に、光の珠がある。魔法の明かりのようだ。
そのアベルに、ミラはぴしっと鉄扇を向けて叫んだ。
「ノゾミはどうしたの?」
「所詮は愚かな仲間意識というやつかな」
せせら笑うような声に、ミラは柳眉を逆立てて言った。
「さっさとお答えなさい」
「それなら見るがいい」
その言葉と共に、部屋は光に満たされた。
一同は息を呑んだ。
向こう正面の壁に、ノゾミが張り付けられていたのだ。しきりに何かを言っているようだが、何も聞こえない。
アベルは笑った。
「おっと、失礼。せめて声くらいは聞かせて差し上げようかな」
彼が指をパチンと鳴らすと、ノゾミの叫び声が聞こえた。
「バカ! なんでまた戻ってきたんだよ!!」
ミオは、ノゾミをちらっと見て、何か合図した。ノゾミははっとした。
(ミオ、そういうわけ?)
ノゾミは、一瞬だけ笑みを浮かべ、さらに叫んだ。
「早く逃げてくれ! あたしに構わないで!!」
「おっと、そうはいかん」
アベルのその声と共に、ミオ達の背後の扉がバタンと閉まった。慌ててミオが駆け寄って開けようとするが、びくともしない。
「し、しまった!!」
珍しくミオが焦った声を上げる。
アベルは笑った。
「さぁて、これで袋の鼠。じっくりといたぶり殺してくれるわ。ハハハハハ」
「くっ」
一同は振り返って身構える。
アベルは、ミオに視線を止めた。
「しかし、その小娘、よくぞ我が術から立ち直ったものだな」
「……」
ミオは無言で懐から札を出した。
アベルは呪文を唱えた。
その瞬間、ミオの持っていた札がボウッと燃え上がった。そして灰になって床に落ちる。
「そ、そんな……」
ミオは呆然とした。
「そうとも。そのような紙切れ、燃やしてしまえばそれまでよ」
彼はせせら笑うと、右手を挙げた。
「まずは、貴様から……」
「……そろそろですか」
不意にミオは呟いた。そして、ミハルに顔を向けて頷いてみせる。
ミハルも頷くと、指輪を掲げた。
「出でよ……」
「何の真似……?」
そういいながら、アベルは手をミハルに向けなおした。
その瞬間、ミハルは叫んだ。
「出でよ、アベル!!」
その瞬間、アベルには何が起こったのか理解できなかった。
ただ、わかっているのは、今まで100メートル以上の距離を保っていた女の子達に、気づいてみると取り囲まれていたということだった。
「なっ!?」
それに気づいたアベルは一瞬茫然自失した。
(バカな!? こいつら、全員転移術が使えるというのか?)
その隙を見逃さず、ミラは鉄扇を横殴りにアベルに叩き込んだ。
「ゲフッ」
アベルは白目をむいて、その場に倒れ込んだ。
ミオは一息ついた。そのミオにミハルが飛びついてきた。
「ありがとう! ミオちゃん! このお札のおかげだよぉ」
「いえ、貴女の実力ですよ」
ミオは微笑んだ。
「え?」
「だって、その札は、呪符でもなんでもない、ただの紙切れですもの。さっきうまくいったのは、ミハルさんの実力です」
「……え? 私の実力?」
「はい」
頷いて、ミオはミハルに言った。
「ミハルさんは、使いこなせないんじゃなくて、使いこなせないと思いこんでいるだけなんですよ。指輪が、メモリアルスポットがあなたを認めたということは、つまりはあなたがそれを使いこなせるということなんですから」
目を白黒させているミハルと、微笑むミオをちらっと見ながら、黙々とミラはアベルを縛り上げていた。
(さすが、ミオ。策士ねぇ)
そして、100メートル先の壁ではノゾミが叫んでいた。
「おーい、誰でもいいから早く降ろしてよぉ!!」
《続く》

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